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第106話 ザオツリ王の策



 宰相が引き連れてきた傭兵どもは、一人残らずザオツリから去った。

 そして城に残されたのは、私欲のために反逆を企てた愚かな宰相と、それに荷担した無能な従兄弟のカイトバだけだ。


 縄で無様に縛り上げられた宰相は、絶体絶命の窮地にありながら、なおも周囲を鋭く睨みつけている。

 己の非を認めるどころか、自分こそが正しいと言わんばかりの図太い態度だ。

 

 対照的に、カイトバの方は顔面蒼白になっている。

 反逆罪の行き着く先が死罪以外にないことを、その足りない頭でも理解できているだろう。

 ガチガチと音を立てて震えるその姿は、見ていて滑稽ですらあった。

 

 その後、城の牢からは、捕らえられていたザオツリの騎士団長や使用人、さらには大臣や先王の執事たちが次々と解放された。

 彼らもフェリスと同様、反乱を企てたという濡れ衣を着せられ、押し込められていたらしい。

 

 牢から出された者たちは、ボロボロになりながらもフェリスの元へ駆け寄り、その無事を涙ながらに喜んでいた。

 そして入れ替わるようにして、宰相とカイトバが冷たい鉄格子の向こうへと放り込まれる。

 

 そして、解放された大臣が震える足取りで俺の前に進み出てきた。


「あなたがフェリス様を救っていただいたとお聞きしました。本当に……本当にありがとうございます!」


 大臣は感極まった様子で俺の手を握り、壊れんばかりの勢いでぶんぶんと振り回す。


「それより確認したいことがある。ザオツリの跡取りは、本当に男でなければ継げないのか?」


「え、ええ……それに関しては、残念ながら事実です。古くからの習わしではありますが、代々その通りに厳格に守られて参りました」


 なるほど。男系継承の壁か。

 この小国の未来を阻む、実に厄介で下らない決まり事だ。

 

「ふははは! だから言っただろう! 女のフェリス様では王位を継げん! このカイトバ様がいなくなれば、この国の王族の血筋は絶えるのだ!」


 牢の奥から、宰相が勝ち誇ったような声を張り上げた。

 俺は宰相を無視し、視線を大臣に向けた。

 

「じゃあどうするんだ。そもそも、あんなゴミ屑同然のカイトバに国が継げるのか?」


 大臣は顔を伏せ、困惑の表情を浮かべる。


 「カイトバ様は、先王の弟君の忘れ形見。事故でご両親を亡くされてからは、先王が引き取って我が子のように目をかけておられました。しかし、教育を施そうとしても隙を見ては逃げ出し、あろうことか国庫の金を無断で遊興に使い込む始末でして……」


 視線をやれば、カイトバは「ふん!」とガキのようにそっぽを向いている。

 どうやら、事実らしい。

 

「幾度注意しても改まるどころか、日増しに素行は悪くなるばかり。我らも断腸の思いで最終通告を致しましたが……結局、王家からの追放を言い渡すことになったのです」

 

「俺の国の金を俺がどう使おうと、勝手だろうが!」

 

 カイトバが鉄格子を叩いて叫ぶ。

 

 要するに、ただの極潰しのクズというわけだ。

 先王の慈悲を泥で汚し続けた結果がこれか。

 

 俺は大臣に更なる問いを重ねた。

 

「先王が財産を銀行に預けていたというのは確かか? なぜ、これほど近くにいた宰相がその事実に気づかなかった」

 

「先王は半年前から、国の財産を秘密裏に『王族の資産』から『先王個人の資産』へと付け替え始められたのです。我ら側近にすら伏せて……」

 

 秘密裏に、だと?

 一国の王が、自国の財源をわざわざ銀行へ移すなど、普通では考えられん。

 

 確かに銀行は強固ではある。

 だがもし銀行の機能が停止すれば、国家の運営が立ち行かなくなるリスクがある。

 そんな危険を冒してまで、王は何を画策していた……?


 思考を巡らせているうちに、ふと窓の外を見れば、すでに夜の帳が深く下りていた。

 

 ザオツリは王を失い、国民は不安に震えている。

 漁業もすでに損害が出ていた。

 

 早急に、できれば明日には国葬を行い、国政を正す必要があるだろう。

 

「……あの、お父様は……お父様はどこにいるのですか?」


 フェリスが震える声で大臣に尋ねた。

 

「はっ。先王のご遺体は、城に隣接した教会に安置されております」

 

 その言葉を聞き、執事のロイドが静かにフェリスの肩へ手を置いた。


「フェリス様。先王に……お父上にご挨拶をいたしましょう」


 フェリスはこくりと、小さく頼りなげに頷いた。



 ――――――

 


 宰相とカイトバを厳重な監視を付けた牢に叩き込んだ。

 そして俺たちはフェリスに付き添い、城の隣にある静まり返った教会へと足を踏み入れた。

 

 教会の奥には、豪奢(ごうしゃ)(ひつぎ)に横たわる先王の姿があった。

 色とりどりの花に囲まれたその周囲には、魔石によって生成された冷気が漂い、張り詰めた空気をより一層冷たくさせている。

 

「お父様……」

 

 フェリスがよろよろと、今にも崩れ落ちそうな足取りで棺へと歩み寄る。

 俺は隣に立つロイドへ、声を潜めて尋ねた。

 

「なぜ、フェリスはあんなに狼狽(うろた)えている。父親の死なら、もっと前に知っていたはずだろう」


「先王が息を引き取られた直後、宰相が即座に兵を動かしたのです。フェリス様はお父上の最期に立ち会うことすら許されず、こうして対面されるのも初めてなのでございます」

 

 父の死という冷酷な現実との、あまりに遅すぎた直面。

 フェリスの幼い肩が、耐えきれない重圧に押しつぶされそうに震えている。

 

「うっ……くっ……」

 

 フェリスの大きな瞳に、大粒の涙が溜まっていく。

 だがフェリスは唇を噛み締め、必死に声を殺して、泣き出すのを堪えていた。

 

 だが、俺の胸中には拭いきれない違和感が渦巻いていた。

 悲しみに沈むフェリスの姿ではない。

 棺の中で眠る、先王の『表情』だ。

 

 遺体の顔は、驚くほどに安らかだった。

 それどころか、かすかに微笑んでいるようにさえ見える。

 

 幼い娘を残し、蛇のような宰相が暗躍する中で命を落とした男が、これほど満足げな顔をするものか?

 この男はただの昼行燈(ひるあんどん)だったのか、それとも……

 

 半年前に急遽行われた、銀行への財産移転。

 それを宰相ですら知らなかったという事実。

 

 ……果たして、それは偶然か?

 いや、王は確信を持って、宰相に情報を漏らさなかったのではないか。


 一度、情報を整理しよう。

 

 王は宰相に秘密で、不自然な時期に財産を動かした。

 その目的は何だ?

 

 カイトバのような無能に王族の資産が渡るのを防ぐためだろうか。

 あるいは、宰相の裏切りを予見していた……?

 

 いや、確証はなくとも、宰相の野心を肌で感じ取っていたのかもしれない。

 だとしたら、この王は毒殺、あるいは暗殺された可能性も高い。

 

 自分が死んだ後、ザオツリの財産が国家のシステムに飲み込まれず、確実に、そして『個人』として娘のフェリスに届くように保険をかけたというのか。


 王族という人種は、常に死の影に怯え、裏切りや謀反の渦中で生きることを強いられる。

 この男(先王)は死の間際、一国の主としてではなく、一人の父親として、最後の博打を打ったつもりなのか。


「お、お父様ぁ……」

 

 堪えきれなくなったフェリスの悲痛な叫びが、教会の高い天井に虚しく響き渡る。

 すると、俺の横からふわりと、一人の女性が前へと進み出た。

 

 ――アリアだ。

 

 アリアは、泣くのを我慢し喉を詰まらせているフェリスの隣にそっと寄り添った。

 そして慈しむような手つきでフェリスの背中に触れ、優しく、何度もさすり始めた。

 

「たくさん泣いていいんだよ、フェリスちゃん。涙を止める必要なんてどこにもない。あなたがどれだけお父様を大好きだったか、その涙がちゃんと知っているもの」

 

 アリアの穏やかで温かい声が響いた瞬間。

 せき止めていたものが決壊したかのように、フェリスの瞳から涙が溢れ出した。


「うわああぁ……!」

 

 フェリスは声を上げて泣きじゃくり、アリアの胸へと飛び込んだ。

 アリアはそんなフェリスを包み込み、優しく頭を撫で続けている。

 

 一国の王女に対する不敬な振る舞い。

 だが、それを止める者は誰もいなかった。

 執事ロイドも、大臣も、ただ静かにその光景を見守り、目元を拭っている。

 

 静かな教会に、フェリスの慟哭だけが激しく響き続けていた。

 

 俺はもう一度、先王の死に顔を見下ろした。

 やはり、この表情は『安堵』だ。

 

 それは死してなお、敵の鼻を明かしてやったという勝利者の顔だった。


 

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