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第45話 百十歳、前世の名を呼ばれます

『お前が、この世界へ来たことは偶然ではない』


 雷葬獣の言葉が、いつまでも頭の奥に残っていた。


 偶然ではない。


 その意味を考えようとするたび、思考が同じ場所で止まる。


 わしは一度、死んだ。


 百十歳。


 病院の白い天井を見ながら、長かった人生を終えた。


 戦争を生き残った。


 家族を失った。


 会社を作り、人を雇い、金を稼いだ。


 成功も失敗も、それなりに味わった。


 最後には、まあ悪くない人生だったと思って目を閉じたはずだ。


 そして。


 次に目を覚ました時には、この身体だった。


 赤ん坊。


 知らない世界。


 妙な神。


 《ダイヤング》と《孤王》という二つの力。


 だから、転生というのはそういうものなのだと思っていた。


 死んだから。


 たまたま選ばれて。


 たまたま、この世界へ来た。


 それだけだと。


(じゃが……)


 虚喰らいは、わしを見て言った。


 ――帰ってきた。


 そして。


 神崎源一郎。


 この世界に存在するはずのない。


 前世の名を。


(誰が教えた)


 いや。


 そもそも。


 なぜ知っている。


 胸の奥がざわつく。


 自分の人生そのものを、知らない誰かに覗かれていたような。


 そんな気味の悪さだった。


「レオン?」


 柔らかな声が、思考を現実へ引き戻した。


 顔を上げると、セレナが心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「さっきから変よ」


「あぅ」


「どこか痛い?」


 首を振る。


「苦しい?」


 もう一度。


 首を振る。


「じゃあ……」


 セレナは少し迷ってから、わしの額へ自分の額をそっと重ねた。


「怖い?」


「…………」


 今度だけは。


 すぐに否定できなかった。


     ◇


 怖い。


 たぶん。


 そうなのだろう。


 虚喰らいも。


 底の見えない地の裂け目も。


 その奥でこちらを見ていた赤い目も。


 もちろん怖い。


 だが。


 それ以上に。


(自分のことが分からん)


 その方が、ずっと不気味だった。


 神崎源一郎。


 レオン。


 第十三の器。


 帰還者。


 古の賢者が残した約束。


 全部が。


 わし一人へ繋がり始めている。


『レオン』


(なんじゃ)


『今は考えるな』


「…………」


(お前さんに言われるとは思わなんだ)


『我も同じだ』


(何がじゃ)


『分からぬものを考え続けても、答えは出ぬ』


 一拍。


『考える時と、動く時は違う』


「…………」


 腹が立った。


 正論だからである。


(何千年も生きた奴は言うことが違うのう)


『お前も百十年生きたのだろう』


(そうじゃが)


『ならば分かるはずだ』


(分かったわい)


 今は。


 自分の正体を考える時ではない。


 生き残る時だ。


     ◇


「マルタ」


 セレナが呼ぶ。


「ここ、このままで大丈夫なの?」


 マルタは返事をせず、地下空間を見回した。


 焼け落ちた黒い根。


 ひび割れた岩床。


 銀色の光を取り戻しつつある古い術式。


 その中央に。


 雷葬獣が立っている。


 先ほどよりは明らかに力を取り戻している。


 だが。


 それでも。


 山のような巨体には、数え切れないほどの傷が刻まれていた。


「大丈夫かって聞かれれば」


 マルタが杖を床へつく。


「全然大丈夫じゃないね」


「やっぱり?」


「楔は八つ失われてる」


 声から、いつもの軽さが消える。


「坊やが雷葬獣との繋がりを作り直したおかげで、封印そのものは多少持ち直した。でもね」


「でも?」


「応急処置だよ」


 セレナの顔が強張る。


「どれくらい持つの?」


「分からない」


「また?」


「分からないものは分からないんだよ」


(うむ)


 さっきわしも、それを思い知らされたところである。


「今のレオンは」


 静かな声が割って入った。


 リーナだった。


「壊れた橋の代わりをしてるだけ」


 セレナが振り返る。


「橋?」


「十二の楔は、ただ雷葬獣の力を分けていたんじゃない」


 リーナは足元に走る古い紋様を見下ろした。


「地下の状態を雷葬獣へ伝える」


「雷葬獣の力を地上へ逃がす」


「森の精霊へ異変を伝える」


「それから」


 わずかに言葉を切る。


「地下へ押し返している力を、十二方向へ分散する」


 マルタが小さく息を吐いた。


「なるほどね」


「何が?」


「水路みたいなもんさ」


 杖で床を軽く叩く。


「十二本あった出口のうち、八本が潰れてる」


「……じゃあ」


 セレナが雷葬獣を見る。


「力がここに溜まっていく?」


『その通りだ』


(おい)


『何だ』


(それ、先に言わんかい)


『聞かれなかった』


(マルタみたいなことを言うな)


「くしゅっ」


 思わず変な声が出た。


「レオン?」


(何でもない)


     ◇


「となると」


 マルタが腕を組む。


「やることは決まったね」


「残ってる楔を守る」


 セレナが言う。


「それから」


 マルタの視線が。


 リーナの胸元へ向いた。


「失われた楔を戻す」


 空気が。


 少しだけ重くなった。


 リーナは何も言わず、自分の黒雷石へ触れた。


 百年以上。


 共にいた楔。


「返すよ」


 静かな声だった。


 セレナの顔が変わる。


「いいの?」


「元々、私のものじゃないから」


「でも」


 セレナが。


 続く言葉を飲み込む。


 わしにも分かった。


 それを返したら。


 リーナはどうなる。


 百年前。


 虚喰らいに喰われ始めていた彼女を。


 この楔が繋ぎ止めた可能性がある。


「……死なないの?」


 セレナが尋ねた。


 リーナは。


 すぐには答えなかった。


「分からない」


「そんな――」


「百年も一緒にいたから」


 胸元の石を握る。


「もう、どこまでが私で」


 少し笑う。


「どこからがこの子なのか」


 一拍。


「自分でも分からない」


(この子、か)


 その呼び方だけで。


 リーナにとって黒雷石が。


 ただの道具ではないことが分かった。


「じゃあ返さなくていい」


 セレナが即座に言う。


「別の方法を探す」


「ないよ」


「探せば――」


「百年探した」


 優しい声だった。


 だからこそ。


 強かった。


「お姉ちゃん」


「私は百年」


「虚喰らいから逃げながら」


「ずっと探してた」


 セレナは。


 何も言えなくなった。


     ◇


「古い遺跡も」


「賢者の記録も」


「楔を作った人たちの痕跡も調べた」


 リーナは続ける。


「だから第十三の器についても知ってた?」


 マルタが聞く。


「うん」


「でも」


 リーナの視線が。


 わしへ向く。


「私が知ってた話とは違った」


(違った?)


「私が読んだ記録では」


 少しだけ迷う。


「第十三の器は、雷葬獣を制御するものだって書いてあった」


『違う』


 雷葬獣が不機嫌そうに言う。


(分かっとる)


「でも」


 リーナは続けた。


「たぶん」


 一拍。


「記録そのものが書き換えられてる」


 マルタの顔つきが変わった。


「根拠は?」


「第十三の器について書かれた古い碑文」


「最後の一行だけ削られてた」


「何て書いてあった?」


 セレナが尋ねる。


「読めなかった」


「なら――」


「ただ」


 リーナが首を振る。


「削られた文字の下に」


「もっと古い文字が残ってた」


「どんな?」


 そして。


 リーナは言った。


「――《帰還者》」


 胸の奥。


 何かが。


 ひやりと冷えた。


     ◇


 帰還者。


『帰ってきた』


 虚喰らい。


 あいつも。


 わしを見てそう言った。


(偶然か?)


 いや。


 まだ決めるな。


 言葉が同じ。


 ただそれだけだ。


「帰還者って」


 マルタが目を細める。


「どこから帰る?」


「分からない」


「誰が?」


「それも」


「なら何が分かる?」


「一つだけ」


 リーナの声が。


 静かになる。


「その碑文には」


 一拍。


「第十三の器は」


 その瞳が。


 わしを見つめた。


「この世界で生まれない」


「…………」


 一瞬。


 誰も言葉を出さなかった。


(この世界で、生まれない)


 なら。


 外から来る。


 わしのように。


『レオン』


(なんじゃ)


『お前は、この世界で生まれたのか』


(身体はな)


 だが。


 中身は。


 違う。


 神崎源一郎として。


 別の世界で生まれ。


 百十年を生きた。


(まさか……)


 何千年も前から。


 わしのような存在が来ることを。


 誰かが知っていた?


(そんな馬鹿な話があるか)


 会社一つ。


 十年先を読むだけでも難しかった。


 それを。


 何千年。


 世界を跨いで。


 一人の老人を待つ?


「レオン」


 また。


 セレナの声。


「大丈夫?」


 わしは。


 今度こそ。


 すぐに頷いた。


「あぅ」


(大丈夫じゃ)


 分からない。


 なら。


 後で考える。


     ◇


「楔を戻そう」


 マルタが言った。


「リーナ」


「うん」


「危険は?」


 雷葬獣へ向けられた問い。


『ある』


 セレナの目が鋭くなる。


「何が起きるの?」


『その娘は百年』


 銀色の瞳がリーナを見る。


『楔と繋がっている』


 一拍。


『切り離せば、何が失われるか分からぬ』


「命も?」


『可能性はある』


「駄目」


 セレナの答えは。


 早かった。


「お姉ちゃん」


「駄目」


「でも」


「駄目!」


 地下空間へ。


 声が響いた。


「やっと会えたのよ」


 震えている。


「百年以上経って」


「やっと」


 セレナの瞳に。


 涙が浮かんだ。


「また」


「私の前からいなくなるの?」


     ◇


「……いなくならないよ」


 リーナが一歩近づいた。


「でも可能性が――」


「お姉ちゃん」


 その呼び方をする時だけ。


 リーナは。


 百年前の少女へ戻るように見えた。


「私ね」


「百年前」


 静かに。


「逃げたことを後悔してる」


「…………」


「お姉ちゃんを守りたかった」


「私が残れば」


「また誰かを傷つけると思った」


「だから」


 わずかに。


 笑う。


「何も言わずに消えた」


 そして。


 その笑みが消える。


「でも」


「結果は同じだった」


「お姉ちゃんは」


「百年間」


「一人で苦しんだ」


 セレナの唇が。


 震えた。


「だから今度は」


 リーナが手を差し出す。


「一人で決めない」


     ◇


 セレナは。


 その手を。


 長い間。


 見つめていた。


 やがて。


 ゆっくり。


 握る。


「……絶対に生きて」


「うん」


「約束して」


「約束する」


「嘘ついたら」


 一度。


 鼻をすする。


「百年分、怒るから」


 リーナが。


 少しだけ目を丸くし。


 やがて。


 声を出して笑った。


「長いなあ」


「当たり前でしょ」


 その笑い声は。


 冷え切った地下空間には。


 不思議なほど。


 温かかった。


     ◇


『始めるぞ』


(わしは何をすればいい)


『繋げ』


(またそれか)


『得意だろう』


(勝手に得意分野にするな)


 だが。


 何となく。


 分かる。


 今まで。


 何度もやった。


 わし。


 雷葬獣。


 黒雷石。


 その間に。


 道を作ればいい。


 リーナは。


 首から黒雷石を外した。


「…………」


 驚いたことに。


 石は抵抗しなかった。


 百年間。


 離れなかったはずなのに。


 今は。


 静かに。


 彼女の掌に乗っている。


「ありがとう」


 リーナが。


 小さく。


 石へ囁く。


「ずっと」


 一拍。


「守ってくれて」


 ――トクン。


 黒雷石が。


 一度。


 脈打った。


     ◇


「レオン」


 リーナがこちらを見る。


「お願い」


(うむ)


 小さな手を伸ばす。


 石へ。


 触れた。


 次の瞬間。


 世界が。


 白く弾けた。


     ◇


 雨。


 暗い森。


 一人の少女が走っている。


(リーナ……)


 幼い。


 百年前。


 腕の中に。


 黒雷石。


 胸元には。


 黒い染み。


 皮膚の下を。


 何かが。


 這っている。


『――もっと』


 声。


『――もっと』


 少女が耳を塞ぐ。


「嫌……!」


『――楔を』


「嫌!」


『――抜け』


「嫌だ!」


 泣きながら走る。


 足を取られ。


 転び。


 それでも。


 立ち上がる。


 やがて。


 木々の隙間から。


 里が見えた。


 その向こう。


 兵士たちに連れられる。


 一人の。


 銀髪の女。


「お姉ちゃん……」


 少女の足が。


 止まる。


 戻ろうとする。


 だが。


 胸の黒い染みが。


 大きく。


 蠢いた。


『――あれも』


 一拍。


『――欲しい』


「…………!」


 少女の顔から。


 血の気が引いた。


『――欲しい』


「ダメ」


『――あれも』


「ダメ!」


 そして。


 背を向けた。


 走る。


「ごめんなさい」


 涙が。


 雨へ混じる。


「ごめんなさい」


「お姉ちゃん」


「ごめんなさい――」


     ◇


「――っ!」


 意識が。


 戻った。


「レオン!」


 セレナの声。


 すぐ近く。


(今のは……)


『楔に残った記憶だ』


 雷葬獣の声。


「…………」


 百年。


 リーナも。


 逃げていた。


 自分のため。


 セレナのため。


(本当に)


 姉も。


 妹も。


 似た者同士じゃ。


     ◇


『流せ』


(分かった)


 胸の奥。


 雷葬獣との繋がり。


 そこへ。


 意識を向ける。


(少しだけ貸せ)


『持っていけ』


 ――バチッ。


 指先に。


 銀色の雷が灯る。


 細く。


 慎重に。


 黒雷石へ触れさせた。


「っ……!」


 リーナの身体が震える。


「リーナ!」


「大丈夫!」


 額。


 汗。


 でも。


 立っている。


 黒雷石から。


 幾本もの細い光の糸が伸び。


 リーナの胸へ繋がっている。


(これを)


『切るな』


(分かっとる)


『一本ずつ解け』


(注文が細かいのう)


『命に関わる』


(最初からそう言え)


 銀雷を。


 一本。


 糸へ流す。


 すると。


 固く結ばれていたものが。


 ゆっくり。


 解けた。


 一つ。


 また一つ。


 リーナの呼吸も。


 少しずつ。


 楽になっていく。


「あと三本」


 マルタが言う。


「二本」


「……あと一つ」


     ◇


 最後の一本だけ。


 違った。


 太い。


 黒い。


 光ではない。


(これは……)


 リーナの胸の奥。


 そこから。


 黒い何かが。


 じっと。


 こちらを見ている。


「虚喰らい……」


 セレナが呟いた。


 ――ドクンッ!!


 地下。


 同時に。


 リーナの胸。


 黒い糸。


 跳ねた。


『レオン!』


(なんじゃ!)


『それは楔ではない!』


(何!?)


『奴だ!』


     ◇


 黒い糸が。


 リーナの胸から。


 飛び出した。


「――っ!」


 セレナがリーナを引き寄せる。


 黒い糸は。


 空中で蛇のように身をくねらせ。


 次の瞬間。


 真っ直ぐ。


 わしへ。


(来るな!)


『焼け!』


 手を突き出す。


 ――バチィッ!!


 銀雷が。


 黒い糸へ直撃。


 甲高い。


 悲鳴。


 だが。


 消えない。


 むしろ。


 銀雷そのものへ絡みつき。


 こちらへ這い上がってくる。


(何じゃ、こいつ!)


『狙いはお前だ!』


(見れば分かる!)


 速い。


 このままでは。


 触れられる。


 そう思った時。


「返して」


 リーナの声。


「…………!」


 彼女が。


 黒い糸を。


 素手で掴んだ。


 ――ジュッ。


「っ……!」


「リーナ!」


 掌が。


 焼ける。


 それでも。


 離さない。


「百年」


 リーナの声は。


 静かだった。


「私の中にいたんでしょ」


 糸が暴れる。


 皮膚が。


 さらに黒く焼けていく。


「だったら」


 一拍。


「最後まで」


 目を細める。


「私を見なさい」


 そして。


 わしへ向かって。


「レオン!」


(分かった!)


     ◇


 狙う。


 黒い糸。


 ただ。


 それだけ。


(雷葬獣!)


『応!』


 胸の奥。


 銀光。


 一気に。


 流れ込む。


(全部じゃ!)


 ――轟ッ!!


 地下空間が。


 銀色へ染まった。


 黒い糸。


 雷。


 飲み込まれる。


 ――ギィィィィィィィッ!!


 地の底で。


 巨大な何かが。


 怒り狂う。


『――返せ』


(誰が返すか)


『――それは』


『――我の――』


(知らん!)


 さらに。


 力を込める。


(百年も人の中に居座って)


(家族を引き裂いて)


(今さら)


(自分のものみたいに言うな!)


 銀雷が。


 さらに。


 輝いた。


 そして。


 黒い糸は。


 跡形もなく。


 消えた。


     ◇


「…………」


 静寂。


 リーナの膝が。


 崩れた。


「リーナ!」


 セレナが抱き止める。


「大丈夫!?」


「……うん」


「どこがよ!」


 掌は。


 黒く焼けている。


 だが。


 胸元。


 百年間消えなかった黒い染み。


 それが。


 消えていた。


「……軽い」


 リーナが。


 呟く。


「え?」


「身体」


 胸へ。


 手を置く。


 その目から。


 涙が。


 一つ。


 落ちた。


「こんなに」


 一拍。


「軽かったんだ……」


     ◇


 リーナの掌から。


 黒雷石が。


 ゆっくり。


 浮かび上がった。


 銀色の光に包まれ。


 雷葬獣の前へ。


 そして。


 岩床に残された。


 一つの窪みへ。


 静かに。


 収まる。


 ――トクン。


 次の瞬間。


 地下空間を走る古い術式へ。


 一本。


 光が戻った。


 そこから。


 さらに。


 遠く。


 森の奥へ。


 地上へ。


 銀色の光が走っていく。


『――戻った』


 雷葬獣の声。


 ほんの僅か。


 力が増している。


(どうじゃ)


『一つ』


 一拍。


『楽になった』


(そうか)


 ただ。


 それだけ。


 なのに。


 なぜか。


 わしまで嬉しかった。


     ◇


「これで一本」


 マルタが息を吐く。


「残りは?」


 セレナが尋ねる。


「七つ」


 リーナが答えた。


「場所が分かってるものは?」


「人の町」


「王の下」


「海の向こう」


「死者の手」


「それから」


 少し。


 首を振る。


「今も見えないものが一つ」


 マルタが指を折る。


「五つ」


「あと二つは?」


『一つは』


 雷葬獣が答える。


『砕けた』


「直せる?」


『分からぬ』


「もう一つは?」


 その問いに。


 雷葬獣は。


 すぐに答えなかった。


(どうした)


『先ほど』


 一拍。


『感じた』


(何をじゃ)


 銀色の巨体が。


 ゆっくりと。


 森の外。


 西。


 わしらが来た方角へ顔を向ける。


『楔だ』


(近いのか)


『近づいている』


     ◇


 その時。


 遠く。


 地下空間の入口。


 ――ドン。


「…………」


 全員が。


 そちらを見る。


 ――ドン。


 また。


 音。


 重い。


 足音。


 ゆっくり。


 一定の間隔。


 石床を。


 何かが。


 踏み締めている。


「人?」


 セレナが小さく尋ねる。


 マルタは首を振った。


「違うね」


 カラリンが。


 杖を両手で握る。


「し~しょ~」


「ああ」


 そして。


 雷葬獣。


 巨大な身体が。


 僅かに。


 低く構えた。


『……知っている』


(何じゃと?)


『昔』


 一拍。


『賢者の傍にいた』


(生きとるのか?)


『違う』


 声が。


 低い。


『あれは』


 一拍。


『とうに死んでいる』


     ◇


 ――ドン。


 足音が。


 近づく。


 やがて。


 暗い通路の奥。


 銀色の光が。


 一つ。


 灯った。


「…………」


 人影。


 いや。


 人の形をした。


 何か。


 大きな鎧。


 全身を覆う古い金属。


 その隙間から。


 肉も。


 皮膚も。


 見えない。


 片手には。


 巨大な剣。


 その刃先を。


 石床へ引きずっている。


 ――ザリ。


 火花。


 ――ザリ。


 また。


 火花。


 そして。


 鎧の胸元。


 そこへ。


 黒雷石が。


 埋め込まれていた。


(……楔)


 人影が。


 一歩。


 闇から出る。


 兜。


 奥。


 空洞。


 何もない。


 はずなのに。


 ぽつり。


 赤い光が。


 灯った。


「リーナ?」


 セレナが尋ねる。


「知ってるの?」


「…………」


 リーナの顔から。


 血の気が消えていた。


「まさか……」


 その声。


 震えている。


「まだ動いてるなんて……」


『レオン』


(なんじゃ)


『気をつけろ』


(強いのか)


 雷葬獣は。


 一瞬。


 黙った。


 そして。


『あれは』


 銀色の瞳が。


 鋭く細くなる。


『我を殺すため』


 一拍。


『賢者たちが作った』


「…………」


『最後の安全装置だ』


 鎧の人影が。


 巨大な剣を。


 ゆっくりと持ち上げる。


 剣先。


 向けられたのは。


 雷葬獣。


 ではなかった。


 わし。


 だった。


『――管理権限を確認』


 低い。


 人間ではない声が。


 地下空間へ響く。


『――第十三接続体を検出』


「…………」


(今度は何じゃ)


 赤い光が。


 強くなる。


『――異常』


『――異常』


『――異常』


 そして。


 一拍。


『――帰還者を確認』


 わしの身体が。


 固まった。


『――神崎源一郎』


「…………」


 世界から。


 音が消えた。


 セレナも。


 マルタも。


 リーナも。


 何を言われたのか分かっていない。


 当然だ。


 この世界で。


 その名を知る者など。


 いるはずがない。


 けれど。


 わしには。


 分かる。


(またか)


 虚喰らいだけではない。


 何千年も前に作られ。


 とうに死んだ賢者の傍にいた。


 この鎧まで。


 わしの名を。


 知っている。


 鎧が。


 巨大な剣を。


 ゆっくり。


 構えた。


『――帰還を確認』


 一拍。


『――最終命令を実行する』


 剣身へ。


 銀雷が走る。


『――神崎源一郎を』


 赤い目が。


 わしを。


 真っ直ぐに捉えた。


『――殺せ』


 ――轟ッ!!


 銀雷が。


 地下世界を。


 真っ白に染めた。

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