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第39話 百十歳、百年前の罪と向き合います

 母親との再会を終え、家を出たあとも、セレナはほとんど口を開かなかった。


 死んだと思っていた母親が生きていた。


 百年以上、自分を苦しめ続けてきた罪が、そもそも濡れ衣だった。


 そして、その事実を知りながら隠した者たちがいる。


 ほんの短い時間で受け止めるには、あまりにも多すぎる。


(無理もないのう)


 セレナの背に揺られながら、わしはその横顔を見上げた。


 さっきから何度も、彼女の指が耳へ伸びている。


 正確には――かつて長い耳があった場所へ。


 追放の証として切り落とされた、その傷痕へ。


 おそらく本人は気づいていない。


 百年以上前の記憶が蘇るたび、無意識に触れてしまうのだろう。


「セレナ」


 少し前を歩いていたマルタが、振り返らずに声をかけた。


「何?」


「本当に行くのかい?」


 セレナの指が止まる。


 向かう先は長老会。


 百年以上前、彼女を罪人と決めつけ、この森から追放した者たちがいる場所だ。


「…………」


 しばらく答えはなかった。


 森を抜ける風が銀色の髪を揺らす。


 やがてセレナは、傷痕から手を離した。


「行く」


 短い言葉だった。


 それでも。


 その一言を口にするために、百年以上かかったのかもしれない。


「そうかい」


 マルタも、それ以上は何も言わなかった。


     ◇


 長老会が置かれているのは、里のほぼ中央にそびえる巨木だった。


(……でかいのう)


 思わず見上げる。


 だが、頂上は見えない。


 何百年――いや、もしかすると千年以上生きているのではないかと思えるほどの大樹だ。


 幹だけで孤児院が何十軒も入りそうな太さがあり、その表面には淡く光る苔や蔓が絡みついている。


 根元には、大きな扉があった。


 木を削って取りつけたというより、大樹そのものが扉の形へ育ったように見える。


 その前には、先ほどの警備隊長と数人のエルフが待っていた。


「お待ちしておりました」


 隊長がマルタへ頭を下げる。


「長老たちは?」


「中に。事情も伝えてあります」


「反応は?」


「…………」


 一瞬。


 隊長の視線がセレナへ向いた。


「良くはありません」


「だろうね」


 マルタは鼻を鳴らす。


「まあ、どうでもいいさ」


「よくありません」


「何が?」


「頼みますから、揉め事だけは起こさないでください」


「相手次第だね」


「マルタ殿」


「冗談だよ」


(絶対に嘘じゃな)


 隣を見ると、カラリンまで小さく頷いていた。


「し~しょ~は~、す~ぐ~け~ん~か~す~る~か~ら~」


「カラリン」


「は~い~」


「後で覚えてな」


「ひ~ど~い~」


 隊長が深いため息をつく。


(この男も苦労しとるのう)


 やがて。


 重い音を立てて、扉が開いた。


 その瞬間だった。


「…………」


 セレナの身体が強張る。


 ほんの僅かな変化だったが、背負われているわしには分かった。


 呼吸まで浅くなっている。


 怖いのだ。


 当然だろう。


 この扉の向こうには。


 かつて自分を裁いた者たちがいる。


 わしは小さな手を伸ばし、セレナの肩を掴んだ。


「……レオン?」


「あぅ」


 セレナがこちらを見る。


 わしに言えることなどない。


 そもそも喋れん。


 だから。


 ただ、掴んだ。


「…………」


 セレナの目元が少しだけ緩む。


「大丈夫」


(そうか)


 なら。


 行こう。


 セレナが一歩を踏み出す。


 同時に、胸元の黒雷石が小さく脈打った。


 ――トクン。


     ◇


 巨木の内部は、外から想像する以上に広かった。


 壁も。


 床も。


 高い天井も。


 すべてが一つの木からできている。


 窓らしいものはないのに、壁を走る淡い光の筋が室内を照らしていた。


 その奥。


 半円状に並べられた椅子に、七人の老エルフが座っている。


(見事に年寄りばかりじゃな)


 長老会なのだから当然だが。


 もっとも。


 前世の年齢なら、わしもあちら側に座っていておかしくない。


 中央に座る老人が、ゆっくりと顔を上げた。


「マルタ殿」


「久しぶりだね」


「本来、あなたの入域が認められている日ではないはずだが」


「緊急事態に日程表なんて関係ないだろ」


「報告は受けている」


「なら話が早い」


 マルタは一歩前へ出た。


「禁域へ入る。許可をもらいたい」


(いきなり本題か)


 相変わらず無駄がない。


 いや。


 無さすぎる。


 長老たちが互いに視線を交わした。


 すると右端に座っていた一人が、低い声で口を開いた。


「その前に、説明していただこう」


 その視線は。


 マルタではなく。


 セレナへ向けられていた。


「なぜ――」


 老人の目が、切り落とされた耳を捉える。


「追放者が、この里にいる」


「…………」


 セレナの肩が小さく震えた。


     ◇


「ヴァルガス」


 中央の大長老が、窘めるように名を呼んだ。


 だがヴァルガスと呼ばれた老人は止まらない。


「事実でしょう」


 冷たい声だった。


「百年以上前、禁域を侵した罪により、その女はこの森から追放された。その処分は現在も取り消されていない」


 セレナは何も言わない。


「それを勝手に里へ入れるなど――」


「勝手じゃないよ」


 マルタが遮った。


「何?」


「あたしが連れてきた」


「それを勝手と言っている!」


「なら、あたしも追放するかい?」


「マルタ殿!」


「できるならやってみな」


「し~しょ~」


 カラリンがマルタの服を引っ張った。


「け~ん~か~し~な~い~」


「してないよ」


「し~て~る~」


(弟子の方が大人じゃな)


 だが。


 マルタの顔から笑みが消えた。


「それより」


 杖の先が、コツン、と床を叩く。


「追放者、追放者って」


 声が低くなる。


「あんたら、まだそんなことを言ってるのかい」


「何が言いたい」


「セレナは――」


 一拍。


「無実だった」


 空気が止まった。


     ◇


 誰も。


 すぐには答えなかった。


 驚いた。


 というより。


(……これは)


 わしには覚えがある。


 前世。


 会社を経営していた頃。


 会議の席で。


 隠していた問題を突然突かれた人間は、よくこんな顔をした。


 知らない者の沈黙ではない。


 知っている者の沈黙だ。


「……知ってたの?」


 セレナが呟いた。


 長老たちは答えない。


「ねえ」


 今度は一歩。


 前へ。


「知ってたの?」


 中央の大長老が、ゆっくりと目を閉じた。


「……すべてではない」


 セレナの表情が消える。


「どういう意味?」


「お前が追放された後、禁域に別の侵入者がいた可能性が浮上した」


「…………」


「そして調査の結果、楔が失われたと推定される時刻と、お前が禁域へ入った時刻に僅かな齟齬があることも分かった」


 セレナの唇が震えた。


「じゃあ……」


 声が掠れる。


「私じゃない可能性があるって」


 一度。


 息を呑む。


「分かってたの?」


「……ああ」


 たった一言。


 その答えだけで。


 百年という時間が。


 あまりにも残酷なものへ変わった。


     ◇


「だったら!」


 セレナの声が部屋に響いた。


「どうして!」


 長老たちは動かない。


「どうして追放を取り消さなかったの!」


 手が耳へ伸びる。


 そこには。


 もう。


 失ったものしかない。


「私……!」


 声が震えた。


「これまでされたのよ!」


 誰も答えない。


「里を追い出されて!」


「母さんは死んだって聞かされて!」


「百年以上!」


 そこで。


 言葉が詰まった。


 それでも。


 セレナは逃げなかった。


「百年以上……!」


 目の前にいる。


 自分を裁いた者たちを。


 真っ直ぐに見た。


「私が何をしたっていうの!」


「セレナ」


 ヴァルガスが口を開く。


「当時は――」


「黙って!」


 鋭い声だった。


 長老たちだけではない。


 セレナ自身も驚いたように目を見開いた。


 きっと。


 百年前には。


 言えなかった言葉なのだ。


「百年前……」


 セレナの拳が震える。


「私は何も言えなかった」


「何を言っても聞いてもらえないと思って」


「全部、私が悪いんだって思って……!」


 呼吸を整える。


 そして。


 もう一歩。


 前へ出た。


「でも」


 今度の声は。


 震えていなかった。


「今は違う」


 大長老を見る。


「答えて」


「…………」


「どうして」


 一度だけ。


 唇を噛む。


「私を捨てたの?」


     ◇


 長い沈黙のあと。


 大長老が口を開いた。


「……里を守るためだ」


「里を?」


「当時、この森と外部との関係は今ほど安定していなかった。人間との衝突も、魔族との小競り合いも続いていた」


「それが何?」


「そんな中」


 大長老の声が低くなる。


「禁域へ外部の者が侵入した」


「…………」


「そして、その者を手引きした者が里の中にいる可能性があった」


(やはりか)


 セレナの母親が言っていた。


 外の誰かと通じていた者。


 それは。


 やはり存在していた。


「その事実を公表すれば、里は互いを疑い始める」


 大長老は続けた。


「外部にも弱みを晒すことになる」


「だから?」


 セレナが聞く。


「…………」


「だから」


 返事がないから。


 自分で答えた。


「私に全部押しつけたの?」


 大長老は。


 長い沈黙のあと。


「……そうだ」


 認めた。


     ◇


(酷い話じゃ)


 前世でも、似たものは何度も見てきた。


 会社でも。


 組織でも。


 人が集まれば、守るべきものが生まれる。


 そして。


 守るべきものが大きくなるほど。


 時に。


 誰か一人を切り捨てることが、正しい判断のように語られる。


 だが。


 切り捨てられた側にとって。


 そんな理屈は。


 何の意味もない。


「一人を切ることで里に住む者たちを守れるのなら」


 ヴァルガスが静かに言った。


「私は今でも、同じ判断をする」


「ヴァルガス」


 大長老が制止する。


「事実です」


 ヴァルガスはセレナを見る。


「当時、他に方法はなかった」


「…………そう」


 セレナの声は。


 不思議なほど静かだった。


「なら、私も覚えておく」


「何をだ?」


「あなたたちは」


 セレナが一歩前へ出る。


「里を守るためなら」


 耳へ触れる。


「何もしていない一人を犯人にして」


「身体を傷つけて」


「家族まで奪って」


 そして。


 手を下ろした。


「百年間、放っておける人たちなんだって」


 誰も。


 言い返せなかった。


     ◇


「口を慎め」


 それでもヴァルガスだけは、低い声で言った。


「いかなる事情があろうと、お前は今も追放者だ」


「…………」


 セレナの指が。


 また。


 耳へ伸びかける。


 百年以上。


 身体へ染みついた恐怖。


 そう簡単に。


 消えるはずがない。


 けれど。


 その手は。


 途中で止まった。


「……それで?」


「何?」


「また罰する?」


 セレナがヴァルガスを見る。


「今度は」


 自分の耳を指差す。


「どこを切るの?」


「…………」


「耳はもう」


 ほんの少し。


 笑った。


「切るところ、あんまり残ってないけど」


 ヴァルガスが言葉を失った。


(強くなったのう)


 いや。


 違う。


 セレナの手は。


 まだ。


 小さく震えている。


 怖くないのではない。


 怖いまま。


 前を向いている。


(それを)


 本当の意味で。


 強くなったというのかもしれん。


     ◇


「もういいだろ」


 マルタが杖を床についた。


「百年前の裁判をやり直すために来たんじゃない」


 長老たちを見回す。


「禁域へ入る」


「……認められない」


 大長老が答えた。


「まだ言うかい」


「掟の問題ではない」


「なら何だい?」


 大長老は少し迷ったあと、重い口を開いた。


「昨夜、禁域の見張り三人が消えたことは聞いているな」


「ああ」


「その後」


 一拍。


「五人の調査隊を出した」


 セレナが顔を上げる。


「戻ったの?」


「…………」


 その沈黙だけで。


 答えは分かった。


「一人も戻っていない」


 カラリンが杖を強く抱き締めた。


「ただし」


 大長老が続ける。


「一度だけ、通信が届いた」


「何て?」


「禁域の中に」


 老人の顔が強張る。


「黒い植物が生えている、と」


(…………)


 わしの脳裏に。


 夢の光景が蘇る。


 砕けた楔。


 その破片の間から。


 脈打つように伸びていた。


 黒い芽。


「それから」


 大長老の声が。


 さらに低くなった。


「生き物の気配が、何一つない」


「…………」


「そして最後に」


 一度。


 老人は息を呑んだ。


「地面の下から」


「何かが」


「呼吸する音が聞こえる、と」


 ――トクン。


 胸元の黒雷石が。


 脈打った。


     ◇


「行くよ」


 マルタが言った。


「許可できない」


「許可はいらない」


「マルタ殿」


「もうそんな段階じゃないんだよ」


 マルタの声には。


 怒りすらなかった。


「精霊は捕らわれてる」


「森から魔力が消えてる」


「泉は枯れた」


「精霊樹も枯れ始めた」


「魔物も獣も逃げ出した」


「挙げ句に、人間の村が丸ごと一つ消えた」


 杖を握る。


「それでも」


「掟を守って」


「ここで座ってるつもりかい?」


「…………」


 誰も答えない。


「なら」


 マルタは背を向けた。


「あたしは勝手に行く」


「待て」


 大長老が呼び止めた。


 その時だった。


 ――ピシ。


(…………?)


 小さな音。


 胸元から。


「レオン?」


 セレナも気づいた。


 黒雷石。


 六本の銀線。


 その隣。


 何もなかった場所へ。


 細い光が走る。


 ――ピシ。


「……嘘」


 一本。


 また。


 増えていく。


「マルタ!」


「ああ」


 マルタの顔色が変わる。


 一。


 二。


 三。


 四。


 五。


 六。


 そして。


「……七本目」


 銀色の線が。


 完全に刻まれた。


 ――トクンッ!


     ◇


 直後。


 ――ズズズズズズズ……!


 大地が。


 鳴いた。


「っ!?」


 床が大きく揺れる。


 壁を走る光が明滅し。


 巨木そのものが、苦しむように軋んだ。


「何だ!」


「地震か!?」


「違う!」


 外から。


 悲鳴が聞こえる。


 そして。


 ――ズンッ!!


 腹の底まで響く轟音。


 何か。


 巨大なものが。


 倒れた。


「今の音……」


 セレナが窓のない壁へ目を向ける。


 直後。


 扉が勢いよく開いた。


「大長老!」


 若いエルフが転がり込むように入ってきた。


 顔は真っ青。


 息も絶え絶えだ。


「何があった!」


「精霊樹が……!」


「何?」


「西の精霊樹が!」


 声が震える。


「突然、枯れました!」


「…………」


「ほんの数秒です!」


「葉も!」


「枝も!」


「幹まで全部!」


 若者は。


 信じられないものを見たように。


「真っ黒に……!」


     ◇


 ――カラン。


 乾いた音。


 見る。


 カラリンの杖が。


 床へ落ちていた。


「カラリン?」


 マルタが振り返る。


「どうした」


「…………」


「カラリン!」


「し~しょ~」


 いつもの。


 間延びした声。


 でも。


 今は。


 震えていた。


「せ~い~れ~い~た~ち~が~」


「精霊が?」


「…………」


 カラリンの目から。


 一粒。


 涙が落ちた。


「し~ぬ~って~」


 誰も。


 動けなかった。


「み~ん~な~」


「し~ぬ~って~」


「い~っ~て~る~」


「…………」


「く~る~し~い~」


「た~す~け~て~」


 床の杖を拾い上げ。


 胸へ。


 強く。


 抱き締める。


「も~う~」


「も~た~な~い~って~」


「…………」


 マルタは。


 一度だけ。


 目を閉じた。


「……そうかい」


 そして。


 開く。


 長老たちを見る。


「まだ」


 低い声。


「止めるかい?」


 誰も。


 答えなかった。


     ◇


 その時。


『――急げ』


「…………!」


 頭の奥へ。


 声が響いた。


『――急げ』


(お前……)


 今までとは違う。


『返せ』


 でもない。


『来い』


 でもない。


 明確な。


 焦り。


『――もう』


 一拍。


『――止められない』


(何をじゃ)


 答えろ。


 何が。


 止められない。


『――急げ』


 声が。


 震えている。


(……お前)


 その時。


 初めて。


 気づいた。


(怖がっておるのか?)


 雷葬獣。


 殺すことができず。


 森の奥へ封じるしかなかった。


 そう伝えられている。


 怪物。


 もし。


 この声の主が。


 本当に雷葬獣なのだとしたら。


(何を)


 恐れている?


 ――トクンッ!


「あぅっ!」


「レオン!」


 身体が。


 強く。


 東へ引かれた。


 禁域。


 その方向へ。


 セレナが慌ててわしを抱き締める。


「石が……!」


 七本の銀線が。


 眩いほどに光っている。


     ◇


「……行け」


 声がした。


 大長老だった。


 マルタが振り返る。


「何だって?」


「禁域への立ち入りを」


 老人は。


 絞り出すように言った。


「許可する」


「遅いよ」


「……分かっている」


 大長老は。


 マルタを。


 カラリンを。


 そして。


 最後に。


 セレナを見た。


「頼む」


 ゆっくりと。


 頭を下げる。


「森を」


「救ってくれ」


「…………」


 セレナは。


 何も言わなかった。


 百年以上。


 自分を捨てた里。


 その頂点にいる男が。


 今。


 自分へ頭を下げている。


「……嫌よ」


 大長老が顔を上げた。


「セレナ」


「勘違いしないで」


 セレナは。


 わしを抱き直す。


「私は」


 一度。


 切り落とされた耳へ触れた。


 けれど。


 今度は。


 すぐに手を離した。


「あなたたちのために行くんじゃない」


「…………」


「里のためでもない」


「許してもらうためでもない」


 そして。


 森の奥。


 禁域の方角へ。


 顔を向けた。


「私が」


 一歩。


 踏み出す。


「行くって決めたから」


「行くの」


 誰も。


 止めなかった。


 マルタだけが。


 ほんの少し。


 笑った。


「上等だ」


     ◇


 長老会を出る。


 森は。


 先ほどまでとは違っていた。


 空気の中を漂っていた淡い光が。


 明らかに減っている。


 遠く。


 巨大な一本の精霊樹が。


 真っ黒に枯れていた。


「し~しょ~」


「ああ」


「い~そ~ご~う~」


「ああ」


 マルタが杖を握る。


 カラリンも。


 涙を拭う。


 セレナは。


 わしを背負い直した。


「レオン」


「あぅ」


「絶対」


 少しだけ。


 声が震えた。


「離れないでね」


(だから)


 自力では離れられんというに。


 いつもなら。


 そう思って終わる。


 でも。


 今日は。


 わしは小さな手で。


 セレナの服を強く掴んだ。


「あぅ」


「…………」


 セレナが。


 僅かに笑う。


 そして。


 禁域へ向かって。


 歩き出した。


 ――トクン。


 胸元で。


 七本の銀線が淡く光る。


『――急げ』


(分かっとる)


 歩みは止めない。


(今行く)


 すると。


 声が。


 初めて。


 わしの言葉へ答えた。


『――待っている』


「…………」


 一瞬。


 背筋に。


 冷たいものが走った。


 それでも。


 進む。


 黒雷石。


 消えた村。


 捕らわれた精霊。


 七本の楔。


 百年前。


 禁域にいたという。


 黒い人影。


 そして。


 雷葬獣。


 すべての答えが。


 この先にある。


(待っとれ)


 今度こそ。


 自分の目で確かめる。


 ――ただ。


 この時のわしは。


 一つだけ。


 大きな勘違いをしていた。


 ずっと。


 頭の中へ語りかけてきた。


 この声。


 わしは。


 雷葬獣が。


 封印から解き放たれようとしているのだと。

そう思っていた。


 ――違った。


 あれは。


 外へ出ようとしていたのではない。


 地下から出てくる“何か”を。 


 必死に押さえ続けていたのだ。

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