第81話 百十歳、知らないことを知ります
翌朝。
目を覚ますと、わしはセレナの腕の中にいた。
「…………」
(またか)
最近、目覚めて最初に見るものが天井よりもセレナの顔である確率の方が高くなってきた気がする。
「あ、起きた?」
「あぅ」
「おはよう、レオン」
セレナが嬉しそうに笑った。
その顔を眺めながら、昨日のことを思い出す。
町からの帰り道。
エミリーの腕に巻かれていた包帯。
三日前、森で枝に引っ掛けて怪我をしたのだと彼女は言っていた。
それだけなら、何でもない。
森へ入れば怪我くらいするだろうし、包帯を巻いている人間など珍しくもない。
ただ。
その日は、グレゴリー町長が殺された夜でもある。
町長は死ぬ直前、手元にあった短剣で犯人へ反撃したらしい。
その刃には血が付着していた。
さらに床には、町長のものとは思われない血も僅かに残されていた。
犯人もまた、何らかの傷を負っている可能性がある。
(……考えすぎかのう)
エミリーの傷が刃物によるものだと決まったわけではない。
包帯の隙間から少し見えただけで、傷口を確かめたわけでもない。
それでも。
もう一つ、気になっていることがあった。
セレナだ。
昨日、エミリーの傷を見た時。
セレナは確かに何かを感じていた。
傷を見るというより、その向こうにあるエミリーの顔を見ていたように思う。
いつ怪我をしたのかを尋ね。
答えを聞いて。
ほんの少し黙った。
それなのに、それ以上は何も聞かなかった。
(人のことをよく見ておる、か)
カラリンとガルドが、セレナについて話していたことを思い出す。
ならば。
あの時。
セレナには何が見えていたのだろう。
「レオン?」
「あぅ?」
「難しい顔してる」
(赤ん坊の顔から、そこまで分かるんか)
「お腹空いた?」
「あぅ」
「やっぱり!」
(適当に返事しただけじゃ)
どうやらセレナの中では、わしの「あぅ」はかなり高度な言語として翻訳されているらしい。
機嫌よくわしを抱き上げると、そのまま食堂へ向かっていく。
その腕に揺られながら。
わしはもう一度、昨日のエミリーの顔を思い浮かべていた。
◇
「――あのエミリーって女とは、いつからの知り合いなんだい?」
朝食の席で、マルタが不意に尋ねた。
「エミリー?」
「ああ。随分と古い付き合いみたいじゃないか」
セレナがパンをちぎる手を止める。
「里にいた頃からだから……百年以上前ね」
「そりゃ長いね」
「そうね」
そこへリーナが口を挟んだ。
「百年自体は、それほど珍しくないけどね。今まで関係が続いてるなら長いと思う」
「そういうことさ」
マルタが頷く。
(なるほどのう)
人間にとっての百年と、エルフにとっての百年では、やはり感覚が違うらしい。
わしなど百十年で一度人生を終えてしまったというのに、目の前の二人にとって百年前は普通に記憶の範囲内なのである。
(長寿種というのも、改めて考えると凄いもんじゃな)
「で」
マルタがパンを置いた。
「あの女もエルフなのかい?」
「…………」
セレナが黙った。
僅かな間。
それから、ゆっくり首を横へ振る。
「ごめん。それは私からは言えない」
「知らないんじゃなくて?」
「知ってる」
「そうかい」
「でも、本人が自分から話してないことを、私が勝手に話すのは違うと思うから」
マルタはしばらくセレナを見ていた。
しかし、それ以上追及することはなかった。
「分かった。なら聞かない」
「……ありがとう」
「礼はいらないよ。そいつの事情なら、聞く時は本人に聞く」
それで話を切る。
踏み込む時は容赦なく踏み込む。
だが、引くと決めれば妙な詮索はしない。
いかにもマルタらしい。
(……やはり、何かあるんじゃな)
エミリー自身に。
そして。
セレナはそれを知っている。
「エ~ミ~リ~ー~」
カラリンが首を傾げた。
「む~か~し~か~ら~、あ~ん~な~か~ん~じ~?」
「あんな感じって?」
「う~ん~」
しばらく考えた末に。
「ちょ~っ~と~、か~な~し~そ~う~?」
セレナの目が僅かに見開かれた。
「…………」
「へえ」
マルタがカラリンを見る。
「よく見てるじゃないか」
「え~へ~へ~」
「褒めた途端にこれだ」
カラリンが頬を膨らませる。
だが、セレナは笑わなかった。
「……昔からよ」
小さく答えた。
「時々、すごく苦しそうな顔をすることがあった」
「理由は?」
「分からない」
「聞かなかったのかい?」
「…………」
セレナは少し迷った。
「聞いてほしくないこともあるでしょ?」
「まあね」
「何か私にできることがあるなら、向こうから言ってくれると思ってた」
「だから待った?」
「うん」
セレナは小さく笑った。
「無理に聞かない方がいいと思ってたの」
「なるほどね」
マルタはそれ以上何も言わなかった。
(……優しさ、か)
聞かないことも、一つの優しさなのだろう。
百十年も生きていれば、誰にだって他人に触れられたくない場所の一つや二つはあると分かる。
わしにだってあった。
だが。
昨日のエミリーの顔を思い出すと。
なぜか、その優しさが妙に胸へ引っかかった。
◇
朝食を終えて間もなく、孤児院の扉が叩かれた。
「セレナさんはいらっしゃいますか」
聞き覚えのない男の声だった。
「はーい」
セレナが立ち上がる。
そして当然のように、わしも抱き上げた。
(わしまで行く必要があるんじゃろうか)
もはや突っ込む気も起きない。
玄関へ向かうと、昨日とは別の役人が立っていた。
濃い灰色の上着。
胸元には、昨日見たものと同じ王国の徽章がある。
「昨日はご協力ありがとうございました」
「いえ」
「少し、お聞きしたいことがありまして」
「私に?」
「はい。グレゴリー町長の鍵についてです」
(……鍵)
昨日聞いた話が蘇る。
グレゴリー町長の家から、普段使っていた鍵が消えていた。
予備の鍵は残っている。
犯人が町長の鍵を持ち去り、外から施錠した可能性があるという。
「まだ見つかってないんですか?」
「はい」
「でも、どうして私に?」
「町長が亡くなる前日、あなたは町長宅を訪れていますね」
「はい。土地の話で」
「その時、鍵を見ましたか?」
「鍵?」
「町長がどこに置いていたか。あるいは、どこから取り出したか。些細なことでも構いません」
セレナが眉を寄せる。
「うーん……ごめんなさい。覚えてないです」
「そうですか」
「それが何か?」
「確認しているだけです」
役人は手帳へ何かを書き込んだ。
「他の人にも聞いてるんですか?」
「町長宅へ出入りした可能性のある方には、一通り」
「ローデン商会の人にも?」
「捜査について詳しくお話しすることはできません」
男は丁寧に頭を下げる。
否定はしなかった。
「それから、もう一点」
「はい」
「町長が生前、誰かを警戒していた様子はありませんでしたか?」
「警戒……」
「名前を出した。何かを怖がっていた。普段と違う様子だった。何でも構いません」
セレナが目を伏せる。
「……分かりません」
「そうですか」
「でも」
顔を上げた。
「町長さん、私たちの土地のことをすごく心配してくれてました」
「土地?」
「孤児院の土地です。私たちが住み続けられるようにって」
「…………」
「だから、もし、そのせいで殺されたんだとしたら……」
わしを抱く腕に少し力が入った。
「絶対に、ちゃんと調べてください」
役人は真っ直ぐセレナを見た。
「そのために我々がいます」
「……お願いします」
役人が頭を下げる。
「では、失礼します」
「あの」
立ち去ろうとした男を、セレナが呼び止めた。
「はい?」
「鍵って、犯人が持っていったんですよね?」
「その可能性があります」
「どうして?」
役人が僅かに黙った。
「どうして鍵なんて持っていくんですか?」
「……分かりません」
「証拠を隠すため?」
「そういう可能性もあります」
「でも、ただの鍵ですよね?」
「はい」
「…………」
役人は少し考えてから答えた。
「人が物を持ち去る理由が、必ずしも合理的とは限りません」
その言葉に。
昨日のマルタの言葉が重なった。
全部が同じ理由とは限らない。
殺した理由。
火が出た理由。
鍵を持ち去った理由。
それぞれが別なのかもしれない。
◇
「鍵、ねえ」
話を聞いたマルタは、食卓に広げた紙を睨んだ。
「やっぱり気に食わないね」
「何が?」
「全部さ」
紙には、今までに分かっていることが簡単に書き出されていた。
グレゴリー町長。
刺殺。
町長の短剣。
犯人のものと思われる血。
小さな火事。
消えた鍵。
土地。
ローデン商会。
だが、それぞれを結ぶ線はまだない。
「全部繋がってるんじゃないの?」
リーナが紙を覗き込む。
「だったら楽なんだけどね」
「楽?」
「一本の理由ですべて説明できるなら、その理由を追えばいい」
マルタが紙を指で叩く。
「だが、こいつはどうにも噛み合わない」
「土地のことで町長を殺したんじゃないの?」
「それなら話は単純さ。グレゴリーが邪魔になった。だから殺した」
セレナの表情が曇る。
「じゃあ、火は?」
「事故……なんだよね?」
「おそらくね」
「鍵は?」
「……分からない」
「そういうことさ」
マルタが腕を組む。
「殺しだけなら理由はいくらでも作れる。だが、火と鍵まで同じ理由に押し込もうとすると途端におかしくなる」
「犯人の怪我は?」
リーナが尋ねた。
「町長もただじゃ死ななかった。短剣には血が残ってたし、床にも町長のものじゃないと思われる血があった」
「じゃあ犯人は、今も怪我してる?」
「傷の程度次第だが、可能性はあるね」
(…………)
白い包帯。
三日前。
森の枝。
昨日のエミリーが頭に浮かぶ。
「セレナ」
マルタの声が飛んだ。
「…………」
「セレナ」
「え?」
「何かあるね」
「…………」
「顔に出てるよ」
セレナは黙った。
「言いな」
責める声ではない。
だが、逃がすつもりもない。
「人が一人死んでる。引っかかることがあるなら、小さなことでも出しな」
「…………」
セレナはしばらく迷っていた。
やがて。
「……エミリーが」
口を開いた。
わしの心臓が跳ねる。
「昨日、腕を怪我してた」
食堂が静かになった。
「どんな傷だい?」
「包帯を巻いてた。傷も少しだけ見えたけど……ちゃんとは見てない」
「いつの怪我だ?」
「……昨日聞いた時、三日前だって」
マルタの目が鋭くなる。
「町長が殺された夜だね」
「でも!」
セレナがすぐに声を上げた。
「森で枝に引っ掛けたって言ってた」
「それを信じるのかい?」
「…………」
「セレナ」
「信じたいとか、信じたくないとかじゃない」
「なら?」
セレナが唇を噛む。
「分からないの」
しばらく沈黙が落ちた。
やがてマルタが大きく息を吐く。
「なら確かめるしかないね」
「…………」
「犯人だと決めつける必要はない。違うなら、それで終わりだ」
セレナは俯いた。
「私……」
「何だい」
「エミリーのこと、昔から知ってる。普通の人には話したくないことがあるのも知ってる」
「さっきの話か」
「うん」
「それで?」
セレナは少し考えてから、顔を上げた。
「そのことは、今も私から勝手に話したくない」
「…………」
「でも、事件とは別」
マルタの眉が僅かに上がる。
「傷のことも、町長さんのことも、私が本人に聞く」
「自分で?」
「うん」
「一人で?」
「…………」
「そこは即答しないんだね」
「だって……」
「駄目だよ」
「まだ何も言ってない!」
「言う前から分かる」
マルタが椅子から立ち上がった。
「秘密を守るのは勝手だ。本人の事情ならね。だが殺人事件まで一人で抱え込むのは別だよ」
「…………」
「本人と話すって言うなら付き合うよ」
「マルタ……」
「それで文句あるかい?」
セレナは少しだけ迷った後。
「……ない」
「なら決まりだ」
マルタが振り返る。
「ガルド」
「なんだ」
「来い」
「分かった」
「早っ!」
「話は聞いていた」
「いや、そうだけど!」
(有無を言わせんのう)
これぞマルタである。
「それと」
嫌な予感がした。
マルタがこちらを見る。
「レオンは置いていく」
「…………」
セレナがわしを見る。
「セレナ」
「まだ何も言ってないでしょ!」
「顔が言ってる」
「…………」
「駄目だ」
「……分かったわよ」
(そこは素直なんじゃな)
◇
昼を少し過ぎた頃。
セレナ、マルタ、ガルドの三人は孤児院を出た。
わしはリーナへ預けられている。
「大丈夫よ」
リーナがわしを抱きながら笑った。
「セレナならすぐ帰ってくるから」
「あぅ」
「それに、マルタとガルドも一緒なんでしょ?」
確かに。
戦力だけを考えれば過剰なくらいである。
(ただ人に話を聞きに行く面子ではないのう)
とはいえ。
胸の奥に残った引っかかりは消えてくれなかった。
◇
町の外れ。
古びた一軒家の前で、セレナたちは足を止めた。
「ここかい?」
「うん」
セレナが扉を叩く。
「エミリー!」
返事はない。
「エミリー、いる?」
もう一度。
沈黙。
セレナが眉を寄せる。
「留守かな」
ガルドが扉の近くへ進み、静かに家へ視線を向けた。
「……いない」
「分かるの?」
「ああ」
「中に?」
「人の気配はない」
セレナは心配そうに扉を見つめた。
「昨日は普通だったのに……」
「普通、ね」
マルタが呟く。
「何?」
「いや。何でもないよ」
取っ手へ手を掛ける。
鍵が掛かっていた。
「どうする?」
セレナが尋ねる。
「どうもしない」
「え?」
「留守の家に勝手に入る理由はないだろ」
「でも、エミリーが――」
「心配なのは分かる。だが心配だからって、人ん家の扉を蹴破っていいわけじゃない」
豪快ではあるが、無茶苦茶ではないらしい。
「帰るの?」
「馬鹿言いな」
マルタが鼻で笑った。
「本人がいないなら、周りに聞く。それだけさ」
そう言うと、迷いなく隣の家へ向かった。
◇
「エミリー?」
隣家から出てきたのは、腰の曲がった老女だった。
「ああ、あの金髪の娘かい」
「知ってるの?」
セレナが尋ねる。
「そりゃ隣だからね。毎日じゃないけど顔くらいは見るよ」
「今日は見た?」
「今日は……」
老婆が少し考える。
「朝早くに出ていったね」
「朝早く?」
「ああ。まだ人通りも少ない頃さ」
「何か持ってた?」
「大きな荷物はなかったと思うよ」
「どっちへ行ったか分かる?」
「森の方だったと思うけどねえ」
セレナの顔が曇る。
「森……」
「よく行くのかい?」
マルタが尋ねた。
「時々ね。あの子、ふらっといなくなることがあるんだよ」
「何日も?」
「そういう時もあるねえ」
「仕事か?」
「さあ。そこまでは知らないよ」
マルタの目が僅かに細くなる。
「他に、あの家へ出入りする奴はいるかい?」
「出入り?」
「友人でも、仕事仲間でもいい」
「そうだねえ……」
老婆は顎へ手を当てる。
「金髪の男なら何度か見たよ」
セレナの表情が僅かに変わった。
マルタは見逃さなかった。
「男?」
「ああ。愛想の悪そうな男だよ」
「セレナ」
「…………」
「知ってるね?」
「……うん」
「名前は?」
セレナが一瞬迷った。
「エドガー」
「ああ」
老婆が頷く。
「そんな名前だったと思うよ」
「この家によく来るのか?」
「たまにね」
「エミリーの知り合い?」
「そこまでは知らないよ」
老婆は肩を竦めた。
「二人とも似たような時期にふらっといなくなることがあるから、仕事仲間か何かだと思ってたけどね」
「…………」
マルタの視線がセレナへ向いた。
「セレナ」
「…………」
「今の話にも驚かなかったね」
セレナは答えない。
「エドガーとエミリー。二人について、何か知ってる」
「……うん」
「言えるかい?」
「…………」
セレナはゆっくり首を横へ振った。
「ごめん」
「さっき言ってた本人の事情か」
「うん」
「事件に関係することか?」
その問いに。
セレナはすぐには答えなかった。
やがて。
「……分からない」
「分からない?」
「今まで私は、関係ないと思ってた」
セレナは拳を握った。
「でも今は、それも分からない」
マルタがじっと見る。
「だから」
セレナが顔を上げる。
「私が聞く」
「エドガーに?」
「うん」
「居場所を知ってるのかい?」
「たぶん」
「たぶん?」
「昔から使ってる場所があるの。何かある時、一人になりたい時によく行ってた」
「なら案内しな」
「今から?」
「今からだ」
マルタは迷わなかった。
「エミリーがいない。傷のことも聞けない。なら次に話を聞ける相手へ行く」
「…………」
「二人の事情は、お前が話したくないなら無理には聞かないよ」
セレナが顔を上げる。
「ただし」
マルタの声が低くなる。
「事件に関わる話が出たら、そこから先は別だ」
「……分かってる」
「なら行くよ」
セレナは老婆へ礼を言うと、歩き出した。
◇
孤児院。
わしはリーナの腕の中で、窓の外を眺めていた。
(……遅いのう)
昼を過ぎてから、随分経った気がする。
セレナ。
マルタ。
ガルド。
三人とも、まだ戻らない。
「気になる?」
「あぅ」
「大丈夫よ」
リーナが笑う。
「マルタとガルドが一緒なんだから」
(それはそうなんじゃが)
むしろマルタが一緒だからこそ、何かあればそのまま話が大きくなりそうな気もする。
いや。
さすがに失礼か。
「また難しい顔してる」
(最近、そればかり言われるのう)
昨日のエミリーを思い出す。
腕の傷。
曖昧な日付。
家族という言葉を聞いた時の顔。
(……何もなければ、それでいいんじゃがな)
そう思った。
本当に。
それだけでよかった。
◇
その頃。
町の外れを歩くセレナたちは、別の名を追っていた。
「こっち」
先を歩くセレナが言う。
「エドガーなら、この先にいるかもしれない」
「家かい?」
「……ううん」
「じゃあ何だ?」
セレナは少しだけ言い淀んだ。
「教会」
マルタの足が一瞬止まる。
「教会?」
「今はほとんど使われてない古い教会。昔から、あそこに一人でいることがあったの」
「一人になりたい時、だったね」
「……うん」
「エミリーも?」
「…………」
セレナの足が止まりかけた。
マルタはそれを見ると。
「答えなくていい」
「マルタ……」
「本人に聞くんだろ?」
「……うん」
再び歩き出す。
町の建物の向こう。
古びた尖塔が一本だけ、曇った空へ突き出していた。
「エドガー、か」
マルタがその尖塔を見上げる。
「何者だろうが、会えば分かる」
強い声だった。
セレナは答えなかった。
ただ。
古い教会が近づくにつれて。
その表情だけが。
少しずつ。
強張っていった。




