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秘密の多い獣人令嬢は氷の騎士の心を溶かす  作者: 伊織ライ
番外編

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30/30

セシリアのデビュタント

 今日は朝から叩き起こされ、まだ半分夢の中にいるうちからお風呂に放り込まれた。擦られ揉まれ押し潰され、それが終わったと思ったら次は髪の毛に香油を塗り込められ梳られて。あれよあれよと移動の間に軽食を口に詰め込まれ、かと思えば内臓ごと出てきてしまいそうな勢いでコルセットを締め上げられる。控えめに言ってくたくただ。それでなくとも、領地の干ばつで手持ちのドレスなど売り払ってしまっていたし、社交に出ることもなく手仕事に明け暮れていたため着飾る機会など久しくなかったのだ。

 そこにきて、この1年で着たのはメイドのお仕着せと、騎士団の団服。当然コルセットなど締めないし、何より動きやすさが重視されるため軽くて大変に楽なのだ、なんなら普段も着ていたいくらいに。自分ひとりで着脱できるのも気楽で良いし、足元も踵の低い靴でいい。

 現実逃避にそんなことを考えていれば、力の抜けた身体により一層コルセットが締め上げられた。


「ぐぅっ……! で、でちゃう……っ」


「これくらいでは出ませんっ!」


「あ、ふ、息が……」


「止まりませんっ!」


 我が家の侍女たちはこんなに厳しかったろうか。ろくに給金も払えなかったときでさえ「絶対に辞めません!」と残ってくれた大事な家族たちではあるのだけれど。


「やっと、待ちに待ったお嬢様のデビュタントなのですから! ここで頑張らなくていつ頑張るのですか!」


「で、デビュタントってそんなに頑張らなければいけない場所だったのね……?」


「そうですよ! なんてったってエスコートはあの氷の騎士様なんですからね、注目間違いなしですよ。そこで数多のライバルをギッタンギッタンに蹴散らしてしまわないと!」


「ギッタンギッタン……わ、わかったわ。任せるわね」


「「はい!!」」


 こうして作り上げられたセシリアは、普段の2割増で髪は艶めき、2割減に腰は細く、肌は白くて唇の紅が映え、私元々どんな顔してたっけ? というような仕上がりなのである。

 そこにきて、銀糸の刺繍が美しいこのドレス。草花や蔦の絡まる意匠が美しく、それはセシリアが施す祝福の紋様にも似ている。鏡の前でくるりと回ってみればプリンセスラインのスカートがふわりと風を受けて広がり、銀糸がキラキラと輝いた。


「妖精みたいだ……どこにも飛んで行かないでくれよ」


 はっと振り返れば、部屋の入り口に軽く寄り掛かりながらエメリックが微笑んでいた。


「い、いつから……?」


「華麗なターンだったよ」


「やだ……浮かれて恥ずかしいわ」


「俺なんてもっと浮かれている。こんなに綺麗な婚約者のエスコートが出来るんだ」


「で、でも……周りの子は私より2歳も若いのよ? それに仕事で手も荒れてしまっているし、ダンスだってもうずっと踊っていないから──」


 俯くセシリアの元に、こつ、こつと靴音を響かせてエメリックが近付いてくる。綺麗に磨かれた革靴がその視線に入ったと同時に、優しく肩を掴まれた。エメリックはまだ手袋をはめていない。緊張に少し冷えたセシリアの肩に、剣だこのある大きな手が温かく触れた。

 唐突に、そのままくるっとセシリアを後ろ向きに回すと、胸元にひやりと何かが当たる。見下ろせば、それはアクアマリンのネックレスだ。結い上げられた黄金色の髪の毛に触れぬ様に慎重に金具を留めると、首の後ろにちゅ、と何かが触れた。


「──っ!」


 くるっと振り返れば、その薄水色の瞳に隠し切れない熱を孕みながら、妖艶に笑うエメリック。


「俺が一緒にいる」


 そう言うと、アクアマリンのペンダントトップをするりと撫でた。


「その色気……もうちょっとしまっておいて」


 顔をほてらせながらキッと睨みつけると、先ほどの妖艶さはどこへやら。エメリックは、はははっと声を上げて笑った。



 王城へ着けば、正門から入ってすぐの南側に巨大なホールがある。メイドとして働いていた時にこの南側を担当することはなかったから、まじまじと見るのは初めてだ。

 見上げるほど高い天井に、国の繁栄を描いたフレスコ画。キラキラと浮かぶ照明は魔法で輝いているらしい。

 好奇心にそのサファイアの瞳を瞬かせながら頬をピンク色に染めるセシリアを、エメリックは目を細めて見守っていた。


「エメリック・クレリソ様、御婚約者セシリア・アリベール様!」


 コールマンに呼ばれ、セシリアはレースの手袋をはめたその手をそっとエメリックの腕にかける。ちら、と見上げれば、エメリックがふわりと微笑んだ。


「行こう」


 久しぶりのハイヒールを響かせて、カツン、と進み出れば、数多の視線がセシリアの肌を刺した。

 そう、セシリアの婚約者は、この国で最も有名と言ってもいいほどの美男子で。その隣の席を狙う御令嬢方にとって、セシリアは突然現れた泥棒猫。


(……犬だけどね)


 身体が自然と強張る。セシリアが、セシーとして働いていたことを知っている人がいないとも限らないのだ。セシリアの醜聞が知れれば、それは即ちエメリックの弱みとなってしまう。そんなことになるくらいなら──


 ぐさぐさと刺さる視線を出来るだけ避けながら会場を進む。良きところで立ち止まると、エメリックは給仕からグラスを受け取り、セシリアに差し出した。


「飲むか?」


 緊張で喉はカラカラだった。礼を言って受け取ると、その泡立つ黄金色の液体を喉へと流し込む。しゅわしゅわと弾ける感覚が気持ち良かった。


「──セシリア、そんな一気に……」


「クレリソ卿! お会いしとうございました!」

「今日のお姿も凛々しくて素敵ですわっ!」

「こちらに我が領の特産を使ったお料理があるんですの!」


 セシリアと同じく白いドレスを身に付けた令嬢たちが、豊満な身体をこれでもかと見せ付けながらずいずいとエメリックに迫る。これで16歳だというのだから驚きだ。

 しれっと肘でセシリアを押しやり、その隙間に自らの身体をねじ込むあたりはまさに職人技。

 しまいには、肉感的な臀部でバイン! っと打撃を受け、久しぶりのハイヒールでバランスが崩れてよろけてしまった。こんなところで転んだりしたら、視線を集めてしまう──


 半分泣きそうになりながらぎゅっと瞳を閉じると、セシリアはぽすん、と温かな腕に抱き止められた。優しくて、甘い香りの、大好きな人。


「大丈夫か? 怪我は?」


 薄水色の瞳が心配そうにセシリアを見遣る。


「うん……ごめんなさい、ありがとう」


「セシリアは悪くないさ。俺が離れてしまったせいだ。よし、もう離さない。今日はずっとこうしていよう」


 エメリックはそう言うと、セシリアの腰に手を回し、ぐいっと引き寄せた。先程とは比にならないほど密着したその距離に、心臓が飛び出てしまいそう。ちらっと見上げれば、エメリックはふ、と微笑んで、そのまま流れる様にちゅっと額にキスをした。


 ざわっ


 会場の空気が揺れる。


「──鬼の騎士団長が……」

「なんて甘い微笑みなのかしら」

「彼はああいうタイプだったか──?」


 セシリアの頬をするりと撫で、すっと正面に向き直ったエメリックは、その瞳を令嬢方にギリっと向けた。先程まで浮かべていた、熱く蕩ける様な微笑みは影も形も無い。そこにいたのはまさに万物を氷漬けにする、魔王の様な威圧を放った氷の騎士だ。


「俺の愛する婚約者に手を出したらどうなるか──思い知らせてやる」


 会場の空気が5度くらい下がった気がする。何故か先程から身体がぽっぽと熱いセシリアにはちょうど良かったが。


「ご、ごめんあそばせ!!」


 足をぶるぶるいわせながら去っていく令嬢たちを追いかけようとしたエメリックだったが、形の良い頭をぺたり腕に預けてきたセシリアが、潤む瞳でエメリックを見上げた。


「もう……はなれないで? そばにいて? 私、エメリックにふさわしく無いかもしれないけど……でも、すきなの。いっしょにいたいの。他の女の人のところに、いったらイヤ……」


 しゅん、と垂れ下がった耳が見えそうなほど、悲しい顔をしたセシリア。

 エメリックは口元に手を当て、呻きながら天井を見上げた。クリティカルヒットだ。


「セシリア……俺が好きなのは君だけだ。他の女など道端の石ほどの価値もない。セシリアが望むなら全員氷漬けにしてやってもいいくらいだ。だから泣かないで? ずっと一緒にいよう」


「うんっ、だいすきエメリック!」


 ぴょんと飛びついてきたセシリアをしっかりと受け止め、くるりとターンする。そのまま流れてきた音楽に合わせてステップを踏むと、セシリアもするりと手を取り見事なダンスを披露した。黄金色のふわふわした後毛がきらりと光り、貴族らしくない素直で幸せをいっぱいに表現した満面の笑顔が周囲の貴族たちの目を釘付けにしていた。



 すやすやと眠る婚約者の頭を優しく撫でながら、エメリックの口端に幸福が浮かぶ。小さな背中で沢山の荷物を背負ってきたのだろう。戸惑いながらも白いドレスを着たその顔は嬉しそうに輝いていた。時折愛おしそうにアクアマリンを撫でる姿が可愛すぎて、危うく理性を失うところだった。

 そして何より、グラス一杯の酒でふわふわと酔っ払ったあの愛らしさといったら!!


「──酒は俺の前でだけ飲ませることにしよう」


 キリッとした顔で言ってみたものの、その実ただの独占欲の塊だ。


 数日後にはもう、この国の社交界中に噂が行き渡っていたという。

「氷の騎士様は婚約者を溺愛している」

「彼女に手を出すと氷漬けにされる」

「魔王の手綱を握るのはサファイアの瞳の聖女様」


 翌朝スッキリと目覚めたセシリアは「ダンスが楽しかった気がする!!」と笑い、噂を耳にすると「で、溺愛って何……?!」と耳まで真っ赤になったという。

 もじもじとするその姿さえも可愛くて、エメリックはセシリアをぎゅっと抱きしめたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです。 子犬のセシリアが可愛かった! マクシミリアンが賢王になりそうで良かった。 王女も後に院長となり、多くの人の救いとなった事が印象的でした。 教育さえしっかり受けてい…
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