第51話 百十歳、王都への仕事を見つけます
その夜。
孤児院の食堂から子供たちの声が消えたあとも、わしらはしばらく机を囲んでいた。
さっきまでの騒ぎが嘘のように静かだった。
ミナたちは二階へ上がり、ライカも子供たちの寝支度を手伝っている。食堂に残っているのは、セレナとマルタ、カラリン、リーナ。
そして、セレナの膝の上にいるわしだけだ。
「……本当に行くの?」
セレナが、どこか気遣うように尋ねた。
向かいに座るマルタは、頬杖をついたまま盛大に顔をしかめる。
「何度も言わせるんじゃないよ。行くって言っただろ」
「でも、王都嫌いなんでしょ?」
「嫌いだね」
「宮仕えも?」
「大嫌いだよ」
「じゃあ――」
「だからって、他に金貨三十枚を十日で用意する方法があるのかい?」
「…………」
セレナが黙った。
マルタは鼻から息を吐くと、椅子の背へ身体を預けた。
「孤児院を取られれば、地下の黒雷石まで好きに掘られる。そうなれば世界の問題にまで繋がるんだ。だったら、王都の連中に多少こき使われるくらい我慢するさ」
「し~しょ~」
カラリンが嬉しそうに顔を覗き込む。
「え~ら~い~」
「誰のせいでこうなったと思ってるんだい」
「わ~た~し~」
「分かってるなら少しは申し訳なさそうにしな!」
「え~へ~へ~」
(反省する気はなさそうじゃな)
けれど。
マルタが王都行きを決めた理由は、それだけではないはずだった。
わしは、雷葬獣の言葉を思い出していた。
『一つは、人の町に』
『一つは、王の下』
『一つは、海を越えた』
『一つは、死者の手に』
『一つは、見えぬ』
そして、もう一つ。
リーナが持っていた楔。
雷葬獣が言った「王の下」。
文字通りに受け取るなら。
(王都……あるいは王城か)
もちろん。
断定はできない。
王とは比喩かもしれないし、「下」が地下を意味するのか、支配下を意味するのかも分からない。
それでも。
王都へ向かう価値は十分にあった。
マルタを士官させることで、孤児院を守るための金を作る。
その傍らで。
黒雷石の手掛かりを探す。
(悪くない)
一つの行動で、二つの問題を進められる。
いや。
もしかすると。
三つだ。
「明日」
セレナが不意に口を開いた。
「冒険者ギルドに寄ってみる」
マルタが顔を向ける。
「何のために?」
「王都行きの依頼がないか見てみるの」
「依頼?」
「どうせ王都へ行くなら、旅費を払って行くより、仕事を受けて向かった方がいいでしょ」
「…………」
マルタが少しだけ目を細めた。
「随分、冒険者らしくなったじゃないか」
「そう?」
「少し前のお前なら、そんなこと考えもしなかっただろ」
「……言われてみれば」
セレナも少し意外そうだった。
護衛。
危険察知。
依頼人とのやり取り。
ほんの短い期間だが、冒険者として外を歩いた経験は確実に彼女へ残っている。
「王都まで行く依頼なら、片道だけでも十分」
セレナは続けた。
「道中の食費も浮くし、報酬だってもらえる。ついでに冒険者としての実績も積める」
「い~っ~せ~き~に~ちょ~う~」
カラリンが満足そうに頷いた。
(もっとおる気がするが)
王都へ移動できる。
路銀を稼げる。
冒険者としての実績になる。
黒雷石も探せる。
(四鳥くらいおるぞ)
だが。
誰も反対しなかった。
◇
翌朝。
わしらは、孤児院を出た。
王都へ向かう準備はしてきた。
仕事探しだ。
セレナ。
マルタ。
カラリン。
そして。
当然のようにセレナの背中へ括りつけられた、わし。
リーナは孤児院に残ることになった。
地下の黒雷石を調べたいらしい。
「何か分かったら、戻ってきた時に話す」
そう言って。
朝から地下へ潜っていった。
(無茶はせんでほしいがのう)
人のことを言えた義理ではないが。
◇
冒険者ギルドの扉を開ける。
途端に。
「おっ!」
嫌な予感がした。
「セレナだ!」
「レオンもいるぞ!」
「久しぶりじゃねえか!」
(昨日まで世界を救っとったんじゃがな)
こちらの事情など。
彼らが知るはずもない。
いつものギルド。
酒。
依頼書。
大声。
剣や鎧が擦れる音。
昨日までいた禁域が。
まるで。
遠い夢だったようにすら思える。
「レオンちゃーん!」
女性冒険者が手を振る。
「今日もかわいいねえ!」
「あぅ」
「おっ、返事した!」
「俺にもやってくれ!」
「レオン! こっち!」
(朝から元気じゃのう)
大柄な戦士が。
例によって。
わしへ変な顔をしてくる。
「べろべろばぁ~」
「…………」
(お前は何歳じゃ)
隣では別の男まで頬を膨らませ始めた。
その時。
「…………」
セレナが静かに周囲を見た。
「……仕事を探しに来ただけだから」
一言。
それだけ。
冒険者たちが。
すっと道を空けた。
(統率が取れとる)
妙なところで。
セレナの評判は役に立つらしい。
「お~は~よ~」
カラリンまで手を振る。
「カラリンもいるぞ!」
「お前、魔法戻ったのか?」
「だ~い~ぶ~」
「その杖まだ傷だらけだな」
「し~しょ~が~な~お~し~て~く~れ~る~」
そこまで言ったところで。
「……あれ?」
一人の冒険者が、マルタに気づいた。
「マルタ様?」
「…………」
近くにいた者たちが。
一人。
また一人と。
こちらを見る。
「マルタ様までいるぞ」
「何だ、この組み合わせ」
「何か討伐でも始まるのか?」
「そんなに嫌な予感を口にするんじゃないよ」
マルタが露骨に顔をしかめた。
(本人も自覚はあるらしい)
◇
「セレナさん!」
受付嬢が、奥からこちらへ手を振った。
「おはようございます。それに……」
マルタを見る。
「マルタ様まで」
「様はやめな」
「無理です」
「なんでだい」
「怒られます」
「誰に」
「ギルド長に」
「……あいつか」
マルタが嫌そうな顔をした。
「今日はギルド長に会いに来たわけじゃない」
「では、ご依頼ですか?」
セレナが頷く。
「少し相談があるの」
「もちろんです」
受付嬢の表情が仕事のものへ切り替わる。
「どういったものでしょう」
「王都へ行くことになったの」
「王都ですか?」
「ええ」
セレナは事情をすべて話さなかった。
当然だ。
黒雷石。
虚喰らい。
雷葬獣。
孤児院地下の原石。
それらを受付で話す必要などない。
「もし王都まで行く依頼があれば、受けたいの」
「王都まで……」
受付嬢が少し考え込む。
「商隊護衛でも、荷物運びでも構わないわ」
「片道でいいんですね?」
「ええ」
「人数は?」
「私とカラリン」
セレナが答え。
横を見る。
「あとマルタ」
「何で当然のように入れるんだい」
「王都行くんでしょ?」
「行くけど!」
「だったら同じじゃない」
「護衛をするなんて聞いてないよ」
受付嬢が微笑む。
「マルタ様まで同行してくださるのであれば、大変助かります」
「何がだい」
「実は」
その表情が。
少しだけ困ったものへ変わった。
「ちょうど一件、あるにはあります」
◇
「あるの?」
「はい。ただ……普通の依頼ではありません」
「危険なの?」
「可能性はあります」
受付嬢は机の下から一枚の依頼書を取り出した。
紙には、赤い印が押されている。
「本日、王都へ向けて罪人の移送が行われます」
「罪人?」
セレナの眉が僅かに動く。
「この町で拘束されていた者たちを、王都の司法機関へ引き渡すための護送です」
「何人?」
「三名」
「護衛は?」
「本来なら王都側から数名来る予定だったんですが、東部の魔物騒ぎで人員を取られてしまいまして」
(ここでも影響が出とるのか)
魔物の移動。
村の消失。
森の異変。
わしらの知らない場所でも。
確実に。
世界は揺れ始めている。
「こちらでも冒険者を募集したんですが」
受付嬢は少し困ったように笑う。
「集まりが悪くて」
「報酬が安い?」
「それも少しあります」
「少し?」
「……かなり」
(正直じゃのう)
「それに」
受付嬢の声が。
少し低くなった。
「護送対象の一人が、厄介なんです」
セレナの表情が変わる。
「強いの?」
「本人というより」
一度。
言葉を選ぶ。
「その人物を奪い返そうとする者がいる可能性があります」
「…………」
「だから、腕の立つ護衛が欲しい」
なるほど。
冒険者が集まらない理由が。
少し。
見えてきた。
報酬は高くない。
距離は長い。
しかも。
襲撃の可能性まである。
(普通なら、あまり受けたくない仕事じゃな)
だが。
わしらには。
目的地が王都であるというだけで。
十分すぎる価値がある。
「足りない護衛分は?」
セレナが尋ねる。
「ギルド職員を数人出す予定でした」
受付嬢は。
セレナ。
カラリン。
そして。
マルタ。
順番に見る。
「ですが」
にこり。
「皆さんが受けてくださるのであれば、職員を出す必要はほとんどなくなります」
「ちょっと待ちな」
マルタが口を挟む。
「あたしまで最初から戦力に入ってるね?」
「はい」
「はい、じゃないよ!」
「マルタ様が護衛に加わるなら、こちらとしては非常に心強いです」
「だからあたしは王都へ――」
「どうせ同じ道を行くんだからいいでしょ」
セレナがあっさり言う。
「良くないよ!」
「報酬も増えるわよ」
「…………」
マルタが止まった。
(効いた)
孤児院。
金貨三十枚。
その言葉が。
頭を過ったのだろう。
「……いくらだい」
受付嬢が金額を告げる。
「…………」
マルタ。
少し考える。
「し~しょ~」
カラリンが横から覗き込む。
「ろ~ぎ~ん~」
「…………」
「か~せ~げ~る~よ~」
「分かってるよ!」
◇
「受けるわ」
結局。
セレナが即決した。
「ありがとうございます!」
受付嬢の顔が明るくなる。
「出発は一刻後です。護送馬車は西門近くで待機しています」
「随分早いのね」
「本当なら、もう出る予定だったんです」
「大丈夫なの?」
「皆さんの登録と契約だけ済ませれば」
「分かった」
「それから」
受付嬢が何かを思い出したように付け加える。
「皆さん以外にも、冒険者が一名参加します」
「一人?」
「はい。昨日のうちに引き受けてくださった方です」
「どんな人?」
受付嬢は。
少し考えて。
「大きい方です」
「…………」
セレナが首を傾げた。
「何、その説明」
「会えば分かります」
(どれほど大きいんじゃ)
◇
手続きを終え。
簡単な準備を済ませる。
そのまま。
わしらは西門へ向かった。
町中を歩きながら。
わしは。
雷葬獣の言葉を。
もう一度。
思い出す。
『一つは、王の下』
(王都)
本当に。
あるのか。
王城の地下。
王家の宝物庫。
それとも。
まったく別の意味か。
分からない。
だが。
(調べんことには始まらん)
金を作る。
孤児院を守る。
黒雷石を探す。
そのための。
第一歩。
◇
西門近くまで来ると。
すぐに護送馬車が見つかった。
頑丈な造りだった。
普通の荷馬車とは違う。
窓には鉄格子。
扉には太い錠前が取り付けられ。
車輪まで補強されている。
その周囲には。
武装した兵士が数人。
馬を確認する御者。
そして。
「…………」
セレナが。
突然。
足を止めた。
(どうした?)
視線を追う。
「…………」
わしも。
黙った。
馬車の横。
一人。
いや。
(人……か?)
巨大な影。
セレナは。
決して小さくない。
百七十ほどはある。
それなのに。
その人物を見上げている。
完全に。
見上げている。
(でかい)
二メートル。
いや。
もう少しあるかもしれない。
肩幅も。
腕も。
人間のそれではない。
全身。
深緑色の鱗。
太い尾が地面近くまで伸び。
指先には黒い爪。
腰には。
人間が両手で持ちそうな大剣が一本。
そして。
顔。
(トカゲ……)
いや。
トカゲというには。
あまりにも。
迫力がある。
黄金色の瞳。
縦に細い瞳孔。
口元からは。
鋭い牙が僅かに覗いている。
「……リザードマン」
セレナが呟いた。
「う~わ~」
カラリンが。
珍しく。
素直に感心した声を出した。
「お~っ~き~い~」
巨漢が。
こちらへ顔を向ける。
黄金色の瞳。
一度。
セレナ。
カラリン。
マルタ。
そして。
最後。
わし。
見る。
「…………」
(何じゃ)
見られている。
かなり。
「あなたが」
セレナが先に声をかけた。
「今回の護衛?」
大きな頭が。
ゆっくり。
頷いた。
「そうだ」
声まで。
低い。
腹の底へ響くような。
重い声。
「名は――」
一拍。
「ガルド」
大きな手を。
胸へ当てる。
「王都まで」
黄金色の瞳が。
わしらを見回した。
「共に行く」
(ほう)
怖そうな見た目。
だが。
言葉は。
意外と丁寧だった。
「セレナよ」
「カ~ラ~リ~ン~」
「マルタだ」
三人。
それぞれ。
名乗る。
そして。
全員。
わしを見る。
(またか)
「あぅ」
「レオン」
セレナが代わりに答えた。
ガルドの瞳が。
わしへ向く。
「赤子?」
「そうよ」
「護送へ?」
「そうよ」
「…………」
長い。
沈黙。
(言いたいことは分かる)
やがて。
ガルドは。
何も言わず。
頷いた。
「そうか」
(いいんかい)
◇
「皆さん!」
後ろから。
ギルド職員の声が飛んできた。
「揃いましたね!」
護送馬車の確認をしていた男が近づいてくる。
「では、出発前の説明を――」
その瞬間。
――ガンッ!
馬車の中。
鈍い音がした。
全員。
振り返る。
「…………」
鉄格子。
暗い。
中。
誰か。
いる。
罪人。
三人。
その一人。
鉄格子の向こう。
奥。
こちら。
見ている。
(…………)
顔は。
よく見えない。
ただ。
目だけ。
分かる。
こちら。
正確には。
(わし?)
わしを。
見ている。
――トクン。
「…………!」
胸の奥。
雷葬獣と繋がった場所が。
僅かに。
脈打った。
(なんじゃ)
今の。
罪人。
そいつが。
ゆっくり。
鉄格子へ近づく。
鎖。
音。
――ジャラ。
そして。
暗闇の中から。
掠れた声。
「……雷の」
一拍。
「匂いがする」
「…………」
セレナの表情が。
変わった。
マルタも。
目を細める。
ガルドだけが。
静かに。
大剣の柄へ手を置いた。
王都へ向かうだけの。
片道任務。
そう。
思っていた。
(……どうやら)
今回も。
簡単には。
行かせてもらえんらしい。
護送馬車の扉が。
重い音を立てて。
閉じられた。




