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第8話 百十歳、最初の商売で失敗します

 商品はできた。


 名前も決まった。


 《森守り》


 虫除け草と香草を乾燥させ、小さな布袋へ詰めたもの。


 虫除け。


 消臭。


 芳香。


 三つの役割。


 原料は森で採れる。


 加工も簡単。


 子供たちでも作れる。


(悪くない)


 わしは。


 出来上がった《森守り》を見ながら。


 改めてそう思った。


 問題は。


(売れるかどうかじゃな)


 商品というのは。


 作っただけでは。


 一銭にもならない。


 買ってくれる人間がいて。


 初めて。


 商売になる。


     ◇


「十個!」


 ミナが。


 机の上へ。


 《森守り》を並べる。


「ちゃんと十個あるよ!」


(よし)


 昨日。


 試作品を作った後。


 皆で量産した。


 といっても。


 十個。


 最初なら。


 十分だ。


 売れるかどうかも。


 分からない。


 ロイが。


 一個ずつ確認する。


「こっちは少し草が出てる」


「え?」


 ミナ。


「どこ?」


「ここ」


「あ、本当だ」


(品質管理じゃな)


 わしは。


 つい真剣になる。


 同じ商品を売るなら。


 最低限。


 同じ品質。


 これが大事だ。


「じゃあ作り直す」


 ミナが。


 袋を開ける。


(ほう)


 素直に。


 直す。


 いい。


 前世。


 社員教育でも。


 何度も言った。


 ミスをするな。


 ではなく。


 ミスを見つけたら直せ。


 人間。


 完璧ではない。


 大事なのは。


 その後だ。


「レオン」


 リリが。


 わしの前へ。


 一つ持ってくる。


「これ、どう?」


(ん?)


 少し。


 小さい。


 他より。


 中身が少ない。


(これは駄目じゃ)


 わしは。


 首を振る。


「あー」


「だめ?」


「あぅ」


「分かった」


 リリ。


 すぐ作り直す。


(この娘は仕事が早いのう)


 ミナ。


 勢い。


 ロイ。


 確認。


 リリ。


 丁寧。


(性格が出る)


 前世でも。


 人には。


 それぞれ向き不向きがあった。


 全員に。


 同じ仕事を。


 同じやり方でやらせる。


 それは。


 効率が悪い。


 ミナは。


 集める。


 ロイは。


 確認。


 リリは。


 仕上げ。


(役割分担すれば、もっと早くなるな)


 ……。


(いかん)


 もう。


 完全に。


 仕事として考えている。


(ほどほどじゃぞ、わし)


     ◇


「本当に売るの?」


 セレナが。


 腕を組む。


「うん!」


 ミナが。


 元気よく答える。


「売れるよ!」


「なんで?」


「いい匂いだから!」


(根拠が弱い)


 ロイ。


「虫除けになるし」


(悪くない)


 リリ。


「かわいい」


(それも価値じゃ)


 セレナは。


 少し考える。


「まあ」


 《森守り》を一つ手に取る。


「試すだけならいいけど」


(よし)


「でも」


 こちらを見る。


「売れなくても怒らないこと」


(分かっとる)


 商売に。


 絶対などない。


 むしろ。


 最初から成功する方が。


 珍しい。


「あぅ」


「……レオンに言ったんだけど」


(分かっとるわ)


 セレナは。


 ますます。


 不思議そうな顔をした。


     ◇


 今日。


 町へ行くのは。


 セレナ。


 ロイ。


 ミナ。


 そして。


 わし。


 リリは。


 年下の子供たちと。


 孤児院に残る。


「絶対売ってね」


 リリ。


(努力はする)


「あぅ」


「約束」


(だから)


 わし。


 営業できないんじゃが。


     ◇


 町。


 前回とは違う。


 今日は。


 買う側ではなく。


 売る側。


(懐かしい感覚じゃ)


 前世。


 初めて会社を始めた頃。


 仕事がない。


 客もいない。


 だから。


 自分で取りに行った。


 店。


 事務所。


 工場。


 頭を下げた。


『掃除、やらせてもらえませんか』


 何十回。


 何百回。


 断られた。


 それでも。


 一件。


 仕事をくれた。


 あの日。


 今でも覚えている。


(商売は、最初の一個が一番難しい)


 信用。


 実績。


 知名度。


 何もない。


 今回も。


 同じだ。


 《森守り》


 誰も知らない。


(さて)


 どう売るか。


 セレナが。


 露店の多い場所へ。


 歩いていく。


「ここなら人多いね!」


 ミナ。


「勝手に店出していいの?」


 ロイ。


「ダメ」


 セレナ。


(やはり)


「え!?」


「場所代がいる」


 ミナ。


「お金かかるの!?」


「当たり前でしょ」


(そこを先に確認せんか)


 わしは。


 頭を抱えたくなる。


 売る。


 場所。


 許可。


 税。


 この世界。


 当然。


 仕組みがある。


 前世と。


 同じ。


「いくら?」


 ロイ。


「一日、小銅貨十枚」


(高いか安いか)


 昨日見た。


 パン。


 小銅貨二枚。


 つまり。


 パン五個分。


(十個の商品を売るだけなら、固定費が重い)


 これは。


 出店する前から。


 採算を考えないといけない。


「どうする?」


 ロイ。


 セレナ。


 わしを見る。


(なぜわしを見る)


「レオンが売りたいって言い出したし」


(喋れるなら説明するわ)


 わしは。


 露店。


 人。


 店。


 観察する。


(場所代を払うほどではない)


 初商品。


 十個。


 まず。


 反応を見たい。


 なら。


(既存の店に置いてもらう)


 委託。


 売れたら。


 手数料。


 これなら。


 固定費は少ない。


 問題は。


 どう伝える。


 わしは。


 食料品店の方向を指差す。


「あぅ!」


「ん?」


 セレナ。


「あぅ!」


「……食料?」


(違う)


 店。


 指差す。


 袋。


 店。


 袋。


 ミナ。


「お店に売る?」


(近い!)


「あぅ!」


 セレナ。


 少し考える。


「……置いてもらう?」


(それじゃ!)


「あぅ!」


 セレナの目。


 少し見開く。


「まさかね」


(そのまさかじゃ)


     ◇


 前回。


 食料を買った店。


「いらっしゃ……」


 店主。


 セレナを見る。


「あら」


 次。


 ロイ。


 ミナ。


 わし。


「今日は大所帯だね」


「お願いがある」


 セレナが。


 《森守り》を一つ出す。


「これ」


「何?」


「子供たちが作った」


(わしもじゃ)


 店主。


 手に取る。


「へえ」


 匂いを嗅ぐ。


「いい香りだね」


(よし)


「虫除け草?」


「そう」


「これを袋に?」


「香草も混ぜてある」


「ふうん」


 反応。


 悪くない。


 店主。


 もう一度。


 匂い。


 袋。


 見る。


「で?」


 セレナ。


「ここで置いてもらえない?」


「売るの?」


「試しに」


 店主。


 少し考える。


(さて)


 どう出る。


「いいよ」


(お)


 早い。


「本当!?」


 ミナが。


 身を乗り出す。


「ただし」


(来た)


「売れたらね」


「売れたら?」


「一個につき、小銅貨一枚もらうよ」


(手数料)


 想定通り。


 セレナ。


「それでいい」


(待て)


 価格。


 まだ決まっていない。


「いくらで売る?」


 店主。


 やはり。


 来た。


 ミナ。


「小銅貨十枚!」


(高いわ!)


 ロイ。


「五枚?」


(まだ高いかもしれん)


 セレナ。


「……三枚」


(ふむ)


 パン。


 一個。


 小銅貨二枚。


 《森守り》


 一個。


 三枚。


 生活必需品。


 ではない。


 消耗品。


(初回としては妥当か)


 一個売れる。


 売上。


 小銅貨三枚。


 店。


 一枚。


 孤児院。


 二枚。


 原料。


 ほぼ無料。


 布。


 糸。


 わずか。


(利益は出る)


 問題。


 数。


「じゃあ五個預かる」


 店主。


「残りは?」


 セレナ。


 ロイを見る。


「他の店も行ってみる?」


(そうじゃな)


 一店舗に。


 全部置くより。


 反応を見る。


 場所。


 客層。


 比較できる。


「あぅ」


 思わず。


 声。


「レオンも賛成みたい」


 ミナ。


(何でもわしに結びつけるな)


     ◇


 次。


 雑貨店。


「いらない」


 即答。


(…………)


 店主。


 中年男。


 《森守り》を。


 ほとんど見ない。


「でも」


 ミナ。


「虫除けになるよ!」


「虫除け草なら自分で採れる」


(もっともじゃ)


「いい匂いもする!」


「香草も売ってる」


(それもそうじゃ)


「かわいい!」


「…………」


 店主。


 ミナを見る。


「買い物しないなら帰って」


「むぅ!」


 外。


 ミナ。


 頬を膨らませる。


「感じ悪い!」


(いや)


 店主。


 間違っていない。


 商売。


 店の棚。


 限りがある。


 売れない商品。


 置きたくない。


 当然だ。


「次行こう」


 ロイ。


     ◇


 三店舗目。


 衣料品店。


「虫除け?」


 若い女性店主。


「そう」


 セレナ。


「衣服の臭いも少し抑える」


「へえ」


 反応。


 いい。


「一個借りてもいい?」


(お)


「試したい」


 セレナ。


「いいわ」


(これは売れるかもしれん)


 ただし。


「でも販売は、効果見てからね」


(慎重)


 良い。


 むしろ。


 信用できる。


     ◇


 四店舗目。


 宿屋。


「いらない」


 五店舗目。


 道具屋。


「うちは扱わない」


 六店舗目。


 薬屋。


「成分が分からないものは置けない」


(当然じゃな)


 七店舗目。


 別の雑貨店。


「似たようなのあるよ」


(あるんかい)


 見せてもらう。


 乾燥させた。


 虫除け草。


 紐。


 ただ。


 束にしてあるだけ。


 価格。


 小銅貨一枚。


(…………)


 安い。


 《森守り》


 三枚。


 差。


 三倍。


 香り。


 袋。


 消臭。


 違いはある。


 しかし。


 客が。


 その違いに。


 小銅貨二枚。


 払うか。


(怪しい)


     ◇


 昼。


 広場。


 ベンチ。


 ミナ。


 ぐったり。


「全然売れない……」


 ロイ。


「まだ売ってすらないけど」


「置いてもくれない!」


「まあ」


 セレナ。


「そんなものでしょ」


(その通り)


 初営業。


 断られる。


 普通。


 むしろ。


 当然。


 ミナは。


 納得できないらしい。


「でもいい商品なのに!」


(…………)


 その言葉。


 昔。


 何度も。


 聞いた。


 良い商品。


 良いサービス。


 だから。


 売れる。


 そう。


 思っている人間。


 多い。


 だが。


(違うんじゃよ)


 良いものが。


 売れるのではない。


 客が。


 必要だと感じたものが。


 売れる。


 どれだけ。


 性能が良くても。


 知られていなければ。


 売れない。


 価値が。


 伝わらなければ。


 売れない。


 値段に。


 納得できなければ。


 売れない。


(商品が悪いんじゃない)


 売り方。


 問題。


 わしは。


 頭の中で。


 今日の反応を整理する。


 雑貨。


 不評。


 理由。


 自分で採れる。


 宿。


 不評。


 必要性。


 低い。


 衣料。


 興味あり。


 理由。


 衣服。


 虫。


 臭い。


(客を絞る)


 全員に。


 売ろうとするから。


 弱い。


 必要な人。


 そこへ。


 売る。


(誰が一番困っとる)


 虫。


 臭い。


 荷物。


 衣服。


 旅。


 森。


 ……。


(冒険者)


 わしは。


 顔を上げた。


 町。


 剣。


 弓。


 鎧。


 荷物。


 歩き回る。


 宿泊。


 野営。


 虫。


 汗。


(これじゃ)


 冒険者。


 旅人。


 森へ入る者。


 彼らなら。


 需要がある。


 一般家庭。


 ではない。


 ターゲット。


 冒険者。


 なら。


(売る場所も違う)


 雑貨店。


 食料品店。


 ではない。


 冒険者が。


 集まる場所。


 わしは。


 周囲を見る。


 少し離れた場所。


 大きな建物。


 人。


 武器。


 防具。


 出入り。


 壁。


 掲示板。


(あれは)


 前回来た時も。


 少し気になった。


 入口。


 剣と盾。


 紋章。


(冒険者ギルドか?)


 わしは。


 全力で。


 指差す。


「あぅ!」


 セレナ。


「ん?」


「あぅ!」


 建物。


 指。


 袋。


 建物。


 袋。


「……あそこ?」


(そう)


 ロイ。


「あれ、冒険者ギルドだよ」


(やはり)


 ミナ。


「そこに売るの?」


(そうじゃ!)


 セレナが。


 わしを見る。


「冒険者に?」


「あぅ!」


 ロイ。


「でも」


 少し考える。


「確かに」


 《森守り》を見る。


「森に行く人なら、欲しいかも」


(そういうことじゃ)


 ミナ。


 急に。


 元気になる。


「じゃあ行こう!」


 セレナ。


 ため息。


「あなたたち」


 そして。


 わしを見る。


「本当に諦め悪いわね」


(商売人はな)


 一回。


 断られた程度で。


 諦めていたら。


 会社なんぞ。


 作れん。


     ◇


 冒険者ギルド。


 中。


(……ほう)


 広い。


 酒場。


 受付。


 掲示板。


 男。


 女。


 人間。


 そして。


(……人間じゃないのもおるな)


 獣の耳。


 尻尾。


 小柄。


 大柄。


 異世界。


 改めて。


 感じる。


「何の用?」


 受付。


 若い女性。


 セレナ。


「ちょっと」


 《森守り》を。


 出す。


「これを」


 説明。


 する。


 虫除け。


 消臭。


 香り。


 受付。


 聞く。


「へえ」


 今までと。


 違う反応。


「野営用?」


(そう!)


 わしは。


 心の中。


 叫ぶ。


「そういう使い方もできる」


 セレナ。


「服や荷物に入れてもいい」


「いいですね」


(食いついた)


「最近」


 受付。


 苦笑。


「森から帰ってくる人たち、臭いんですよ」


 近く。


「聞こえてるぞ!」


 冒険者。


「事実です!」


 受付。


(面白い)


「値段は?」


「小銅貨三枚」


「安いですね」


(…………)


 安い?


 反応。


 今まで。


 三枚。


 高く感じた。


 ここでは。


 安い。


(客が違えば、価格の感じ方も変わる)


 これ。


 商売の基本。


 だが。


 改めて。


 面白い。


「試しに」


 受付。


「二つ買います」


(売れた)


 わし。


 固まる。


 小銅貨。


 六枚。


 セレナ。


 受け取る。


「ありがとう」


「こっちこそ」


 受付。


 一つ。


 自分。


 もう一つ。


 近くの男性職員。


「これ使ってください」


「俺?」


「あなた臭いので」


「ひどくない!?」


 ギルド。


 笑い。


(…………)


 売れた。


 たった。


 二個。


 小銅貨。


 六枚。


 前世。


 晩年。


 わしが扱っていた金額。


 比べることすら。


 馬鹿らしい。


 しかし。


(嬉しいのう)


 初めて。


 清掃の仕事。


 契約。


 取れた日。


 思い出した。


 金額じゃない。


 自分たちで。


 作ったもの。


 誰かが。


 金を出して。


 買ってくれた。


 それが。


 嬉しい。


「売れた!」


 ミナ。


 飛び跳ねる。


「本当に売れた」


 ロイ。


 少し。


 驚いた顔。


 セレナ。


 小銭。


 見る。


 次。


 わし。


 見る。


「…………」


(何じゃ)


「あなた」


 小さく笑う。


「満足そうね」


(まあな)


「あぅ」


 そして。


 わしは。


 気づいた。


(違う)


 これで。


 満足してはいけない。


 二個。


 売れた。


 理由。


 何だ。


 冒険者。


 需要。


 場所。


 価格。


 さらに。


 受付。


 商品名。


 説明。


(売れた理由を考える)


 成功。


 失敗。


 どちらも。


 同じ。


 理由がある。


 それを。


 見つける。


 次へ。


 活かす。


(商売はここからじゃ)


     ◇


 帰り道。


 売上。


 小銅貨六枚。


 ただし。


 最初の店に。


 五個。


 預けている。


 残り。


 三個。


 そのうち。


 二個。


 売れた。


 手元。


 一個。


「一個しか売れなかったらどうしようって思ってた」


 ミナ。


「二個だけどな」


 ロイ。


「二個も!」


「まあね」


 セレナ。


 そして。


「でも」


 一言。


「これじゃ、孤児院は救えない」


 静かになる。


(その通り)


 小銅貨。


 六枚。


 一ヶ月。


 土地。


 必要金額。


 まだ。


 正確に知らない。


 だが。


 明らかに。


 足りない。


(これは第一歩)


 商品。


 需要。


 見えた。


 次。


 数量。


 販売先。


 価格。


 継続。


(そして)


 もっと。


 大事。


 わしは。


 今日。


 一つ。


 思い出した。


 商品を。


 売るのではない。


 客の。


 困りごとを。


 解決する。


 《森守り》を。


 売りたい。


 ではなく。


 冒険者の。


 虫。


 臭い。


 野営。


 困りごと。


 そこを。


 解決する。


(なら)


 《森守り》だけで。


 終わる必要。


 ない。


 虫。


 臭い。


 靴。


 装備。


 汚れ。


 怪我。


 疲労。


 前世。


 清掃。


 警備。


 スポーツ用品。


 全部。


 どこかで。


 繋がる。


(…………)


 嫌な予感。


 いや。


 良い予感。


 わし。


 この世界で。


 できること。


 思っていたより。


 多いかもしれん。


「レオン」


 ミナ。


 わしを見る。


「次は何売る?」


(気が早いわ!)


 だが。


 わしも。


 少しだけ。


 考えてしまった。


(次か)


 そこで。


 自分に言い聞かせる。


(ほどほどじゃ)


 今度の人生。


 仕事だけには。


 しない。


 太く。


 短く。


 好きに。


 生きる。


 しかし。


 この。


 何もないところから。


 一つずつ。


 形にしていく感覚。


(やっぱり)


 嫌いではない。


 いや。


 かなり。


 好きらしい。


     ◇


 その夜。


 孤児院。


 リリが。


 わしらの帰りを待っていた。


「売れた?」


 ミナ。


 胸を張る。


「二個!」


「すごい」


 リリ。


 拍手。


「あとね!」


 ミナ。


 話す。


 冒険者ギルド。


 受付。


 売れた。


 店。


 断られた。


 全部。


 楽しそうに。


 話す。


 セレナは。


 その様子を。


 静かに見ている。


 少しして。


「レオン」


(ん?)


「これ」


 わしの前。


 硬貨。


 二枚。


 小銅貨。


「あなたの分」


(わしの?)


「言い出したの、あなたでしょ」


(いやいや)


 赤ん坊。


 金。


 使えない。


 わしは。


 首を振る。


「あぅ」


「いらない?」


(孤児院に使え)


 わしは。


 硬貨。


 次。


 食卓。


 子供たち。


 指差す。


 セレナ。


 黙る。


(伝われ)


 数秒。


 そして。


「……孤児院に?」


「あぅ!」


「そう」


 セレナ。


 硬貨。


 握る。


「ありがとう」


(礼を言われるほどではない)


 たった。


 小銅貨二枚。


 でも。


 ミナが。


 言う。


「じゃあお肉買える!?」


「まだ言ってるの?」


 ロイ。


「少しくらい!」


(…………)


 わし。


 笑いたくなる。


(まあ)


 初売上。


 祝い。


 少しくらい。


 いいかもしれない。


 前世でも。


 最初の契約が取れた日。


 三人しかいなかった社員。


 皆で。


 安い酒を飲んだ。


 利益。


 ほとんど。


 吹き飛んだ。


 だが。


 あの日は。


 それでよかった。


(商売というのは)


 金。


 だけではない。


 こういう。


 瞬間も。


 含めて。


 商売なのだ。


「先生!」


 ミナ。


「お肉!」


「少しだけね」


「やったー!」


 歓声。


 上がる。


(ふっ)


 前世。


 百十年。


 いろいろ。


 あった。


 だが。


 第二の人生。


 最初の売上。


 小銅貨六枚。


 その夜。


 食卓に。


 ほんの少し。


 肉が増えた。


 子供たちは。


 大喜び。


 そして。


 わしも。


 思っていた以上に。


 嬉しかった。


 だが。


 その日の。


 深夜。


 状況は。


 少し。


 変わることになる。


     ◇


 コン。


 コン。


 コン。


 孤児院の扉。


 叩く音。


(……こんな時間に?)


 わしは。


 目を覚ます。


 セレナ。


 すでに。


 起きている。


 弓。


 手。


 子供たち。


 寝室。


「誰?」


 セレナ。


 低い声。


 扉の外。


 一瞬。


 沈黙。


 そして。


「……俺だ」


(ん?)


 聞いたことのある声。


 町。


 金髪。


 あの男。


「話がある」


 セレナの。


 顔から。


 表情が消えた。


「帰って」


「今日は帰れない」


「…………」


「セレナ」


 一拍。


「森から使者が来た」


 セレナの手。


 弓を握る。


 強くなる。


「お前を」


 外の男。


 静かに。


 続けた。


「連れ戻すために」


(…………)


 わしは。


 籠の中で。


 目を細める。


 どうやら。


 孤児院の。


 商売だけに。


 集中させては。


 もらえないらしい。


 人生二周目。


 初商売。


 初売上。


 そして。


 その日の夜。


 セレナの過去が。


 ついに。


 こちらへ。


 追いついてきた。

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