第109話 影走り
漁の成果が届き、俺たちはフェリスから城での食事に招待された。
俺の目的である海鮮。ついに海鮮が食べれるのだ。
そんなことを考えながら、フェリスたちと城へと向かっていた道中。
一人の兵士が、肩で息を切りながら俺たちの元へ駆け寄ってきた。
「フェリス様、大臣殿! 緊急のご報告です!」
「どうしたのですか? そんなに慌てて」
隣にいたフェリスが、不安げに眉をひそめる。
「ダンジョンにて暴れ回っている者がおりまして……! 警備の兵を出動させたのですが、返り討ちに遭い、全く鎮圧できません!」
そういえば、この街の近郊にダンジョンがあったな。
海鮮と並び、ザオツリの貴重な収入源となっている場所。
そこで問題が起きているとなれば、国庫への打撃は避けられん。
だが、国家の兵を相手に正面から暴れるなど、一体何が目的だ?
どこかのパーティか。いや、他国の軍隊か?
宰相の傭兵の残党がダンジョンにいるとは考えにくいしな。
「その暴れている奴はどのような奴だ? 人数は?」
俺が問いかけると、兵士は慌てながら答えた。
「そ、それが、たった一人でして! 黒い霧のような、不気味な影を飛ばして攻撃してくる剣士です!」
影を飛ばす、だと……?
その特徴を聞いた瞬間、俺の脳裏にひとりのキャラクターが浮かび上がった。
「もしや、そいつは黒い鎧を着ていて、銀色の長髪に赤い目をした女の剣士か?」
「は、はい! おっしゃる通りです!」
……ちっ、やはりあいつか。
随分とめんどくさい奴が現れたな。
だが、アイツは放置することは出来ない。
ザオツリどころか、周辺に大打撃を与えかねないトラブルメーカーだからだ。
「俺がなんとかしよう。ルナリア、ついてこい」
「は、はい!」
俺が歩き出すと、フェリスが慌てて前に出た。
「あの! 私もご一緒してもよろしいでしょうか!?」
「フェ、フェリス様! それはなりませんぞ!」
執事のロイドが、悲鳴に近い声を上げてフェリスを制止する。
今回の相手は、分が悪い。さすがにフェリスのお守りは無理だ。
「フェリス、お前は留守番だ。アリアと一緒に、茶でも飲んで待っていろ」
「ええ~……そんなぁ……」
不満げに頬を膨らませるフェリス。
俺の言葉に、後ろのロイドがほっと胸を撫でおろしているのが見える。
「フェリス。城の牢をひとつ、空けておけ」
「牢を、ですか?」
「ああ、捕まえる奴に用があってな。そいつを入れておくためだ。すぐに戻る」
俺はそれだけ言い残すと、マントを翻して進んだ。
背後でルナリアが、俺の背中を追ってくる足音が聞こえた。
――――――
街の門を抜け、塩の香りが混じる潮風を背に受けて山あいの森へと進む。
やがて、目的のダンジョンが見えてきたが、その入り口付近には異様な光景が広がっていた。
数十人の冒険者たちが、武器を手にしながらも入り口から離れた場所でたむろしている。
冒険者達の顔には苛立ちと、殺気立った空気がピリピリと肌を刺す。
冒険者の群れをかき分けて進むと、ダンジョンの入り口が見えた。
地面から隆起した岩に穴が空いていて、地下へと続く階段がある。
その中に進もうとすると、一人の男が俺の肩を掴んだ。
「おい、あんちゃん。やめておけ。ダンジョンの中に変な奴がいて武器を奪われるから、行かない方がいいぞ」
「それで、皆ここで待機しているのか?」
「待機っつうかなぁ。冒険者同士の私闘はギルドで厳禁されてる。兵士が対処できねえんじゃ、俺たちにゃどうしようもねえ」
冒険者が肩をすくめる。
「そうか、俺が様子を見てきてやろう」
「あっ! おい! 俺はちゃんと忠告したからな!」
男の忠告を無視し、俺は地下へと続く階段に足を踏み入れた。
冒険者なりの親切心だろうが、俺には関係のないことだ。
「ルナリア、足元に気をつけろよ」
「は、はい……! なんだか、嫌な空気を感じますね……」
ルナリアは初めてのダンジョンに気圧されているのか、俺の服の裾をぎゅっと握りしめ密着してくる。
階段を降りると、高笑いが響き渡った。
「うはははは! やっと新しい獲物が来たか! おい、そこの人間! 武器を置いてけぇ!」
暗闇の中から姿を現したその女を見て、俺は改めて確信した。
こいつは、影走りのジクナ。
『エル戦』に出てくる仲間キャラクター。
だが、敵キャラでもある。
仲間にするには、少しばかり面倒な手順が必要な厄介な奴。
なぜなら、こいつは魔族だ。
銀色の長髪を乱雑にまとめ、爬虫類のような縦長の瞳孔を持つ赤い目で俺を見ている。
右目には縦に走る過去の凄惨な戦いを物語る深い傷跡。
そして何より――ほとんど裸に近いような、面積の少ない黒い軽鎧を着ている。
その少ない面積の防具は、意味があるのかと問いたい。
さらに特徴的な、黒い長剣。
あれは、ジクナが作る影で出来ている。
「レヴォス様……あの、すごく変態さんな方がいますけど……」
ルナリアが引きつった顔で俺の影に隠れる。
「大丈夫だ、ルナリア。だが油断するなよ。あいつは厄介だからな」
ルナリアには、ジクナの恰好は少し刺激的だったか。
だがこの後の展開は、もっとマズいが魔族というものを知っておくには良い機会だ。
「おい! 何をこそこそと喋ってる! さっさと武器を置いて行け!」
「お前のような雑魚に渡す武器など、あるはずが無いだろう。さっさとこのダンジョンから出てけ。邪魔だ」
俺の言葉に、あきらかに引きつった顔をするジクナ。
「き、きさまぁ……! 人間の分際で、生意気な!」
だが俺が刀を引き抜くと、ジクナの表情が変わった。
「……お? 人間、随分と面白い剣を持っているな! いい、すごくいい! それを寄越せ!」
ジクナの行動原理。それは名剣の収集。いわゆるコレクターだ。
『エル戦』のシナリオでは、執事フォルテと武器談義で意気投合する場面もある。
だが、今はただの略奪者でしかない。
オコタが打ったこの刀を、こんな奴に渡す気は毛頭ない。
「さっきも言ったが、雑魚に渡す武器は無い。そんなに欲しいなら、力ずくで奪ってみろ。もっとも、雑魚のお前には無理だろうがな」
俺は鼻で笑い、さらに煽りを重ねる。
ジクナは一瞬、呆気に取られたように口を半開きにした。
おそらく、ここまでコケにされた事がないので、逆に驚いているのだろう。
それくらい、ジクナは強い。
「ふふ……ふふふふ……! 面白い! その減らず口、二度と叩けないように切り裂いてやるよ!」
逆上したジクナが、爆発的な踏み込みで突っ込んできた。
魔族の筋力は、人間とは根本から構造が違う。
細い手足からは想像もできないほどの圧力が、空気を切り裂いて迫る。
ジクナは両手で影の剣を握りしめ、頭上から叩きつけるような一撃を放った。
しかし、俺は逃げない。避けもしない。
刀を構え、下から上へと一気に跳ね上げた。
ジクナの顔には「勝った」という確信の笑みが浮かんでいる。
だが――
ガギィィィンッ!
金属音が響き、ジクナの持つ影の剣が、まるで玩具のように上空へ弾き飛ばされた。
受け流された衝撃がそのままジクナの身体を襲い、ジクナが後方へと吹き飛んだ。
俺が、こんな奴に力負けする事は断じてない。
「……な、なに……? 力で、負けた……?」
ジクナが信じられないものを見たという風に目を丸くしている。
その手は、受けた衝撃で激しく痺れているようだ。
「どうした、雑魚。その程度で終わりか? 期待外れも甚だしいな」
俺が追い打ちをかけるように、さらに煽る。
すると、ジクナの顔に粘りつくような執念の笑みが戻った。
「ひ、ひひひ……! いいねぇ、あんた! 最高だよ! でも、これはどうかなぁ……?!」
ジクナが、自身の胸元にある鎧の留め具をパチンと外した。
重厚な音を立てて、黒い軽鎧が地面に落ちる。
全裸となったジクナ。
「わわわわ!? レヴォス様! 見ちゃダメですよ!」
後ろでルナリアが絶叫し、俺の視界を遮るように後ろからぐいぐいと引っ張ってくる。
これこそがジクナの本気だ。
単なる痴女ではない。
最も危険な攻撃が始まるジクナの必勝形態。
ここからが、ジクナの真骨頂。
「ルナリア、落ち着け。……いいか、よく聞け」
俺は暴れるルナリアを引き寄せ、耳元で短く作戦を告げた。
「……ということだ。分かったな? 一発で決めろ。失敗すれば……死ぬからな」
「ひっ?! わ、わかりましたっ!」
ルナリアの返事を受けると、俺は再びジクナへと向き直った。
ジクナの周りに、ドロリとした黒い影が生き物のように蠢いている。
「あっは~ん♡ 覚悟しな、色男!」
ジクナが艶かしく腰をくねらせ、俺に向けて投げキッスを送る。
だが、その瞬間。
ジクナの身体が水面に沈む石のように、地面の影の中へと音もなく吸い込まれて消えた。
これこそが、影走りのジクナの能力だ。
だが、俺はその能力も策も知っている。
残念だったな、ジクナ。
俺が少しばかり、遊んでやろう。




