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秘密の多い獣人令嬢は氷の騎士の心を溶かす  作者: 伊織ライ
一章 メイド編

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7/30

黄金色のふわふわ

 今日は、給料日。ほとんどは父の治療と弟妹達のために送ってしまっているけれど、それでも少しくらいの贅沢は許されるはず。毎月給料が出て最初のお休みの日には、サラと連れ立って街へ買い物へ行くのが楽しみなのだ。


「やっぱりパティスリーバウデのケーキは美味しいわねぇ」


「ええ、本当に! これがあるからまた1ヶ月頑張ろうって思えるわ! もうひとつ……食べちゃおうかしら」


「セシーったらまだ色気より食い気なの? たまには艶っぽい話も聞きたいのだけれど?」


「やだ、そんなのないわよ! サラこそ、ニックとはどうなの?」


「ふふ、彼は良い友達よ! あ、そうだわ。いつもの焼き菓子のお礼にハンカチでも贈ろうと思ってたのよ。ちょっと向かいのお店、見て来てもいい? セシーはケーキのおかわり食べてて良いからね」


 あはは、と笑いながら手を振り、店へと向かっていくサラは相変わらずの美人だ。傍目にも必死でアプローチを仕掛けているニックが少し気の毒に思えるけれど。礼儀は失わず、かといって余計な期待をさせるほど近付くこともないサラの振る舞いは流石だ。私には真似できそうもないけれど……今はそれどころじゃないものね。なぜか頭に浮かんだ白銀の輝きを追い払うように、視線をテラスから向こうの通りへやった。


「──あの子、どうしたのかしら」


 通りの真ん中で蹲り、泣いている男の子がいる。5歳くらいだろうか。通り過ぎる大人達は、横目で見つつも手を貸す様子はない。王都のメイン通りはそう治安の悪いものではないけれど、少し中に入れば物騒な所も少なくない。面倒ごとに巻き込まれるよりは、見て見ぬふりをした方が楽なのだ。──それでも。


「どうしたの? なにがあったか話せる?」


 しゃがみ込んで、目線を合わせる。ひっくひっくと泣いていた男の子は、少し驚いたように目を丸くして、眉を下げた。


「お、おかあさんの、おくすりを買いに、きたの、に、お金のふくろ、お、おとしちゃっ、て、ぅ、ぅう……」


 ぽろぽろと溢れる涙をハンカチで押さえてやる。母が亡くなった頃、泣きながらセシリアの腰に抱きついて来た弟達を思い出させた。


「そうなの、ひとりでおつかいに来て偉かったわね。お姉さんと一緒にさがしてみようか」


「あ、あし、あしが痛くて……ころんで……おか、おかあさんのほうが、もっと痛いのに、ぅぅ……っ」


 見ると確かに膝の継ぎ当てが擦り切れて、少し血が滲んでいる。手のひらにも傷があるようだ。今はこれ以上歩かせるのは難しいだろう。


「うん、わかったわ。痛いのも我慢して、よく頑張ったわね。それじゃあお姉さんが探して来てあげるから、このケーキ、食べて待っててくれる?」


「ケーキ……! でも、でも……」


「お姉さんお腹いっぱいになっちゃったから、手伝ってくれると嬉しいな。座って待っていられる?」


「うん! できる!」


「いい子ね。それじゃあ少し待っていて」


 サラ宛のメモを書き残し、男の子を軽く抱きしめた。すん、と匂いを確かめて、男の子の移動して来た道筋を辿り戻る。

 1本通りを入ったところで立ち止まり、辺りを確認した。


(よし、誰も……いないわね)


 ぐるん、という感覚と共に視界がぐっと低くなる。本当はこんなところで獣化するべきでないとは分かっていても、セシリアにはあの子を放っておけなかったのだ。

 あんなに小さな子がひとりで薬を買いにこなければいけないということは、あの子の母親は病気なのだろう。他に身内はいないのかもしれない。お世辞にも綺麗な格好とは言えなかったから、裕福ではないと思う。薬代は、決して安くはない。助かる命ならば──まだ助けられる、命ならば。あの子がこれから笑って過ごすことが出来るのならば。

 

 エミーを産んだ後、寝付いたままどんどん痩せていく母を見ているのは辛かった。セシリアの家庭教師の先生は厳しくて、課題を間違えるとものさしでぴしゃりと背中や手の甲を打たれた。辛かったけれど、もっと辛そうな母にそんなことを言うことは出来なくて……ベッドの横ではいつも物語で読んだ恋の話が素敵だったことや、やんちゃ盛りの弟達のいたずらの話をした。

 生まれたばかりの妹は可愛かったけれど、可愛いだけだとは思えない、そんな自分がどうしようもなく嫌だった。

 母が亡くなったのは、セシリアが9歳の時だった。もっと出来ることがあったのではないだろうか。私がもっとしっかりしていたら。弟達がうるさく暴れ回るのをやめさせていたら。妹がぐずるのを上手にあやせていたら。もっと楽しい話を聞かせてあげられていたら。もっと、もっと、もっと──。

 色とりどりの花に囲まれて、真っ白い肌にコーラルピンクの口紅を施された美しい母は、雲ひとつない晴れた日に土の下へ埋められた。その日セシリアは一粒だけ涙を流して──翌日から、子供であることを諦めた。


 ぐっと鋭くなった嗅覚で、男の子の手提げ袋を探す。さほど時間も経っていないし、このくらいはセシリアにとって朝飯前だ。この道を右へ。少し蛇行しながら進み、この角を左へ。匂いがだんだんと濃くなって、道端に置かれた猫の餌皿の横に袋が置かれているのを見つけた。あの子が通った時には、猫がご飯を食べていたのかもしれないわね。頬を緩めながら──傍目には、子犬が鼻をひくっと蠢かせたようにしか見えなかった──辺りに誰もいないことをしっかり確認し、人型に戻る。袋の中身をちらりと覗けば、いくらかのお金が入っているのが見えた。中身が盗られたりしていなくて良かった。


 しっかりと袋の紐を握り、カフェテラスへと戻る。

 急足で路地から出てきたセシリアの後ろ姿を見ていた人がいたことには、気付かない。



 エメリックは今日、街の警邏(けいら)に当たっている。通常、団長の立場であるエメリックが行わなくてもいい業務である。しかし自分の目で見ることで街の状況をしっかり把握することが出来るし、道を知っていればいざという時の避難経路を知ることにもなる。新人達が怠けたりだらけたりしない為の牽制にもなるから、こうして時間を見つけては見回りを行っていた。すれ違う女達にちらちらと視線を送られるのが鬱陶しく、真っ黒いローブのフードを目深に被り直した。


 その時──細い路地へ入っていく黄金色のふわふわした尾が目の端に見えた。


(あれは……もしかしておチビじゃないか?)


 警邏は馬に乗って行うから、細い路地に入っていくことは出来ない。急いで馬を繋ぎ、路地に向かおうと振り返った時──そこから出てきたのは、あの日からエメリックの頭を離れない、メイドの姿だった。


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