第6話 大賢者(元仲間)が宰相役候補者かよ?!
ジューと音を立てるステーキから食欲をそそる匂いが部屋いっぱいに漂う。オレは生唾を呑み込んだ。ルルメルは慣れた手つきでステーキとライス、そしてスープを置いていく。
「ダーリン、召し上がれ」
口角を上向かせ、ルルメルはそう告げると、ほとんど布に覆われていない尻をテーブルに乗せた。
下品だ!とはここで言わないでおこう。ルルメルはオレを眺めながら、暗赤色の尻尾を優雅に揺らす。
「ダーリン、私が食べさせてあげる」
そう言ってルルメルはステーキへ手を伸ばすが、それを制するようにオレは手のひらを突き出した。
常に役に入り込んでいるルルメルに合わせてやるべきなんだろうが、飯は自分で食べたい。
「ルルメル、お前はそんなことをする必要はない」
ルルメルの差し出した手を取り、そのまま彼女の瞳を射抜く。いつぞやの詐欺師がおばさんにしていたことを真似てみる。
「——オレに愛でられていればいいんだ」
手を掴まれたルルメルは指先をピクリと震わせ、オレを真っ直ぐ見つめてきた。掴んでいた手を離してやると、彼女は頬を淡く染め、腕を胸元へ戻してギュッと握り締める。
「ダーリンってば……」
ルルメルの尻尾がくねくねと揺れ、垂れていく。どうやら彼女の威厳を損ねてしまったようだ。やはり、詐欺師のモノマネなんてするもんじゃない。
文句も言えぬ腹立たしさからなのか、ルルメルは身体をモジモジとさせる。その姿に申し訳なさも感じつつ、オレはステーキへと視線を落とした。
オレはフォークを手にし、容赦なくステーキへと突き刺す。そのまま口に運ぼうとしたところで、扉を叩く音が部屋に響く。
「ん?」
オレは扉へと顔を向けた。
「失礼」
扉が開き、長い毛先を揺らしながらバーテンが部屋に入ってくる。その後をナイフ男キャネットが続いた。
テーブル越しに立ったバーテンとキャネットは黙ってオレを見下ろす。オレは構わず、食事を続け、奴らが話し始めるのを待つことにした。
そんなオレの態度が気に入らないと言いたげにバーテンは息を吐く。
「魔王よ、食事をしている場合か」
オレの手が止まり、フォークに刺さったままのステーキをバーテンへと差し向ける。
「バンデット、お前も食べるか?」
ビクッとバーテンの片眉が動く。バンッ!と両手をテーブルに突いた。
「バーテンだ!全く、何回言ったら分かる!!」
身を乗り出すバーテンは今日も機嫌が悪いらしい。オレはステーキを一気に口に頬張ると、淡々と返事をする。
「すまん、すまん。名前を覚えるの苦手なんだ」
「しっかりしろ!我らの魔王になったのだろう!?」
「もちろん。しっかりと有名になってやるって」
オレはナプキンで口元の汚れを拭き取ると、この場に集まった魔王四天王がひとり足りないことに気がついた。
「……ボンゴがいないな」
上の空だったキャネットが、思いついたように口を開く。
「ボンゴ、疲労。寝る、言った」
バーテンが鼻で笑う。
「フンッ、ボンゴは体力というものがない。魔王、鍛えてやったらどうだ?」
手にしているフォークをバーテンへと向ける。
「それ、お前が言うことか?あんな遠くまで飛んで行ったくせに」
うっ、と言葉を詰まらせたバーテンに、ルルメルが思わず吹き出した。
「——ホント、ダーリンの言う通り。鍛えるのはバーテンの方じゃなくて?」
顎に指を当てルルメルは、バーテンを眺めながら口端をつり上げる。そんなルルメルをバーテンはギロッと睨んだ。
「この……淫魔め」
ルルメルはバーテンを煽るように尻尾をくねらせる。
「あら、やる気かしら?」
バチバチと視線がぶつかり合うふたりを尻目にオレはスープに取りかかると、キャネットが物欲しそうな顔をしていた。
「キャネットも食べるか?」
こくりとキャネットは静かに頷き、オレは脇にあった椅子をポンと叩く。
「じゃあ、こっちに来い」
キャネットは跳ねるようにオレの隣に腰を落とした。オレはステーキを分けてやろうと、ナイフへ手を伸ばす。だが、素早い動きのキャネットに奪われてしまう。
その瞬間、キャネットの纏う雰囲気が一変する。
「——魔王様に切って貰うなんて、おこがましいというか、なんというか……」
キャネットは片手でナイフを器用に回しながらオレを見つめてきた。
「ときめくよ」
長い睫毛をパチパチと叩きつけながら、オレを映す瞳に熱がこもる。全くの別人と化したキャネットを眺めながら、オレは眉を顰めた。
「……お前、誰だ?」
そんな空気を一新するかのように扉が開く。誘われるようにオレはそこへと顔を送ると、目を丸くしたレイブンと視線がぶつかった。
「皆さん、お早いですね」
レイブンは胸に書類を抱き、部屋に集まった者たちの顔を確認すると当たり前のようにオレの脇へと足を進める。
「……ボンゴ様は欠席ですか」
レイブンは独りごちると、キャネットはナイフを愛でながらその言葉を拾う。
「ボンゴは、誰かさんにこき使われたら休むと言っていたよ」
「では、ボンゴ様はお留守番です、か……あのクソガキ」
オレはレイブンの物言いに耳を疑った。いつも礼儀正しい態度に似合わない口調に勢いよく顔を向ける。
「……レイブン、どうした?お前も機嫌が?」
レイブンは何のこと?というような顔をオレに見せていた。
「いえ、まったく。それよりも、こちらを——」
レイブンは持っていた書面をオレの眼前に寄越す。その書面にはこう記されている。
『 宰相役候補者リスト 』
オレは小さく書かれている候補者の名前をざっと目で追うと、懐かしい名に思わず声が漏れる。
「……おい、マジか?」
書面を掴む指先に無意識に力が入った。それもそのはずだ。長年ともに技を競い合い、口喧嘩をしては魔術でコテンパンにされた腐れ縁。
そして、強い者を追い求めた結果、五年前、ともに魔王を倒すことになった仲間のひとり——マリウス・リーベン。
今や大賢者と呼ばれ、どこかの国のお抱え魔術師となったと風の噂で耳にしたことがある。そんな野郎が、このリストに載っているなんて誰が思うか。
「大賢者のくせに、魔王の宰相役候補なんてどんだけ遣手なんだ、マリウスの野郎は」
バチンッとマリウスの名の書かれた書面を指で弾いた。オレの心は僻みも嫉みも湧かない。ただ久々に友の名を呼べて胸が踊る。
そんなオレを見ているレイブンの視線が突き刺さった。やはり機嫌が悪いのか、声もどことなく業務的だ。
「宰相役は、レオンハルト様と気が合うお方の方がよいかと……。候補者の方も、そちらに集まっておられますし、実際に会って来て貰えませんか?」
レイブンは一度候補者リストへと目を向け、再びオレへ視線を戻す。
「まさか、コイツら全員ってことか?!」
オレは身を乗り出す。
「はい。スポンサー様がそう仰ってますので——」
「スポンサー?それって、誰なんだ」
レイブンは口を閉ざした。そして、ニッコリ微笑むと人差し指を口元へと当てる。
「レオンハルト様が知らなくて良いことでございます」
有無を言わせないレイブンの圧力をヒシヒシと肌で感じつつ、脳天気なオレはあまり深く汲み取らず、まあ、いいかと返した。
「では、レオンハルト様にはこちらの国に行って頂きます」
レイブンは壁にかけてある世界地図を迷うことなく指し示し、不吉なことを口にする。
「魔術師の集う国——バランデール。またの名を魔術師の檻」
「魔術師の檻、なんだそれ?」
誰も口を利くつもりはないようで、オレの言葉が沈んでいき、妙な空気が流れた。それを打ち破るように、レイブンが書面をめくり、口火を切る。
「今回、レオンハルト様に同行するのは、ルルメル様とキャネット様です」
異議ありとバーテンがレイブンに食ってかかった。その衝撃で艶のある長い髪が跳ね上がる。
「なぜ私ではない!私が行けば——」
レイブンは冷たい目を向け、わざとらしく息を漏らす。
「バーテン様は、なんと言いますか、目立つというか、注目されてしまいますので、今回はご遠慮ください」
バーテンは満更でもないように、顎を突き出し髪を払った。
「——まあ、私は人の目を集めてしまうからな」
キャネットはナイフを弄ぶ指を止め、優雅に微笑む。
「まかせてよ。自分、そういうの得意だから」
テーブルに手をつき、オレへと身を乗り出し尻尾をくねらすルルメル。
「私はダーリンの婚約者だもの。当然、一緒に行くからね」
その視線を躱し、オレはレイブンへ顔を向ける。
「レイブンは来ねぇのか?」
「ワタクシは次の撮影準備がございます。どうぞ、お三方でお楽しみください」
レイブンは手を胸に当て、オレに頭を下げた。オレはテーブルに置いたままのスープを飲み干し、ライスを掻っ込む。
仕上げに残っているステーキを口に突っ込むと、テーブルに立て掛けてあるフェルガーニを手に取る。
「そうか。んじゃ、さっさと終わらせてくるか」
フェルガーニを肩に乗せ、椅子から立ち上がると、オレは扉へと足先を向けた。




