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秘密の多い獣人令嬢は氷の騎士の心を溶かす  作者: 伊織ライ
二章 騎士団編

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セシリアという少女

 小さな鳥の声がする。塞がれた窓の隙間から、ほんの僅かに光の線が透けている。夜が明けたようだ。


「サラ……サラ、おはよう。起きられる? 良かった、少し顔色も良いみたい」


「ん……セシー、おはよう。セシーは寝なかったの? ごめんなさい、私……」


「大丈夫よ! 私は3日くらい寝なくても平気なんだから。それより、いつ迎えが来るか分からないから、準備だけしておきましょう」


「そうね。絶対……また2人でケーキを食べるのよ。まだ諦めちゃダメよね、ありがとうセシー。そうだわ、確かここに……はい! 頂き物だけど、クッキーよ。これから敵をこてんぱんにしなくちゃならないんだもの。腹が減っては戦はできぬと言うでしょう。セシーが食べてちょうだい」


「まあ! ありがとう! でも、ダメよ。一緒に食べましょう? その方が美味しいもの。足りなかった分は後からケーキを食べれば良いのよ、ね?」


「ふふ……そうね。そうしましょう」


 笑いながら2人で食べるクッキーは、今まで食べたどれよりも美味しかった。涙が出るほど甘くて、そして少しだけ塩っぱかった。


「──サラ、来たみたいだわ」


 気配が近付いてくる。エメリックほどではないにしろ、それなりに強い魔力を持っている純人のようだ。きつい薔薇のような香水の香りがするから、女性なのだろう。先日遭遇したバレスデン伯爵令嬢もかなりの香水臭さだったけれど、それ以上かもしれない。よく鼻が曲がらないものだと思う。


 ガチャガチャと鍵を開ける音がして、いささか乱暴に扉が開かれる。光が差し込み、暗かった小屋の内部が照らされた。入り込む風でぶわりと埃が舞い、攫われ転がされていた自分達の酷い姿にも改めて気付かされる。夜目が効くとはいえ、色や細かなところはやはり光がなければ見えないのだ。サラの鼻の頭に黒い煤のような汚れが付いているのを見て、少し笑えた。美人はどんな姿でも美人だ。


(──大丈夫、落ち着いているわ)


 目の前には、私より少し年下だろうか、腰ほどもある艶やかな栗色の髪に翠の瞳、豪華なレースが幾重にも重ねられた翠のドレスを纏った少女がいた。たいそうな美貌だけれど……魔力はダラダラと漏れ出していて訓練をしていないことは明白。セシリアを不躾に睨め付ける視線に品はなく、不快感を露わにするその表情は高貴な身分にしては些か素直すぎる。


「ご機嫌よう。貴女が、私を買うという()()()()()?」


「……獣人って、人と同じ姿なの? 私、ペットが欲しいって頼んだのだけれど。ねぇ、そうだったわよね、()()()()?」


「──獣人? ……確かに私はペットをお探しと伺いましたわ。お父様、ご説明を」


「ご安心下さい、姫様。これは正真正銘の獣人、それも今や珍しい先祖返りの個体でございます。この隷属の首輪を付ければ思うがままに動かせますし、勿論犬の姿にもなれますよ。──ほら、お前。犬になれ、犬だ」


 姫様と呼ばれた少女の後ろに控えていたのは、セシリア達を攫った男と、そして──マリアナだ。


「マリアナ先輩……どうして? どうしてそこまで私を疎むのですか? 私が何か致しましたか?」


 男と姫様と呼ばれる少女を無視する形で、ついマリアナに問いかける。マリアナは姫様の陰になっていたセシリアの姿を認めると、目を見開きながら息をのんだ。

他人と関わり合いながら生きていく中で、どうしたって馬が合わない相手はいるだろう。全ての人に好かれるなんて思ってもいない。それでも、セシリアはマリアナにここまでの仕打ちを受ける理由が分からない。お父様、と呼んだのだから、この男の娘がマリアナなのだろう。そしてこの男は先祖返りであるセシリアをこの姫様に売り飛ばそうとしているらしい。


「──あの、違うのよ。私は別に、姫様がペットを探していると聞いて。お父様が、良い伝手があるというから……それを売ったお金があれば、私も侯爵家にだって嫁げるからと……」


 うろうろと視線を彷徨わせる彼女は、本当にセシリアのことを知らなかったようだ。侯爵家という言葉が出てくるあたり、まだエメリックのことを諦めたわけではなさそうだけれど、マリアナは単純に良い縁談のために城に上がり、そしてお金のために父親の言うことを聞いただけなのかもしれない。


「セシーのことは、最初から……気に入らなかったわ。貴女が真面目に仕事をこなしていることも分かってはいたけれど……それでもどうしたってイライラするのよ。エメ──()()()()()だって、貴女を庇うし。だからといって……獣人とか、売り飛ばすだとか、そんなことになっているとは知らなかったのよ!!」


「マリアナ、余計なことをべらべらと話すんじゃない。お前はより良い家に嫁に行き、我が家のために努めるためだけに生かしてきたんだ。そうじゃなければお前などとっくに()()()()として切り刻んでいたんだぞ!」


 男が顔を赤くして怒鳴る。研究材料。その言葉に、セシリアの記憶の扉がゆっくりと開く。


 ──私の父と母はね、薬で無理やり番わせられたそうよ。そして精神に異常をきたして亡くなったみたい。生まれた私は、隷属の首輪を付けられていてね。研究所にいたのだけれど、そこに調査で派遣されてきたのが、ジャクスよ。


 研究所。お母さまの両親が入れられていた、研究所。お父様が壊滅させた、獣人研究所。


「お前の母親は猿獣人だったから、その血が流れるお前がこの犬の一族と相性が悪いのは当然だ。ましてや我が領の誇りであった研究所を潰したのはこの娘の父親。どうして我々だけがずっと辛酸を舐めねばならぬ? この積年の恨み、とうとう晴らす時が来たのだ。──おい! 犬畜生! さっさと形を変えろ、姫様に傅き尾を振れ!」


 男が首輪を振り翳して追いかけてくるが、セシリアにとってはスローモーションかと思うほどの愚鈍さだ。


「嫌ですわ。私は誇り高き()()()()()()()。誰かに飼われるつもりなどございません」


 アリベールと聞いて、マリアナ先輩はさっと顔を青くする。まさか自分が虐げていたメイドが伯爵令嬢とは思わなかっただろう。背後から、サラが身じろぎした音がした。


(ごめんね、サラ……でももうこれで秘密はないから)


「──っ、なんと生意気な! キャンキャンと吠えるのはあの憎たらしい一族らしいな。良いだろう、躾のなっておらん獣は一度痛い目に合わせれば大人しくなるものだ。姫様、しばしお待ちくだされ、私めがしっかり教育致しますゆえ。──昨日の馬車も目を欺く為大分遠回りをしたしな、夜も小屋に籠って運動不足だろう。犬には散歩が必要と聞くじゃないか? 遊び相手を用意してやろう。魔獣と遊べば少しはしおらしくなるだろうさ」


 そう言うと、男は胸元から何やら小瓶を取り出した。昨日ぶつけられたものとは違うものだ。それを地面に叩きつけると、ぶわっと澱んだ魔力が放出された。


「──っ、ひっ!」


 魔力の強い姫様にはその気配が濃厚に感じられるらしい。足をがくがくさせながら後ずさっていく。


「おい! そこの小僧、こちらへ来い! さっさとしろ!」


 男が、ひとりの小姓(ペイジ)を呼びつける。セシリアの背筋がざわりと粟立ち、飛び出そうとしたその時。男がどんと小姓の背を押すと、澱んだ魔力の溜まりから、ギラギラと目を光らせて涎を垂らした熊型の魔獣が這い出てきたのだ。


(間に合わない──!)


「──うわっ、やめっ、あ、あ、あああ!!!」


 止める間もなく、その年若い少年は魔獣にがしりと捕らえられ、ゆらゆらとした闇の中に引きずり込まれていった。それと同時に魔力はその総量を増し、禍々しい殺気を放っている。


「さあ、贄をやったからな。間もなくお前の遊び相手がどんどん湧き出てくるぞ? あいつらは若い肉が好きだからなあ。いつもは枯れたような年寄りばかりしか食わせていなかったが、先日勝手に迷い込んだ子供を食って味を占めたらしい。ははは! 喜んで相手をしてくれるだろうよ!」


 やっぱり、そうだったのだ。この男はそもそも、自領での魔獣発生に何らかの関与の疑いありということで、騎士団に拘留されていたはず。エメリックたちが追って行ったのは間違いなくこの男だ。そして、この魔力が詰まった小瓶と生贄を使って魔獣を意図的に発生させ、利用していた……。


「姫様! 貴女、浄化の魔法は使えますか?! 王家の方は魔力が強いと伺いました!」


 セシリアはぐるん、と獣化する。今はとにかく、この場にいるサラや、ひとまず姫様も守らなければならない。


「わ、私は何もやったことがないわ! 出来るわけがないでしょう! 私はこの国の王女よ?! 命令するわ、貴女が私のために戦いなさい。絶対に私に傷を付けさせることのないようにっ」


 尻もちをついたままずりずりと後ずさっていた姫様は、セシリアを指さしてこう言った。白く細い指、艶やかな肌に髪。王族にしては品のない仕草に、教育を受けた気配のない態度。どうやらこの姫は、たいそう甘やかされて育てられてきたらしい。メイドたちの噂でも聞いたことがあったのだ。第二王女様は我儘ばかりで勉強もなさらない、そのくせ欲しいものはすぐ手に入れろと喚き、少しでも気に入らない侍女は甚振って追い出されるのだ、と。

 セシリアには強靭な身体と俊敏性があるが、だからといって子犬に熊型の魔獣が倒せるのか。狩りについて行っていたとはいえ、セシリアの仕事は魔獣を見付けるところまでだ。それを仕留めるのは、お父様やお爺様、領の他の男たちだった。澱んだ魔力を浄化するにも、浄化の魔法がなければならない。なんとか1頭倒したとしても、根本を断たなければ男が言うようにどんどん湧いてきてしまうだろう。


 セシリアは自分が強いと思っていた。自分は、獣人だから。()()()()だから。自分ならば、サラを守れると思っていた。第三騎士団の一員として、役に立てるのでは、と。けれど──それは、驕りだったのだ。確かに先祖返りは珍しい。今の時代に、完全な獣の姿をとれる獣人はほとんどいないという。けれどセシリアは子犬だ。狼の力を使いこなし、勇敢に戦うお爺様やお父様とは根本的に違う。純人と比べればよほど強靭な身体を持つとはいえ、それと戦えるというのは別の話だ。騎士団のメンバーだって、毎日戦うための訓練を積んでいる。手の豆を潰し、血を吐くような努力をして。

 獣人だから、訓練をしなくても戦えると思ったら大間違いだ。現に、ベノーもウーグさんに教えを請い、そして騎士団に入ってからは先輩に揉まれながら必死で訓練を積んでいる。

 自分達の家が獣人の血を引いていることも、セシリア自身が先祖返りであることも、ずっと秘密だった。この国に利用されないように、獣人嫌いの王が統べるこの国で、ひっそりと大人しく暮らしていけるように。けれど、それはただの()()であって──()()、ではない。強大な敵を前にして、セシリアはただの少女であった。


「何をモタモタしているのっ!! さっさとやりなさい、この穢らわしい下賤の犬が!! 王女のために働けるなんて、お前なんかには勿体ないほどの誉れなのよ!!」


 キーンと、姫様の大声が耳に響く。魔力の塊から目を離さぬように、その距離を計っていたセシリアは、その大声で一瞬注意が逸れた。それを見逃す魔獣ではない、魔獣に意思はなく、ただ生きとし生けるものを糧として貪りたいだけなのだから。


(──っ、そっちに行っては駄目!! お前の相手は私よ!!)


 セシリアは、強くない。けれど、獣人であるセシリアを認め、変わらず友人でいてくれたサラを守りたい。這い出てきた魔獣の前に飛び出したセシリアは、その視線を引き付けるようにして跳ねながら、サラがいる小屋とは反対の方向へ駆け出した。少しでも離れられれば、逃げる隙が出来るかもしれないから。あとはきっと騎士団のメンバーが何とかしてくれる。それまでの時間を作れれば、いい。



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