第65話 百十歳、盗人の本領を知ります
仮面の者たちの視線が、一斉にわしへ向いた。
「その赤子……」
一人が、興味深そうに呟く。
「魔力反応が黒雷石と一致する」
その言葉を境に、仮面の奥に覗いていた目の色が変わった。
驚き。
好奇心。
そして、それらを飲み込むほど強い欲望。
獲物を見つけた者の目だった。
「待て」
その中の一人が、ふいに感情のない声を発した。
「先に試作体四十七号への供給を停止する」
そう言って、足元に設けられていた小さな仕掛けを踏み込む。
カチリ、と乾いた音がした。
次の瞬間だった。
「グッ……!」
通路に倒れていた異形の身体が大きく跳ねた。
「ガ……ァ……!」
先ほどまで震えながらも自分の身体を支えていた腕から、急速に力が抜けていく。首輪に繋がれた管の根元では、それまで淡く灯っていた光が、まるで命の火を吹き消されたように消えていた。
「何をしたの!?」
セレナが鋭く問い詰める。
「供給を止めただけだ」
仮面の者は、苦しむ異形を見ても眉一つ動かさなかった。
「試作体四十七号は単独稼働に失敗している。外部からの供給なしでは活動を維持できない」
「供給……?」
セレナが言葉を失う。
「ガ……たす……」
床に伏した異形が、爪で石床を掻いた。
「たす……け……」
その掠れた声を聞いた瞬間、セレナの表情が変わった。
「やめなさい!」
腰の鞭を抜き、一息で振るう。
鋭い破裂音とともに鞭の先が仮面の者へ伸びたが、届く寸前で横手の扉が開いた。
中から飛び出してきた何かが、その鞭を素手で掴み取る。
「え……?」
セレナの顔が強張った。
そこに立っていたのは、もう一体の異形だった。
全体としては人の形に近い。だが、右腕だけが不自然なほど太く、皮膚は硬い鱗に覆われ、その先には黒い爪が生えている。
もっとも異様だったのは、その目だった。
怒りもない。
恐怖もない。
苦しみすら見えない。
ただ命令を待っているだけの、何も映していない目。
さらに左右の扉が、次々と開いていった。
一体。
また一体。
人と獣の境目を、無理やり壊して繋ぎ合わせたような者たちが通路へ姿を現す。
誰も声を発さない。
ただ無機質な瞳だけが、わしへ向けられていた。
(……なんじゃ、これは)
『レオン』
雷葬獣の声が低くなる。
『こやつら……生きている』
(見れば分かる)
『違う』
その返事には、はっきりと怒りに似たものが混じっていた。
『生きているのではない。生かされている』
その言葉が、妙に胸へ刺さった。
目の前にいる者たちは確かに動いている。
息をしている。
だが、自らの力で生きているとは、とても思えなかった。
「……あれが完成品か」
仮面の者の一人が、わしを見つめながら呟いた。
「黒雷石の力を身体へ完全に定着させているように見える」
「我々の作品とは程遠い」
「外部供給装置も見当たらない」
「どういう構造だ?」
「欲しい」
「同意する」
「是非とも解剖したい」
(…………)
ぞわり、と背筋に寒気が走った。
百十年生きてきた。
前世では、随分と色々なことを言われたものだ。
頑固者。
仕事人間。
守銭奴。
化け物みたいな爺さん。
(じゃが、“解剖したい”は初めてじゃ!)
冗談ではない。
わしはまだ、今世では赤子である。
人生二周目を始めたばかりなのだ。
百十年生きた挙げ句、転生直後に解剖されました、では洒落にもならん。
「……今、何て言ったの?」
低い声がした。
セレナだった。
怒っている。
しかも、相当だ。
ガルドも何も言わず、わしと仮面の者たちとの間へ身体を滑り込ませた。
「触るな」
短い一言だった。
だが、その巨大な背中を前にしても、仮面の者たちは怯む様子を見せない。
「捕らえよう」
「賛成する」
「生体のままが望ましい」
「損傷は最小限に」
「他の者は?」
「不要」
セレナの目がさらに鋭くなる。
ガルドの太い尾が、ゆっくりと持ち上がった。
わしを抱いているカラリンも、片手を床へ向ける。いつでも精霊の力を借りられるよう、構えているのだろう。
「試作体へ命令を――」
仮面の者の一人が、足元の装置へ手を伸ばした。
その時だった。
「なあ!」
場の空気にまるで似つかわしくない、明るい声が響いた。
「これって、すげー金になりそうだな!」
「…………」
全員が、同時にそちらを向いた。
盗人だった。
いつの間に移動したのか、少し離れた壁際に立っている。
両手にはまだ拘束具が嵌められたままだ。
だが。
その手の中には。
黒い石があった。
表面を、銀色の光が僅かに走っている。
「…………え?」
セレナが目を見開く。
仮面の者たちも、一瞬で動きを止めた。
「それは……」
「黒雷石!?」
初めてだった。
彼らの声から、無機質さが消えたのは。
「なぜ、それを持っている!」
一人が声を荒らげる。
だが盗人は、きょとんとした顔をしていた。
「なんでって……」
手の中の石を軽く持ち上げる。
「あんたらが、すげー大事そうにしてるもんだからさ」
そして、悪びれもせずに笑った。
「盗っちゃった」
(いつじゃ!?)
わしには、まったく見えなかった。
セレナも。
カラリンも。
あのガルドですら。
盗人がいつ動き、いつ黒雷石を手に入れたのか気づいていなかったらしい。
「どこから取ったの!?」
セレナが驚いて尋ねる。
「そこ」
盗人が顎で示した。
壁際。
何本もの金属管が集まっている場所に、何かを収めていたらしい空の窪みがある。
(あれが……)
この施設へ力を送っていたのか?
そう思った直後だった。
「グァァァァァッ!!」
通路を、凄まじい絶叫が満たした。
「っ!?」
セレナが振り返る。
苦しんでいるのは試作体四十七号だけではなかった。
鞭を掴んでいた異形も。
その後ろに並んでいた者たちも。
一斉に身体を折り、立っていることすらできなくなる。
「ガ……!」
「ァ……!」
「ギ……ッ!」
膝をつく者。
壁へ手をつく者。
その場へ崩れ落ちる者。
首輪。
腕。
胸。
それぞれに取り付けられている器具から、次々と光が失われていく。
「何が起きてるの!?」
セレナが叫ぶ。
『石だ』
雷葬獣が言った。
(黒雷石か?)
『あの石から、こやつらへ力を分けていた』
わしはそこで、ようやく理解した。
こやつらは。
自分自身の力だけでは生きられない。
黒雷石から管を通し。
装置を通し。
無理やり力を与えられ。
それによって生命を繋ぎ止められていたのだ。
(じゃから“試作体”なのか……)
そして。
そんな命を。
目の前にいる連中は、研究成果と呼んでいる。
「戻せ!」
仮面の者の一人が叫んだ。
先ほどまでの無気力な声音は、完全に消えていた。
「その石を戻せ!」
「え?」
盗人が、自分の手の中にある黒雷石を見る。
「これ?」
「それは我々のものだ!」
「…………」
盗人は、少しだけ考えるような顔をした。
それから。
黒雷石を自分の胸元へ引き寄せる。
「嫌だね」
「何?」
「だって」
にやり、と笑う。
「すげー金になりそうだし」
(お前さん、今それを言うのか!)
わしは思わず心の中で突っ込んだ。
だが。
仮面の者たちにとっては、笑い事ではないらしい。
全員の視線がわしから盗人へ移る。
その手の中にある黒雷石へ。
一斉に。
「回収しろ」
誰かが低く言った。
「最優先だ」
「赤子は後回し」
「黒雷石を取り戻せ」
その声を聞き、ガルドが静かに一歩前へ出た。
盗人を背中に庇う。
大剣には、まだ触れない。
ただ。
太い指をゆっくり握り込み。
拳を作った。
「渡すな」
盗人が目を瞬いた。
「え?」
「石」
それだけ言う。
盗人は、目の前に立つ巨大な背中を見上げた。
それから。
嬉しそうに笑った。
「言われなくても」
その手の中で。
黒雷石が。
銀色の光を放った。




