第40話 百十歳、災厄の正体に触れます
長老会を出てから、わしらは一度も足を止めなかった。
先頭を歩くのはマルタ。その少し後ろを、傷ついた杖を抱えたカラリンが続く。そして最後に、わしを背負ったセレナ。
目指すのは、森のさらに奥。
禁域。
百年以上前、セレナが罪を着せられ、故郷も家族も失うきっかけとなった場所。
そして今。
森で起きている異変、そのすべてが集まりつつある場所でもある。
――トクン。
胸元の黒雷石が、服越しにも分かるほど強く脈打った。
表面に浮かんだ七本の銀色の線は、消えることなく淡い光を放ち続けている。
(急かさんでも分かっとる)
指先で石を押さえる。
すると、待っていたように頭の奥へ声が響いた。
『――急げ』
(だから、分かっとると言っとるじゃろうが)
返事はなかった。
(都合の悪い時だけ黙りよって)
だが。
その声を聞くたびに、妙な違和感が強くなっている。
最初に聞こえたのは。
『返せ』
だった。
その次は。
『来い』
そして今は。
『急げ』
命令のようにも聞こえる。
けれど。
(……焦っとる)
わしには、どうしてもそう思えた。
古の時代。
殺すことすらできず。
森の奥へ封じるしかなかったという怪物。
雷葬獣。
もし、あの声の主が本当にそいつなら。
(そんな化け物が、何を恐れる?)
答えは出なかった。
◇
「……ひどい」
不意に、セレナが足を緩めた。
わしも彼女の肩越しに森を見る。
ほんの少し前まで、エルフの里は幻想的な光に満ちていた。
淡く輝く花。
空気の中を漂う精霊たち。
長い時間を生きてきた巨木。
だが。
禁域へ近づくほど、その色が失われていく。
葉は黒ずみ。
花は萎れ。
枝の先には、乾いた枯葉がぶら下がっている。
何より。
精霊の光が、ほとんど見えなくなっていた。
「さっき通った時は、ここまでじゃなかった」
セレナの声が低い。
「進行が早すぎるね」
マルタは足を止めずに答えた。
「七本目の楔が失われたから?」
「可能性はある」
「じゃあ、やっぱり――」
「決めつけるんじゃないよ」
マルタが振り返った。
皺の刻まれた顔には、いつもの飄々とした余裕がない。
「今分かってるのは、楔が失われるたびに森の異変が酷くなってる。それだけだ」
「同じことでしょ」
「違う」
即答だった。
「原因と結果を取り違えれば、死ぬよ」
セレナが黙る。
「楔が壊れたから森がおかしくなったのか。それとも、森で何かが起きてるから楔が壊れてるのか」
マルタは杖で地面を軽く叩いた。
「そこすら、まだ分かってない」
(なるほどのう)
さすが。
長く生きているだけはある。
「し~しょ~」
少し先を歩いていたカラリンが振り返った。
「何だい」
「い~ま~、ほ~め~ら~れ~た~?」
「誰に」
「レ~オ~ン~」
「喋れない赤ん坊の何が分かるんだい」
「あぅ」
(褒めとったぞ)
「ほ~ら~」
「何が、ほらだい」
(……こやつ、まさかわしの考えが少し分かっとらんじゃろうな)
若干不安になる。
◇
さらに進んだところで。
マルタが突然、片手を上げた。
「止まりな」
全員の足が止まる。
「どうしたの?」
「前を見な」
マルタが杖を向ける。
最初は何も分からなかった。
だが、目を凝らして。
(……あれは)
木の根元。
影に紛れるように。
黒い何かが生えていた。
植物。
そう呼んでいいのかも分からない。
葉はなく。
細い茎の先端だけが不自然に膨らみ。
まるで肉のように。
ゆっくり。
脈打っている。
――ドクン。
(夢で見たやつじゃ)
砕けた楔。
その破片の間から生えていた。
黒い芽。
「……これ」
セレナの声も強張る。
「昔、禁域で見た気がする」
「あんたも?」
「少しだけ。でも、こんな場所にはなかった」
マルタが膝をつく。
「触らないでよ」
「分かってる」
杖の先を。
慎重に。
近づける。
あと、指一本ほど。
その瞬間。
――シュッ。
「っ!」
マルタが素早く杖を引いた。
「何?」
「見な」
杖先。
黒い染みが浮かんでいる。
じわり。
じわり。
そこから色が広がっていた。
「し~しょ~!」
「騒ぐんじゃない」
マルタは鞄から小瓶を取り出し、透明な液体を垂らす。
――ジュッ。
白煙。
焦げた匂い。
ようやく侵食が止まった。
「……魔力を吸われた」
「魔力?」
「ああ」
マルタは杖を見つめたまま、さらに顔を険しくする。
「いや、それだけじゃないね」
「何?」
「術式そのものまで喰われかけた」
(喰う……)
嫌な表現だった。
◇
「カラリン」
マルタが呼ぶ。
「近づくんじゃないよ」
「…………」
「カラリン?」
返事がない。
見ると。
カラリンは黒い芽をじっと見つめていた。
杖を胸へ抱き。
顔色を失っている。
「どうした」
「……い~る~」
「何が?」
小さな声。
「せ~い~れ~い~」
マルタの表情が変わった。
「どこに?」
カラリンが震える指を上げた。
指す。
黒い芽。
「な~か~」
「……中?」
「う~ん~」
セレナが眉を寄せる。
「どういうこと?」
「わ~か~ら~な~い~」
カラリンの目に、じわりと涙が浮かんだ。
「で~も~」
唇が震える。
「た~す~け~て~って~」
一拍。
「ず~っ~と~、い~っ~て~る~」
◇
誰も、すぐには動けなかった。
精霊が。
この黒い芽の中にいる。
いや。
捕まっている?
「壊せる?」
セレナが尋ねる。
「待ちな」
マルタが止めた。
「中に精霊がいるなら、下手に壊せば――」
――バチッ。
全員の視線が。
一斉に。
わしへ向いた。
(いや、わしじゃない)
正確には。
胸元。
黒雷石。
七本の銀線が強く光り。
表面を青白い電気が走っている。
「レオン……?」
「あぅ」
(知らんぞ)
そして。
次の瞬間。
――バチンッ!
「っ!」
雷が。
黒雷石から飛び出した。
真っ直ぐ。
黒い芽へ。
――バヂィッ!
「レオン!」
(だからわしじゃない!)
雷を浴びた黒い芽が激しく震える。
次の瞬間。
――ギィィィィィィッ!
耳を塞ぎたくなるような。
奇妙な悲鳴が森を裂いた。
人でもない。
獣でもない。
もっと。
別の。
何か。
黒い芽が。
内側から焼け。
崩れていく。
その中から。
小さな青い光が。
ふわり。
浮かび上がった。
「せ~い~れ~い~!」
カラリンが声を上げる。
「待ちな!」
マルタが腕を掴む。
だが。
青い光はカラリンの前へ飛んでくると。
一度。
嬉しそうに。
くるり。
回った。
「…………」
そして。
森の外へ。
逃げるように飛び去っていった。
「……た~す~か~っ~た~」
カラリンが小さく笑う。
「よ~か~っ~た~」
◇
マルタは。
焼け落ちた黒い芽を、しばらく黙って見ていた。
「……おかしいね」
「何が?」
「全部さ」
そして。
わしを見る。
黒雷石を。
「この石には、雷葬獣の力が宿っている」
「そう聞いたわ」
「もし雷葬獣が森の異変を起こしてるなら」
杖の先で焼け跡を示す。
「どうして、その力が森を蝕んでるものを壊す?」
「…………」
セレナは答えられない。
「カラリン」
「う~ん~?」
「精霊は、この雷を怖がったかい?」
カラリンは目を閉じた。
少しして。
首を振る。
「ぜ~ん~ぜ~ん~」
「黒い芽は?」
「こ~わ~い~」
「雷葬獣は?」
「…………」
長い沈黙。
「分からない?」
カラリンが。
ゆっくり。
首を横へ振った。
「ち~が~う~」
「違う?」
「う~ん~」
杖へ耳を寄せる。
「こ~わ~い~の~」
そして。
その指が。
静かに。
地面へ向いた。
「ら~い~そ~う~じゅ~う~」
一拍。
「じゃ~な~い~」
――ドクン。
「…………!」
わしだけが。
その音に反応した。
◇
(今のは……)
黒雷石ではない。
石は。
動いていない。
光ってもいない。
それなのに。
確かに。
地面の下から。
聞こえた。
――ドクン。
重い。
濁った。
腹の底へ響くような鼓動。
その直後。
――トクン。
黒雷石が脈打った。
(……違う)
二つ。
ある。
明らかに。
違う鼓動。
――ドクン。
地の底。
――トクン。
黒雷石。
一方が動くたび。
もう一方が応える。
呼び合っている?
(いや……)
違う。
もっと。
こう。
(押し返しとる?)
そんな。
妙な感覚だった。
◇
『――急げ』
「…………」
また。
頭の奥へ声が響く。
『――もう』
ザザッ。
音が乱れる。
『――抑え――』
(おい)
『――きれ――』
――ブツン。
途切れた。
「…………」
(今、何と言った?)
抑え。
きれない?
何を?
「レオン?」
セレナが顔を覗き込んでいる。
「どうしたの?」
「あぅ……」
(くそ。こういう時は本当に不便じゃ)
仕方ない。
わしは地面を指差した。
「あぅ!」
「地面?」
「あぅ!」
「何かあるの?」
強く頷く。
マルタがわしを見る。
次に。
地面。
そして。
黒雷石。
「……地下かい?」
「あぅ!」
「何か感じる?」
「あぅ!」
「雷葬獣?」
「…………」
分からない。
首を振る。
「違う?」
もう一度。
首を振る。
「分からない?」
「あぅ!」
「……本当に面倒な赤ん坊だね」
(わしだって好きで赤ん坊をやっとるわけではない)
◇
そこから先。
黒い芽は。
急激に増えていった。
一つ。
二つ。
十。
数える意味すらなくなる。
木の根元。
岩の隙間。
倒木の上。
地面。
あらゆる場所から。
黒いものが這い出している。
そして。
増えれば増えるほど。
森から。
色が失われていった。
「……全部に精霊がいるの?」
セレナが尋ねる。
カラリンは。
答えなかった。
ただ。
杖を。
強く握り締める。
その顔を見れば。
十分だった。
(全部か……)
一体。
どれほど。
捕まっている?
「一つずつ助けてたら間に合わないね」
マルタが言った。
「でも!」
カラリンが珍しく、強い声を出した。
「分かってる!」
マルタも強く返す。
「だから元を断つんだよ!」
「…………」
「一つずつ壊してたら」
黒い芽の群れを見る。
「その前に森全部が死ぬ」
カラリンの目から。
涙が落ちる。
それでも。
「……う~ん~」
頷いた。
◇
そして。
とうとう。
見えてきた。
「……あれ」
セレナの足が止まる。
木々の向こう。
巨大な黒い壁。
禁域を覆う結界。
百年以上前。
彼女の人生を変えた場所。
「…………」
セレナの呼吸が浅くなる。
「ここ……」
掠れた声。
「ここよ」
わしを支えている腕に。
僅かに力が入る。
マルタが振り返った。
「戻るかい?」
「…………」
セレナの手が。
切り落とされた耳へ伸びる。
だが。
触れる寸前。
止まった。
そして。
その手を下ろす。
「行く」
今度の声は。
震えていなかった。
◇
近づき。
そして。
全員。
言葉を失った。
「…………」
結界が。
壊れている。
人一人が通れる程度ではない。
何本もの巨木が入るほど。
巨大な裂け目。
まるで。
何かに。
抉り取られたような。
「昨夜破られたって……」
セレナが呟く。
「これを?」
マルタは結界の縁ぎりぎりまで近づき。
目を細めた。
「……妙だね」
「今度は何?」
「壊れ方だよ」
杖で。
裂け目を示す。
「外から破られたんじゃない」
「中から?」
「それも違う」
「じゃあ、どこからよ」
マルタが。
ゆっくり。
地面を見る。
「下だ」
セレナの表情が変わった。
「地面の下から」
マルタの声が。
低くなる。
「突き破ってる」
――ドクン。
(…………)
また。
あの。
重い鼓動。
今度は。
さっきより。
近かった。
◇
――トクン。
黒雷石が応える。
二つ。
やはり。
ある。
一つは。
この奥にいる。
雷葬獣。
そして。
そのさらに下。
もっと。
深い場所。
――ドクン。
別の。
何か。
(雷葬獣だけではない)
この森には。
もう一つ。
何かがいる。
そして。
わしらは今まで。
その二つを。
一つの災厄だと。
勝手に思っていた。
◇
「入るよ」
マルタが言った。
「待って」
セレナが前へ出る。
「私が先に行く」
「馬鹿言うんじゃない」
「ここは私の森よ」
「追放されたんだろ」
「今それ言う?」
「事実だ」
「マルタ」
「セレナ」
「…………」
「…………」
(こんな時まで喧嘩するな)
「じゃ~ん~け~ん~す~る~?」
カラリンが言った。
「しない!」
二人。
同時。
「ひ~ど~い~」
(息は合っとるんじゃよなあ)
結局。
マルタが先頭。
その後ろにカラリン。
そして。
セレナとわし。
その順になった。
◇
一歩。
禁域へ踏み込む。
その瞬間だった。
――音が消えた。
「…………」
風がない。
葉も揺れない。
虫も。
鳥も。
何もいない。
ただ。
地面。
木々。
岩。
あらゆる場所から。
無数の黒い芽が生えていた。
――ドクン。
一斉に。
脈打つ。
「っ……!」
カラリンが口元を押さえた。
「どうした!」
マルタが振り返る。
「せ~い~れ~い~……」
「何?」
「こ~こ~」
顔。
真っ青。
「ぜ~ん~ぶ~」
杖を。
震える手で握る。
「な~い~て~る~」
――ドクン。
黒い芽が。
また。
一斉に脈打った。
その時。
黒雷石から。
眩い銀色の光が溢れた。
――バチバチバチッ!
「レオン!」
「あぅっ!」
熱い。
だが。
痛くない。
これまでで。
一番強い反応。
そして。
『――来たか』
「…………」
近い。
今まで。
遠くから。
頭の奥へ響いていた声。
それが。
今は。
すぐ耳元で囁かれたように。
はっきり聞こえる。
『――急げ』
(分かっとる)
『――七つ』
(何?)
『――失われた』
(楔か)
『――残り』
声が乱れる。
ザザッ。
『――五つ』
「…………!」
やはり。
全部で十二。
失われた楔。
七。
残り。
五。
(全部なくなったら)
何が起きる?
『――終わる』
背筋が冷えた。
(何がじゃ)
『――すべて』
◇
直後。
――ドクンッ!!
地面が。
大きく隆起した。
「離れろ!」
マルタが叫ぶ。
――バキバキバキッ!
根が裂け。
土が弾ける。
黒い芽たちが。
一斉に。
絡み合った。
一本。
二本。
何十本。
束になる。
太く。
巨大に。
持ち上がっていく。
「何、これ……!」
セレナが後退する。
黒い塊は。
やがて。
四本の脚。
長い腕。
歪な胴体。
そんな。
生き物めいた形を取った。
顔はない。
ただ。
胸の中央に。
大きな裂け目。
そして。
そこから。
無数の。
青い光が見える。
「せ~い~れ~い~……!」
カラリンの声が震えた。
「あ~れ~」
一拍。
「ぜ~ん~ぶ~」
涙。
落ちる。
「せ~い~れ~い~で~で~き~て~る~」
◇
黒い怪物が。
ゆっくりと。
こちらを向いた。
顔はない。
目もない。
だが。
分かる。
見ている。
わしを。
いや。
(違う)
胸元。
黒雷石。
(こいつ)
石を見とる。
――ズン。
怪物が一歩進む。
黒雷石が激しく光った。
――バチンッ!
雷。
怪物へ。
走る。
しかし。
黒い腕が持ち上がった。
――バヂィィィィッ!
「っ!」
雷を受けた腕。
焼ける。
崩れる。
その傷口から。
青い精霊が。
何体も。
飛び出した。
「効いてる!」
セレナが叫ぶ。
だが。
足元。
無数の黒い芽が。
怪物へ伸びる。
焼けた腕へ絡みつき。
吸収され。
そして。
「……嘘」
元に戻った。
(再生するか)
厄介じゃ。
◇
「カラリン!」
マルタが叫ぶ。
「精霊だけ引き剥がせるか!」
「や~っ~て~み~る~!」
「セレナ!」
「分かってる!」
弓。
抜く。
「坊やを落とすんじゃないよ!」
「誰に言ってるの!」
(わしの扱いが若干雑ではないか?)
怪物が。
腕を振り上げる。
「来る!」
――ブンッ!
セレナが跳ぶ。
直後。
地面。
大きく抉れた。
(赤ん坊が参加する戦闘ではないと思うんじゃが!)
だが。
怖い。
とは。
不思議と。
思わなかった。
黒い怪物の胸。
精霊。
苦しんでいる。
(助けたい)
そう。
思った。
瞬間。
黒雷石が。
熱を持った。
◇
何かが。
頭の中へ流れ込んでくる。
雷槍を作った時とも。
傷を癒した時とも。
違う。
(……そうか)
撃つ。
のではない。
広げる。
細く。
薄く。
無数に。
そして。
壊していいものだけ。
狙う。
(できる)
なぜか。
分かった。
わしは小さな手を。
怪物へ向けた。
「あぅ!」
――パチン。
小さな音。
次の瞬間。
世界が。
銀色に染まった。
◇
無数の雷。
細い。
糸のような。
銀線。
それが。
怪物の全身へ巻きつく。
「何!?」
セレナが声を上げる。
「し~しょ~!」
「黙って見てな!」
雷は。
怪物そのものを焼かない。
黒い部分だけを。
正確に。
貫いていく。
一本。
また一本。
切り裂かれた場所から。
青い精霊が。
飛び出す。
――ギィィィィィィィィッ!!
怪物が暴れる。
だが。
雷は止まらない。
十。
二十。
百。
青。
緑。
赤。
金。
無数の光が。
黒い身体から解き放たれ。
森へ舞い上がった。
「み~ん~な~……」
カラリンが。
泣きながら。
空を見上げる。
やがて。
黒い怪物は。
力を失ったように崩れ落ちた。
最後に。
中心から。
小さな。
黒い塊が。
落ちる。
――ドクン。
「…………」
そして。
胸元。
――トクン。
(やはり)
違う。
黒雷石と。
あれは。
別のもの。
◇
マルタが慎重に近づいた。
「触るんじゃないよ」
「分かってる」
杖を近づける。
だが。
触れない。
「……これは」
「何?」
セレナが尋ねる。
「魔力じゃない」
「え?」
「少なくとも」
マルタの目が鋭くなる。
「あたしの知ってる魔力とは違う」
「じゃあ何なの?」
「分からない」
「…………」
「ただ」
そして。
地面。
見る。
「こいつ」
一拍。
「下から来てる」
――ドクン。
まるで。
答えるように。
地の底が鳴った。
◇
その時。
黒雷石の七本の銀線が。
一斉に光った。
『――来い』
(どこじゃ)
『――中心』
(お前のところか)
『――そうだ』
「…………」
初めて。
まともに。
質問へ答えた。
(聞きたいことが山ほどあるぞ)
『――時間がない』
(それも何度も聞いた)
『――なら』
一拍。
『――見ろ』
次の瞬間。
黒雷石から。
一本の銀色の光が伸びた。
森の奥へ。
まるで。
道を示すように。
「……案内してる?」
セレナが呟く。
「そう見えるね」
マルタが答える。
「信用するの?」
「しない」
即答だった。
「でも行く」
「矛盾してない?」
「他に手掛かりがない」
(まったくもって正論じゃ)
◇
解放された精霊たちの大半は。
森の外へ。
逃げるように飛び去っていった。
だが。
数体だけ。
残っている。
その光たちは。
黒雷石から伸びる銀色の道と。
同じ方向へ。
進もうとしていた。
「せ~い~れ~い~た~ち~も~」
「そっちへ行けって?」
「う~ん~」
「何て言ってる?」
カラリンが耳を澄ませる。
そして。
不思議そうに首を傾げた。
「ま~も~っ~て~」
「誰を?」
「わ~か~ら~な~い~」
「何を?」
「そ~れ~も~」
「…………」
「で~も~」
精霊たちを見る。
「ま~も~っ~て~」
もう一度。
「そ~う~い~っ~て~る~」
◇
守って。
誰を。
何を。
雷葬獣から?
それとも。
もっと。
別の。
何かから?
(分からん)
ただ。
一つ。
確かなことがある。
森を蝕む黒いものは。
地下から来ている。
そして。
雷葬獣の力を宿す黒雷石は。
それを。
敵とみなしている。
(……やはり話が合わん)
雷葬獣が災厄なら。
なぜ。
森を蝕むものを壊す?
なぜ。
精霊を助ける?
そして。
なぜ。
あれほど。
焦っている?
◇
「行こう」
セレナが言った。
わしを背負い直す。
「答えは」
銀色の光の先を見る。
「この先にあるんでしょ」
「ああ」
マルタが歩き出す。
カラリンも続く。
わしは。
最後に。
地面へ落ちた黒い塊を見る。
――ドクン。
小さく。
脈打つ。
その瞬間。
黒雷石が。
――トクン。
応えた。
けれど。
今なら分かる。
これは。
互いを呼んでいる音ではない。
(やはり)
一方が。
上へ出ようとするたび。
もう一方が。
押し返している。
そんな。
関係。
◇
銀色の光を追って。
さらに禁域の奥へ進む。
やがて。
木々が途切れた。
「…………」
全員。
足を止める。
そこには。
巨大な穴があった。
地面そのものが。
ぽっかりと。
口を開けている。
底は見えない。
ただ。
黒い闇だけが。
どこまでも続いていた。
その周囲。
巨大な黒い石が。
円を描くように立っている。
「これ……」
セレナの声が震えた。
「楔よ」
「…………」
マルタが。
一つずつ。
数えていく。
「一」
「二」
「三」
「四」
「五」
そこで。
止まった。
「……五本」
胸元。
黒雷石。
銀線。
七。
残った楔。
五。
合わせて。
十二。
(数が合う)
◇
「し~しょ~」
カラリンが。
穴の縁。
近くへ寄る。
「何だい」
「せ~い~れ~い~」
「いる?」
「…………」
首を横へ振る。
「じゃあ何がある?」
カラリンの顔が。
青ざめる。
「わ~か~ら~な~い~」
杖まで。
震えている。
「で~も~」
穴の底。
見つめる。
「こ~こ~」
一拍。
「せ~い~れ~い~た~ち~が~」
喉を鳴らす。
「ぜ~っ~た~い~」
「ち~か~づ~き~た~く~な~い~って~」
――ドクン。
穴の底。
今までで。
一番。
大きな鼓動。
地面が。
揺れた。
残る五本の楔が。
一斉に。
淡く光る。
そして。
暗闇。
さらに。
奥。
――ギラ。
「…………!」
巨大な。
銀色の光。
目。
だった。
◇
次の瞬間。
雷が走った。
暗闇が。
一瞬だけ。
照らされる。
「…………」
見えた。
穴の底。
巨大な。
獣。
身体を横たえ。
まるで。
穴そのものを塞ぐように。
そこにいる。
四肢。
黒い。
巨大な身体。
銀色の雷を纏う角。
全身へ巻きついた。
無数の鎖。
そして。
そのさらに。
下。
黒い何かが。
無数に。
獣の身体へ絡みついている。
「……雷葬獣」
セレナが。
呟いた。
――トクン。
胸元。
黒雷石。
脈打つ。
巨大な銀色の目が。
わしを捉えた。
『――来たか』
「…………」
今度は。
頭の中だけではなかった。
空気が。
震えた。
森全体が。
鳴った。
『――我を』
一拍。
『――返せ』
セレナの腕に力が入る。
マルタが杖を構える。
カラリンが一歩下がる。
誰も。
動けない。
そして。
わしはようやく理解した。
黒雷石が。
帰りたがっていた場所。
それは。
この獣のもと。
◇
だが。
まだ。
分からない。
石を返せば。
どうなる?
雷葬獣が自由になる?
森が救われる?
それとも。
もっと。
酷いことが起きる?
――ドクン。
その時。
雷葬獣の。
さらに下。
暗闇。
何かが。
脈打った。
巨大な獣の身体が。
僅かに沈む。
『――急げ』
その声は。
威嚇ではなかった。
命令でもない。
わしには。
どうしても。
そう聞こえなかった。
(……助けを)
求めている?
その瞬間。
穴の底で。
――パキ。
乾いた音。
響いた。
残る五本の楔。
そのうちの一本へ。
細い亀裂が走る。
――八本目が。
壊れ始めていた。




