獣人の血
この世界が出来た時、そこには多種多様な生き物がいた。その中でも主だった種族であったのが、強い魔力と繁殖力を持つ純人族──今で言う人間だ──と、その種によって様々な身体特徴を持ち、総じて優れた身体能力を有した獣人族である。
人間達は身体が弱かったが知能が高く、戦略や計画を立てるのを得意としていた。その魔力を使って、便利な道具を開発したり、より暮らしやすい仕組みを考え出す能力があった。個々の身体の弱さを補うために、彼らはひと所に集まって暮らすようになっていった。
対して獣人族は、日々の暮らしに対して直情的であった。腹が減れば狩りをする。満たされれば眠る。相性の悪い種族同士ではしばしば争い事が起きていた。身体能力が高いため、種族単位での争いが起きると土地が荒れた。その影響は、人間達が集まって暮らしている土地にまで及んだ。
せっかく開拓した畑が荒されるのは困る。完成した集落が壊されては困る。そこで人間達は考えた。身体が強く、単純で、使い勝手の良い獣人を自分たちの道具に出来ないだろうか?
獣人は、ほとんどの場合繁殖に条件がある。一定の季節にしか番えないだとか、一生のうち特定のひとりとしか子を成せないだとか。そもそも極めて繁殖が難しい種も多いし、群れのリーダーたる強い男にのみ、全ての女が傅く場合もある。その場合、選ばれなかった男達はただ老いて、死んでいくだけだ。
まずはそんな男達に取引を持ちかけた。若い人間の女達を充てがう代わりに、獣人の研究に協力してほしい、と。
男達は喜んで応えた。人型を取ってしまえば、獣人も人間も見た目は同じ。初めて知る性的な興奮に、獣人の男達は夢中になった。そしてそのうち、人間の女達は子を孕む。人間社会で育てられた半分獣人の血を持つ子供達は、強い身体と魔力を持っていた。その力を遺憾なく人間社会のために使い、ますます人間達は社会的発展を遂げていく。土地が足りなくなれば、獣人達を騙しては奪っていった。
そろそろ、違う種の獣人の力も欲しい。そう思った人間達は、研究によって生み出した薬を試してみる事にした。獣人達を強制的に発情状態にさせ、番わせるものだ。
獣人は単純で、基本的には善良だ。薬を盛ることなど人間にとっては容易かった。
俊敏性に優れた獣人と、強い筋力を持つ獣人の掛け合わせ。身体的に優れているが生殖機能の弱い獣人と、多産傾向のある獣人の掛け合わせ。薬で自我を失った獣人から子を奪い、人間社会に対応するよう育てる。計画は完璧に思われた。
しかし、こうして生み出された獣人は、総じて短命だった。もともと身体に欠陥を抱えていたり、そうでないものは精神に異常をきたしたり。それだけではなく、番や子を奪われた大人達までもが狂っていった。それによって争いが起き、獣人達は殺し合い、瞬く間に数を減らしていったのだ。
獣人達はうまく使えばかなり有用な道具だ。その力を失うことを惜しんだ人間達は焦っていた。少々強引に隷属の魔法をかけたり、魔道具によって拘束したりして、これ以上数を減らさぬように管理した。だが、子を成すことのなくなった獣人は、ゆっくりとこの国から消えていくこととなったのだ。
◇
「私の父と母はね、薬で無理やり番わせられたそうよ。そして精神に異常をきたして亡くなったみたい。生まれた私は、隷属の首輪を付けられていてね。研究所にいたのだけれど、そこに調査で派遣されてきたのが、ジャクスよ」
お母さまとお父さまが顔を見合わせて、微笑み合っている。それはとても暖かく、幸せそうで──きっと私には伝えられない程の、凄惨な状況もあったのだろう。けれど、お父さまとお母さまが出会えたこと。それによって、セシリアや弟妹達が生まれてこられたこと。それだけは心から、良かった、と言える。
その後弟達や妹にも時期を見て、我が家の歴史とその血の特徴、そしてセシリアが先祖返りであることが伝えられた。
現在のこの国において、獣人の血を持つということは余計な争いを生みかねないものだ。未だ秘密裏に獣人の力を利用しようと、研究を重ねている者達もいるとされている。
獣人も、自分達の尊厳を無理やり奪われて罪なき命を散らされたことを忘れてはいない。
しかし、単純にやり返せば良いとは言えない程に、人間達が作り出した国の仕組みや便利な道具、そして魔法の力は暮らしに浸透していた。数を減らした獣人達は自分達の身を守るためにその特徴を慎重に隠して、いつしかひっそりと影を潜めていったのだ。
幼いセシリアが襲われたのも、獣人の力を利用しようとした者たちの仕業だろうとされた。
今まで慎重にその身を隠してきたアリベール家だが、セシリアは先祖返りとして生まれた。両親はセシリアを邸に押し込めて育てるようなことはしなかったし、貴族の義務として顔を出さねばならぬ場も少なくない。そのどこかから、情報が漏れていないとは言い切れない部分があったのも確かだ。
しばらく後、アリベール家の傍系に当たる家の使用人がひとり、膨大な借金を残して自死した。
その後も忘れた頃に、良からぬ思想を持つ者が近付いて来たり、襲撃を受けることがあった。
その度に家族の力を借りて敵をいなし、獣人としての力の使い方を覚えていった。
だからこそ、驕っていた部分もあったのかもしれない──いつだって気付くのは、事が起きてしまった後なのだ。




