第9話 汚部屋の大賢者
「おい。マリウスをどこに連れて行くつもりだ!!」
連行されていくマリウスの背を追い、オレは手を伸ばした。だが、その手は兵士たちの槍で塞がれてしまう。阻んだ槍が身体に食い込むのもお構いなしに、オレは身を乗り出し声を張る。
「マリウス、こっちを見ろ!」
オレの声が聞こえていないのか、マリウスは顔を伏せたまま、抵抗もせず護送用の馬車に乗り込んだ。オレは奴の名を叫び続けるが、こちらを見ようともしない。
——バタン。
無情にも扉は閉められ、オレとマリウスは隔てられた。
「何がどうなってやがるんだ?!マリウス、説明しろ!!」
そう騒ぐオレに気がついた、この場を取り仕切る隊長格の兵士が何だと片眉をつり上げる。隊長の足先がオレへと向くと、軍靴で石畳を叩き、ガシャガシャと鎧が音を立てる。
「——邪魔立てすると容赦はせんぞ」
キラッと光る刀身を見せつけながら、ドスの効いた声音が落とされた。しかし、そんなコケ脅しなどオレには何の意味はない。槍を掴んでいる指先が白へと変わる。
「マリウスッ!!」
オレの悲痛な叫びがこの場に漂うだけで、マリウスを乗せた護送車を留めることはできず、虚しくも駆け出して行った。
オレに影がかかる。
「その手を今すぐ離さぬと、お前も投獄するぞ!!」
鼓膜を震わせるほどの怒声を浴びても、オレは護送車から目が離せない。退かせようと兵士が槍でなぎ払おうとするが、オレはそう簡単にヤワじゃない。オレが締め上げる槍の柄がメキメキと音を出す。
オレの態度が隊長の逆鱗に触れたようだ。眉間を盛り上げ、サーベルを一気に引き抜く。
「もう、許さぬ!!」
隊長は兵士を乱暴に払いのけ、伸ばした手でオレの胸ぐらを掴み上げた。オレは真っ直ぐに隊長を見据え、挑発するように口端を歪ませる。
「やれるもんなら、やってみろ。返り討ちにしてやる」
隊長の手を掴もうとしたオレの指が攫われた。振り返るが、姿はそこにない。
「キャネ——」
奴の名を言い終えることも叶わずに、オレの姿は透明に変わっていった。それを目の当たりにしている隊長の眉が跳ねる。
「き、消えた?!」
その声を背にし、オレは引き摺られるようにこの場を後にした。
***
「おい、キャネット!離せ、話がついてねーだろ!」
オレは掴まれている腕を振り払おうとするが、キャネットは意地でも離さない。
「騒ぎ、ダメ」
モヤモヤと歪む空間。そこにキャネットがいる。
「やること、他に、ある」
「やることだと?!」
「魔王様、乱闘、ばかり、スポンサー様、つまらない」
そう諭すと消えていたキャネットが姿を取り戻す。オレは力を込めていた拳を緩め、頭に手をつける。
「……ああ、リアル過ぎて頭に血が登ってた。スポンサーも同じ絵ばかりじゃ、飽きちまうもんな」
「そう、それ」
そうだ。これは劇。ん、待てよ……?
「……マリウスの野郎も宰相役を勝ち取るために、役に徹してるってことか!!」
キャネットは目元を和ませ、なんだかオレを哀れんでいるように見えた気がする。まあ、気のせいだ。
手のひらに食い込んだ指先を緩め、傲慢にそびえ立つマリウスが出てきた塔を見据えた。
「マリウスが言わねーなら、自分で調べてやる。行くぞ、キャネット」
オレはキャネットの返事も待たずに歩き始める。塔を護るように取り囲む鉄柵へ手をかけ、ひと思いに飛び越え、そのまま口が開いている魔窟へと駆けた。
大賢者がいた塔への侵入は、呆気ないほど簡単だった。出入り口に警備が集中しているのか、それとも魔術師たちの怠惰ゆえなのか、内部の警備は手薄のようだ。
四方へと伸びる廊下を見渡す。壁に掛けてある絵画やら何やらは凡人のオレには理解ができない。ただ心に残ったのは、見なければ良かったという後悔だけだった。
「で、どっちに行けばいいんだ?」
オレはそう呟くと、頭上からため息が聞こえたような気がした。
『全く、無鉄砲な魔王様だ。五年も経っているというのに成長がない』
オレを馬鹿にしているバーテンの顔が即座に目に浮かぶ。
「悪かったな。で、どっちなんだ?」
『その前にひとつ確認しても良いか』
「ん、なんだ」
バーテンの声が低くなる。
『これは、元仲間を救うためか、否か。どっちなんだ魔王よ』
この場にいないはずのバーテンの突き刺さるような視線を感じた。
良いジャブ飛ばすじゃねーか!バンデ……いや、バーテン!そういう設定なんだな!!
オレはここで理解した。宰相役との相性を知るには共演するのが一番手っ取り早い。つまり、スポンサーはこの国バランデールそのものを舞台にして撮影している。
ということは、オレが宰相役を選ぶ撮影をしてやがるってことだ!
オレはアイ・ゴーレムの向こうにいるバーテンへ告げる。
「——嫌だろう」
『嫌、だと?』
「ああ。宰相候補に上がった奴に逮捕歴があるなんて嫌だろ?オレたちの作品はクリーンじゃなきゃな」
『……ハッ、何だその屁理屈は』
「イメージは大切だろうが、役者には」
真面目に答えたというのに、ケラケラと笑う声が聞こえてくる。その声はバーテンよりも高いものだった。
『アハハ!昨日はレイブンさんにこき使われて、魔王様に投げられて散々だったけど——その屁理屈は面白いね』
「その声、ボンゴか?」
『そうだよ、魔王様。せっかくゆっくり休んでたのにレイブンさんに叩き起こされたわけ。今日は仕事するつもりなかったのにさ』
ブツブツ文句を垂れ流すボンゴが可哀想に思えて仕方がない。
「……売れっ子も辛いんだな」
ほんの僅かな間があった。タイムラグがあったらしい。
『——あ、まあ。そうなんじゃん。ブフッ』
「おい、風邪か?」
『違う……って、ふふっ……もう、大賢者の部屋に飛ばすから』
「は?どういうことだ?」
オレは頭を捻りながらアイ・ゴーレムを眺めると、そこから滑らかな旋律が途切れ途切れに流れてくる。
『——に転じろ』
ボンゴがそう言い切ると、オレが見ている景色が歪む。瞬きひとつすれば、眼前の景色が変わっていた。
見渡せば本の山と書類の壁。その隙間から差してくる光。一筋の道の先にある執務机にも分厚い本がいくつも積まれてある。いかにも、アイツらしい部屋だった。
「変わってねぇな」
懐かしむオレに、パタパタとアイ・ゴーレムが近づく。
『え!?大賢者って、片付けらんない人なの』
「ひとつのことにしか集中できねぇタチなんだ。マリウスの野郎は」
オレは足下に落ちている紙を拾い上げる。アイ・ゴーレムは飛ぶことを止め、この部屋で一番高く積まれた本に足をつけ、眼下を覗き込む。
『にしても、ひどすぎるでしょコレ……』
オレは広がっている紙を見ては、それを投げ、キャネットが丁寧に集めていく。
「ボンゴ、お前もなんか使えんのか?」
オレの唐突な問いにボンゴの盛大な溜め息が聞こえた気がした。
『え、何それ……。さっき、この部屋に転移させたよね??ふざけてるだけでしょ、魔王様』
羽根を休めていたアイ・ゴーレムがオレの眼前へと迫り、ギョロっと睨んできた。オレは堂々と言ってのける。
「いや、オレはいつでも大真面目だ」
椅子からずり落ちた音が耳に入ってくる。
『あーもう、調子狂う』
ボンゴの声に同調したように、アイ・ゴーレムはヒラヒラと飛行し、書類の山に止まろうと短い足をかけた。だが、書類の山はアイ・ゴーレムの体重を支えられず、雪崩のように崩れ落ちる。
足先まで流れ込んだ書面を目にした途端、オレは目を剥く。
「——これ、アイツの……」
——ギィィ。
背後で扉の開いた音がした。




