第100話 両手の花
「フェリスさんを捕まえたい理由……ですか?」
ルナリアは不思議そうに首を傾げている。
その無垢な仕草に、俺は一つ溜息をついて説明した。
「この国には金がない。金貨1000枚程度で狼狽える国など、本来あり得ないのだ。何らかの理由で財源が断たれ、立ち行かなくなっている証拠だな」
「お金がない事と、フェリスさんが何か関係しているんですか?」
「そうだ。おそらく国庫の物理的な鍵か、あるいは金を引き出すための権限をフェリスが握っているのだろう。奴らは今、活動資金が底を突く寸前で焦っているわけだ」
「え、えっと……なるほど……?」
ルナリアは俺の言葉を懸命に理解しようと眉を寄せているが、国家経営の裏側など、ルナリアにはまだ難しいだろう。
そして、カイトバが求めているのも、王位継承の証明書などという形式的なものではない。
おそらく、財産の譲渡を認める署名だ。
もしフェリスが逃げ切れば、この国は経営破綻する可能性がある。
だが、それ以上に奴らには切迫した問題があるのだろう。
もし、このままフェリスが逃げたらどうなるか?
宰相やカイトバ自らが呼びこんだ災難が降りかかる。
城の廊下で飲み食いしていた、あの行儀の悪い傭兵たちだ。
あんな数の荒くれ者、正当な報酬なしに動くはずがない。
金が無いのなら、城を乗っ取った後に支払う契約なのだろう。
だが、フェリスが逃げてしまい金が払えないとなれば、傭兵たちは即座に牙を剥く。
飼い犬に手を噛まれるどころではない。
契約金代わりに城の中のものを略奪し、腹いせに雇い主であるカイトバたちの首を撥ねる可能性すらある。
それを見るのも一興だが、そうなると本当に国家が崩れかねん。
国家が暴動に飲まれれば、次に被害を受けるのは民だ。
それを避けつつ、宰相やカイトバどもに一泡吹かせて、この国家を俺好みに変えてやるとするか。
俺はのんびり座っているアリアと、未だに考え込んでいるルナリアに声をかけた。
「情報はすべて揃った。もうこの城に用はない。帰るぞ、アリア、ルナリア」
「え、帰っちゃうんですか? せっかく、このお部屋に来たのに?」
「この客間に来たのは面倒事を避けるためだ。もし俺たちが帰ると言っていたら、奴らは怪しむ。だが、ここに残るといえば金目当てで居座る迷惑な客人のままだからな」
そう言うと、俺は客間の窓を開け放った。
下を見れば裏庭が広がっており、兵士の姿はない。
だが、ここは三階だ。
下までは相当な高さがある。
「ルナリア、窓から脱出する。いけるか?」
「えっ!? あ、はい! 大丈夫です!」
ルナリアは力強く頷いた。
この程度の高さ、修行を積んだルナリアなら問題ないだろう。
問題はアリアだ。
「アリア、こっちへ来い」
「なんでしょうか? ……って、あら!?」
俺はアリアの腰に手を回し、そのまま横抱きに――いわゆる『お姫様抱っこ』の形に抱え上げた。
これが一番、着地時の衝撃を吸収しやすい。
アリアは驚きに目を丸くしつつも、どこか楽しそうに俺の首に腕を回した。
「よし、行くぞルナリア。……ルナリア? どうした、早くしろ」
俺が窓枠に手をかけたところで、横のルナリアの動きがピタリと止まっていた。
「レヴォス様。私、やっぱりこの高さ、怖いです。飛べません」
「……何?」
さっきの勢いはどうしたんだ。
ルナリアの身体能力なら、着地の衝撃など無に等しいだろうに。
「ルナリア、お前なら余裕だろう。ふざけているのか?」
「無理です……絶対に無理です! 足が震えて一歩も動けませんから! 私も……抱っこしてくれないと無理ですから!」
……やれやれ。
この土壇場で何なんだ。
今さら怖気づくとは仕方のない奴め。
俺は、空いている方の手を差し出した。
「……分かった。こっちに来い」
「は、はい……!」
ルナリアが駆け寄り、俺の空いた方の腕に全力で抱きついた。
先ほどは一歩も動けないと言っていたのは、何だったんだ?
まあ、いい。
俺の右にアリア、左にルナリアを抱いた。
二人の重みを両腕に感じつつ、跳躍の準備を整える。
「へへ……えへへ……!」
なぜかルナリアが、だらしなくニヤけている。
体調でも悪いのか?
それとも恐怖で頭がやられたか?
首を傾げつつも、二人の重さを抱えての落下は、俺の脚にもかなりの負担がかかる。
だが、やるしかない。
「舌を噛むなよ! 捕まっていろ!」
俺は窓から蹴り出し、裏庭へと着地した。
ドォン、という衝撃が膝を突き抜けるが、レヴォスという肉体でそれをねじ伏せる。
「よし、このまま城を出るぞ……おい、いつまで抱きついている。降りろ」
着地してもなお、アリアとルナリアは俺の体に密着したまま、一向に離れようとしない。
「いや、なんだか腰が抜けてしまって……足が動かないのです」
「そうです、私もです! 足がフニャフニャになってしまって……!」
アリアは困ったように微笑み、ルナリアは必死な形相で言い張っている。
着地のショックか? しかしフニャフニャとは何だ?
アリアはともかく、ルナリアまでそんなはずがあるのか……?
だが、考えている暇は無い。
このまま二人を抱きかかえて城から脱出しなければ。
「……走るから、掴まってろ。そのまま離すなよ、振り落とされても知らんぞ」
「はい!」
「ええ!」
二人の返事は、先ほどの弱々しさが嘘のように元気そのものだった。




