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第49話 百十歳、世界も孤児院も諦めません

 禁域の最深部へ戻った頃には、どれほど時間が経っていたのか、もう分からなくなっていた。


 地上では朝を迎えているのかもしれない。


 けれど、幾重もの岩盤に閉ざされたこの場所に、朝も夜もなかった。


 湿り気を帯びた岩肌を淡い燐光が照らし、その遥か下――底の見えない亀裂から、時折、低い振動が伝わってくる。


 ――ドクン。


 足の裏から這い上がってくる、不快な鼓動。


 虚喰らい。


 あれはまだ、そこにいる。


 眠ったわけでも、消えたわけでもない。ただ地の底で、次の機会を待っているだけだ。


「……戻ったね」


 マルタの声が、巨大な空洞に吸い込まれていった。


 その先に、銀色の巨体が横たわっている。


 雷葬獣。


 以前なら、その姿を目にしただけで本能が逃げろと叫んでいただろう。


 だが今は、不思議と恐怖を感じなかった。


 むしろ――。


『遅かったな』


(開口一番それか)


『事実を述べただけだ』


(これでも急いだんじゃ)


『そうか』


(そうじゃ)


 相変わらず愛想のない奴である。


 もっとも、以前とは決定的に違うことが一つあった。


 声が、近い。


 黒雷石を通して頭へ流れ込んできていた頃とは違う。


 今はまるで、自分の胸の奥にもう一つの意識が住み着いたかのように聞こえる。


(……慣れるまで時間がかかりそうじゃのう)


『我もだ』


(心まで読むな)


『聞こえるのだから仕方あるまい』


 便利なのか不便なのか。


 よく分からん。


     ◇


 わしらは、雷葬獣の前に二つの黒雷石を並べた。


 一つは、リーナが百年以上にわたって持ち続けていたもの。


 もう一つは、ロイが持っていたものだ。


 二つの黒い石は、互いの存在を確かめるように淡い銀光を宿している。


「これで……二つ」


 セレナが呟く。


 期待。


 不安。


 そのどちらもが声に滲んでいた。


 リーナが一歩下がると、雷葬獣がゆっくりと頭をもたげた。


 銀色の瞳が、二つの黒雷石を見つめる。


『始める』


 次の瞬間。


 雷葬獣の身体から銀雷が迸った。


 轟音が空洞を震わせ、二つの黒雷石へ雷が落ちる。


 石が跳ねた。


 青白い光が弾けたかと思えば、そこから細い銀色の線が地面を這い始める。


 一本。


 二本。


 やがて数え切れないほどの光が枝分かれし、岩盤の奥へと吸い込まれていった。


「……繋がっていく」


 リーナが息を呑んだ。


 失われていた楔と雷葬獣との繋がり。


 それが今、少しずつ戻っている。


(これなら……)


 いけるのではないか。


 そう思った。


 だが。


『足りぬ』


 雷葬獣の一言が、その期待をあっさり打ち砕いた。


「……二つじゃ駄目なの?」


 セレナが尋ねる。


『今は我が力で無理に繋ぎ止めているに過ぎぬ。この状態では安定しない』


「どれくらい持つ?」


 マルタが聞いた。


 雷葬獣はしばらく黙っていた。


『三日』


 空洞に、沈黙が落ちた。


 三日。


 七十二時間。


 前世なら、それだけあれば出来ることはいくらでもあった。


 人を集める。


 金を動かす。


 物を運ぶ。


 だが。


 この世界では違う。


 何より厄介なのが――距離だった。


     ◇


「一番近い黒雷石は?」


 マルタが尋ねる。


『北東にある』


 雷葬獣が示した方角を聞いたリーナが、すぐに首を振った。


「……無理」


「どれくらい?」


「急いでも片道五日はかかる」


 マルタの眉間に深い皺が刻まれた。


「他には?」


『さらに遠い』


「転移は?」


「この距離じゃ無理だね」


 マルタが吐き捨てるように答えた。


 馬を使おうが。


 休まず走ろうが。


 どうにもならない。


 三日以内に三つ目を用意しなければならない。


 なのに、一番近い黒雷石ですら、辿り着くだけで五日。


(……時間だけは、どうにもならんか)


 前世でもそうだった。


 金が足りなければ借りればいい。


 人が足りなければ雇えばいい。


 技術が足りなければ、持っている人間を探せばいい。


 だが。


 時間だけは。


 誰からも借りられない。


「何か……」


 セレナが呟いた。


「何か方法はないの?」


 誰も答えられなかった。


 マルタでさえ。


 リーナでさえ。


 沈黙していた。


 その時だった。


 ――ガチャリ。


 金属の擦れる音がした。


     ◇


 振り返る。


 少し離れた場所に、一体の鎧が立っていた。


(……お前)


 古代の鎧。


 昨日。


 わしを殺すために現れた存在。


 古の賢者によって作られ、遥かな時を越えてなお動き続けている、名もなき鎧。


 そいつが今。


 自らの胸へ右手を当てていた。


「……何をしてるの?」


 セレナが怪訝そうに眉を寄せる。


 古代の鎧は答えない。


 ただ、胸部装甲の隙間へ指を掛けた。


 ――ガチ。


 留め具が外れる。


「……?」


 ――ガチャ。


 二つ目。


 そして。


 ――ガチャリ。


 最後の留め具が外れ、分厚い胸部装甲がゆっくりと開いた。


 その奥から。


 淡い青白い光が零れた。


「……黒雷石?」


 セレナが呟く。


(いや)


 似ている。


 だが、違う。


 黒雷石より色が薄く、内部を走る光も弱い。


 それでも。


 あの力だけは。


 間違えようがなかった。


『……なるほど』


 雷葬獣が呟いた。


(知っとるのか?)


『古の賢者が残したものだ』


 銀色の瞳が、鎧の胸を見つめる。


『我が楔を模して作られた、模造品』


「レプリカってことかい?」


 マルタが問う。


『お前たちの言葉なら、そうなる』


 リーナが青白い核へ近づく。


「楔の代わりになる?」


『本物には及ばぬ』


「それでも」


 リーナが食い下がった。


「三つ目として使える?」


 僅かな沈黙。


『……使える』


「本当!?」


 セレナの表情が明るくなる。


 しかし。


『短期間ならば、だ』


 雷葬獣の声は重かった。


 それでも。


 今のわしらには十分だった。


 三日。


 その絶望的な期限を越えられるのなら――。


「なら、それを――」


 セレナが言いかけて。


 止まった。


 古代の鎧が。


 胸の核へ指を掛けたからだ。


「……待って」


 セレナの表情が変わった。


「それ」


 一歩近づく。


「外して大丈夫なの?」


 古代の鎧は答えなかった。


 代わりに。


 雷葬獣が答えた。


『否』


「…………え?」


『それは』


 銀色の瞳が。


 古代の鎧へ向けられる。


『そやつの心臓だ』


     ◇


 誰も動かなかった。


「……心臓?」


 セレナが呟く。


『あの核から供給される力によって、そやつは動いている』


「じゃあ……」


 リーナが青ざめる。


「外したら?」


『二度と動かぬ』


 意味を理解した瞬間。


「駄目!」


 セレナが叫んだ。


「そんなの駄目よ! 別の方法を探す!」


 マルタも一歩前へ出る。


「三日ある。まだ何か――」


『三日しかありません』


 古代の鎧が。


 静かに言った。


 誰も。


 言葉を返せなかった。


『最も近い楔まで五日』


 淡々とした声だった。


 感情など。


 初めから持っていないかのように。


『間に合いません』


「だからって」


 セレナが首を振る。


「あなたが消える必要なんてないでしょう!」


『あります』


 即答だった。


『我は、そのために残された』


「…………」


『古の賢者より与えられた命は』


 鎧の手が。


 胸の奥へ入っていく。


『この時のために』


 青白い光を掴む。


『ある』


「待ちな!」


 マルタが手を伸ばした。


 だが。


 遅かった。


 ――ガチャリ。


 古代の鎧は。


 自らの心臓を引き抜いた。


     ◇


 青白い光が空洞を照らした。


 同時に。


 鎧の身体から、何かが抜け落ちた。


 ほんの僅か。


 立っている。


 けれど。


 もう。


 力が入っていない。


 ――ガシャン。


 片膝が地面へ落ちる。


「っ……!」


 セレナが駆け寄る。


 古代の鎧は。


 そんな彼女を見ようともせず。


 残された力で。


 腕を伸ばした。


 わしへ。


「…………」


 掌の上。


 青白く輝く。


 模造黒雷石。


『レオン』


 初めてだった。


 こいつが。


 わしの名前を呼んだのは。


(……なんじゃ)


 昨日。


 こいつは。


 わしを殺そうとした。


 話など通じない。


 ただ使命だけを遂行する。


 そういう存在だと思っていた。


 なのに。


 今。


 その同じ手で。


 自らの命を。


 わしへ差し出している。


『我が命』


 鎧の瞳から。


 青白い光が。


 少しずつ失われていく。


 それでも。


 差し出した腕だけは。


 最後まで下げなかった。


『お使いください』


「…………」


 わしは。


 小さな手を伸ばした。


 その掌へ触れる。


 冷たい。


 金属なのだから。


 当たり前だ。


 なのに。


 なぜか。


 人の手より。


 温かく感じた。


 模造黒雷石を。


 受け取る。


 ――トクン。


 小さな鼓動。


 それが。


 最後だった。


 鎧の瞳から。


 光が消える。


 伸ばされていた腕が。


 ゆっくり。


 落ちていく。


 ――ガシャン。


 そして。


 二度と。


 動かなかった。


     ◇


 静寂が、痛かった。


 昨日まで。


 敵だった。


 名前すら知らない。


 こいつが。


 何を考え。


 何を感じていたのかも。


 結局。


 ほとんど分からなかった。


 それでも。


 最後の言葉だけは。


 分かる。


 命を使え。


 そのために。


 自分はここにいる。


(……馬鹿者が)


 わしは、動かなくなった鎧を見つめた。


 百十年も生きていると。


 嫌でも。


 多くの死を見る。


 家族。


 友人。


 仕事仲間。


 名前すら覚えていない人間まで。


 何人。


 見送っただろう。


 だが。


 慣れたことなど。


 一度もない。


 わしは目を閉じた。


 手を合わせることすらできない、小さな身体。


 だから。


 心の中だけで。


 静かに。


 手を合わせた。


(お前の命)


 一度。


 深く。


 頭を下げる。


(無駄にはせんぞ)


     ◇


 三つ目の核が、雷葬獣の前へ置かれた。


 リーナの黒雷石。


 ロイの黒雷石。


 そして。


 古代の鎧が残した、模造黒雷石。


 三つの石が。


 ほぼ同時に。


 淡い光を宿した。


『始める』


 雷葬獣が前脚を地面へ沈める。


 瞬間。


 銀雷が爆ぜた。


 轟音と共に、三つの石から光が伸びていく。


 岩盤を走り。


 地の底へ潜り。


 失われていた道を繋いでいく。


 ――ドクンッ!


 地下から。


 虚喰らいの鼓動が返ってきた。


 怒っている。


 そう思った。


 大地が震える。


 亀裂から黒いものが滲み出そうとする。


 だが。


 銀雷が。


 それを押し返した。


 ――ドクンッ!


 ――トクンッ!


 虚喰らい。


 黒雷石。


 まるで。


 二つの心臓が。


 互いを押し潰そうとしているようだった。


 そして。


 少しずつ。


 地下の鼓動が。


 遠ざかっていく。


 ――ドクン。


 ――ドク……。


 やがて。


 何も。


 聞こえなくなった。


「……止まった?」


 セレナが恐る恐る尋ねる。


『否』


 雷葬獣は。


 地の底を見つめたまま。


 答えた。


『眠っただけだ』


 それでも。


 初めてだった。


 この地下へ来てから。


 あの気味の悪い鼓動が。


 完全に消えたのは。


 誰かが。


 小さく息を吐いた。


 わしも。


 ようやく。


 胸の奥に溜まっていた息を吐く。


(……終わった)


 いや。


 違う。


 終わってはいない。


 それは。


 すぐに分かった。


 ――ピシ。


 小さな音。


 見る。


 模造黒雷石。


 その表面へ。


 細い亀裂が走っていた。


「……まさか」


 リーナが顔を強張らせる。


『やはり』


 雷葬獣は驚かなかった。


『本物ほどの強度はない』


「どれくらい持つ?」


 マルタが尋ねる。


『分からぬ』


「直せないのかい?」


『無理だ』


「作り直すことは?」


『それも不可能だ』


 雷葬獣の視線が。


 動かなくなった古代の鎧へ向けられる。


『これを作った者は』


 一拍。


『とうに死んでいる』


「古の賢者……」


 リーナが呟く。


『そうだ』


 マルタが。


 深く。


 ため息を吐いた。


「つまり」


 模造黒雷石を見る。


「今すぐ世界が終わる危機は脱した」


『ああ』


「でも、いつまた壊れるか分からない」


『そういうことだ』


「…………」


(休ませてくれんのう)


 思わず。


 心の中でぼやいた。


『同感だ』


(だから心を読むな)


     ◇


「なら、やることは決まったね」


 マルタが杖を持ち直した。


「次の黒雷石を探す」


「うん」


 リーナも頷く。


「今度は本物を」


『急げ』


(分かっとる)


 ひとまず。


 時間はできた。


 古代の鎧が。


 命と引き換えに。


 作ってくれた時間だ。


 なら。


 一秒だって。


 無駄にはできない。


 次の黒雷石を探す。


 それでいい。


 そう。


 思っていた。


「…………」


 セレナの様子に気づくまでは。


     ◇


「セレナ?」


 リーナが声をかける。


「……何でもない」


「何でもない顔じゃないね」


 マルタが言った。


「何かあるなら言いな」


「…………」


 セレナは答えなかった。


 わしを抱いた腕へ。


 少しだけ。


 力が入る。


 そして。


 長い沈黙のあと。


「……孤児院」


 小さく呟いた。


「え?」


「孤児院の期限」


 その言葉で。


 わしも思い出した。


(…………あ)


 世界が。


 滅びる。


 虚喰らいが。


 目覚める。


 黒雷石が。


 足りない。


 そんな話ばかりだったせいで。


 完全に。


 頭から抜け落ちていた。


 孤児院。


 土地の問題。


 期限までに金を用意できなければ。


 わしらの帰る場所が。


 なくなる。


「もう……ほとんど時間がない」


 セレナが俯く。


「でも」


 足元。


 その遥か下。


 眠っている虚喰らいを意識するように。


 地面を見る。


「黒雷石を探さなきゃ」


「…………」


「世界が危ないんだから」


 自分へ言い聞かせるような声だった。


「孤児院なんかと……比べるまでもないじゃない」


 その言葉が。


 妙に。


 胸へ引っ掛かった。


     ◇


(孤児院なんか、か)


 理屈なら。


 正しい。


 世界と。


 孤児院。


 一つ。


 どちらを守るか。


 そんなもの。


 考えるまでもない。


 だが。


 あの場所は。


 ただの建物ではない。


 セレナにとって。


 百年以上。


 失い続けた末に。


 ようやく手に入れた。


 帰る場所。


 そして。


 わしにとっても。


(いつの間にか)


 そうだった。


 ロイ。


 ミナ。


 リリ。


 ライカ。


 みんながいる。


 わしらの。


(家じゃ)


「馬鹿だね」


 マルタの声がした。


「……え?」


 セレナが顔を上げる。


「あんた」


 マルタは呆れたように眉を上げた。


「何で勝手に、どっちか捨てようとしてるんだい」


「だって……」


「世界か孤児院か?」


「…………」


「そんなもん」


 マルタは鼻で笑った。


「両方救えばいいだろ」


「……簡単に言わないでよ」


「簡単だよ」


「どこがよ!」


 セレナの声が。


 久しぶりに。


 少しだけ強くなった。


 マルタは。


 そんな彼女を見て。


 口元を緩めた。


「孤児院一つ救えない奴が」


 一拍。


「世界なんて救えるかい」


「…………」


 セレナが目を丸くする。


 その隣で。


 カラリンが。


 ゆっくり手を挙げた。


「し~しょ~」


「何だい」


「い~ま~の~」


 一拍。


「ちょ~っ~と~か~っ~こ~い~い~」


「ちょっとは余計だよ」


「め~ず~ら~し~い~」


「カラリン」


「は~い~」


「後で覚えてな」


「ひ~ど~い~」


 リーナが。


 小さく吹き出した。


 それを見て。


 セレナも。


 とうとう。


 笑った。


「……何よ、それ」


 ほんの少し。


 目元には。


 涙が浮かんでいた。


     ◇


「帰るよ」


 マルタが踵を返した。


「……どこに?」


 セレナが聞く。


 マルタは。


 当然のことのように答えた。


「孤児院」


「黒雷石は?」


「探す」


「孤児院は?」


「救う」


「だから、どうやって両方――」


「それを考えるために帰るんだろうが」


 マルタが振り返る。


「一人で全部考える癖、そろそろやめな」


「…………」


 セレナは。


 何も言わなかった。


 ただ。


 わしを抱く腕から。


 少しだけ。


 力が抜けた。


「わ~た~し~も~」


 カラリンが言う。


「私も」


 リーナも続いた。


 そして。


 三人。


 こちらを見る。


(わしか)


「あぅ」


 マルタが笑う。


「ほら。坊やもやる気だ」


(相変わらず都合のいい通訳じゃ)


 だが。


 今回は。


 否定する気はなかった。


     ◇


 孤児院を守る。


 黒雷石を探す。


 虚喰らいを封じる。


 三つ。


 全部。


 やる。


(……上等じゃ)


 前世。


 会社をやっていた頃。


 問題というものは。


 不思議なくらい。


 順番には来なかった。


 資金繰りが苦しい時に限って。


 機械が壊れる。


 人手が足りない時に限って。


 大口の仕事が来る。


 納期が迫っている時に限って。


 取引先で問題が起きる。


 昔。


 部下が。


 泣きそうな顔で聞いてきたことがあった。


『社長』


『どれから片づけます?』


 その時。


 わしは。


 何と答えたか。


 今でも覚えている。


(全部じゃ)


 優先順位はつける。


 順番も決める。


 人も振り分ける。


 だが。


 最初から。


 どれかを捨てる必要などない。


     ◇


 わしらは、地下から地上へ続く道を歩き始めた。


 先頭はマルタ。


 その後ろをカラリンとリーナが歩き。


 最後に。


 わしを抱いたセレナ。


 途中。


 一度だけ。


 振り返った。


 古代の鎧。


 片膝をついた姿勢のまま。


 もう。


 動かない。


 胸には。


 大きな穴が開いている。


 それでも。


 不思議と。


 倒れなかった。


 まるで。


 最後まで。


 この場所を。


 守っているように見えた。


(……待っとれ)


 わしは。


 その姿を。


 目に焼きつける。


(お前さんがくれた時間じゃ)


 絶対に。


(無駄にはせん)


 そして。


 前を向いた。


     ◇


 まずは。


 孤児院へ戻る。


 金を用意し。


 土地を守る。


 そのうえで。


 次の黒雷石を探す。


(問題は)


 金じゃな。


 孤児院を買い戻すために必要な額は。


 到底。


 今のわしらに用意できるものではない。


 しかも。


 時間もない。


 普通に考えれば。


 無理。


(……普通なら、な)


 そこで。


 久しぶりに。


 前世の感覚が。


 頭をもたげた。


 百十年。


 会社を経営した。


 金がない。


 時間がない。


 人が足りない。


 そんな言葉を。


 何度聞いたか。


 分からない。


 そのたび。


 どうやって。


 金を作るか。


 どうやって。


 人を動かすか。


 考え続けてきた。


 今のわしには。


 身体こそ。


 赤ん坊しかない。


 だが。


 頭の中には。


 百十年分。


 残っている。


(……待てよ)


 ふと。


 ある考えが浮かんだ。


 孤児院。


 土地。


 金。


 黒雷石。


 そして。


 世界中へ。


 散らばっている楔。


「…………」


 点だったものが。


 一つ。


 線になった。


(もしかすると)


 孤児院を救うことと。


 黒雷石を探すこと。


(同時にできるんじゃないか?)


「レオン?」


 セレナが。


 わしの顔を覗き込んだ。


「……何、その顔」


「あぅ」


「絶対、何か変なこと考えてるでしょ」


(失礼な)


 変なことではない。


 ただ。


 少しばかり。


 大きな商売を。


 思いついただけじゃ。


 わしは。


 セレナの腕の中で。


 僅かに口元を緩めた。


(さて)


 世界を救うために。


 黒雷石を探す。


 孤児院を救うために。


 金を作る。


 なら。


(その二つを)


 一つにしてしまえばいい。


 剣も。


 魔法も。


 わしには使えない。


 だが。


 こっちなら。


 話は別だ。


 前世で。


 百年以上。


 嫌というほど。


 やってきた。


(久しぶりに)


 胸の奥が。


 少しだけ。


 熱くなる。


(商売でもするかのう)


 世界を救うための戦いは。


 ひとまず。


 古代の鎧が。


 命を賭して繋いでくれた。


 なら。


 次は。


 わしの番だ。


 まずは。


 帰る場所を守る。


 孤児院を巡る。


 もう一つの戦いが。


 始まろうとしていた。

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