第4話 三千のエキストラVSオレ
後ろ髪を引かれるように女優ルルメルが、この部屋を出て行くと、閉ざされた扉をオレはしばらく眺めていた。
胸に残った温もりと甘い香りは彼女が居なくなった今も存在感を放っている。それが、エールのように思えた。
なんだか、心強く思えるぜ。
視界の端でレイブンはモノクルをかけ直すと、オレに拍手を送る。
「レオンハルト様、とても素晴らしい演技でした」
賞賛と部屋に響く拍手にオレは思わず、口角をつり上げた。それを誤魔化すように指先で鼻を擦る。
「良かったか?まだ役を掴めてないって感じだけどな」
「いえいえ。想像を遥かに超えてます。あれは紛れもない魔王様と言っても過言ではありませんでした」
「そ、そうか?」
オレ、役者向いてるかも!今までの苦労はこの日のためだったに違いない。
「ええ。レオンハルト様がこの役を貰ったようなものですよ」
レイブンの言葉がオレの胸を高鳴らせてくる。このままじゃ、オレは天狗になってしまうかもしれない。
「早速ですが——」
ひとつ咳払いをするとレイブンは、オレに色のない目を向ける。
「レオンハルト様、ご覚悟のほどよろしくお願いします」
——バチンッ!!
レイブンは指を鳴らした。
モヤに包まれた視界が晴れると、眼前に立ちはだかる魔族の軍隊という壁。その光景に思わず、口端がつり上がった。
「——おい。これは、どういう冗談だ」
ざっと見ても五百、千……いや、それ以上か。鼻息の荒い兵士たちの双眸がオレを射抜く。
「やっぱり、オレを袋叩きにするつもりなのか、レイブン?」
オレは視線を宙へと転じる。傍らにいたはずのレイブンが、宙に浮かんでいやがるからだ。
「滅相もございません。レオンハルト様。これから殺陣を拝見させて頂きます」
「……たて?オレは盾使いじゃ——」
「レオンハルト様。そっちじゃありません」
「……ん?」
「戦闘シーンの演技でございます」
レイブンは真顔でオレを見下ろしている。そこでオレは盛大に勘違いしていることに気がついた。
「——あ!フリね。了解、了解。……にしても、よくここまで集めたもんだな」
「左様でございます。やはり、見せ場はアクションでございますからね。魔王役ともなれば避けては通れません」
レイブンはモノクルを指先で押し上げると、嬉々として高らかに宣う。
「我らの演劇は強き者を求めています。見せ方、映えを極めしお方が、その役を手にすることができる——」
レイブンは腕を立ちはだかる軍勢へと振り上げた。
「さあ、レオンハルト様!魔軍三千をどう料理するかワタクシに示してください!!」
オレはその言葉に納得し、大きく頷く。
「ああ、レイブン。お前の言う通りだな。そこは期待して貰って構わない」
降ろしていた腕を上げ、フェルガーニの柄に指を絡めた。だが、オレはフェルガーニを抜くつもりはこれぽっちもない。フェルガーニを鞘に納めた状態で、肩に添える。
「五年前は勇者と呼ばれた男レオンハルトの力を、そこでとくとご覧あれ」
その言葉を合図に魔族たちは次々と剣を引き抜いた。刀剣に映る顔は、なんとも雄々しく、いきり立っている。目の前にいたイノシシ魔族の兵士の口から牙が覗く。
「——五年前の屈辱を!覚悟しろ、レオンハルト!!」
イノシシ兵士は剣の切先をオレへと向け、唾を飛ばした。オレは首を傾げつつ、見覚えのないイノシシ兵士を凝視する。
「お前のこと知らねーけど、気合い入ってんな!さすが、役者!!」
イノシシ兵士はギリッと奥歯を軋ませ、 剣を持ち替えた。
「——絶対殺してやるッ!!」
血走った目を剥き、鬼のような形相のイノシシ兵士がオレの面前へと迫る。だが、オレはそれを平然と待ち構えていた。
「レオンハルト様ー」
頭上から飄々とした声がオレの耳へと届く。顔を宙へと向ければ、口元に両手を当てたレイブンが待ち構えている。
「兵士役の方たちは迫力を求め過ぎて——」
途中でレイブンの声が軍靴の音に掻き消えた。モゴモゴと動くレイブンの口を見つめるが、言わんとしていることはオレには理解できそうにない。
「まあ、よく分かんねーけど。カッコ良さをアピールすればいいってことだろう」
そう合点したオレは、目先に集中することにした。イノシシ兵士がオレの脳天を目掛け、縦に剣が振り落とす。そんな状況でも、オレの顔は焦りの色も、恐怖さえない。あるのは——
「久々に暴れられるってことだな!!」
見開いた瞳は、煌々としているだろう。こんなピリピリとした空気感。生死を分ける威圧感(殺し合いではない)——に、口の端が跳ね上がった。
——それから、数分後……
掴んでいた指先から、剣が溢れ落ちると、甲高い音が空を震わせる。ふらふらと軸を失った足は地面へと崩れ、そのまま力なく身体は倒れた。
意識のない兵士を掴んだオレは背後に積み上がった山に投げてやる。壁のようにそびえていた軍勢は、一瞬に山積みとなり、地上に足をついている者はオレしかいない。
「グソ……」
「……つ、よい……」
山から聞こえてくる呻き声を背にしたオレの髪が舞う。表情なんてない。ただ、終わってしまったという侘しさしかないオレは山へと向き直る。
「もう少しやり合いたかったぞ、エキストラさんよ」
手にしているフェルガーニを肩へと当てたところで、どこからか剣が投げられた。オレは反射的に首を傾けるとさらっと髪が宙に散らばる。
「……は?」
オレは地へと落ちた髪を凝視した。そこに映り込むひとつの影が、オレへと伸びてくる。
「いや、これまたアッパレでございました。レオンハルト様。こうもあっさりと三千軍勢をのしてしまうとは——」
そう話すレイブンの言葉もオレの耳には届かない。
いや、オレの髪が切れたんだが。
レイブンはオレの反応がないことに気づき、顔を覗き込んできた。
「どうしました?レオンハルト様」
「オレの髪が——」
「ああ、それはそうです」
オレは顔を勢いよくレイブンへと向けると、全く気にも留めることもなく流暢に語り始めた。
「軍隊役の方は、本物の武器を使用している。と、お伝えしましたよね?」
レイブンの黒目が、オレを貫く。
「まさか、レオンハルト様というお方が。そんな些細なことを気になさったりはしませんよ、ね?」
「…………」
レイブンの肩があからさまに落ち、注がれている双眸の温度も明らかに下がった。
「そうだとしたら、とても——残念です」
フェルガーニの鞘がガタガタと音を立てる。
「レイブン。オレが言いたかったのは——」
投げられた剣を拾おうと腰を曲げ、柄を指を絡みつけた。
「もっと骨のあるヤツを連れて来い」
オレは静かに背を戻し、投げつけて来た野郎の股先に投げつける。
「ヒィィイ!!」
「オレがこの役に最も相応しいということを、今この場で証明してやる!!」
オレの周りの気配がピリつく。それに呼応するかのように、レイブンの表情も固くなったように見える。
「レオンハ——」
レイブンがオレを呼びかけようとした途端、山のような軍隊が一瞬にして目の前から消え去った。
「——その言葉を待っていた。候補者……いや、レオンハルトよ」
頭上から低い声がオレへと向けられた。オレは重たい首をもたげると、宙に四人の魔族が浮かんでいる。誰もが険しい顔でオレを見下げているが、その中のひとりは暗赤色の尻尾を振っていた。
そいつには見覚えがある。さっき、共演した——ルルメルと、その愉快な仲間たち……?
長髪の男が一歩前に出ると、肩にかかった髪を払う。
「それでは、最終選考に移ろう。死んでも、良ければな」
男の口が不穏に歪んだ。




