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第47話 百十歳、長すぎた人生の意味を知ります

 地の底から響いていた轟音が、少しずつ遠ざかっていった。


 完全に静まったわけではない。


 足元にはまだ、かすかな震動が残っている。


 天井から細かな砂が落ち、崩れた石の欠片が乾いた音を立てながら転がっていく。


 それでも。


 先ほどまで肌を刺すように満ちていた圧迫感は、ほんの少しだけ薄れていた。


 虚喰らいが消えたわけではない。


 眠りについたわけでもない。


 ただ。


 雷葬獣が、再び地の底へ押し戻した。


 それだけだ。


『……まだ終わってはいない』


 頭の奥へ、低い声が響いた。


(分かっとる)


 わしは小さく息を吐く。


 もう胸元に黒雷石はない。


 砕けた石は銀色の光となり、すべてわしの中へ溶け込んだ。


 それなのに。


 いや。


 だからこそなのか。


 雷葬獣の声は、以前よりもずっと近かった。


 声だけではない。


 あの巨大な獣が何を見ているのか。


 どこを痛めているのか。


 何を警戒しているのか。


 ぼんやりとではあるが、自分のことのように伝わってくる。


(……妙な感じじゃのう)


『我も同じだ』


(心を読むな)


『聞こえるのだ』


(それを読むと言うんじゃ)


『知らぬ』


(お前、案外面倒な奴じゃな)


『…………』


 黙った。


 都合が悪くなると黙るところまで、妙に人間臭い。


 そんなことを考えていると。


「レオン」


 頬に、柔らかな手が触れた。


     ◇


 顔を上げる。


 セレナだった。


 青ざめた顔で、わしを覗き込んでいる。


「本当に大丈夫?」


「あぅ」


「苦しくない?」


「あぅ」


「どこか痛くない?」


「あぅ」


「胸は?」


「あぅ」


「頭は?」


「あぅ」


(全部聞くつもりか?)


 わしが呆れていると。


「その聞き方じゃ、何を聞いても同じ返事しか返ってこないよ」


 横からマルタの呆れ声が飛んできた。


「でも!」


「分かったから少し貸しな」


「嫌」


「診るだけだよ」


「ここで診て」


「過保護にもほどがあるね」


「うるさい」


(どっちもどっちじゃな)


 結局。


 わしはセレナに抱かれたまま、マルタの診察を受けることになった。


 杖の先が額へ近づき。


 淡い光が灯る。


「冷たっ」


「あぅっ!」


「動くんじゃない」


(先に言え!)


 光が。


 ゆっくり身体の中へ染み込んでいく。


 胸。


 腹。


 腕。


 脚。


 温度とも痛みとも違う。


 身体の奥を誰かに覗かれているような、不思議な感覚だった。


 やがて。


 マルタの眉間に、深い皺が寄った。


「……変だね」


「何が!?」


 セレナが食いつく。


「近い近い」


 マルタがその顔を片手で押し退けた。


「身体そのものは問題ない」


「じゃあ何?」


「魔力の流れだよ」


 杖の先が、わしの胸へ向けられる。


「前までは、黒雷石から坊やへ流れ込んでいた」


「今は?」


「逆だ」


「……逆?」


「いや」


 マルタは首を振った。


「それもちょっと違うね」


 しばらく。


 わしの胸を見つめる。


 そして。


「黒雷石がなくなったのに、同じ場所から力が湧いてる」


「…………」


「まるで」


 一度。


 言葉を探し。


「坊や自身が、黒雷石になったみたいだ」


(嫌な言い方じゃな)


『だが、近い』


(お前まで言うな)


     ◇


「正確には違う」


 静かな声がした。


 リーナだった。


 少し離れた石壁へ背を預け、荒い呼吸を整えている。


 百年以上。


 虚喰らいに蝕まれながら戦い続けてきた女。


 さすがの彼女も、今は疲労を隠しきれていなかった。


「黒雷石になったんじゃない」


 そう言って。


 わしを見る。


「必要なくなったの」


「何が?」


 セレナが尋ねる。


「楔が」


「…………」


「今までは、黒雷石を通して雷葬獣と繋がってた」


 リーナの視線が。


 巨大な銀色の獣へ移る。


「でも今は」


 一拍。


「直接繋がってる」


 セレナが、わしを抱く腕に力を込めた。


「元に戻せる?」


「分からない」


「切れる?」


「たぶん無理」


「外せないの?」


「もう外すものがないよ」


「じゃあ……」


 セレナの顔が、さらに曇る。


「この子はずっと、このままなの?」


「分からない」


「また分からない?」


「お姉ちゃん」


 リーナが困ったように笑う。


「私だって、全部知ってるわけじゃない」


「…………」


「怖いのは分かるけど」


 その一言で。


 セレナは黙った。


 わしを抱く腕だけが。


 ほんの少し。


 震えていた。


「あぅ」


 小さな手を伸ばす。


 頬へ触れる。


「……何?」


(大丈夫じゃ)


「あぅ」


「…………」


 伝わったかどうかは分からない。


 けれど。


 セレナの指から。


 少しだけ力が抜けた。


     ◇


「それより」


 マルタの声が低くなった。


「あんた」


 視線の先。


 古びた鎧が立っている。


 人の姿をしている。


 けれど。


 中に人はいない。


 古代の術によって動き続ける。


 守護者。


 先ほど。


 その守護者は確かに。


 わしを見て。


 こう呼んだ。


 ――神崎源一郎。


(…………)


 改めて考えると。


 あり得ない。


 この世界で。


 その名前を知る者など。


 いるはずがない。


 神ですら。


 今のわしをレオンと呼ぶ。


「説明してもらおうか」


 マルタが杖を床へつく。


「どうして」


 わしを指す。


「この坊やのことを知ってる?」


 守護者は。


 しばらく動かなかった。


 兜の奥で。


 青白い光だけが揺れている。


 やがて。


『照合中』


「何を?」


『魂紋』


「……魂紋?」


 初めて聞く言葉だった。


 マルタだけではない。


 リーナまで眉をひそめている。


『照合完了』


 青白い光が。


 真っ直ぐ。


 わしへ向く。


『一致』


 一拍。


『神崎源一郎』


「…………」


「かんざき……?」


 セレナが小さく呟く。


「げ~ん~い~ち~ろ~う~?」


 カラリンまで続く。


(やめんか)


 前世の名前を。


 異世界の女たちに囲まれて復唱されるというのは。


 思った以上に恥ずかしい。


     ◇


「その名前は何?」


 セレナが尋ねた。


 当然。


 わしには答えられない。


「あぅ」


「……誤魔化した?」


(違うわ)


 守護者が続ける。


『記憶情報――不一致』


『肉体情報――不一致』


『個体情報――不一致』


 マルタが目を細めた。


「つまり?」


『同一個体ではない』


(いや、本人なんじゃが)


「じゃあ」


 セレナがわしを見る。


「レオンは、そのカンザキって人じゃないの?」


『否定』


(だから本人じゃ!)


 だが。


 次の言葉で。


 わしも黙った。


『ただし』


 一拍。


『魂紋のみ完全一致』


「……魂紋って何なのさ」


 マルタが尋ねる。


『第十三接続機構への適合形状』


「もっと分かりやすく」


『雷葬獣との完全接続に耐えうる魂の形』


 その瞬間。


 空気が変わった。


     ◇


「魂の……形?」


 リーナが呟く。


『肯定』


「そんなもの、生まれつき決まってるの?」


『否定』


「じゃあ?」


『形成される』


「何で?」


 守護者は。


 わしを見た。


『生』


 一つ。


 言葉が落ちる。


『経験』


 また一つ。


『喪失』


『選択』


『後悔』


『責任』


『孤独』


 地下空間へ。


 一つずつ。


 静かに。


 言葉が落ちていく。


『それらすべてが』


 一拍。


『魂の形を変える』


「…………」


 わしは。


 何も言えなかった。


     ◇


 百十年。


 長かった。


 本当に。


 長かった。


 戦争があった。


 家族を失った。


 生きるために働いた。


 清掃をした。


 警備をした。


 人に頭を下げた。


 誰かに怒鳴られた。


 会社を作った。


 人を雇った。


 失敗した。


 騙された。


 判断を誤った。


 それでも。


 また立て直した。


 金を稼いだ。


 会社を大きくした。


 人に任せることを覚えた。


 誰かを守れたこともある。


 守れなかったこともある。


 年を取った。


 気づけば。


 自分より年下の人間が。


 一人。


 また一人。


 先にいなくなった。


 最後は。


 一人だった。


 それでも。


 百十歳まで生きた。


(あれが……)


 ただ。


 長かっただけではない。


 あの全部が。


(わしを作った?)


     ◇


『適合条件』


 守護者の声が続く。


『雷葬獣の精神負荷へ耐えること』


『長期接続により自己を見失わぬこと』


『他者の痛覚』


『記憶』


『感情』


『後悔』


 青白い光が。


 静かに揺れる。


『それらを受け入れ』


 一拍。


『なお、自らを保てること』


「そんなの……」


 セレナが呟く。


「普通の人には無理じゃない」


『過去十二例』


 一拍。


『全例失敗』


「…………」


(おい)


 急に。


 嫌な話になった。


「失敗って?」


 マルタが聞く。


『精神崩壊』


 一つ。


『人格混濁』


 二つ。


『死亡』


「…………」


 静かになった。


 非常に。


 静かになった。


     ◇


「切って」


 セレナが言った。


「今すぐ切って!」


『不可能』


「何で!」


『接続完了済み』


「戻して!」


『不可能』


「ふざけないで!」


「お姉ちゃん!」


 リーナが腕を掴む。


「落ち着いて!」


「これのどこで落ち着けって言うの!」


 セレナの声が地下空間に響く。


「そんな危険なものだって聞いてない!」


 その瞳が。


 わしへ向く。


「この子、死ぬかもしれなかったのよ!」


 ……まあ。


 確かに。


 そこは。


 先に言ってほしかった。


『訂正』


 守護者が言った。


「何!」


『全員が死亡したわけではない』


「…………」


『死亡七』


『精神崩壊三』


『人格混濁二』


「もっと悪いわよ!」


(その通りじゃ)


 珍しく。


 完全に。


 意見が一致した。


     ◇


「でも」


 リーナが。


 わしを見る。


「レオンは違う」


「今は大丈夫ってだけでしょ?」


「違う」


「何が?」


「完全接続は」


 リーナの顔が真剣になる。


「繋がった瞬間が、一番危険なの」


「…………」


「耐えられないなら」


 一拍。


「もう、とっくに壊れてる」


 セレナの顔が止まる。


「でもこの子」


 リーナが。


 わしを見る。


「繋がった直後から」


 一瞬。


 妙な間。


「雷葬獣と喧嘩してた」


「…………」


(見られておったのか?)


『声は聞こえていない』


(なら何で分かる)


『顔だろう』


(わしの顔で分かるか普通)


「つまり」


 マルタが顎へ手を当てる。


「成功した?」


『肯定』


 守護者が答える。


『完全適合』


 今度は。


 別の意味で。


 誰も何も言わなかった。


     ◇


「どうして?」


 マルタが尋ねる。


『解析中』


 青白い光が。


 一度。


 弱くなる。


 そして。


『推定』


 一拍。


『魂年齢』


「魂……年齢?」


『百十年』


「…………」


 わしの身体が。


 硬直した。


     ◇


「百十……?」


 セレナが。


 わしを見る。


「何それ」


『肉体年齢ではない』


「じゃあ?」


『魂が保持する生の総量』


(まずい)


 セレナ。


 見る。


 わし。


 見る。


 マルタ。


 見る。


 リーナ。


 見る。


 カラリン。


 見る。


(全員見るな)


「つまり」


 セレナが。


 ゆっくり。


 口を開く。


「レオンって」


(やめろ)


「百十歳なの?」


「あぅっ!」


 違う!


 いや。


 違わない。


 しかし。


 今は。


 違うと言わせろ!


「お~じ~い~ちゃ~ん~?」


「あぅっ!!」


(カラリン!)


「確かに」


 マルタが顎を撫でる。


「時々、妙に年寄り臭いとは思ってた」


(おい)


「……それは分かる」


 セレナまで頷く。


(お前まで!)


 リーナが。


 ほんの少しだけ笑った。


「百十歳の赤ちゃん」


(字面が酷い)


     ◇


 けれど。


 わしは。


 少しだけ。


 別のことを考えていた。


 百十年。


 あれほど長く。


 最後には。


 ただ時間が過ぎているようにすら感じた人生。


 若い頃は。


 生きることだけで精一杯だった。


 会社を作ってからは。


 働くことばかり考えていた。


 年を取ってからは。


 今日も生きた。


 明日も起きた。


 そんな日々になった。


(意味があったんじゃな)


 全部。


 無駄ではなかった。


 苦しかったことも。


 失ったものも。


 後悔も。


 長すぎる孤独も。


 それらが。


 わしという人間を作った。


 そして。


 今。


 何千年も一人で戦ってきた。


 この怪物と。


 肩を並べるための。


 力になった。


『怪物ではない』


(そこは聞こえるのか)


『聞こえる』


(面倒じゃなあ)


 でも。


 口元が。


 少しだけ緩んだ。


     ◇


『問題』


 守護者の声が響いた。


 空気が。


 再び。


 引き締まる。


「まだあるのかい」


 マルタが嫌そうに尋ねる。


『完全接続成立により』


 一拍。


『雷葬獣の制限解除が可能』


「…………」


 リーナの表情が変わった。


「完全解放?」


『肯定』


 その一言で。


 今度こそ。


 全員が黙った。


     ◇


「解放したら」


 セレナが雷葬獣を見る。


「虚喰らいに勝てるの?」


『不明』


「……不明?」


『虚喰らいの現在出力』


『算定不能』


 マルタが腕を組む。


「じゃあ雷葬獣を解放した場合は?」


『対抗可能性上昇』


「どれくらい?」


『不明』


「本当に使えないね、あんた」


『…………』


(守護者が黙った)


 少しだけ。


 可哀想になった。


     ◇


『だが』


 雷葬獣の声が。


 頭の奥へ落ちた。


(なんじゃ)


『解放するな』


「…………」


 わしは。


 巨大な銀色の獣を見る。


(なぜじゃ)


『必要ない』


(お前の力が戻れば)


『駄目だ』


 強い。


 拒絶。


 今まで。


 聞いたことがないほどだった。


(理由を言え)


『…………』


(雷葬獣)


 長い。


 沈黙。


 そして。


 ようやく。


『我は』


 一拍。


『一度』


 銀色の瞳が。


 静かに閉じた。


『地上を焼いた』


     ◇


(何?)


 そう思った瞬間。


 世界が。


 変わった。


     ◇


 空が。


 黒い。


 今いる地下ではない。


 遥か昔。


 地上。


 大地は割れ。


 地面から黒いものが溢れている。


 虚喰らい。


 今より。


 ずっと多く。


 ずっと。


 地上へ出ている。


 人々が逃げている。


 エルフ。


 人間。


 見たことのない種族。


 誰も。


 彼も。


 ただ。


 逃げている。


 その中心。


 銀色の獣。


 雷葬獣。


 まだ。


 傷一つない。


 角も。


 欠けていない。


 全身から。


 今とは比較にならないほどの雷が溢れている。


『退け!』


 誰かが叫ぶ。


『これ以上は!』


 だが。


 雷葬獣は。


 吠えた。


 次の瞬間。


 世界が。


 白くなった。


     ◇


 山が消えた。


 森が消えた。


 川が。


 蒸発した。


 そして。


 その場所にいた。


 人も。


 街も。


 全部。


 消えた。


     ◇


「――っ!」


 意識が戻った。


 息が。


 上手くできない。


「レオン!?」


 セレナが顔を覗き込む。


「あ……ぅ……」


(今の……)


『我だ』


 雷葬獣の声。


 静かだった。


『我がやった』


 何千年も経った。


 今も。


 その声には。


 後悔があった。


     ◇


『虚喰らいを止めるためだった』


 一拍。


『そう言えば』


『許されるのかもしれぬ』


 銀色の瞳が。


 地下の闇へ向く。


『だが』


『我には』


 一拍。


『そう思えなかった』


(…………)


『だから』


 ようやく。


 わしにも。


 分かった。


 十二の楔。


 黒雷石。


 なぜ。


 雷葬獣の力を分けた。


 なぜ。


 これほど強大な存在を。


 縛る必要があった。


(まさか)


『そうだ』


 雷葬獣が答える。


『我から頼んだ』


(賢者たちに?)


『我を』


 一拍。


『縛れ、と』


     ◇


 雷葬獣は。


 封じられた怪物ではなかった。


 少なくとも。


 無理やり。


 封印されたのではない。


 自分で。


 鎖を選んだ。


 世界を守るため。


 だけではない。


 自分が。


 もう一度。


 世界を傷つけないために。


(…………)


 わしは。


 しばらく。


 何も言えなかった。


 そして。


(馬鹿じゃのう)


『……何?』


(お前は)


 一拍。


(本当に馬鹿じゃ)


『お前に何が分かる』


(分かる)


 雷葬獣の声が。


 止まった。


(分かるよ)


     ◇


 百十年。


 生きれば。


 失敗も増える。


 後悔も増える。


 あの時。


 違う判断をしていれば。


 あの人に。


 あんな言葉を言わなければ。


 あそこで。


 もう少し。


 誰かに頼れていれば。


 そんなこと。


 いくらでもある。


 だが。


(失敗したからって)


 わしは。


 雷葬獣を見る。


(次も同じ失敗をするとは限らん)


『…………』


(お前は)


 一度。


 失敗した。


(なら今度は)


 一拍。


(違うやり方をすればいい)


『簡単に言う』


(簡単な話じゃ)


『何千人も死んだ』


(知っとる)


『我が殺した』


(それも知っとる)


『なら――』


(じゃから)


 わしは。


 小さな拳を握った。


(今度は一人でやるな)


 雷葬獣が。


 黙った。


(暴れそうになったら)


『……?』


(わしが止める)


 さらに。


 長い。


 沈黙。


『お前が?』


(そうじゃ)


『赤子が?』


(魂は百十歳じゃ)


『肉体は赤子だ』


(うるさい)


『我の爪より小さい』


(やかましい)


『踏めば死ぬ』


(踏むな!)


 その瞬間。


 何かが。


 流れ込んできた。


 感情。


 微かな。


 でも確かな。


 温かい。


 もの。


(……お前)


『何だ』


(今、笑ったか?)


『知らぬ』


(嘘つけ)


 雷葬獣は。


 答えなかった。


     ◇


 ――ドクン。


 虚喰らいの鼓動が響いた。


 忘れていたわけではない。


 話をしている間も。


 ずっと。


 地の底で。


 こちらを狙っている。


『警告』


 守護者の声。


『封印強度――低下継続』


 マルタが振り返った。


「あとどれくらい持つ?」


『現状維持の場合』


 一拍。


『推定七十二時間』


 誰も。


 すぐには言葉を出せなかった。


「……三日?」


 セレナの声。


『肯定』


「三日後に?」


『虚喰らい』


 一拍。


『地上到達』


     ◇


 三日。


 長いようで。


 何かを。


 世界を。


 どうにかするには。


 あまりにも短い。


「雷葬獣を解放するしかないの?」


 リーナが尋ねた。


『選択肢――一』


「他は?」


『選択肢――二』


 マルタの目が鋭くなる。


「あるのかい」


『十二の楔』


 一拍。


『再接続』


「…………」


 空気が変わった。


『失われた楔を回収』


『封印網を再構築』


『雷葬獣を完全解放せず』


『虚喰らいの再封印が可能』


(それなら)


 雷葬獣は。


 自分を解き放つ必要がない。


 再び。


 あの惨劇を。


 繰り返す危険も減る。


「全部集めるの?」


 セレナが尋ねる。


『否定』


 全員。


 少しだけ。


 息を吐いた。


『必要最低数――三』


「三つ」


 リーナが呟く。


「今ここにあるのは?」


『一』


 守護者の視線が。


 リーナの胸元。


 黒雷石へ向く。


「あと二つ……」


 マルタが考える。


「三日で?」


『肯定』


     ◇


「一番近いものは?」


 セレナが尋ねた。


『検索』


 守護者の瞳が。


 青く。


 強く。


 輝く。


 長い沈黙。


 そして。


『一基確認』


「場所は?」


『地上』


「それは分かってるよ」


 マルタが苛立つ。


『北西』


「距離は?」


『約――』


 声が。


 不意に。


 途切れた。


『…………』


「どうしたの?」


『所有者情報』


「所有者?」


『照合中』


 一拍。


『照合完了』


 青白い光が。


 静かに。


 わしへ向く。


『所有者』


 そして。


 告げられた名に。


 わしは。


 一瞬。


 意味を理解できなかった。


『――ロイ』


「…………」


(は?)


     ◇


 ロイ。


 孤児院。


 薪を運び。


 ミナの面倒を見て。


 《森守り》を作って。


 わしの身振りを。


 誰より早く理解する。


 あの。


 ロイ。


(何でじゃ)


 黒雷石。


 楔。


 どうして。


 あいつが。


 そんなものを持っている。


『間違いない』


(聞いとらん!)


『聞かれていない』


(お前までマルタみたいなことを言うな!)


「レオン?」


 セレナがわしの顔を覗き込む。


「あぅ……」


 嫌な予感。


 ではない。


 もう。


 嫌な確信だった。


     ◇


 世界中へ散らばった。


 十二の楔。


 人の町。


 王の下。


 海の向こう。


 死者の手。


 そんな。


 大層な場所を巡る旅が。


 始まるものだと思っていた。


 けれど。


 最初の一本は。


 どうやら。


 わしらが帰ろうとしていた場所にある。


(孤児院か)


 世界を救う話だというのに。


 最初に戻る場所が。


 あの。


 古くて。


 狭くて。


 飯も少なくて。


 それでも。


 今では。


 妙に落ち着く。


 あの家。


 だった。


「あぅ……」


 思わず。


 ため息のような声が漏れる。


 人生というものは。


 本当に。


 何が起きるか分からない。


 百十年生きても。


 それだけは。


 最後まで。


 分からなかった。


 そして。


 人生二周目になっても。


 どうやら。


 それは。


 変わらないらしい。


 ただ。


 この時のわしは。


 まだ知らなかった。


 ロイが持っている黒雷石は。


 偶然。


 孤児院へ流れ着いたものではない。


 あの石を。


 孤児院へ持ち込んだ者がいる。


 そして。


 その人物は。


 わしらが思っているよりも。


 ずっと。


 近くにいた。

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