↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
78/92

第78話 百十歳、訃報を聞きます

 コン、コン、コン。


 翌朝。


 朝食を終えて間もない頃、孤児院の玄関を叩く音が響いた。


「はーい」


 セレナは食器を置くと、わしを背負ったまま玄関へ向かった。


(もう慣れたもんじゃな)


 最初の頃は、わしを抱くだけでも随分と慎重だったというのに、今では背負ったまま家事までこなしている。


 わしの方もすっかり慣れてしまった。


 百十歳にもなって、おんぶされる生活が板につくとは思わなんだが。


「誰?」


 セレナが扉の前から声をかける。


「私よ」


 返ってきた声を聞いた瞬間、セレナの手が止まった。


「エ……ミリー?」


「そう」


 ほんの少し間を置いてから、セレナは鍵を外した。


 扉を開ける。


 朝の光の中に立っていたのは、短い金髪の女性だった。


(……誰じゃ?)


 わしには見覚えがない。


「どうしたの? 久しぶりじゃない」


「…………」


「エミリー?」


 女性は挨拶を返さなかった。


 どこか張り詰めた顔で、セレナを見つめている。


「……大変なのよ」


「何が?」


「町長が……」


 一度、声が詰まる。


「町長が、殺された」


「…………え?」


 セレナの身体が固まった。


「……グレゴリー町長が?」


「そう」


「嘘……」


「本当よ」


 昨日。


 わしらは、あの人と話した。


 わしを見て嬉しそうに笑い、孤児院の土地のことを真剣に考えてくれていた。


 それが。


 一晩で、いなくなった。


「昨夜、町長の家で小さな火事があったの」


「火事?」


「夜中に煙と焦げ臭さに気づいた近所の人たちが駆けつけたみたい。火はすぐに消し止められたらしいんだけど……中で、町長が倒れていたって」


「…………」


「身体に傷があったらしいわ。それで、自警団も事故じゃないって見てるみたい」


「犯人は?」


「まだ分からない。今は自警団が町長の家を調べてる。近いうちに役人も来るみたい」


「……そう」


 セレナは、それ以上何も言わなかった。


 ただ、昨日まで生きていた人の姿を確かめるように、遠くを見る。


「昨日、会ったばっかりなのに……」


 ぽつりと、それだけ呟いた。


 それから一度、目を閉じる。


「……教えてくれてありがとう、エミリー」


「ううん」


 エミリーは帰ろうとしなかった。


「セレナ」


「何?」


「早く、ここから逃げた方がいいわ」


「……どういうこと?」


「次はあなたかもしれないのよ」


 セレナの目つきが変わった。


「どうして?」


「昨日、ローデン商会と町長と、あなたたちで何か話し合ってたんでしょ?」


「……どうして知ってるの?」


「町中で噂になってるわよ。ローデン商会が孤児院の土地を欲しがってることも、あなたたちが買い取ろうとしてることも」


(……早いのう)


 人の噂というやつは。


 世界が変わっても、足だけは速いらしい。


「町長は昨日、その話し合いをした」


 エミリーが声を落とす。


「その日の夜に殺されたのよ」


「…………」


「もし土地のことが関係してるなら、次はあなたかもしれない」


 セレナは答えなかった。


 代わりに。


 背中のわしを支える手に、力が入った。


「セレナ?」


「……私じゃないかもしれない」


「え?」


「狙われるのが」


 セレナが孤児院の中を見る。


 朝食を終えた子供たちの声が聞こえてくる。


「この土地が目的なら、私だけとは限らない」


「…………」


「ロイも、ミナも、リリも、ライカも……レオンだっている」


 わしの身体を支える手が、さらに強くなる。


「この子たちが巻き込まれるかもしれない」


「だったら、なおさら逃げた方が――」


「手は出させない」


 低い声だった。


「セレナ?」


「この子たちには、絶対に手を出させない」


 セレナの横顔から、さっきまでの動揺が消えていた。


 代わりに浮かんでいたのは、わしもよく知っている顔だった。


 孤児院の先生として。


 何度も子供たちを守ってきた人間の顔。


「だから言ってるの。ここを離れれば――」


「逃げた先が安全だって、どうして分かるの?」


「それは……」


「相手が誰なのかも分からない。町長が殺された理由だって分からない。それなのに子供たちを連れて外へ出る方が、私は怖い」


「…………」


「マルタもいる。リーナも、カラリンも、ガルドもいる。今は一人じゃない」


 エミリーの表情が僅かに固まった。


「……一人じゃない、か」


「うん」


「昔は……」


 エミリーが何かを言いかける。


 だが。


「……なんでもない」


 途中で飲み込んだ。


「とにかく、私はここに残る」


「セレナ」


「ここは私の家だから」


「…………」


「それに」


 セレナが背中へ手を回した。


 わしの頭を撫でる。


「この子たちの家でもある」


 エミリーは黙っていた。


 長い沈黙だった。


「……そう」


 ようやく口元に、小さな笑みを作る。


「昔から頑固ね、あなたは」


「あなたに言われたくないわ」


「……ふふ。そうね」


 エミリーは一歩下がった。


「でも、気をつけて」


「うん」


「本当に」


「分かってる」


「……じゃあね」


 背を向ける。


「エミリー」


 セレナが呼び止めた。


 エミリーが振り返る。


「教えてくれてありがとう」


「…………」


「あなたも気をつけて」


 エミリーは一瞬、何かを言いたそうにした。


「……うん」


 それだけ答えて、歩いていった。


 わしはセレナの肩越しに、その背中を見送る。


(エミリー、か)


 わしの知らない人物。


 セレナとは随分と古い付き合いらしい。


 それ以上は、今のわしには分からない。


 姿が見えなくなると、セレナは扉を閉めた。


 そのまま、しばらく立っていた。


「あぅ」


「ん?」


 わしが声を出すと、セレナがこちらを見る。


 そして、わしの頭をもう一度撫でた。


「大丈夫」


 今度の言葉には、震えがなかった。


「絶対に守るから」


(……頼もしいのう)


 だが。


 わしは少しだけ困った。


 百十歳の爺としては。


 女性に守られてばかりというのも、どうにも落ち着かん。


 とはいえ。


 今のわしは赤ん坊である。


(……まあ、今だけは甘えておくかの)


『お前は随分と前から甘えているように見えるが』


(うるさいわ)


 雷葬獣の余計な一言を聞き流しながら、わしはセレナの背中へ頬を預けた。


 グレゴリー町長を殺したのが誰なのか。


 なぜ殺したのか。


 まだ、何も分からない。


 ただ。


 もし。


 その手が、この孤児院にまで伸びてくるというのなら。


 わしも。


 背負われているだけではいられんのう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。