第8話 え?リアルすぎない?
遠ざかっていく馬車からオレは目を離すことができない。込み上がってくる何とも言えない感情を必死に抑える。
髪の毛先まで神経が通ったように、オレの闘気が走った。それに反応したのか、まだ繋がったままのキャネットの指先が小刻みに震え出す。
「……なあ、レイブン」
オレは近くに飛んでいるアイ・ゴーレムの向こう側にいる奴の名を呼んだ。
「——宰相役候補者に会いに来ただけだよな?」
レイブンはすぐには反応せず、沈黙する。そして、意を決したように口火を切った。
「……その通りです。レオンハルト様との相性を見極めたうえで、その方を宰相役としてスカウトしてください」
「じゃあ、あの檻の子どもはなんだ。あれもキャストか?」
「——スポンサー様のご意向です。我らの売りは、リアルさでございますから」
アイ・ゴーレムの瞳が、オレを見定めるように真っ直ぐ射抜く。
「魔王としてのレオンハルト様が、どのように動かれるのか。それも見たいとのことです」
「つまり、台本なしの即興劇をしろってことか?」
「さすがレオンハルト様、鋭いですね。我らの演劇に台本はありません。レオンハルト様の好きなように暴れてください、とのことです」
その言葉を耳にしてオレは一歩前に出た。キャネットと繋がれた指先が離れ、足先からオレの姿が顕になっていく。
「——んじゃ、そうさせて貰うぜ」
腕が勝手に伸びていた。オレの手によく馴染んだフェルガーニの柄へと。引き抜けば呼応するように刀身が唸る。
「ああ、お前の出番だ。だからって、加減するのを忘れるなよ」
フェルガーニに言いつけたが、本当は自分に言い聞かせた。切先を地に降ろし、息を長く吐く。
闘気をフェルガーニへ乗せると、応えるように刀身が眩い光を放ち始める。聖剣フェルガーニ……大神狼が月を喰らいし牙。誰にも扱うことが出来なかった聖剣。
久々の感覚にオレもフェルガーニも血が沸いたに違いない。オレは目を剥き、振り上げた。斬撃は音も立てずに、あの憎き檻へと一直線に突き進む。
——ガキィーン!
馬車の荷台から檻の破片が甲高い音を鳴らしながら、石畳に叩きつけられた。通行人たちの視線が一斉に馬車へと向かう中、オレはフェルガーニを鞘に戻し、子どものもとへ。
だが、誰も檻に入っている子どもを心配する目などない。注がれているのは、汚物を見るような胸糞悪いあの瞳はなんともリアルだった。
「——本当に気分が悪い」
怖がることさえ忘れたように、立ち尽くしていた子どもにオレは手を差し伸べる。子どもは何を意味しているのか分からないのか、オレの手をただ黙って目にしているだけ。
少しオレが手を揺らせば、己を守ろうと顔を腕で隠し、そこから覗くようにオレを注意深く見つめていた。その姿にオレの胸が激し揺さぶられる。
オレはしゃがみ、目線を落とした。
「……ほら、掴めよ」
子どもは震える指先をオレの手のひらに置く。
「——良い子だ」
オレを瞳に映した子どもの顔から強張りが僅かに解け始める。だが、ドタドタと大きな腹を揺らした男の姿が視界に入った途端、表情が固まった。
「ちょ、ちょっとアンタ!!」
オレはその男へと目を向ける。ハアハアと肩で息をし、膝に手をつきながらオレを睨む。距離など大してないというのに、汗が石畳に垂れ落ちる。
「な、何してくれんだ?!大切な資源に傷でもついたらどうするつもりだ!!」
「資源、だと?」
「さっさと、その汚い手を離せ!!」
男はオレの手を払おうと、デカい図体が跳んできた。オレはそのデカっ腹に膝を食い込ませる。
「ウグッ!?」
男の目が飛び出そうになった。
——あ、やべぇ!?これ、キャストじゃねーか!!
そう思った頃には時すでに遅し。男は石畳に崩れ落ち、芋虫の如く悶えている。だが、ここで魔王が心配するのはおかしいはず。魔王だったら——徹底的にだ。オレはさらに畳みかけることにした。
オレは悶える男の傍にしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。
「——誰が、汚いというのだ?」
「て、てめぇ……——ひぃぃ!!!!」
目が合うなり男はプルプルと身体を震わせ、汗で沼を作り出す。
「地を汚し這い回るな!!馬鹿者めッ!!」
男は素早くひれ伏し、頭を楽器のように打ちつける。
「ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「ほう……。貴様、名脇役というわけか」
「は……い?」
片手が掴まれる。キャネットに触れられた先から、侵食されていくようにオレの身体が消えていく。
「ん?キャネットか」
キャネットからの返事はない。オレは、小さい手を、優しく包み込んだ。
突然消えたオレたちの姿を探しだそうと、顎肉を激しく揺らし全力で頭を振る男。まさに、名脇役というべきだろう。その姿は男のマヌケ。それも、あの男の味と呼べよう。
心で壮大な拍手を送りながら、オレたちは颯爽と路地へと入って行った。
路地を中ほどまで進んだところで、足を止める。人の気配がしないことを確認し、オレは繋いでいた手を離すと、自分と子どもの姿が元に戻っていく。
「ありがとうな、キャネット」
オレはキャネットがいると思われる方向へと声を掛けると、壁が歪んだように見えた気がした。
バタバタとしばらくオレの傍にいなかったアイ・ゴーレムが近づいてくるなり、乾いた拍手が路地に響く。
『良いものを見せていただきました。このレイブン、とても興奮しておりますよ』
そういう割には、レイブンの声はいつもと変わらない。オレはチラッとアイ・ゴーレムへと視線を向け、指の背で鼻を擦った。
「あんなのはまだ序の序だ」
『いえいえ。さすが、レオンハルト様と聖剣フェルガーニですね』
「褒めても何も出さねぇぞ」
目を伏せ、腰に両手を添える。オレは煽てられて有頂天になっているわけではない。身体をさらに縮こませる子どもへと視線を移す。
「で、コイツはどうするか……」
子どもはオレを一瞥すると気まずそうに、目を逸らした。子どもの表現力に、役と思っていても胸が締めつけられる。
「連れてきちまったんだが……早く家に返してやって欲しい」
オレがボソと呟くと、アイ・ゴーレムが子どもの面前まで降りてきた。
『お名前はなんと言いますか?』
子どもは眼前に来たゴーレムに身構えるが、脅威はないと判断したのかゆっくりと口を開ける。それからしばらくして、掠れた声がやっと出る。
「……ケイティ」
オレはその名を聞いて眉が上がった。あの候補者リストに書いてあった気がしてならない。オレはケイティの頭にそっと手を乗せた。
「ケイティ。もう、お前は家に帰っていいからな」
ケイティは信じられないと言う顔をオレに向ける。
「……え」
「お前は帰れ。あとはオレがなんとかするから」
「……だけど、……仲間が……」
ケイティは何かを訴えようと口を開くが、上手く言葉が続かない。オレはケイティを安心させるように口元を緩め、頭を撫で回した。
「マルっと任せろって言ってんだ。そんな顔すんな。オレは元勇者で、魔王だぞ」
オレはケイティから手を離すと、アイ・ゴーレムに言いつける。
「レイブン、ケイティを帰してやれ」
『……承りました、我が主』
——パチンッ!
アイ・ゴーレムからその音が聞こえると、ケイティの姿が跡形もなく消え去る。その裏でボンゴの嘆き声がした気がした。
「そういえば……」
オレは周りを見渡す。別に忘れていたわけじゃない。
「先に昇ったルルメルはどこにいるんだ?」
「ルルメル、演技、練習中」
キャネットの言葉にオレは口が塞がらなくなった。
「は?!あんなに演技上手いのに、さらに特訓してんのか!」
ルルメルの努力に感極まりつつも、オレも負けてはいられない。アイ・ゴーレムから見ているスポンサーにオレという存在しか魔王役を勤められないと知らしめるためにも。オレは指を握り込んだ。
「よし、他の候補者たちに会いに行くか」
「それ、賛成」
「じゃあ、こいつからだな」
オレはポケットに突っ込んだ候補者リストの紙を取り出すと、キャネットに見えるように指を差す。
「コイツ、あそこ」
「透明じゃ分からねえよ」
オレのひと言で、キャネットの一本の指が顕になる。
「あれ」
キャネットは路地の屋根の隙間から見えたこの国で二番目に高い建物を示した。
「あそこに行けばいいんだな」
キャネットからは返事はないが、足音はオレと同じ方角を目指していた。
オレたちが目的地に着くと、門まで人が溢れ、ごちゃごちゃと騒がしい。どうやら、オレたちが会いに来た奴は、大変人気者らしいが、耳に入る声は何だか物騒だ。
「嘘だろ……あの方が」
「お偉い人も金の欲には勝てないか」
「無様だな」
人を縫うようにオレは人だかりの最前列へと躍り出る。だが、オレは目の前の出来事に目を疑った。
手枷を嵌められた男は、大金をせしめた者には見えなかった。古びたローブ。伸びた髪。痩せた頬。それでも、その顔を見間違えるはずがない。
「お前……」
男が弾かれたように顔を上げた。
「レオンハルト……?」
「止まるな!罪人!!」
背中を突き飛ばされ、マリウスは人波の向こうへ連れていかれた。




