第11話 いや、冤罪だろ?
従者の声量のせいか、積まれた書類がヒラヒラと床へと落ちていく。従者は肩を震わせ、床に額を押しつけたままだった。オレは従者が述べた言葉を無意識に反芻する。
「——殺さないで、だと?」
従者は勢いよく顔を跳ね上げた。
「マリウス様は、何も悪いことはしておりません!!」
額に床の跡をつけた従者は真っ直ぐにオレを見上げる。
「ピコル様が仰ったことは、すべて虚言です!!マリウス様はちゃんと身分に分け隔てなく魔術を施しておりました」
髪を振り、必死に訴える従者の熱が上がっていく。
「金銭も要求なさったことはありません!信じてください、調査官様……。マリウス様は、魔術一筋なんです」
そう言い切る頃には、従者の目から涙が溢れた。オレはソイツの前に膝を落とすと、そっと肩に手を置く。
「ああ。アイツは金よりも魔術があればいい男だからな」
「そうなんです。周りも見ずに、魔術に没頭してしまう方だから……」
「そうだ。アイツは魔術馬鹿だからな。集中すると、食べることも寝ることも忘れちまう」
「貴方様の言う通りです。でも、なぜ……調査官様が……?」
触れていた肩の震えが治まった。従者はオレを見据えたまま言葉を投げる。
「貴方様は、何者なんですか?」
オレは首を傾け、口端をつり上げた。
「——オレは腐れ縁の魔王様」
「魔王……様?」
オレは得意げに笑うと、置いた手を従者の頭へ移し、グシャグシャと髪を乱暴に撫でてやる。肩を竦め、少し嫌そうな顔をした従者を目にしたオレは満足し、立ち上がった。
「こんなに証拠があるんだ、冤罪と分かればすぐに釈放——」
従者はオレの袖を引っ張るようにして掴む。
「連行された魔術師が釈放なんて、ありえません!このままでは、マリウス様は処刑されてしまいます!!」
袖を掴む従者の指が白くなる。オレを見上げる双眸に、嘘の色は見えない。その言葉にオレは眉根を寄せた。
「マリウスが、処刑……?」
「違法魔術売買の罪に問われた者は、魔力源を砕かれます」
「待て、魔力源を砕かれたら——」
「死にます」
従者の放ったひと言で、オレはしばらくその場に立ち尽くす。傍に飛んでいたはずのアイ・ゴーレムの羽ばたきでさえ、オレの耳には届かない。
オレを掴んでいた従者の手がゆっくりと落ちていく。
「……マリウス様は嵌められたんです」
従者は床に爪を立て、ギュッと握り込んだ。オレに向けていた双眸に陰がかかる。
「副官のピコル様に……何もかも任せておられましたから……」
諦めに似た笑みを従者は浮かべた。
「依頼の選別も、金銭の管理も、書類も……すべて」
沈んだ空間に嘲りを孕んだバーテンの声が刺さる。
『自業自得だな』
その声に誰も反論が出来なかった。
「……ああ。バーテンの言う通り、そこはアイツの落ち度だ」
オレは従者の脇を通り過ぎ、ドアノブへと腕を伸ばす。指を絡めたドアノブを一気に自分へと引いた瞬間、耳元で羽音が大きくなる。
『どこへ行くつもりだ?』
オレは廊下に出ようとしていた足を止めた。
「どこって、マリウスのところに行くに決まってるだろ?」
『牢獄にか?魔王』
「当たり前だろ。宰相役候補が勝手に途中退場したら、オレが困るからな」
『素直に助けたいと言ったらどうだ?』
大きい目玉がオレを凝視する。その目玉にオレは口端をつり上げた。
「助けに行くんじゃねーよ。叱りつけに行くんだろうが」
フッとバーテンは鼻で嗤う。だが、もうその声に嘲りは消えていた。ポキポキと指を鳴らす音がアイ・ゴーレム越しに聞こえてくる。
『じゃあ、ここは僕の出番ってことね』
ボンゴの詠唱が流れて来る中、オレは背後へと言葉を投げる。
「——マリウスはこの魔王レオンハルトに任せとけ」
足先が霞みがかっていく。従者は再び目を丸くした。姿が消えていくことに驚いたのか、オレの台詞に驚いたのか。今となっては分からない。
***
黒く細いピンヒールで敷石を踏み抜き、ゆらゆらと見せつけるように暗赤色の尻尾を揺らしながら、腰を妖艶に振る。
私の姿を目にし、顔を強張らせる人間どもがいる中に数人、口元を歪める者がいた。私は身体を抱き、長い爪を下唇に添える。
私の来訪に気づいた兵士たちが、続々と巣穴から飛び出してくる。その様子は虫と変わらない。
「ま、魔族か?!」
「檻から抜け出したか!?」
悲鳴に似た叫びが、反響する。そこを我が物顔で歩くのはこの私、ルルメル。
「——見つけた♡」
目の前に集まってくる兵士。兵士の手には私を無力化させる縄を見せつけた。
「魔族め、この国バランデールに足を踏み入れたことを後悔させてやるっ!」
いきり立つ兵士は私を見下ろす。私は長い爪を自分の顔に添わせ、目を細めた。
「後悔、ですって?アナタたちが、この私に?」
暗赤色の尻尾が敷石を叩きつけると、そこに亀裂が入る。私の眼光に兵士が後退っていく。その愚かな人間に思わず、口端が上がってしまう。
「さっきの威勢は、どうしたのかしら?」
兵士が引いた分を私が進む。挑発するように尻尾の先が軽快に揺れる。ギリギリと歯を軋ませる群れの一匹が、勇敢にも立ち止まった。
「ちょ、調子に乗るなッ!!」
張り上げた声は震え、縄を掴む手は力なく下がっていく。そんな威厳のない声に私の口が開いた。
「そんなので、私が引くと思って?」
カツカツと靴音を鳴らし、兵士の前に立つと、相手は腰が抜けたように地へと座り込んだ。
私が腰を前に倒すと鼻先に荒い息遣いが当たる。動揺した兵士の瞳に私が映り込む。
「——怖いの?」
長い爪で兵士の顎先を上げる。兵士から汗が吹き出す。
「そんなに怯えなくても、殺したりしないわ」
私はそっと兵士の耳元へ顔を近づける。
「ほら、私を捕まえて」
その声に兵士はハッとしたように私へ目を向けた。私はその顔にほくそ笑む。
「——連れて行きなさい。この私、ルルメルを」
兵士の瞳が濁り、恐怖が消えていくと、小さく頷いて見せた。膝を立て、兵士は慣れたように縄を私にかける。ピリピリとした痛みが身体に走った。
「さあ、私をあなたたちの秘密まで案内してちょうだい」
私を縛り上げた兵士は、黙々と歩いていく。口を開けた暗い建物の中へと私を誘った。
私を連れた兵士が、薄暗い階段を降りていく。前から来た兵士ふたりが、私たちの横を通り過ぎた。
「上等な魔力源が手に入ったらしいな」
「——あれだけの魔力なら、この国もしばらく安泰だろう」
私は足を止め、背後へ遠ざかっていくふたりを肩越しに見送る。見られていることにも気づかないふたりは愉快にケラケラと笑い合う。
「笑っているのも今のうちよ」
そう吐き捨てると私はまだ先へと足を進めた。
最後の一段から足を降ろすと、広い空間へとたどり着く。縛っていた縄が床へと落ち、バタッと兵士が倒れた。
地下の生温い空気が私の肌を撫で回し、明かりの通さない空間にぼんやりと何かが浮かび上がる。
「……何かしら」
興味本位でそこへと足を運ぶ。目が慣れたところで、私は身を震わせた。
天井に届きそうな大きな球体は呼吸するように脈を打つ。
「何よこれ……生きているとでも言うの?」
その球体は私の声に反応するように、ギラッと表面を光らせた。




