第101話 鉄壁の財産
俺たちはザオツリ城を後にし、母アリアと妹ルナリアの二人を脇に抱え、夜の街を疾走した。
宿に戻ることなく、俺たちはフェリスたちが身を潜めている隠れ家へと到着する。
「おい、フェリス。戻ったぞ。レヴォスだ」
トントンと扉をノックし、返答を待つ。
中でドタドタと近づいてくる足音が聞こえてきた。
ほどなくして、怯えたように少しだけドアが開く。
……まったく、不用心すぎる。
もしも俺ではなかったら、今の一瞬でお終いだ。
「レヴォス様! 皆様も、ご無事だったんですね!?」
フェリスが目を皿のように見開いて叫ぶ。
後ろに控えていた執事ロイドや数人の使用人、生き残りの兵士たちも、俺たちに注視している。
いきなり城へ行くと言って無事に帰って来るとは思わなかったのだろう。
たしかに、普通に考えればそうだ。
俺たちは家に入ると、部屋にある古びたソファへと深く腰掛けた。
ロイドが紅茶を淹れようとするのを、「今はいい」と制止する。
そんな俺にフェリスが身を乗り出して尋ねてきた。
「レヴォス様、城の状況はどうでしたか?! それに何やら、外が騒がしいようですが……」
「ああ、宰相とカイトバの面を拝んできた。ついでに、フェリスの居場所も教えてやったぞ」
「えぇ!? こ、ここここ、ここに軍が来るんですか!?」
フェリスが顔を真っ白にしてガタガタと震えだした。
その周囲にいた兵士たちも、慌てて剣の柄に手をかけ、腰の引けた構えをとる。
「案ずるな。港の船に潜伏していると言ったら、あのアホ面どもは疑いもせずに信じていたぞ。今ごろ、空っぽの船を囲んで躍起になっているはずだ。……ということで」
「……ということで?」
「今から城へ行くぞ。攻めるなら、奴らの主力が港へ向かっている今しかない」
フェリス、ロイド、そして兵士たちが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を凝視していた。
――――――
フェリスたちに状況を最初から説明しても理解に時間がかかる。
俺は時間の無駄だと判断し、フェリスの腕をひっ掴むと、そのまま城へと引っ張って来た。
俺の速度にフェリスが「うわあぁぁ!」と叫んでいたが無視し、ロイドや兵士たちも慌てながら必死な形相で俺たちの後を追ってくる。
アリアも俺が抱き上げていたが、むしろ楽しんでいるようにも見えた。
この余裕の差は、いったいどこで生まれるんだ?
そして、再びザオツリ城の正門前。
「止まれ! ……あ、フェリス様!?」
先ほど俺を素通りさせた門番だ。
流石に、この国の王族の顔は忘れていないらしい。
「ご無事でしたか!? フェリス様!」
「いったい、城で何が起きているのですか!? 宰相様からは、フェリス様が反乱を起こして逃亡したと聞かされておりましたが……」
フェリスの顔を見て、門番たちの間に困惑が広がる。
どうやら、あの宰相どもは『フェリスの反乱』というデタラメを正規兵に吹き込んでいたようだな。
無理があるが、王が死に、フェリスが姿を消した状況では、兵士たちも上に従うしかなかったのだろう。
先王が亡くなり、それと同時に宰相権限で傭兵を招き入れる。
そしてすぐにフェリスを捕らえて、代わりの王カイトバを確立させた。
正規兵は状況が分からず、ただ結果だけを聞いた時には、すでにフェリスは逃亡中。
迅速な進め方は良いが、詰めが甘いな。
俺にひっぱられヨレヨレになったフェリスの耳元で囁いた。
「フェリス。見ての通り、こいつらは城の正規兵だ。今、ここでお前が正当な王位継承者としての威厳を示し安心させ、味方につけろ。できなければ、お前に未来はないぞ」
フェリスは一瞬、喉を鳴らして唾をゴクリと飲み込んだ。
だが俺の視線を見て、決意を固めたように力強く頷いた。
「……みんな、聞いてほしい! 私は城を取り戻しに来た! 反乱を起こしたのは私ではない、宰相たちだ! これは奴らの卑劣な策略なのだ! すぐに兵を集めてくれ!」
フェリスが声を張り上げると、門番の表情がパッと明るくなった。
やはり、無理な命令に従わされていたことに不審を抱いていたのだろう。
主君の帰還に、兵士たちの瞳には安堵の色が浮かんでいる。
「す、すぐに皆を集めます! 皆、フェリス様が帰られるのを待っておりましたので!」
一人の門番が歓喜の声を上げて城内へと駆け込んでいく。
俺は残ったもう一人の門番に対し、威圧を込めて命じた。
「門を閉じろ。そろそろ宰相の傭兵たちが帰って来るからな。戻って来ても誰一人いれるな」
門番が俺の威圧に、こくこくと頷き、門を閉めだす。
それを確認し城内へ足を踏み入れると、次々と兵士たちが集まってきた。
皆、先ほどの門番と同じように、希望を見出した明るい表情をしている。
「おお! フェリス様だ!」
「心配で夜も眠れませんでしたぞ!」
フェリスはあっという間に笑顔の兵士たちに囲まれた。
ふん、これほど慕われているとはな。
兵士の中には、感極まって涙を流している者さえいる。
人心掌握の必要すら感じないほどの熱狂ぶりだ。
だがこれで、兵士達を懐柔する手間が省けたのは確かだな。
「……ふん、これで形勢逆転か。あっけないものだ」
すると、輪の中からフェリスが弾かれたように飛び出してきて、俺の元へ駆け寄ってきた。
「レヴォス様! 兵たちの話では、宰相たちは今、王の間にいるようです!」
「そうか。では、さっさと害虫駆除を済ませるとするか。……いや、待て。俺に良い案がある」
俺が不敵な笑みを浮かべると、フェリスは再びポカンとした顔で俺を見上げていた。
――――――
王の間の扉の向こうから、宰相の焦れたような声が響く。
「何事だ! 外が騒がしいぞ!」
「報告します! 逃亡していたフェリス様を捕らえました!」
扉が開き、後ろ手に縛られたフェリスが兵士たちに連行されていく。
当然、これは俺が仕組んだ茶番だ。
縄は緩く、フェリスがその気になれば一瞬でほどける様に出来ている。
「早かったな! でかしたぞ、兵士たち!」
「やっと捕まえたか! フェリス! 逃げ切れなかったようだな!」
カイトバが下卑た笑い声を上げ、宰相も満足げに笑っている。
俺はその様子を、扉の影から冷ややかに観察していた。
「レヴォス様。あの人たち、まんまと騙されてますね!」
「なんだか、お芝居みたいでドキドキしますね」
隣でルナリアが面白そうに目を細め、アリアは楽しげに囁いている。
「……よし、仕上げの時間だ。俺たちも入るぞ」
俺たちは、堂々と王の間へと足を踏み入れた。
俺の姿を見た瞬間、宰相とカイトバの顔から余裕が消え、不審な表情をしている。
「フェリスを捕らえたようだな。では、約束通りに報酬を貰おうか」
「貴様らか……だが、報酬はまだだ。まずは必要な手続きを済ませる」
宰相が、懐から一通の書類を取り出す。
「さあ、フェリス様。この『王位継承に関する証明書』に署名をしてもらいましょうか。これを書けば、命だけは助けてあげますよ」
宰相がフェリスに突きつけたその紙を、俺は横から中身を見た。
……あれは、王位継承の書類ではないな。
書かれているのは『継承の破棄』だ。
そして、下部には小さな文字で『財産相続の破棄』という項目が並んでいる。
やはり、行き着く先は金か。
そして、その証明書の発行元には見覚えのある紋章が刻印されていた。
国境を越え、大陸中の冒険者や貴族が利用する巨大金融機関。
『ヴァンジリク銀行』。
『エル戦』のプレイヤーなら誰もが世話になる場所だ。
アイテムを預ける事ができ、それに万が一戦闘で全滅しても、ここに預けた金だけは守られるというシステム上の聖域。
念のため、中身を詳しく見てみるか。
俺は宰相の元に、一歩踏み出した。
「おい、その紙を貸せ。内容を確認させろ」
返答も待たず、俺は宰相の手から証明書を乱暴にひったくった。
「お、おい! 貴様、何をする!?」
騒ぐゴミを無視して、俺は書類の細部まで目を通す。
そこには、『ファルナンド・ザオツリ』の個人名義で預けられた莫大な財産の相続権について記載されていた。
おそらく、フェリスの父である先王だろう。
書かれている中身は凄まじいものだった。
ザオツリ国が所有する全ての金貨、城を含む不動産、九割以上の土地、さらには港に停泊する全ての船など。
そして何より目を引いたのは、この国を構成する『住民』そのものが王の個人所有物としてリストアップされていることだ。
銀行という鉄壁の場所に守られたザオツリ国の財産。
ザオツリ国に存在する銀行から、強引に財産を奪い取る事もできるだろう。
だが、銀行というシステム上、他国含めて財産が分散されており全てを回収することはできない。
それどころか強奪などしたら、ザオツリという国は銀行を襲うという悪評が広まり商業すら不可能になる。
つまり、この紙に署名しなければ、宰相たちはザオツリという国を乗っ取ったとて、何も意味をなさない。
銀行に財産を預けるとは小国ならではの財産の守り方だ。
大国ではこうもいかない。
だが……このまま、宰相たちに国を乗っ取らせても面白そうだ。




