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秘密の多い獣人令嬢は氷の騎士の心を溶かす  作者: 伊織ライ
二章 騎士団編

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今の目標

「──何をしている!!!」


 その時、聞こえてきたのは、もうすっかり耳に馴染んだテノールの声。

 それと共に気温がぐっと下がったような感覚がして、青い騎士服の男達は一斉に眉を顰めて膝を着く。


「ぐ……っ、う……」

「なん、て……威圧……」


 額に汗を浮かべたエメリックは、セシリアの下に駆け寄ってそっと胸に抱く。身体を撫でて確かめ、幾分短くなった尻尾の束を見て、その瞳をすっと細めた。


「──もう1度聞こう。お前達は、何をしていた?」


「お、俺たちは別に……い、犬と遊んでいただけさ」

「そ、そうだ。散歩だよ、散歩」


「ほう……散歩、な。──そうなのか?」


 セシリアを柔らかく見下ろすエメリックに、ぶんぶんと必死で頭を横に振った。


「この子は違うと言っているが──?」


「な、なんだよ、俺たちより犬の言い分を聞くのか?! あり得ないだろう!」

「こんな犬を溺愛して、第三騎士団長様は腑抜けたって噂だぞ?」

「そもそもお前なんて、()()()()()()()()団長になったんだろうが! 平民を従わせて穢れた魔獣の討伐なんて、騎士と名乗るのも烏滸がましい!」


 その言い分に、カッと血が沸騰する思いがする。第三騎士団の皆は、日々鍛錬を重ねて自分達の技術を磨いている。きついスケジュールでも、要請のあった街へ馬を飛ばし、ひとりでも魔獣の被害に遭う人が減るように。街の警邏だって、小さな声を拾い、迷子を助け、お年寄りの荷物を運び、スリを捕まえて。そういうひとつひとつの働きで街が安全に保たれているのだ。

 ふるふると怒りに震えるセシリアの背中を、エメリックがぽん、ぽんと撫でる。「大丈夫だよ」と安心させるかのように。


「──金に物言わせて、な……。分かった、腑抜けているかどうか確かめれば良い。勝負して俺が負けたら、団長の座を降りる。お前達に頭を下げて謝罪しようじゃないか」


「そ……そうか! いいじゃないか。やっと自分の立場ってもんが分かってきたらしいな」


 そう言って、一行は訓練所へと移動した。その手には、木剣。セシリアは全体が見える位置に降ろされた。エメリックはずっと薄く微笑んでいて、落ち着いている様に見える。


「さあ、始めようか。俺対、お前達。全員でかかってきて構わない。膝をついて降参したら終いだ」


「──なっ、全員でだと? ……舐められたもんだな。遠慮はしないぞ!」

「「うぉー!!」」


 一斉に駆け出す第二騎士団の男たち。その叫び声と異様な雰囲気に、ユルヴァンと第三騎士団の面々もなんだなんだと見物に出てきている。


「ああ……リック、やっと片付ける気になったんだ。いい加減五月蝿かったもんなぁ……」


 のんびりと歩いてきたユルヴァンはにこにこと眺めるだけ。流石に1対5は厳しいのでは、とそわそわしているセシリアの側に来ると、笑いながらポン、と頭を撫でた。


「セシーちゃん、大丈夫だよ。あいつらは昔からリックのことを敵対視しててねー。身の程知らずで恥ずかしくなるよ。訓練もろくにせず、()()()()()()()第二の義務である辺境警備もかわしてた貴族のお坊ちゃん達だ。あんなのにリックが負けるわけないからね」


 第二騎士団は国防を担っている。今は周辺国とも和平を結んで大きな諍いもなく、戦争の気配はない。けれど、国境を有する辺境領には、数年交代で第二騎士団が常駐しているのだ。

 その義務も果たさず、日々の訓練も行わず、彼らは一体何のために騎士になったのだろうか。確かにあの宝飾剣は実戦に向かない飾り物だった。騎士という立場だけを利用し、権力を振り翳し……そんな人たちに、エメリックが負けるわけなどないのだ。


 エメリックは魔法も使わず、木剣1本でばっさばっさと男達を薙いでいく。時には腹を蹴り飛ばし、肘を振り下ろせばバキ、と不穏な音がした。

 見物している第三騎士団のメンバーはやいのやいのと手を叩いて盛り上がっている。誰ひとりとして、エメリックの勝利を疑っていない。


 カラン、と最後のひとりの木剣が落ちる。立ち上がれる者は、もういない。


「さて、これで全員だな。まだ──やるか?」


「……う、あっ……」

「も、う……分かった……」


「さて、貴様達は暇に飽かして第三の団長である俺に喧嘩を売り、俺の大事な者を傷付けた。その落とし前はしっかり付けてもらうぞ? バーナード!」


「おう。クレリソ、うちの奴らが悪かったな。もういい加減こいつらの実家からの圧力も鬱陶しいと思っていたんだ。やっと根回しも済んだから、とびきり寒くて魔獣も多く、最も厳しい辺境警備に回すことになったよ。他の第二のやつらはお前の努力も実力もしっかり理解している。何より、訓練の様子を見てりゃ一目瞭然だってのにな。それに気付いてなかった時点で訓練してないのが丸わかりだ。──おい、お前ら分かったな? さっさと荷物まとめて、まともに剣振るえるようになるまで戻ってくるんじゃねえぞ!」


 鋭い目でそう怒鳴ったのは、青い騎士服に階級章は3本線。第二騎士団長のバーナード卿だ。

 エメリック様と第三騎士団を散々馬鹿にしていた彼らは、これから本来の騎士としての勤めを果たすことになる。これまで真面目に訓練を積んでいなかったとなれば、辺境地での警備はかなり辛いものとなるだろう。しかし彼らが騎士として生きて行くのならば、必ず大きな糧となるはず。──戻って来られるのであれば、だけれど。


 何はともあれ、これまでエメリック様を煩わせていた第二騎士団の問題は解決したようだ。

 怪我もなさそうだし──多分1撃も貰っていないと思う──大丈夫だとは分かっていても、セシリアはふぅ、と息をついた。


 俯いたセシリアの手元に影が落ちる。顔を上げればそこにいたのは、エメリックだ。


「セシー。すまなかった」


 何の謝罪かわからなくて、きょとん、と首を傾げる。


「俺が彼らの対処をせずにいたせいで……君の綺麗な身体に傷を付けてしまった」


 悲しげに眉を下げるエメリック。確かに蹴飛ばされたりはしたけれど、あの程度では怪我などしない。頭を横に振ると、大きな手がそっと伸びてきた。


「俺は、君のこのふわふわした尻尾が好きなのに……ひと束切られてしまったな」


 しゅるりとその手がセシリアの尾を撫でる。そういえば、投げナイフで少し毛が切れてしまったのだ。毛などまた伸びるし、気にすることはないのだけれど。


 ペロリとエメリックの手の甲を舐めれば、はっと目を見開いて、その薄水色の瞳と視線が絡まった。


「──俺は、今までいつ死んでもいいと思って生きてきた。生まれた時から俺は()()()だったんだ。いざという時の予備、でも──そのいざという時は来なかった。朽ち果てるのを待つだけの予備など、もはやなんの価値もない。俺が死んで、誰かが生き残れるなら……それこそが俺の生まれてきた意味なのだ、と」


 氷の様に温度のない瞳が、ゆらゆらと揺れている。聞いているよ、と伝えたくてもう一度その手をペロリと舐めれば、こちらをゆっくりと見遣ったエメリックがふっ、と笑った。


「──だが、今は。死にたくないと……思う。正直、自分を大事にするということは、まだ分からない。が……君を、ひとりにしたくない。セシーを守りたいと、思う。俺が少し目を離すと、セシーは危険な目に遭うだろう? 君を守るには、生きていなければ。さすがに……亡霊になってから守れる自信はないからな」


 そう言って小さく笑うエメリックの瞳には、確かに光が宿っていて。それはもう氷の様に冷たい色ではなく、温度が高すぎて青白く見える、炎の様に熱かった。


「君を守ることが、今の俺の生きる目標なんだ」


 セシリアは屈んだエメリックの膝に前足をかけ、そのまま後ろ足で蹴り出してぴょん、と膝の上に飛び乗る。慌てて抱き止めてくれたエメリックの腕の中で、その逞しい胸にうりうりと頭を擦り付けた。

 言葉で応えられない代わりに──この想いが、伝わります様に、と。


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