第7話 国が浮いてるとか聞いてない
魔術師を従えた国バランデール。その国は——宙に浮いているという。
そんな舐め腐ったことが書いてあるガイドブックを片手にオレは空を見上げる。
「……どうやって入国すんだ」
バランデール到着早々、オレは出鼻をくじかれた。何もない砂丘の上に浮かぶ国に、唖然としているオレに、ルルメルは生温かいものを容赦なく押し当てくる。ぷにゅっと片腕が挟まれた。
「ダーリン。私が運ぼうか?」
ルルメルの背中に申し訳なげに生えている羽根がパタパタと羽ばたく。その小さい羽根はどう見てもオレを担いで空を飛べるとは思えない。オレは小さく息を吐いた。
「そんなことさせられるわけないだろう。怪我をしたら、お前も辛いが——」
「だ、大丈夫だって!私、こう見えて——はぅっ」
熱心にオレを見つめているルルメルの髪へと指を滑らせる。
「オレも辛くなるということを分かって欲しい」
みるみる顔が赤くなるルルメルは唇を震わせる。
「——はわわっ!あーヤダもう……!」
ルルメルは慌てたようにオレから身を剥がすと、両手を頬に当て身体を捻った。今の発言は彼女にとっては大変気持ち悪かったかもしれない。ルルメルの尻尾も不愉快だというように乱れ、地を叩きつけている。
……何股貴族の真似も、やっぱりダメだったか。
ルルメルを見ながらオレは少し落ち込んだ。気落ちした肩を指先でツンツンと突っつかれる。なんだと顔を向けるとキャネットが遠くを見つめていた。
「ん?どうしたキャネット」
キャネットはとある方向を指差す。
「あそこ、人いる」
オレはキャネットが示す先へと目を向けると、数人の人間がバランデールの陰に入っていく。そして、宙に浮き上がると、吸い込まれるように国へと昇って行った。
「キャネット、お前。お手柄じゃねーか!」
「…………」
キャネットは照れたようにオレから目を背け、聞き取れないことをぶつぶつと呟くと、瞬く間にキャネットの身体が見えなくなった。
「……あん?キャネット、どこ行きやがった?」
眉間に皺を寄せ、辺りを見回すがそこには砂だけ。オレの声はだだっ広い砂漠の地を漂った。
バタバタと飛ぶアイ・ゴーレムがオレの頭上で停空する。
『レオンハルト様』
幾度も聞いた声にオレはアイ・ゴーレムへと目を向けた。ギョロッとした大きい目玉と目が合う。血走った血管がなんとも気持ち悪い。
「ん、レイブンか」
『ボケーッとしている場合ではありませんよ』
少しレイブンの棘のある言葉にオレは言い訳するように言葉を吐く。
「今、入国の仕方が分かったところだ」
『そうですか。本来ならばあのクソ——ゴホン。ボンゴ様がいればスムーズに入国ができましたのに』
「あ?ボンゴがいれば、顔パスなのか」
砂に足を取られながらキャネットが見つけた場所まで向かう。すると、目の前に砂が跳ね上がり、足跡がついていく。
「な、なあ、ルルメル?オレの前に誰かいるよな……」
オレの後ろに続くルルメルへと声を投げると、ヒョイと顔を出す。
「ふふ。驚かないで、ダーリン。あれはキャネットよ」
口元へ手を添え、ルルメルは鈴を転がすように笑った。オレは信じられず、思わず足が止まる。
「キャネットって透明化できんのか!?」
その声に先を行くキャネットの足も止まった。姿は見えないが、うん。と頷いた気がする。
甘い香りが強くなり、ルルメルがオレの隣に立っていた。
「魔族は何らかの特技を持ってるの。ダーリン、知ってたわよね……?」
ルルメルはそう口にするが、オレを見る目は疑いの眼。オレは顎先を撫でる。
「そんなこと、初めて耳にしたな」
ルルメルは一瞬、目を見開くが、すぐに顔を和ませた。
「さすが、ダーリン。というか、期待を裏切らないわね」
肩を揺らすルルメルを眺めながら、オレはふと湧いた好奇心を口にする。
「ルルメルは、何ができるんだ?」
「そのうち教えてあげる」
ルルメルは頭を傾け、口角が上向く。流れた髪からオレを覗く瞳が縦に細くなった気がした。
***
「ここだったよな?」
オレたちはバランデールの真下にいた。宙に昇って行った者たちがいた付近にいるのだが、何も反応はない。オレの偉大さに恐慄いてるやもしれん。
「アイツらはどうやって昇って行ったんだ?仕掛けでもあるか」
オレは腕を組み、堂々と浮かぶ国を睨む。そんなことをしても意味がないのは分かっているが、足止めを喰らったオレたちに為す術はない。どうしようもなくなったオレは、休む暇もなく羽ばたくゴーレムへと声を放つ。
「レイブン。何か、入国できねーんだけど」
ギロッとオレを睨むアイ・ゴーレム。その目はなぜだかレイブンに睨まれているかのような錯覚に陥った。
『先程は分かったと仰いましたよね』
どことなく圧を感じさせる声音にオレは、口ごもる。
「は、離れたところから見ただけだし。そんな特殊なことはしてなかったはずだ」
『なら、壊してしまえばよろしいのでは?』
「は?」
『——冗談です。それにお伝えし忘れておりましたが、レオンハルト様。魔王役を得たとしても、常に危機感を持った方がよろしいかと』
「どういうことだよ」
『スポンサー様に相応しくない!と思われた瞬間に——クビ。ということです』
レイブンの言葉にオレに落雷が落ちた。そんなオレに畳み掛けてくるレイブンは非情だと思う。
『スポンサー様は常にレオンハルト様をアイ・ゴーレムを介して見ておられます。今回はスカウトだとしても、気を抜かぬようにしてください』
それでは。と言い放ち沈黙。オレはアイ・ゴーレムに腕を伸ばしたまま、固まった。
頭でぐるぐると巡る魔王という文字。魔王らしさ、とは?魔王とは?
「あ……」
アイ・ゴーレムがオレを馬鹿にしたように見つめている。
魔王役のオレがそんな姿を見せたら——
「衣食住の快適生活がなくなっちまう!!」
オレは目を剥き、腰に差してるフェルガーニへと手を伸ばし、一気に引き抜いた。フェルガーニの切先をバランデールへと向け、オレは吠え上げる。
「おい!さっさとオレを入れろ!!」
………………
ビューと砂を含んだ風がオレたちに吹きつける。
——い、痛い。身体ではなく、心が痛かった。ここは強行突破すべきなのかと、フェルガーニの柄を強く握り込んだ。
そんな葛藤を繰り広げている最中にオレの隣にいたルルメルが肩幅に足を広げ、声を荒らげる。
「もぉ、ダーリンがここまでしてるのに!!さっさと門を開けなさいよ!!」
ルルメルは喧嘩を売るように腕を前に突き出すと、手のひらに感情のままに紫炎が噴く。
「——燃やすわよ」
ルルメルの眼光が鋭く光った。
こ、これが、魔王の婚約者役なのか!?オレ、全然迫力がねーぞ!!
オレは自分に自信がなくなったところで、どこからともなく声が降り注ぐ。
「「規定量の魔力探知。入国を許可します」」
ゴォォォーという音とともに、ルルメルの身体が浮かび上がった。
「えっ、ちょ、私だけ?!」
オレは咄嗟に手を伸ばす。ルルメルに指先が触れたところで、電気が走ったようにオレの指が弾かれてしまう。
「ル、ルルメル!!」
「ダーリン!!」
ルルメルの声だけがこの砂漠に残され、オレは昇っていった彼女の小さくなる姿を目に焼きつけることしかできなかった。
「ルルメル……」
宙を仰ぎながら、オレは手を握り込む。そんな情けない手に温もりを覚えた。包まれたような感覚とともにオレの身体が消えていく。
「キャネットか?」
返事はない。だが、代わりに紫炎が噴いた。あの温度のない声が砂漠に響き渡る。
「「規定量の魔力探知。入国を許可します」」
今度は弾かれることはなかった。ルルメルが辿った軌道を進んでいく。徐々にこの国を象徴するような宮殿が見えてくる。雲を突き刺すように尖った屋根が印象的だった。
浮かんだ身体のつま先が石畳に触れる。地上ではまずお目にすることはないであろう、空飛ぶ馬車が頭上を通り過ぎていく。
露わになるバランデールという国。透明な瞳が映した天に浮かぶ国はなんとも——
「ここが魔術師の国バランデールか。初っ端から胸糞が悪りいな」
栄えている街並みの大通りを走る一台の馬車。その荷台には檻に入れられた角の生えた子どもと目が合った。いや、子どもは気づいていないかもしれない。輝きを失ったような死んだような瞳は何も映さなかった。
「ここがアイツがいる……国なのか」
その問いに答える者は誰もいない。




