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秘密の多い獣人令嬢は氷の騎士の心を溶かす  作者: 伊織ライ
二章 騎士団編

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知らぬという罪

「獣人って、案外使えないのね。ちょこまかと動き回るだけで、強くもないし……私の護衛にでもと思ったけれど、やっぱりお父様の言う通り、ただの下賤な生き物なのだわ。それならやっぱり、エメリック様が私の側で守ってくれるほうが良いと思うの。ね、エメリック様? 貴方はとても強いし、美しいし、申し分ないわ。()()()()を買おうと思っていたお金の残りを差し上げます。それでご満足いただけないなら、お父様に頼めばもう少し出してくれるでしょう。貴方は次男だというから、爵位を貰ってもいいわね。ほら──良い話ではなくて?」


 地面に這いつくばっていたはずの姫様は、いつの間にかエメリックの側ににじり寄り、その腕に擦り寄ろうとしている。艶やかだった栗色の髪は乱れ、ドレスは土や埃にまみれているが、その翠の瞳は美しく輝き、赤い唇は少女らしからぬ妖艶さだ。セシリアはその逞しさに、若干の尊敬さえ覚えた。──が、エメリックはこの世の全てを凍らせてしまいそうなほど冷え冷えとした目をしているし……ルーとイボン、そしてサラと見つめあっていたはずのユルヴァンとベノーも、姫様を怒りに燃えた目で睨み付けている。


「──んなっ、何よ? お前たちのその目は。私はこの国の王女。何か文句があって? 王女に仕えられるなんて、()()()()にとっては誉れでしょう!」


「──誉れ……ねぇ。ねえ、王女様。その翠のドレス……素敵ですね?」


 鮮やかな青色の髪を掻き上げながら、ルーが言う。


「え、ええ……そうでしょう。最高品質の生地で仕立てた特注品ですからね、()()()()にぴったりでしょう」


「その艶を出すのはなかなか難しいですからね。繁殖期の雄にしか生えない羽が織り込まれているんですよ。──鳥獣人は織物が得意で、鮮やかな色が特に好きだから。派手好きが高じて、今は紡績からドレスの仕立てまですっかり領地の名産品だ。()()()()()()が作ったドレスの着心地は……抜群でしょう?」


 はははっ、とルーが笑う。その横に大きな男(イボン)が進み出て、ルーの肩をぽん、と叩いた。


「王女様はパティスリーバウデの焼き菓子がお好みだと伺いました。王城でも毎日、お茶菓子に出させているとか」


「──え、ええ、好きよ。だから何だっていうの?」


「あの店の商品に使われているのは特殊な蜜なんですよ。甘さは勿論、肌にもいいし健康にもいい。最近では化粧品にも使用されていますね。香りもいいし、良い保湿剤になりますから。──熊獣人である俺たちにしか採れない特殊な蜜、だ。()()()()()()が採ってきた蜜を毎日食して、さぞ健康になられたことでしょうね?」


「うっ──な、なんなの?! なんで貴方達がそんなことを知っているのよ?!」


「おや、王女様はご存じないでしょうか。──()()()は、諜報が得意なんですよ?」


 ユルヴァンが釣り気味の目をすっと細めて、にやりと笑う。左手をすっと胸に当て、腰を折った礼は恭しくもわざとらしい。


「下賤な者達の力がないと、王女様は生きていけないってことだ」


 セシリアやエメリック、ユルヴァンや皆の視線を受けて、アレクサンドリーヌはへなへなと崩れ落ちた。


「何よ……なんなのよ。この国には獣人はいないんじゃなかったの……? そうよ、お父様に、お父様に頼んで、追い出して貰うんだから。覚悟なさい、わ、私を馬鹿にしたこと、許さない。私は王女なの。何も、間違えていないわ」


「──アレクサンドリーヌ。もう、やめないか」


 そこに進み出てきたのは──金色の髪に翠の目をした美丈夫だ。エメリックとユルヴァンに向けて、薄く笑みを浮かべている。


「──お兄様! いい所にいらしたわ、どうにかしてちょうだい。ここに獣人がいるのよ、下賤な者達だわ! 私に無礼を働いて、それで──」


 アレクサンドリーヌが兄と呼ぶ人は、王太子殿下だけだ。ということは、この方がそうなのであろう。第三騎士団で身体を動かしていくことがあると聞いていたから、エメリックとユルヴァンとは親しいのかもしれない。


「お前が城を抜け出したと言うから来てみれば……。獣人は、下賤な者ではない。愚かなのは純人の方だ。そして──何より、王族だ。お前は幼いころから父王に呪いのように言い聞かせられていたし、自ら学ぼうとすることがなかったから、何も知らずに育ってきてしまったのだろうが……王族として生きるのならば、知らなければならない。なぜこの国がこんな風になってしまったのか──」


 そうしてマクシミリアンは語った。


 この国はさほど領地が大きくなく、自然環境が厳しい土地が多かった。そんな中、繁殖能力の高い純人たちは暮らしやすい平地に纏まって生活していたが、人口が増えるにつれだんだんとそこは手狭になってくる。人が増えれば食糧もいる。困った純人は、森や山、崖など、厳しい環境でも生活していける獣人に目を付けた。魔道具を対価にして真っ当な取引をしていたのは初めだけで、何事にも大らかで執着しない獣人たちを騙して利用しようとする純人がどんどんと増えた。彼らの住処を、騙して切り崩させて奪い取り。食糧を騙し取り。しまいには、彼らの身体能力さえも欲した。キャンデロン領にあった獣人研究所はその筆頭だ。捕らえた獣人に隷属の魔道具を付け、無理矢理発情させる薬を与えて繁殖させた。そうして生まれた獣人を奴隷のように使い、純人の暮らしは発展を遂げた。

 王家は純人の系譜だが、元々は中立の立場を取っていた。しかしそれが大きく崩れたのが、現王が王太子であった頃。彼は純人こそ至高であり、獣人は下賤な生き物だという思想を持っていた。そんな中視察と称して出向いた獣人研究所で、ひとりの少女を見つけた。カリーヌ・バロー、セシリアの母親だ。既に30歳を過ぎ、王太子妃との間には一男一女をもうけていたにも拘らず、現王は自らの娘とさほど変わらぬ年のカリーヌに夢中になった。獣人は、下賤な生き物である。それも、研究所に捕らわれた材料である美しい娘。現王はこれを自らの人形(おもちゃ)として持ち帰る計画を立てていた。そのために、王城に檻を作ろうとしていたのだ。その計画の途中で、研究所が摘発され、壊滅した。任務に当たっていたのは当時の第三騎士団であり、指示を下したのはマクシミリアンの祖父にあたる前王だ。あまりに非人道的な獣人差別は国のためにならないと、禁止していたからである。また、そこに有志として参加していたのが、セシリアの父であるジャクスだ。自らも獣人の血を引くものとして、黙ってはいられなかったのだろう。仲間たちを解放するとともに、ジャクスとカリーヌは出会い、本能的に惹かれあい、番になったのだ。美しいカリーヌを手に入れようと目論んでいた現王は、当然怒り狂った。研究所の壊滅を指示した当時の王、つまりは自身の父を秘密裏に手にかけ、すぐさま即位した。そして絶対的な権力を手にカリーヌを奪い取ろうと画策したものの、カリーヌとジャクスの絆は強固であった。狼獣人と犬獣人は、一度番を定めればそれを覆すことはない。2人は出会った瞬間から、もはや他人の入り込む隙間などなかったのだ。たとえそれが、国の最高権力者であったとしても。

 王はこれまで、自分が望む物を得られなかったことなどなかった。権力があり、金があり、見た目だって極上だ。そんな自分が望んだと言うのに、傅かない少女。そして、その少女を横から掠め取ったのはアリベール家の嫡男だという。アリベールと言えば建国当初から続き、代々武勲を立てる名家だ。様々な点を結んでいけば見えるものがある。アリベールは……獣人の家系なのだろう。王はこれまで以上に獣人差別を煽り、20年をかけてこの国における獣人の立場を無くしていった。そうして、僅かにいた獣人もひっそりと姿を隠し、大々的にその能力を使うことも無くなった。


「──純人が獣人を追い出したのではない。獣人が、純人を見限ったのだよ」


 マクシミリアンはそう言うとセシリア達の方を真っ直ぐに見て、あろうことか──深々と頭を下げた。王族は本来、そんなことをしてはいけない立場だというのに。


「本当に申し訳なく思っている──貴方達の権利を、立場を、そして誇りを奪った事。いずれこの国を統べる者として、また息子として、父が行ってきたことは誤りであったと私は思う」


「お兄様っ!! こんな下賤なものたちに頭を下げるなど、何をお考えなのですかっ」


 マクシミリアンが連れてきた近衞騎士に囲まれたアレクサンドリーヌは、それでもなお顔を赤くして喚き散らしている。何年もかけて培われてきた思想は、そう簡単に覆るものではないようだ。それはきっと、彼女だけではないのだろうが。

 マクシミリアンはゆるくかぶりを振ると、言った。


「お前は辺境の修道院へ入ってもらう。いつか本当にお前が理解して、心を入れ替えたなら──いや……やめよう。修道院は甘くない。そこには獣人も純人も、平民も王族も何もない。今まで自分がどれほど愚かであったのか、思い知るだろう」


「──姫様……アレクサンドリーヌ様」


 すっと美しい姿勢で歩み出てきたのは、マリアナだ。セシリアがメイドとして王城に上がり、慣れない仕事を直属の先輩として指導してくれたマリアナ先輩。彼女は最初からセシリアにきつくあたり、理不尽な目にも合った。暴力を振るわれたこともあるし、倉庫に閉じ込められたことさえある。しかしセシリアは知っている。マリアナ先輩は手先が器用でよく気が利き、誰よりも責任感を持って仕事をこなしていたことを。セシリアが絡まなければ周囲からの信頼も厚く、直接接触さえしなければ、彼女から学ぶものはとても多かったのだ。

 そのマリアナが、ちらりとセシリアの方を見て──初めて、薄く微笑みを浮かべた。


「私も、自分に獣人の血が流れていることなど知りませんでした。私には、何の力もありません。魔力が弱いこと、多少人より手先が器用なこと、それくらいでしょうか。──それって、下賤ですか? 純人と何が違いますか? 私は……キャンデロン家の罪を知らなかった。父が起こしたことは、償うべき罪です。そしてそれを知ろうともせず、その利を享受してきた私も同じ。獣人に罪があるのではない、法を犯した人に罪があるのです。──アレクサンドリーヌ様、私も修道院へお連れ下さいませ。共に、学びましょう。この国の……私たちの罪を。()()()()()()()を」


 そう言って、アレクサンドリーヌの手を取るマリアナは、今まで見たどんな姿より気高く美しかった。

 彼女たちはその後、戒律厳しい北の修道院へと送られたが、王都へ戻ってくることはなかった。数十年後にはアレクサンドリーヌが院長となり、様々な事情でやって来る女性達を分け隔てなく迎え入れ、たくさんの知識を授け、導いたのだという。


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