第12話 控え室が牢屋ってのはないだろ?
オレの見ている世界が変わっていく。薄暗く鉄錆と脂の臭いが鼻を突いた。寝台と呼べない板に枷を嵌められ、項垂れている見知った男。来客に気づいているはずなのに、奴はこっちを見ようとはしない。
「——おい。気づいてるんだろ」
オレは男の前に立つ。窪んだ目が、前髪の隙間からオレを覗き込んだ。
「……レオンか」
重い頭を上げ、視線がぶつかる。けれど、目の前にいる男はオレの知るマリウスの顔をしていない。オレはその姿に思わず笑った。
「クソみたいな顔しやがって。大賢者マリウス様よ」
マリウスは大きく息を吐く。
「……随分な挨拶だな」
髪を掻き上げたマリウスの腕からカチャと鎖の音が立つ。
随分と、魔術馬鹿はこの役が欲しいらしい。魔術一筋と思っていたが、役作りに余念がないマリウスを茶化したくなる気持ちをグッと我慢する。
この空気感を破壊するのは、スポンサーも望んではないはず。オレは腰に差しているフェルガーニの柄に肘を乗せた。
「——で?お前、なんでここにぶち込まれたか、知ってるんだろうな?」
「……分かってるさ」
「魔術以外の無関心さは本当に変わってねーな。お前が捕まって泣いてたあのチビに謝れ」
「チビ……?もしかして、リーヤのことか」
マリウスは首を跳ね上げ、萎びた植物のように肩を落とす。
「面目ないな……しっかりしなければならなかったというのに、皆に迷惑がかかってしまった」
「まあ、ひとり以外はそう思ったんじゃないか」
マリウスの肩にかかった髪が流れた。
「……ひとり?」
マリウスはオレの言葉の真意を読み取ろうとする。だが、マリウスは自分を嵌めた相手が誰だか分かってはいないようだ。
「ああ。副官が色々とやらかしたと言ってたな。お前は貴族しか相手にしてないとか」
マリウスは小さく頭を横に振る。
「……そんなことない。他の者の願いも叶えている」
「金取ったんだろ?」
「……なわけないだろう。違法だぞ?魔術を施したら国に申請し、国から報酬が支払われる」
「平民も貴族も?」
「当たり前だ」
マリウスは自信満々に答え、目にも生気が戻ってきた。
「——で、私はいつ釈放されるんだ?」
オレとマリウスの間に沈黙が流れ、奴は首を傾げる。その危機感の無さに今度はオレが息を吐いた。
「……お前、知らねぇのか?」
「何をだ?」
「お前……処刑されるぞ?」
自分のことだと理解していないマリウスは、ポカンと口を開けたままオレの顔を見上げる。
「誰が?」
オレは真っ直ぐに魔術馬鹿を指差した。
「お前だよ、マリウス」
「……嘘だろ」
「マリウス。何の罪でここに突っ込まれたと思ってんだ?知ってるって言ったよな」
マリウスは頭を抱え込み、声を漏らす。
「公文書偽造だろう……ピコルに私のサインを代筆させていたから……」
「違うぞ」
オレはポケットにしまっていた紙を取り出すと、マリウスに手渡した。
「これ見ろよ」
マリウスはその紙を手に取ると、目を剥き、掴んでいた紙に皺が刻まれる。
「……違法売買じゃないか」
「ああ。こんな紙がお前の部屋に山のように積んであったぞ」
オレはマリウスの隣に腰を落とし、足を組む。
「公文書偽造だとしたら、副官も一緒に捕まってるはずだろう」
軸を失ったマリウスの背筋は、だらんと前のめりになった。
「……レオンの言う通りだ。私が……お前に説教される日がくるなんてな」
マリウスは自分のことのはずなのに焦りを見せようとはせず、淡々と言葉を続ける。まるで、他人事のように。
「大賢者の最期が、罪人として裁かれるなんて……他の仲間には知られたくないな」
「冤罪じゃねぇか」
「いや、任せっきりにした私が悪いんだ」
「——マリウス、お前。受け入れるって言うんじゃねーだろうな?」
オレはマリウスへと目を向ける。だが、マリウスはオレを見ることはなかった。
オレは床へと足をつけ、立ち上がる。マリウスは一点を見つめるだけで、目でオレを追うことすらしない。
「五年ぶりに会ったっていうのに、お前は随分と腑抜けになっちまったんだな」
それだけ言い捨てるとオレは振り返りもせずに鉄格子を前にした。フェルガーニを鞘から引き抜くと、迷うことなく振り上げる。
カランッカランッと甲高い音を放ちながら、鉄格子が見るも無残な形へと変わった。オレは腑抜けには目もくれず、この場を離れて行く。
牢獄に不気味に反響するオレだけの足音。奴はオレを追いかけては来ない。マリウスならあんな枷、自分の力で何とかできるはずだ。それでも、来ないということはそういうつもりなのだろう。
「……宰相役候補に選ばれたくせに」
フェルガーニを強く握り込む。オレは自分で役を勝ち取ったというのに。
「……解せん」
そうボヤいたところで、奥から何やら声が聞こえてくる。
「助けてくれ!!誰か———」
掠れた叫びとガンガンと打ちつける音が、底気味悪い牢獄に響く。誰もが首を突っ込むことを拒否するだろうが、虫の居所が悪いオレの足は自ずとその先へと向かう。
音の正体は、鉄格子へ何度も体当たりするものだった。牢屋の前にはアイ・ゴーレムが何も語らず眺めている。
オレはアイ・ゴーレムに並び、牢屋の中を見下ろす。狭い空間にひしめき合う魔族たちの目がオレへと集中した。
魔族たちは警戒心を剥き出し、少しでも変な動きを見せれば、鉄格子越しでもオレの喉元を切り裂こうと向かってくるだろう。肌は刺してくる常軌を逸した殺気に口の片端がつり上がった。
「——おい、レイブン。コイツらは、なんだ?」
その名に魔族たちの殺気が消えていく。
「……お忘れですか、我が主」
アイ・ゴーレムの羽音と重なる。しかし、レイブンの声はハッキリとオレの耳へ届く。
「レオンハルト様の宰相役候補の皆様方ですよ」
オレはポンッと手を打った。
「——あ、マリウスが捕まってるから、ここに集まってくれたってことか?」
「…………」
「そうとも知らず、こんなところで待たせて悪かったな」
オレは鉄格子の扉へと手を伸ばす。だが、鍵がかかっていて開く気配はない。
「おいおい。牢屋だからって、鍵をかけることはないよな」
ちょっと離れてな、と忠告するとフェルガーニを抜く。そして、紙のようなひ弱な錠前をたたっ斬る。
ガキィーン!!
跡形もなく錠前は真っ二つになり、鍵を失った扉はギィィと嫌な音を立てた。
「ほら、出てこいよ」
そのかけ声に、魔族たちはおずおずと牢屋から出てくる。オレはアイ・ゴーレムへと顔を向けた。
「ボンゴいるんだろ?」
その問いかけにアイ・ゴーレムはオレの眼前へと舞い降りる。
「なんです。魔王様、僕に何かご用?」
「お前がここに寄越したのか?」
心外だと言いたげにアイ・ゴーレムのひとつ目が険しくなった。
「は?僕はそんなヒドイことするわけないから」
「なら、ここで待機しなくてもいいよな?」
オレのひと声に魔族たちはたちまち、顔を強張らせるなか、レイブンが口を挟む。
「レオンハルト様のお好きにして頂いて構いませんよ」
「なら、決まりだ。ボンゴ……」
オレはアイ・ゴーレムにフェルガーニの切先を向けた。
「——転移だ」
間の抜けた返事が牢屋に反響する。
「……は?」
「一気に魔王城に全員転移しろ、ボンゴ!!」
バンッ!とテーブルを叩いた音がした。
「はぃ?!僕のこと便利道具だと思ってない!?」
「優秀なお前なら、朝メシまえだろ?」
ボンゴは押し黙り、観念したようにボソッと呟く。
「……仕方ないなぁ。特別報酬を要求」
「ああ、何とかしてやるよ。魔王様権限でな」
「プッ!期待できな、それ」
魔族たちはホッとしたような顔を浮かべる者や、抱き合う者、そして涙を流す者もいた。どうやら、牢獄での待機が心底辛かったようだ。
歓喜で牢獄が満たされる中、聞き慣れつつあるボンゴの詠唱。詠い終われば、魔族たちの身体が霞んでいく。その中のひとりが穴が空くほど、オレを見つめてくる。どうやら、オレのファンになったに違いない。白い髭をモゴモゴ動かす。
「魔王、様……感謝いたします……」
頭を下げた白髭の頭のテッペンに紋章が刻まれていた。オレは指先で顎に触れる。
「ん?どっかで見たような……?」
考えたところで、何も出てこないオレの頭。考えるのはやめにして、オレは消えゆく魔族を見渡す。
「諸用を片付けてからオレは戻る。お前ら、ちゃんと、ウォーミングアップしとけよ?」
眉を寄せ、首を傾げた者が数人いたような……まあ、転移の影響だろう。
「レオンハルト様。転移は無事に行われました」
レイブンの声にオレはフェルガーニを肩にかけた。
「そうか。んじゃ、この劇のクライマックスをド派手に盛り上げるか」
「レオンハルト様の、みこころのままに……」
フェルガーニの刃に映り込んだオレの顔はまさに悪役である魔王に相応しいツラだった。
***
魔王城の大広間に人集りが出来ていた。何年ぶりの再会に皆が泣き笑う。それを眺めていた白髭に一匹の鴉が近づく。
「よくぞ、ご無事で……」
レイブンの声に白髭は振り返り、白髭は目元を和ませる。
「これもソナタの……」
「そんなことではございません。これもすべて、魔王であるレオンハルト様の采配ですよ」
「……そうであった。我らが贄にならずに済んだのは魔王様のお陰じゃ……」
白髭は遥か向こうの空を見上げるが、その目は憂いを帯びていた。
「……今度の魔王様は、成し遂げてくれるとよいのだがな」
白髭はレイブンの肩に皺が刻まれた手を添える。だが、一瞬にしてその手は艶を取り戻した。
もう、そこには白い髭の老人はいない。
「——この世界のために、ね」
そう、微笑んだ。




