これからもずっと
「んーっ、やっぱり高級な馬車は違うなぁ!」
身体を伸ばすと筋肉がほぐれていく。セシリアは今、休暇を貰い、1年ぶりに故郷へ戻って来たところだ。去年の夏に家を出て王都へ向かい、メイドとして働き始めた。色々なことがあって、そしてエメリックとも出会って。次の春からは騎士団へ入り、べノーと共に討伐にも行った。秘密もバレてしまったし、誘拐もされた。辛いこともたくさんあったけれど、こうして領に戻ってこれたことは、素直に嬉しい。
「なんだか出て来た時より整備されている気がするわ……」
エメリックが用意してくれた馬車の質ももちろん素晴らしいが、なんとなく景色が違って見える気がする。荒れていた街道も綺麗になり、あちらこちらに見える領民たちも皆笑っている。
「あっ、お嬢様ーっ!! おかえりなさい!!」
「みんなただいまー!」
手を振り返せば、大人たちの足元で子供も飛び跳ねる。少し首を捻りながらも、セシリアは再び道を急いだ。
「ただいまー!」
「姉さん、お帰りなさい」
「お姉さまっ!!」
記憶よりぐっと身長が伸びて逞しくなったアルノーと、腰にしがみついてきたのはエミーだ。
そして、その奥からゆっくりと杖をつき、歩いて来たのは──
「お父さま……!」
「セシリア、おかえり。随分苦労をかけたね」
「苦労なんて何も! お父さま、動けるようになったのですか?! いつの間に?!」
焦る私の肩が後ろからぽん、と叩かれ、宥めるようにさすられる。振り返るとそこには、見覚えのない筋骨隆々の男性の姿があった。
「ひっ!」
思わず後ずされば、にっこりと笑った彼はこう言った。
「あら、そういえば初めましてね。あたしはリックの紹介で来たジュリアンよ。ジュリって呼んでね! 今はアルノーちゃんの家庭教師と、アリベールの森の研究をしているわ。ここの森は本当に素敵よね、魔獣の生態系のバランスもとても良いわ。魔力の質がいいのかしらね? アルノーちゃんもとっても良い生徒で教えがいもあるし、ホント来て良かったわー! それもセシーちゃんのおかげねっ、ありがとう」
ウインクしながらキスを投げてくるジュリ。その勢いに目を丸くしていると、後ろでアルノーとお父様は苦笑いをしていた。ちなみにエミーはしれっとジュリの太い腕に抱き上げられている。
「ジュリ先生のおかげで領地改革が上手くいったんだ。それと姉さんが送ってくれたお金で、治癒魔法士を呼んだんだよ。治癒魔法士も第三騎士団の紹介だって聞いた、王都一の腕だって。全部姉さんが頑張ってくれたおかげだよ」
「騎士団の紹介……エメリック様だわ」
胸がほっと暖かくなる。ジュリを紹介してくれたことといい、私の知らない所でまで手を貸してくれていたなんて、どこまで温かくて優しい人なんだろう。
「セシリア、こっちへ」
お父様が呼ぶ。促されるままサロンへ足を運ぶと、そこには、真っ白なドレス。プリンセスラインで裾はふわりと広がり、銀糸で繊細な刺繍がぐるりと入っている。
「──っ!」
「セシリアには、16歳のデビュタントに行かせてあげられなかったからね。本当にすまなかった。今のアリベール領があるのはセシリアのおかげだよ。素晴らしい、自慢の娘だ。ドレス姿をカリーヌにも見せてあげたかったな」
「──ぅ、っ、あり、がとう……っ!」
少しだけ細くなってしまったお父様に、優しく抱きしめられると、大好きなお父様の懐かしい香りがした。
「ただ私はこの通り踊れないからな、美しく育ったセシリアをエスコート出来ないのは悔しいが」
杖を指してお父様が言う。
「うんん、それならべノーにでも……」
「セシー。エスコートは、俺に任せてくれないか」
甘い、花の香り。馬を飛ばして来たのだろうか、少し土と埃と汗の匂いが混ざっても、なおセシリアを魅了してやまない大好きな人の香りだ。
「エメリック様……!」
くるりと振り返れば、白銀の髪に薄水色の瞳。その瞳は燃えるように熱く揺れて、甘く溶けてしまいそうな微笑みを浮かべている。
「装飾品には、これをつけて欲しい」
差し出されたのは驚くほど大きな、アクアマリンのネックレスだ。その色はエメリックの瞳の色と同じで。セシリアのサファイアの様に深い青の瞳から、ぽろりと一粒涙が落ちた。
「セシリアも、唯一の相手に出会えたみたいだね」
「はい、お父様とお母様のように」
「あの時、私が怪我をしたからこそ、セシリアが運命の相手と出会えたのなら……やっぱりセシリアの祝福は効果抜群だな。子供たちが幸せになることこそ、私の幸せなのだからね」
お父様の目の縁を拭うのは、セシリアが幸運の祝福の刺繍を入れたハンカチだった。
◇
その後、アルノーは1年遅れで高等学園へ進学することになった。といっても、元々意欲的に学んでいたし、ジュリという優秀な家庭教師がついていたためかあっという間に追いついて、最終的には1年短縮しての卒業となった。父が動けない間の領地経営も目を見張る結果を出していたし、そこに目を付けたのはマクシミリアンだ。優れた職務能力と、また獣人ならではの強靭な肉体と鋭敏な五感は危機管理にも有効だ。伯爵家の嫡男ではあるが、マクシミリアンに強く望まれて、アルノーは王の側近として取り立てられることとなった。
ベノーは相変わらず騎士団に所属しており、訓練を積んでどんどんと腕を磨いている。今はイボン団長とユルヴァン副団長のもと、第三騎士団のエースとして活躍しているようだ。ちなみにユルヴァンが団長になるべきだと訴えたイボンに対し、エメリックとユルヴァン本人が「いや、副団長キープで」と訴えたのだとか。猫獣人は気まぐれだし、諜報活動を行うには団長という立場は邪魔になってしまうのだそう。確かに、あのユルヴァンよりも、真面目なイボンの方が団長という立場には向いているだろう。「団長になんかなったら、サラちゃんとのデートの時間が減るからいやだ」というのが、実は最も大きな理由だったのではないかと、セシリアは読んでいる。
そして妹のエミーはというと、デビュー前の13歳にしてさっさと婚約を結んでしまった。王都に出れば数多の縁談が待っていたのだろうが、本人が強く希望したためだ。その相手はというと──まさかの、ジュリアン。エミーはジュリが家庭教師としてやってきたその日に恋に落ち、獣人の血を遺憾なく発揮して押しまくり、とうとうジュリも陥落したのだとか。逞しい体躯にメロメロのエミーと、可愛いものが大好きなジュリは案外お似合いのカップルだ。エミーのウエディングドレスはきっと妖精のように可愛らしいに違いない。
そして、セシリアは。
「こっちは準備できたよー!」
「ああ、それは重いだろう、俺が運ぶ」
「ふふ、私獣人だよ? 力だけが取り柄なのに」
「その細腕でか? 俺の方が力は強い。セシリアの取り柄は可愛いところと、癒されるところと、一生懸命なところと、真面目なところと、案外負けず嫌いなところと、ふわふわで黄金色の髪の毛と、獣化した時のしっぽと、ぷにぷにの肉球と──」
「もっ、もういいから! わかった、ありがとう、お願いするね?」
「まだ言いたいことは沢山あるが──じゃあ行こうか」
相変わらずなエメリックに羞恥の心はないのだろうか。
2人はこれから、アリベール領へ向かう。アルノーは王の側近として王都を離れられないし、ベノーは騎士団でこれからも活動していく。エミーは、実は子爵であったジュリの家に入るので、セシリアが伯爵家を継ぐことになったのだ。
「エメリック、本当に──良かったの? 騎士団の仕事、好きだったでしょう」
「まあ、嫌いではなかったな。だが……俺は今までずっと、誰かの代わりに死ぬために戦ってきた気がする。けれど、セシリアと出会って、死にたくないと思うようになった。君を幸せにしたいと思うし、俺も君と一緒に幸せになりたい、と。これからはずっとセシリアと一緒に生きていきたいんだ。だから──のんびり田舎で暮らすのも、楽しみなんだ」
そう言って笑ったエメリックの顔は、なんだか晴れ晴れとしていて。エメリックの団長としての道を奪ってしまったのでは、と、どこか後ろめたく思っていたセシリアははっとした。
エメリックの幸せを勝手に決めつけるのは、傲慢だったのだと。
「そうだね──私も。私もずっとエメリックと一緒に生きていきたいっ! 2人で幸せになろうね!」
「ああ。セシリア、愛している」
「私も、エメリックを愛してるよ」
ぎゅうっと腰に飛びつくと、エメリックもしっかりと腕をまわして抱きしめてくれた。幸せはどこかに落ちているのではなくて、こういう瞬間のひとつひとつに存在しているのかもしれない。それを見付けられる自分でいられたら、いつだって私たちは、幸せなのだ。
「あのね、アリベールの森ではグレートボアが出るの。それを捕まえたら、ワインでとろとろになるまで煮込んでね──」
了
お読みいただきありがとうございました。




