これからも
ガタガタと揺さぶられ、大きな振動がくれば軽い身体はぽんと跳ねる。トサリ、と落ちれば肩だの腰だのを打ち付けて、非常に不愉快である。
「──ぅ、ぅ」
重い瞼をこじ開ければ、目の前には手足を縛られて同じく床に身体を打ち付けるサラがいた。ドスンと落ちるたびにサラの口から呻き声が漏れている。目は閉じられていて眉間に深い皺が寄っているが──意識はあるだろうか?
振動の具合からして、おそらく馬車に乗せられて運ばれているのだろう。あまりいい道ではなさそうだ。草木と土の匂い……そして、微かに何かが燃えたような。閉じられた窓の隙間から見える外は暗いから、眠っている間に夜になったのだろう。春とはいえ、上着もなしでは少し肌寒い。
このままではサラの身体が壊れてしまう。瞬きの間だけ逡巡し──そして、セシリアは人化した。
手足に力を入れて、身体が大きくなる力も利用すれば縄は簡単に引きちぎれた。ぐっと凝り固まった身体を伸ばすと、姿勢を低くしたままサラに近付く。
「──サラ、サラ分かる?」
「……ん、ぅ、痛っ……」
「良かった……サラ、起きられる? 今縄を解くからね」
「──セシー?」
「うん、そう。セシーだよ。──はい、解けた。大丈夫? ああ……赤くなってる、痛いよね……」
サラの手首を優しく撫でながら、背中に手を回して上半身を起こす。壁に背をつけるようにして座らせると、幾分しっかりと目が合った。
「ん……大丈夫。私……なんで……」
「今朝出勤途中に襲われて、私と一緒に攫われちゃったみたい。変な薬をかけられて……体調はどう? おかしなところはない?」
「あ、あの、変な男に──っ! リアちゃん! リアちゃんが気を失って!」
「大丈夫だよ、サラ。──リアは、私。私……獣人、なの」
「──っ!」
「今まで黙っていてごめんね。サラには、ずっと助けられて……良くして貰ってたのに……今まで、ありがとう。安心してね、私凄く身体が丈夫だし、サラはここから絶対に助け出してみせるから。そしたら、それで……」
「──なんで、なんで、これで終わりみたいな言い方するの?」
目を伏せたセシリアの前に、ずいっとサラの手が差し出される。細い指のその手で、驚くほどがっしりと手を握られた。
「……だって、私……獣人、なんだよ……?」
「でも、セシーはセシーでしょう? 秘密にしてたのは悲しいけど……この国では、仕方がなかったと思う。それとも、それ以外に私に嘘ついてたこと、ある?」
「嘘は……ない。秘密はあるけど……嘘はついてない」
「それなら、私たちが友達じゃなくなる理由なんて、ある?」
「サラと……友達で──っ、いたい。獣人でも、良い? これからも友達で、いてくれる?」
「もちろんだよ。セシー……庇ってくれて、ありがとね。また次のお給料出たら、ケーキ食べに行きましょう?」
抱きしめあったセシリアとサラは、もう寒さを感じてはいなかった。
◇
ゆっくりと馬車の動きが止まる。どうやら目的地に着いたようだ。誘拐されたのは、おそらくセシリアの方だろう。リアを保護していたサラは巻き込まれたのだ。
獣人研究に利用されるにしろ、獣人差別派に甚振られるにしろ、サラだけは絶対に守り切らなければならない。それに仮にも今セシリアは、第三騎士団の人間だ。彼らの誇りと努力を間近で見てきているのだから──恥じるようなことは、したくないと思うのだ。
ガラリ、と馬車の扉が開く。相手の様子が分かるまではと、縄はすぐ解けるようにして緩く結び直しておいた。セシリアは子犬の姿だ。
2人を攫ってきた男が御者をしていたらしい。ぬるりと顔を覗かせたその男に縄を引かれ、転げ落ちるように馬車を降りた。辺りは暗闇で、人の気配はない。夜目の効くセシリアには、その荒野に佇む貧相な小屋がよく見えていた。造りは粗雑で物置きと言ってもいい程度のもの。近くに集落などは無さそうで、この小屋の周りにだけ僅かに木が生えている。目隠しになると踏んでこの場所が選ばれたのだろう。
「明日、お前を高貴なお方が迎えに来てくださる。残りの金さえ貰えば──まあ先祖返りは貴重な材料だから失うのは少々惜しいが、今は先立つものがいる……仕方がないだろう。そしてそちらのお嬢さんには別の口で伝手がある。女は楽で良いなぁ、啼いているだけで金が稼げるのだからな」
軋む扉を開けながら、男はそう言って舐めるようにサラを見た。そしてサラの足元で引き摺られながらも、犬歯を剥き出して唸っているセシリアを嫌そうに睨むと、つま先で蹴るようにして小屋の中に2人を押し入れた。
「まあせいぜい明日まで大人しく待っていなさい。ああ、逃げようとしても無駄だぞ、この小屋の周りにはこれから魔獣が沢山出るからな」
そう言い捨ててにたりと笑うと、男は小屋を出て行った。がちゃり、と重い鍵の音がする。しばらく小屋の周りをうろうろと彷徨うような音がしていたが、気配が去って行ったのを確認してから、セシリア達は縄を解いて身体を伸ばした。
窓は外から板が打ち付けられていて開かない。ドアもやはり鍵がかかっていてびくともしない。
「明日迎えが来ると言っていたわね。その時に逃げ出すのが良いんじゃないかと思うの」
「ええ……でも、もし逃げ出せなかったら、私……」
サラは自らの身体を両腕で抱いて、カタカタと震わせながらぽろりと涙を落としている。あの男が言うような場所に、サラを連れて行かせるわけにはいかない。そんなことには──絶対にさせない。サラは美人で男女問わず人気だけれど、本当はとても真面目で貞操観念もしっかりしているということを、セシリアは知っている。サラには、物語のような王子様が迎えに来て貰わないと困るのだ。
「大丈夫大丈夫! 私ね、昔はよく家庭教師の先生の目を盗んで逃げ出しては、木の上に登って隠れて実を食べたりしてたのよ? だから逃げるのは大の得意。安心して私に任せてちょうだい!」
へらりと笑ってみせると、サラは一瞬目を丸くして──ふふ、と笑った。セシリアの大好きな、柔らかい微笑みだ。
その日2人は身を寄せ合って、小屋の隅で小さく丸まって眠った。セシリアは聴覚を残していて、時折小屋の周りに禍々しい気配が漂うのを察知していたが、サラは疲れが出たのだろう。小さな寝息を立てて眠っていた。
(──これから魔獣が出るから……ね。やっぱりあの男……)




