俺のだ
カン、カン、と木剣がぶつかり合う音が響く。朝日を浴びた白銀の髪の毛が煌めき、セシリアの視線を奪う。
相対するのは艶のある黒髪に翠の瞳の青年だ。近くでユルヴァンもあれやこれやとヤジを飛ばしていて「下手くそ」だの「サボりすぎだ」だのなかなかに容赦がなく、傍目で見ているセシリアの方がハラハラしてしまう。
あれから王都に戻った一行は、各々後処理に追われていた。
騎士団では、犯人を取り逃したことの対応や、牢の管理の見直し。改めて捕らえたキャンデロン領主の取り調べや余罪の洗い直しなどだ。やはりキャンデロン領では、森の中で澱んだ魔力を放出し、老人や病人など弱い立場の人々を生贄にして魔獣の召喚が行われていたのだという。かねてより獣人研究が盛んに行われていた関係で、キャンデロン領には後ろ暗いところのある研究者が集まっていた。その研究者たちが、魔獣の毒を抽出したり、召喚術を開発したりしていたのだ。立地条件が悪く陸の孤島となっていたキャンデロン領にとって、魔獣の素材は唯一の特産品だった。討伐しやすい弱い魔獣だけを召喚しているうちは良かったのだが、迷い込んだ健康な子供が犠牲になったことにより澱んだ魔力が暴走した。犠牲になった人たちのことを思うと、セシリアの胸は酷く痛む。あの時背中を押された小姓の悲痛な叫び声が耳に蘇るのだ。しかしこのようなことがあって今回発覚しなければ、犠牲者は更にその数を増やしていたことだろう。せめて、今の安寧の礎として、彼らの尊い命が奪われたことを忘れないように。冥福を祈ることしかできない。
元キャンデロン領主であり、マリアナの父である男は、処刑となった。
そしてマクシミリアンはというと。獣人が飼いたい、などという理由で騎士団員であるセシリアと、セシリアを保護していたサラを無理やり攫い、無法者に金を渡していた第二王女アレクサンドリーヌを修道院へと送った。また、彼女に碌な教育を与えず放置し、あまつさえその資金の出所であった国王を隠居させた。当然王は抵抗したが、もはや数年前から王としての仕事はほとんどマクシミリアンが行っていたため、側近や大臣は皆マクシミリアンについたし──そもそも選民思想が強く独裁的な王には、その資質に疑問の声が上がっていたのだ。
よって、今この訓練所で、第三騎士団長と副団長に混ざり、木剣を振るっているのは──魔法で髪色を変え、お忍びで来ている国王陛下なのだ。
「ああ、やはりしばらくサボるとすっかり駄目だな! もう息が上がってしまった!」
「体力不足だな」
「そんなんじゃ良い王様になれないぞー」
エメリックとユルヴァンは、いつだって変わらない。場合によっては不敬罪だと言われてもおかしくないその態度を見て、マクシミリアンは嬉しそうに笑っている。
「──第三騎士団は、やっぱり私の理想だな」
その言葉に、セシリアはつい問う。
「理想……ですか?」
「ああ。エメリックは魔法が得意だろう? 私もまあ王族だから、そうだな。そしてユルヴァンは剣術や体術が得意だ。ルーやイボン、そして君の弟君も優れた肉体を持っている。それは今回明らかにしてくれたように、獣人の血を持つからだ。純人だからとか獣人だからとか、貴族だ平民だとか、そういうことではなくて……自分が得意なものをより伸ばして。仲間たちと協力し、補い合っている。これから私は、この国をそういうふうにしていきたいと思っているんだ」
「そうなったら──素敵ですね」
セシリアが笑うと、マクシミリアンは不意に黒い笑みを浮かべた。ポカンとしているセシリアにずいっと迫り、そこに跪いたのだ。流れるように手を取られ、上目遣いで金の瞳を輝かせながら、セシリアの手の甲にちゅっと口付ける。
「私はこれから純人と獣人の架け橋となろう。必ず、獣人の誇りを取り戻してみせる。そのために、私の隣に獣人の妃がいたら──それはなんと心強いことか。セシリア・アリベール嬢。私と結婚してくれないか」
突然のことに、セシリアの脳はパニック状態だ。まさに物語の王子様のようなプロポーズを受けて──実際は王子様ではなく王様なのだけれど──顔は熱く茹ってしまいそう。
「え、と……」
「──っ! ダメだ! セシーは俺のだ、お前にはやらん!」
マクシミリアンの手から引ったくるようにセシリアを引き剥がし、手の甲を必死で拭き取りながら、エメリックはその腕の中にセシリアを囲う。
「セシー、行かないでくれ。魔力はこいつより俺の方が強いし、剣だってそうだ! 金はまあ……こいつの方があるだろうが、顔……もまあこいつも悪、くは、ないが──セシーが王妃になりたければ俺が国を落とすから! だから、その──」
「私、エメリック様が好きです」
「──えっ?」
「王妃にはなりたくないので、物騒なことはやめて下さいね?」
ふふ、と笑えば、呆然としていたエメリックの耳がじわりと赤くなる。氷の騎士も形なしだ、その薄水色の瞳はゆらゆらと揺れて、炎のように熱を孕んでいる。
「セシー、好きだ。君を守りたい。結婚、して、くれないか」
「はいっ!」
その胸に飛び込んでぎゅうっと抱きつけば、腰を抱えたエメリックにそのままぐるぐると回された。甘い花のような香り。それは、獣人だけが感じられる、唯一無二の番の印だ。
「──やっとくっついたか」
「マックスも当て馬ご苦労だったな」
セシリアとエメリックにはもはや届かぬ会話である。
「──本当に妃になってくれてもよかったのだが」
マクシミリアンの呟きは風に流れて、溶けていった。
◇
「──というわけですので、私たちの婚約の許可を頂きたく」
「そうか、わかった。──エメリック、おめでとう。そして……今までお前には苦労をかけたな。本当に申し訳なかった。セシリア嬢、この通り愛想のかけらもないが、それでも私の可愛い弟だ。よろしく頼むよ」
「ウスターシュ様、ありがとうございます。必ず、私がエメリック様を幸せにしてみせます!」
セシリアが拳を握ってそう言うと。
「ははっ、随分頼もしい婚約者殿だな! ──両親とは、ついぞ分かり合えることはなかったが。エメリック、お前の親はウーグ氏だと思えば良い。幼き頃からお前を鍛え、知識を与え、育ててきたのは彼だろう。おかげでこんな素晴らしい女性を連れて来てくれるほど、立派に育ったんだから」
優しく、そして少しだけ哀しそうにウスターシュは笑った。身体の線は細く、姿形は全然違うご兄弟だけれど、その笑顔はどこか似ていて。
隣に座るエメリックの、少し震えるその手の上にセシリアは自らの手をそっと重ねた。はっ、と私を見たエメリックはゆっくりとその薄水色の瞳に光を戻し、重ねた手をしっかりと握り直した。
「──兄さん。ご快癒おめでとうございます。ずっと……言えていなかったので」
「ありがとう。お前がいてくれたおかげだ。これからはいつでも、帰っておいで。ここはいつまでもお前の家なのだからね」
「はい」
「あ、それとセシリア嬢は私のことを お義兄様と呼んでくれ、君のことはセシーちゃんと呼んでも良いかな? いいよな、だって家族だもんな!」
突然豹変したウスターシュをポカンと見つめれば、セシリアの横でエメリックも全く同じ顔をして呆然としていた。2人で目を合わせると、ふふ……と笑いが込み上げる。
「はい…… お義兄様」
「呼ぶのは良いが触るのは許可しないぞ、近付くのもだ」
「エメリック、嫉妬深い男は嫌われるぞ? はははは!!」
少し戸惑いながらも、エメリックはどこか嬉しそうだった。繋いだままの掌がぽかぽかと暖かかった。




