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第75話 百十歳、新しい力を授かります

 グレゴリー町長との交渉を終え。


 わしらは、孤児院へと戻ってきた。


 結局。


 土地を巡る話し合いは、一ヶ月半後へ持ち越し。


 金貨三十七枚まで値段は上がったものの。


 まだ。


 何も決まってはいない。


(まあ)


 悪い結果ではない。


 少なくとも。


 今日明日にでも。


 我が家を追い出される心配はなくなった。


 それに。


 グレゴリー町長は。


 マルタに確認が取れれば。


 わしらを優先すると言ってくれた。


(あとは、マルタから返事が来れば――)


「それじゃあ、私は行ってくるね」


「ん?」


 声。


 見る。


 リーナが。


 荷物をまとめていた。


「行くって、どこへ?」


 セレナが尋ねる。


「決まってるでしょ」


 リーナは。


 荷物の中から。


 布に包まれたものを取り出した。


「お姉ちゃんたちが王都から持ち帰ってくれた、これ」


 布。


 開く。


 黒い石。


 ただ。


 黒いだけではない。


 その奥。


 微かに。


 銀色の光が揺らめいている。


 黒雷石。


 王都地下。


 あの研究施設で回収した。


 本物の黒雷石じゃ。


「これを、楔に戻してくるね」


「一人で?」


 セレナの表情に。


 心配。


「大丈夫?」


「大丈夫」


 リーナは笑った。


「あそこまでなら、私が一番慣れてるから」


「でも……」


「お姉ちゃん」


 リーナ。


 少しだけ。


 困ったように笑う。


「今度は、ちゃんと帰ってくるから」


「…………」


 セレナ。


 一瞬。


 言葉を失う。


 百年前。


 禁域へ入ったまま。


 帰ってこなかった妹。


 その妹が。


 今。


 自分から。


 帰ってくると。


 約束している。


「……うん」


 セレナも。


 小さく笑った。


「気をつけてね」


「うん」


 リーナは。


 黒雷石を。


 もう一度。


 丁寧に包み直す。


『我も、その方が助かる』


 頭の中。


 雷葬獣の声。


(そうじゃろうな)


 現在。


 雷葬獣を支える楔の一つには。


 古代の鎧が。


 自らの命と引き換えに差し出した。


 黒雷石のレプリカが使われている。


 あれは。


 古代の賢者たちが作った。


 模造品。


 本物と比べ。


 強度も。


 安定性も。


 劣る。


 あくまで。


 一時しのぎ。


 じゃが。


 王都から。


 本物を一つ。


 取り戻した。


 なら。


 もう。


 レプリカに頼る必要はない。


(これで)


 元々残っていた四つ。


 リーナが持っていた一つ。


 ロイが持っていた一つ。


 そして。


 王都から持ち帰った。


 一つ。


(本物が七つ)


 まだ。


 十二すべてが。


 揃ったわけではない。


 残る五つ。


 人間の町。


 海の向こう。


 死者の手。


 近づいているもの。


 そして。


 見えぬ場所。


 どれも。


 ろくな予感がしない。


(まあ)


 それは。


 今。


 考えても仕方がない。


 まずは。


 目の前の一つ。


 確実に。


 戻す。


「じゃあ、行ってきます」


「い~っ~て~ら~っ~しゃ~い~!」


 カラリンが。


 大きく手を振る。


「気をつけてください」


 ライカ。


「早く帰ってこいよ!」


 ロイ。


「うん」


 リーナ。


 最後に。


 セレナを見る。


「行ってきます、お姉ちゃん」


「行ってらっしゃい」


 そして。


 孤児院を出ていった。


「…………」


 その背中。


 見送りながら。


 わしは。


 思う。


(しかし)


 一拍。


(リーナ、大活躍じゃのう)


『そうだな』


(交渉では喋り倒す)


 一つ。


(料理もできる)


 二つ。


(黒雷石まで戻しに行ってくれる)


 三つ。


『便利な女だ』


(その言い方はやめい)


『なぜだ』


(人を道具みたいに言うんじゃない)


『難しいな、人間は』


(お主は、もう少し勉強せい)


 とは。


 言ったものの。


 実際。


 リーナが戻ってきてから。


 かなり。


 助けられている。


 それに比べ。


「…………」


 わし。


 自分の手を見る。


 小さい。


 丸い。


 ぷにぷに。


 握る。


 開く。


(最近のわし)


 一拍。


(なんもできとらん)


『お前は赤ん坊なのだから、仕方ないではないか』


(それはそうなんじゃが……)


 正論。


 ぐうの音も出ない。


 話そうとしても。


「あぅ」


 これ。


 歩こうとしても。


 よちよち。


 交渉。


 できない。


 文字。


 自由に書けない。


 戦闘。


 論外。


 ダイヤングを使えば。


 一時的には。


 どうにかなる。


 じゃが。


 あれは。


 寿命を削る。


 気軽に。


 使っていいものではない。


(皆が頑張っとるのに)


 わしだけ。


 抱かれて。


 運ばれて。


 飯を食わせてもらって。


 寝る。


(……いや)


 ただの赤ん坊なら。


 百点満点の仕事なんじゃが。


 中身。


 百十歳。


(なんとも、むず痒いのう)


 セレナ。


 リーナ。


 カラリン。


 マルタ。


 ガルド。


 ライカ。


 皆。


 自分にできることを。


 やっている。


 なら。


 わしも。


 もう少し。


 何か――。


「…………?」


 違和感。


 最初に気づいたのは。


 音だった。


「カ~ラ――」


 カラリンの声が。


 途中で。


 途切れている。


「…………」


 いや。


 声だけではない。


 カラリン。


 止まっている。


 セレナも。


 ガルドも。


 ロイも。


 ライカも。


 誰も。


 動いていない。


 窓から差し込む光の中。


 舞っていた埃さえ。


 空中で。


 ぴたりと。


 止まっている。


「…………」


 世界から。


 音が。


 消えた。


(……まさか)


 この感覚。


 覚えている。


「そろそろ、そういう頃だと思っていたよ」


「…………」


 声。


 背後。


 わし。


 ゆっくり。


 振り返る。


「やっ」


「…………」


 いた。


 にこにこ。


 手。


 ひらひら。


 この。


 胡散臭い。


 自称。


 神。


「お主!」


 思わず。


 指を差した。


「いきなり現れおって! びっくりしたぞ!」


「ごめんごめん」


 まったく。


 悪びれない。


「でもさ」


 にこにこ。


「渡すなら、早い方がいいと思って。駆けつけてきちゃった」


「早い?」


 なんじゃ。


 その。


 宅配便みたいな言い方は。


「何がじゃ?」


「それでは!」


 突然。


 自称神。


 胸を張る。


 両腕。


 大きく。


 広げた。


「ぱぱぱーぱーぱーぱっぱっぱー!」


「…………」


「レオンは、レベルが上がった!」


「…………」


「おめでとう!」


「…………」


 わし。


 数秒。


 考える。


「……は?」


「いやあ」


 自称神。


 満足そうに頷く。


「僕、ファ○ファ○派なんだよね」


「何の話じゃ!」


「え?」


「え? じゃない!」


 そもそも。


「レベルとはなんじゃ!」


「まあまあ」


 自称神。


 手。


 ひらひら。


「君さ」


「うむ」


「この世界に来てから、色々あったでしょ?」


「…………」


 色々。


 なんてものではない。


 転生。


 孤児院。


 エルフ。


 黒雷石。


 雷葬獣。


 虚喰らい。


 王都。


 地下施設。


 人工生命。


(もう少し、平穏でも良かったと思うんじゃが)


「まあ」


 わし。


 ため息。


「そうじゃな」


「僕のおかげで」


「おかげ様でな!」


 皮肉。


 通じているのか。


 いないのか。


 自称神。


 満面の笑み。


「でね」


 人差し指。


 立てる。


「色々なものを見て」


 一つ。


「色々な人と出会って」


 二つ。


「色々なことを、自分で選んだ」


 三つ。


 そこで。


 自称神。


 少しだけ。


 いつもの軽薄な笑顔を。


 弱めた。


「そろそろ」


 一拍。


「次の段階へ進んでもいい頃かなって」


「次の段階?」


「そう!」


 すぐ。


 元通り。


「というわけで!」


 両手。


 広げる。


「新しい能力を用意してきました!」


「…………」


(能力)


 その言葉には。


 さすがに。


 興味。


「ジャーン!」


 自称神の声。


 同時。


 わしの目の前に。


 光が集まる。


 小さな。


 光の玉。


「その名も――」


 一拍。


「《クローゼット》!」


「…………」


「その場に合わせた衣装を身につけられる能力です!」


「…………」


 光の玉。


 見る。


 自称神。


 見る。


 もう一度。


 光の玉。


「なんじゃそれ!」


「えー?」


「もっとあるじゃろ!」


 魔法。


 瞬間移動。


 未来予知。


 不老不死。


 いや。


 最後は。


 もういらん。


 とにかく。


 神から授かる能力。


 もっと。


 こう。


 凄そうなものが。


「服て!」


「でも」


 自称神。


 にやり。


「本当にいらない?」


「…………」


 わし。


 止まる。


(待てよ)


 衣装。


 自由に。


 身につけられる。


「ちなみに」


 自称神。


 人差し指。


 立てる。


「売ったり、お金に換えたりはできないからね」


「…………」


(先に潰された)


「着るための服だけ」


「なんでわしが悪用する前提なんじゃ」


「元経営者でしょ?」


「偏見じゃ!」


 じゃが。


 待て。


 わしには。


 《ダイヤング》がある。


 寿命を代償に。


 身体を。


 前世の全盛期へ。


 一時的に戻す能力。


 以前。


 冒険者昇格試験で。


 あれを使った時。


 問題が。


 一つ。


 あった。


(…………裸)


 そう。


 身体だけが。


 大人になる。


 当然。


 赤ん坊の服など。


 着られるわけもない。


 結果。


 わしは。


 生まれたままの姿。


(いや)


 改めて考えると。


(めちゃくちゃ使えるんじゃないか?)


「お?」


 自称神。


 顔。


 近づける。


「お気づきになられましたかな?」


「…………」


「ご納得いただけたようですな、お客様」


「なぜ急に胡散臭いセールスマンになる」


「それでは続きまして――」


「お」


 わし。


 思わず。


 身を乗り出す。


「まだくれるんか?」


「うん」


「おお」


「そうしようと思ったんだけど」


「うむ」


「何がいい?」


「…………」


「…………」


「えええ!?」


 声。


 出た。


「決めてないんかい!」


「いやー」


 自称神。


 頭。


 掻く。


「便利な能力なら、色々あるんだけどね」


「なら、そこから選べ!」


「でもさ」


 にこにこ。


「ここは君が決めた方がいいんじゃないかな」


「わしが?」


「うん」


 一拍。


「だって」


 妙に。


 楽しそうに。


「君が、この物語の主人公なんだから」


「…………」


(また)


 こいつ。


(よう分からんことを)


「ほらほら」


 両手。


 広げる。


「何かない?」


「急に言われてもじゃな……」


「何でもいいよ」


「何でも?」


「全知全能とかは駄目」


「なぜじゃ」


「つまらなくなっちゃうから」


「誰が」


「色々」


「意味が分からん」


「まあまあ」


 自称神。


 笑う。


「便利なものでもいい」


 一つ。


「強いものでもいい」


 二つ。


「ちょっと変わったものでもいい」


 三つ。


「君が」


 一拍。


「今、一番欲しいものを言ってみてよ」


「…………」


 今。


 一番。


 欲しいもの。


(そうじゃなあ)


 強さ。


 それなら。


 ダイヤングがある。


 雷葬獣も。


 いる。


 ガルドも。


 カラリンも。


 セレナも。


 皆。


 それぞれのやり方で。


 戦える。


 何でも。


 わし一人で。


 できる必要はない。


 百十年。


 一度目の人生では。


 何でも。


 自分でやろうとした。


 誰かへ頼ることが。


 苦手だった。


 その結果。


 最後。


 一人になった。


(なら)


 二度目まで。


 同じ生き方をする必要はない。


 わしに。


 足りないもの。


 今。


 あれば。


 助かるもの。


「…………」


 一つ。


 思い浮かんだ。


「例えばなんじゃが……」


 わしは。


 自称神へ。


 自分の希望を伝えた。


「ふーん?」


 最初。


 首を傾げる。


「なるほど」


 次に。


 頷く。


「確かに確かに」


 そして。


 最後には。


 にやり。


「それは便利かも」


「じゃろ?」


「分かった!」


 自称神。


 指。


 鳴らす。


「じゃあ――」


 再び。


 光。


 集まる。


 もう一つ。


 小さな光の玉。


「これを授けるよ!」


「おおっ」


 光の玉が。


 真っ直ぐ。


 わしの胸へ。


 飛び込んだ。


「…………!」


 暖かい。


 何かが。


 身体の奥へ。


 溶け込んでいく。


「よし!」


 自称神。


 満足そうに。


 手を叩いた。


「これで完了!」


「随分あっさりじゃな」


「そんなもんだよ」


 そして。


 自称神。


 こちらへ。


 手を振る。


「また当分、会えなくなるかもしれないけど」


 一拍。


「楽しんでね」


「…………」


 楽しむ。


 か。


 わしは。


 止まった世界を見渡した。


 セレナ。


 カラリン。


 ガルド。


 ライカ。


 ロイ。


 皆。


 動かない。


 それでも。


 その顔を。


 見ているだけで。


 胸の奥。


 少し。


 暖かくなる。


「言われなくても――」


 わしは。


 小さく笑った。


「もう、十二分に楽しませてもらっとるよ」


 百十年。


 一度目の人生。


 金も。


 会社も。


 それなりに。


 手に入れた。


 けれど。


 最後には。


 一人だった。


 今は。


 違う。


 帰る場所がある。


 待っている人がいる。


 守りたい人がいる。


 面倒事は。


 次から次へと。


 やってくるが。


(まあ)


 それも含めて。


(悪くない)


「じゃあね、レオン」


 自称神。


 手を振る。


 その姿が。


 光へ。


 溶けていく。


「またね」


 そして。


 消えた。


 次の瞬間。


「――っ~て~ら~っ~しゃ~い~!」


「…………!」


 音。


 戻る。


 カラリンの声。


 続き。


 空中に止まっていた埃が。


 再び。


 ゆっくり。


 舞い始める。


 時間。


 動く。


「…………」


 誰一人。


 気づいていない。


 わしは。


 自分の胸を見る。


 新たに。


 授かった。


 二つの力。


 一つは。


 《クローゼット》。


 そして。


 もう一つは――。


「…………」


 口元。


 自然と。


 緩んだ。


「あぅ」


「ん?」


 セレナが。


 わしを見る。


「どうしたの、レオン?」


「…………」


 わし。


 笑ったまま。


 首を振る。


(これは)


 まだ。


(内緒じゃな)


 さて。


 どこで。


 試してみるかのう。

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