初恋
「──ック……リック! おい聞いてんのか?」
「ん、ああ、ユルヴァンか。悪い、少し考え事を」
「なんだよ、一体何があった? 最近お前、少しおかしくないか?」
「おかしい……? いや、特に問題はないが」
「問題大有りだろうが。……溢れてんぞ」
くいっと顎で示され、視線を手元に向けると、手ずから入れていたお茶がカップからだばだばと溢れ出していた。
エメリックは第三騎士団団長という立場でありながら世話係を置いていない。任命当初はいたのだが──どいつもこいつも揃って色目を使い、やたらと身体に触り、しまいには飲み物に怪しい薬物を混入させたりしてきたため、全て首にしてしまったのだ。
なので休憩時間にお茶を入れるのも自分で行う。作業自体は慣れたもの、のはずだった。
「で、どんな問題が発生した?」
明るい茶色の髪に、猫のような少し吊り気味の目。細身でありながらしなやかな筋肉を纏った体躯、そして何より剣術と体術ならその腕は団長である俺を凌駕する。第三騎士団副団長であるユルヴァンは平民出身であるが、その確かな腕でこの地位を勝ち取った男であり、幼い頃から共に訓練に励んできた友人でもある。
いつも女の尻を追いかけてはへらへらと笑っているその口元を引き締めて、その目に浮かぶ色は……心配、か。自分の様子はそんなにおかしく見えるほどだったのかと、改めて驚きを覚えた。産まれてこの方、表情を押し込めることは息をするのと同じくらい、慣れた作業のはずだったのに。
「メイドの……あるメイドのことを、少し考えていただけだ」
「──メ、メイドぉぉ?! お前が! 女の子の! ことを!! おお……天変地異……とうとう……なんてこった…………で、どの子だ! おっぱいの大きいサリーちゃんか? あっ、あっ、それともお尻がセクシーなトリシアちゃん? あ、いや、儚げな雰囲気が守ってやりたくなるス──」
「──っ、違う! 別に、そういう意味ではない!」
「じゃあなんだよ! どういう意味だってんだ! 女の子は、そういう意味でしかないだろうが!!」
「……ユルヴァン、今年に入ってお前絡みの女のトラブルが何回起きたか、分かっているのか?」
「俺は! 可愛くて柔らかくて素晴らしい女の子達を、等しく平等に愛でてるだけなの! あの子達が勝手に、抜け駆けして俺を独り占めしようとして揉め始めただけ!」
「それが不誠実だとは思わないのか……」
「いつだって俺は全力で誠実に女の子達を愛してるさ! ていうか、俺の話は今は置いておいて、お前だよ、お前! そういう意味じゃないのに、そんな挙動不審になっちゃうほど考えてるメイドって誰? 何があったか、俺にぜぇんぶ──話してみな?」
ユルヴァンの唇が弧を描く。細められた目は獲物を狙う猫のよう。こんな場面でもなければ、世の女たちがこいつに纏わりつくのも納得ができてしまうのが一層腹立たしい。
「はぁ……だからお前にだけは話したくなかったんだよ。──名前は、セシーと呼ばれていたな。小柄で……俺の腕にすっぽり収まりそうなくらいだ。黄金色の髪の毛に、深い青の瞳。指導役から不当に扱われているようだった。つい溢れ出た威圧にも屈せず堂々としていて……所作に品があったな。あれは貴族の教育を受けている」
「腕の中にって……あー、うん、セシーちゃんねぇ……セシー、セシー……ああ! 最近入ったかわい子ちゃんかな。今度お話ししに行こうと思ってたんだ。エメリックの威圧に動じないとは大したもんだけど……本当に溢れてたのか? 勘違いじゃなく?」
「一緒にいた女は真っ青になって震えていたからな」
「ほう……それは確かに興味深い。が、没落した元貴族令嬢が王城のメイドになるのなんてよくある話だろう? あとは何が引っ掛かってるんだ」
「……血の臭いがする、と。浄化はかけてあった。討伐後とはいえ、そんな僅かな臭いに気がつくものだろうか」
「ふぅん……それは確かに、気になる。たまたまってこともある、のかなあ……」
ユルヴァンは少し目を丸くして、興味を惹かれた顔をした。この男が彼女のことを考えていると思うと、何故かちょっと苛ついた。
「彼女は……俺が手を差し伸べても、色目を使わなかった。そんな女は今までいなかった」
「おお……まあ、お前の顔はなぁ……自慢にもならないよなぁ……」
「勝手に思い浮かんでしまう。あの黄金色の毛は解くとどんな風だろうかとか、上目遣いにこちらを見上げる姿は加護欲をそそるなとか、考えようと思っているわけではないのに……頭から彼女が離れない。これは、一体なんなんだ?」
「エメリック……お前…………そうか、うんうんそうだな、仕方ない。そういう時はな、もっと直接知り合ったり触れ合ったりなんやかんやしたりすれば、だいたい解決するものだ。このユルヴァン様にお任せ下されば一から十まで手配してしんぜよう、まずはそうだな、贈り物から──」
「待て、ユルヴァン。嫌な予感がする。余計なことはしなくていい、手出し無用だ。確かに俺の考えすぎだったんだろう。話したらよく分かった。この件はもう終いだ」
「ふぅーん……そう。まあ、それならいいけどぉ。何か手伝って欲しいことがあったらまた言ってくれ、大事な親友の為ならいくらでも協力するからな」
「ああ、ありがとう。じゃあまずこの書類仕事を頼む」
「ええー!! 勘弁してくれよぉ」
唇を尖らせ、そんなつもりじゃ……などとぶつぶつ言いながらも書類仕事をさっさと捌いていくユルヴァン。これで女絡みのトラブルを起こさなければ言うことはないのだが……まあそれでも決定的な問題は起こしたことがないことを考えると、彼なりの線引きはされているのだろう。
自らも溢れたお茶を片付け、仕事に戻ることにする。このところ頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えてとしていたメイドの姿は一旦忘れることにして──その代わりに脳裏に浮かんだのは、メイドと同じ瞳の色をしたふわふわの子犬のことであった。
(……あの子は、ちゃんと家に帰れただろうか)
ふと手を止めてどこか遠くを見るような目をしている友人を横目で観察しながら、ユルヴァンは脳内でメイドのお友達リストをめくる。
男の遅い初恋など酷く面倒で……こんなに面白いものなど、他にないではないか。
今まで女絡みで散々苦労を強いられてきた、この愛すべき友人は──そろそろ幸せになったって、いいと思うのだ。




