第5話 最終選考だって、一発KO
宙に浮いたままの奴らを、オレはただ静かに眺める。最終選考というには相当、骨がある奴らが出てくるだろうとタカをくくったのだが、それといった相手は未だに姿を現さない。オレは首を捻る。
「おい、今度の演技相手はどこだ?」
長髪の男の眉がピクッとつり上がる。
「なに?演技相手だと……」
「魔王役オーディションの最終選考だろ?殺陣のシーンはやったから、次はボス戦か?」
そう長髪男に投げかけたが、眉根の皺を深くするだけだった。オレはレイブンへと目を向ける。
「オレ、間違ったこと言ったか?」
レイブンは睫毛を伏せ、小さく頭を数回横にした。
「いえ、レオンハルト様に間違いはございません。魔王四天王バーテン様はもう役に入り込んでおりますね」
オレは名前が聞き取れず、口から零れる。
「……ん、バンデット?」
長髪頭の額に筋が浮き上がり、勢いよく身を乗り出し口を大きく開けた。
「誰が、バンデットだ!!私はバーテンだって、五年前にもそう言っただろうが!!」
今にも食ってかかりそうなバーテンを横目にし、手で頭を支えながら少年は溜め息をつく。
「はぁ……ちょっと、騒ぐのやめて貰えません?僕、力使いすぎて体力皆無なんですけど」
「ボンゴ、何をそんな弱気なこと言っている?!魔王四天王が呆れるぞ!!」
「いや、僕ね。ずっとレイブンさんにこき使われ続けてるんですよ?指をパチンっ擦る度に転移させてたり、ここにいた三千の兵士を宿舎に戻したりね!!」
「だからなんだと言うんだ!!」
「バーテンさんはただ、ドカンと座ってただけですよね!!僕の苦労も知らないで!!」
バーテンとボンゴは派手に言い合っているのをオレは静かに視聴している。この光景を見ていると勇者時代の仲間たちを思い出す。
「アイツら元気にしてっかな」
オレは厚い雲に覆われた空を見上げ、かつての仲間に思いを馳せているところに暗赤色の尻尾が映り込んだ。
「もぉ!あの女のこと、思い出してたでしょ!!ダーリン!浮気は許さないんだからね!!」
豪速球のようにオレの身体にしがみつき、ぎゅうぎゅうと腕で締め上げるのはルルメルだ。すかさず尻尾を腰に回してくる。オレは彼女の両肩を押し、密着してくる身体を引き剥がした。
「おい、今はその演技いらないところじゃねーの?」
ルルメルの腕が小刻みに震え、オレを映す瞳は潤んでいる。
「私はいつもこうなの!!いつでもどこでもアピールし続けないと心に留めて貰えない!!」
オレはルルメルの言葉と、熱いポリシーに身体中に電流が駆け巡っていく。
なんという役者魂なんだ!オレもルルメルのように、常に魔王という役に入り込まなければなるまい。
オレはそんなルルメルの肩を抱き寄せた。
「ルルメル、今の言葉——オレの心に、よーく響いた」
ルルメルは睫毛を僅かに揺らし、頬を赤らめる。オレに抱き寄せられて、ルルメルは怒っているのかもしれない。
「レオンハルト……好きっ!!」
役が婚約者だからって、心にもないことを口にしなきゃならんとは何と酷な話だ。オレはルルメルを哀れに思いながらも、役のために彼女を抱き締め続けた。
「ああ。オレもだ」
そんなオレたちを見ていたバーテンとボンゴは終始、静観している。どうやら、オレの演技に心が囚われてしまったのだろう。
ボンゴは口を押さえ、バーテンは食い入るようにオレを見つめている。そのすぐ後ろで、顔を腕で隠した男の手の中にあったナイフがプルプルと震えていた。
「あの……皆様方」
レイブンは宙へと手を掲げ、この空気を変えようと口を挟む。
「そろそろ、最終選考へ移りませんと」
レイブンの言葉にオレは我を取り戻すと、宙に浮いていた魔王四天王のヤツらが、地上へと降り立った。
カツカツと甲冑を鳴らしながら、バーテンはオレたちの前に立ち、ルルメルを引き剥がそうと腕を掴む。
「ルルメル、何を勝手に婚約者などと——よく考えろ!勇者だった男だぞ?!ましてや、まだ魔王に決まったわけでもない」
「好きなものは好きなの!」
「計画を邪魔するつもりか!!」
「だって、私たち五年前に負けてるじゃない!!」
「あの頃とは違う!修行しただろうが!!」
引き剥がそうとするバーテンだが、ルルメルはオレの身体を締め上げ一歩も引かない。
「私はダーリンと戦いたくないー!」
バーテンは奥歯を噛み締め必死な形相で挑むが、ルルメルも負けてはおらず、結果、折れたのはバーテンだった。
「ハァ……はぁ……こうなったら仕方ないな。ルルメル、お前もろとも——消えるがいい!」
バーテンは息を軽く整えると、腕を伸ばし詠唱を始める。
「時を統べる古の——」
ボワッとバーテンの長髪が風を受け、宙へと巻き上がった。その足下には魔法陣が展開する。オレはただならぬ気配を感じ取り、ルルメルを抱きながら身を引いた。
「おい、バーテン。オレの女がいるっていうのに容赦がねーな」
オレはルルメルを背に庇い、地面から小石を拾い上げると、バーテンのこめかみを撃ち抜く。
そして、一気に距離を詰め眼前に立つと、何が起こったのか理解していないバーテンの顔面に拳をおみまいしようと、肘を引いた。
「勝負ってのは、身体と身体のぶつかり合いだろ!!」
「ま、待て!!ひとつくらい、攻撃———」
——バゴォォオオオン!!
バーテンは抵抗もままならず、殴られて地平線の彼方へと吹っ飛んでいく。それを確かめぬまま、オレはボンゴへと進撃を開始。
「——次はお前だ」
目が合ったボンゴの顔が蒼白に変わった。オレから逃げるようにボンゴは後ずさる。ボンゴは距離を取ろうとするがオレの足は止まることはない。
「元勇者、ちょっとタンマ?僕、子どもだし、疲れてるから——」
そう言い訳を言い連ねるがオレは逃がすつもりは毛頭ない。
「最終選考なんだろう?これが終わればオレは——」
ボンゴが腕を前に出すと、足元に魔法陣が浮かび上がった。どうやら、バーテンと同じく小細工をしようとしているらしい。
「空間を穿ち、彼方と此方を——」
「だから!!身体と身体のぶつかり合いだろうが!!男が逃げるな!!」
ボンゴの頭を掴み上げるとオレは、ナイフ男めがけて投げ飛ばす。だが、ヤツは受け止めることなく見事に躱し、ボンゴが地面にめり込んだ。
ナイフ男はこの好機を逃すまいと、ナイフを地へと刺す。
「我が姿、覆い隠す、闇——」
ナイフが突き刺さったところから魔法陣が発生したのだが、それ以上先へは進むことは不可能である。それはなぜか……?
オレが相手だからに決まっているからだ。距離を縮め、オレは即座にナイフ男の肩を掴む。
「刃物持ってんなら、正々堂々やれ!!」
そのままナイフ男を地面へ叩きつけてやった。
地面に突き刺さったボンゴの隣で伸びているナイフ男。そして、戻って来ないバーテン。残されたのはオレと、レイブン。そして、ルルメルの三人。オレはレイブンとルルメルに目をやった。
「他にもオレとやり合いたいヤツ、いる?」
レイブンもルルメルも首を横に振る。
「レオンハルト様。お見事でした」
「さすが、私のダーリン」
そう口を開くと、ふたりはオレの前に跪き頭を垂らす。そのサマはまさに、オレを魔王役に決めたというようだ。
レイブンは懐からクタクタな紙を取り出すと、オレへと捧げる。
「レオンハルト様、第六六六代目の魔王として、この地を治めください」
「ん?なんだ、その六六六って?役の肩書きか」
レイブンはオレにペンを差し出す。
「そんなものです。宜しかったらサインを。これで衣食住が保証——」
オレはレイブンからペンを掻っ攫うと、よく読みもせずに名前を書き殴った。
「これで、魔王役はオレのものってことだよな?」
レイブンの口角が上向く。
「左様でございます。この魔界……そして、世界も……」
「ん?なんか言ったか?」
「いえ、何も言ってはおりませんよ。我が主」
「そうか!」
オレは背筋を伸ばすと、倒れている魔王四天王たち(ふたりだけ)を見下ろしながら、オレは口を開く。
「魔王役のレオンハルトだ。魔王四天王役のお前ら、よろしく頼むぞ!」
こうして、平和だった世界に新たなる魔王が誕生した。この男レオンハルトが世界中を脅かす存在になることを、この男だけは知ることはない。




