第125話 対戦、決定で
ルーシィが挑戦したスロット台『スワンプ』。
だが惨敗し、すでに周りにいた客も散っていた。
『スワンプ』で一発逆転を狙った愚か者が失敗した。
観客にとっては、ただそれだけの出来事だ。
なんとかルーシィを立たせて、その場から立ち去ろうとした時だ。
「レ、レヴォス様っ! も、申し訳ございません! 何かの手違いかと……!」
背後から、擦り寄るような声。
振り返ると、ガゲルドが滝のような汗を流し、ハンカチで必死に額を拭いながら駆けてくる。
計画通り、八百長の約束を反故にした張本人の登場だ。
「ガゲルド、どうなっている。約束はどうした。確実に大当たりを引かせると、豪語していなかったか?」
約束を反故にされた貴族の『怒り』。
それを演技に混ぜ、威圧に載せて叩きつけた。
「いえ、それがその……申し訳ございません! お代は、すべてお返しいたしますので――」
ガゲルドは揉み手を繰り返して慈悲を乞う。
だが、そんなはした金を受け取っては、この街を奪う大義名分が消えてしまう。
「黙れ、ガゲルド。貴様、俺に屈辱を味わわせておきながら、金で解決しようというのか?」
威嚇し、奴の言葉を容赦なく遮る。
ガゲルドは「ひっ」と短い悲鳴を上げ、置物のようにその場で硬直した。
「……そこでだ、提案がある」
「て、提案、でございますか……?」
絶望から救い出すフリをして、さらに深い奈落へ誘ってやろう。
「俺の領地、財産、そして公爵家としての身分。さらにはこの従者たちまで含めた、俺の持つすべてを担保にする」
「な、なんですと……!?」
ガゲルドは驚愕のあまり、顎が外れんばかりに口を開けた。
「明日、俺と貴様で勝負をしろ。一対一のポーカーだ。俺は持てるすべてを賭ける。貴様も、このカジノと全財産を賭けろ」
困惑を浮かべるガゲルド。
俺の言葉に、周囲の空気がピリピリと肌を刺すような緊張感に包まれる。
「いえ、しかし……」
「出来ぬとは言わせぬ。これは見世物だ。観衆の目の前で誓約書を交わし、一発勝負で勝敗を決める。そして、貴様は負けろ。……どうだ、面白そうだろう?」
さらにガゲルドに威圧を掛ける。
普通だったら、単なるハラスメントだ。
だが、こいつは野心深い男。
必ず、この無謀な賭けに乗って来る。
すると、ガゲルドの目が見開いた。
やはり、気が付いたか。
この提案の、最も有効な方法を。
ガゲルドの思っている事は手に取るように分かる。
こう考えているのだ。
『もし観客の前で誓約書を交わした上で、負けるという約束を反故にし、この生意気なガキに勝てば公爵家の領地も地位も手に入る』と。
そう。
この男は今、俺が怒りに任せて無謀な賭けを仕掛けてきた阿呆な貴族だと確信したのだ。
ガゲルドが平静を装いながらも、俺に語りかけた。
「レヴォス様。承知いたしました。そもそもは私の不始末。レヴォス様の提案通り、明日にここを舞台として執り行ないたいと思います」
ガゲルドは深く頭を下げた。
その顔に張り付いた、勝ちを確信した醜い笑みが目に付く。
千載一遇の好機を掴んだと悦に浸っているようだが、お前が掴んだのは破滅への片道切符だ。
「ふん、分かればよろしい」
俺は傲慢に言い捨て、踵を返した。
そのまま、カジノの外まで出ると隣を歩くクロエが、俺の顔を覗き込んでくる。
「……レヴォス様、どうしたんですか?」
「何、考え事だ。それより、飯にするぞ」
「え、ご飯ですか!? 私、お腹空きました!」
会話を聞いていたルナリアが歓喜の声を上げる。
「レヴォス様。持ち金の方は大丈夫なのでしょうか……?」
フォルテが、恐る恐る俺に尋ねてくる。
先ほど、財産を失ったと言ったばかりだったな。
執事として、主の財政状況を案じるのは当然の務めだろう。
「フォルテ、案ずるな。金ならある。あんなことで、本当に全て失ったと思ったか?」
「……これは失礼いたしました。至らず、申し訳ございません」
俺の意図を察したフォルテが、安堵したように恭しく一礼した。
「良い。それよりも、明日の前祝いだ。最高級の食事で、英気を養うとしようではないか」
向かったのは、カジノ併設の展望レストランだ。
高い天井からは豪華なシャンデリアが吊り下がり、窓の外には銀色に輝く湖が広がっている。
テーブルには、次々と贅を尽くした料理が運ばれてきた。
黄金色に焼き上がった巨大な湖魚の香草焼き。
芳醇なソースがかけられた、最上級の霜降り肉のステーキ。
色とりどりの果実が宝石のように散りばめられた、見た目にも鮮やかなサラダなど。
どれもが、極上の逸品ばかりだ。
「うおおお、うめえな! これ、なんて料理だぁ?!」
「おい、ジクナ。落ち着いて食え。誰も取らん」
ジクナは目の色を変え、両手で肉を掴んで豪快に頬張っている。
ソースが口の周りに付くのも構わず、獣のような勢いで皿を空にしていく。
「うおおおん……! 美味しいです……!」
隣では、ルーシィがパイ包みスープを口にし、その熱さと美味さに身悶えしていた。
スロットの負けを思い出しては泣き、スープの美味さに感動しては食べ、情緒不安定な様子で顔を赤くしている。
「ルーシィ。いい加減に泣き止め。せめて泣くのか食うのか、どちらかにしろ」
ルーシィといい、ジクナといい騒がしい連中だ。
まるで動物園のようになってきたな。
ふと視線を落とすと、テーブルの端で猫のニャスパルが鎮座していた。
ニャスパルは用意された小皿の白身魚を、音も立てず優雅に食している。
俺の視線に気が付いたニャスパル。
「ンニャ?」
俺と目が合うと、ニャスパルは小首を傾げ、可愛らしく鳴いた。
……ニャスパルの方が、よっぽど礼儀をわきまえているようだな。




