↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/95

第20話 百十歳、石の中の何かに気づきます

 翌朝。


 わしは、ほとんど眠れなかった。


 原因はもちろん、胸元に下がる黒雷石だ。


 朝日が差し込む窓辺で石を持ち上げてみる。黒い表面は相変わらず光を吸い込むように鈍く、昨夜のような熱もない。


 ただ一つ。


 昨日までは一本だった銀色の線が、僅かに伸びていた。


(夢ではなかった、ということか)


 昨夜、確かに聞いた。


 ――トクン。


 心臓の鼓動に似た、あの奇妙な音。


 いや、音と呼んでいいのかも分からない。耳で聞いたというより、胸の奥へ直接響いてきたような感覚だった。


 石が脈打つ。


 そんな馬鹿な話があるかと思う。


 だが。


 異世界へ転生し、赤ん坊になり、手から雷まで出したわしが、今さら「石が脈打つくらいありえない」と言ったところで説得力はない。


(随分と常識が安くなったもんじゃのう)


「あぅ……」


 指先で黒雷石に触れる。


 冷たい。


 ただの石のようだ。


 それが逆に不気味だった。


     ◇


「レオン、眠そう」


 朝食の席で、ミナがわしの顔を覗き込んできた。


「目の下、なんか変だよ」


「赤ちゃんにも寝不足ってあるのかな」


 ロイがパンをちぎりながら首を傾げる。


(あるらしいぞ。少なくとも今のわしには)


「あぅ」


「夜泣きしてた?」


「してないよ」


 リリが答えた。


(ん?)


 嫌な予感がした。


 リリはスープを飲みながら、何でもないことのように続ける。


「夜、起きたから」


「レオン何してたの?」


「石見てた」


「…………」


 わしは固まった。


「石?」


 ミナの目が一気に輝く。


「光った!?」


(食いつくところがそこか)


 リリは小さく頷いた。


「ちょっとだけ」


「どんな感じ!?」


「トクンって」


「トクン?」


 ロイまで身を乗り出す。


「心臓みたいだった」


 今度は食卓が静かになった。


 ミナが恐る恐る、わしの胸元へ手を伸ばす。


「……生きてるのかな」


(知らん。だから触るな)


 そう思った瞬間。


「触らない」


 食堂の入口から、セレナの声が飛んできた。


 ミナの手がぴたりと止まる。


「えー、ちょっとだけ」


「ダメ」


「なんで?」


「マルタが言ってた。レオンから離さない方がいいって」


 セレナはわしを抱き上げると、胸元の黒雷石をじっと見つめた。


 その表情が少し険しくなる。


「……また線が増えてる」


(やはり分かるか)


 セレナの指が、銀色の線へ伸びかける。


 だが、途中で止まった。


「危な。触るなって言った本人が触るところだった」


(危ないのう)


 セレナは小さく息を吐いた。


「マルタが戻るまでは、余計なことしない方がいいわね」


(同感じゃ)


 少なくとも、わざわざ何か試して事態を悪化させる必要はない。


     ◇


 その日の午前は、驚くほど平穏だった。


 ロイたちは《森守り》作り。


 セレナは薬草の整理。


 わしは籠の中からそれを眺めている。


(暇じゃな)


 もっとも、最近の騒ぎを考えれば、こういう時間はむしろ貴重なのかもしれない。


「これで三十個!」


 ミナが完成した袋を並べ、得意げに胸を張った。


「今日は早いな」


 ロイが一つずつ確認していく。


「だってもう慣れたもん!」


「雑になってない?」


「なってない!」


 その横でリリが一つ手に取り、袋の中身を軽く揉んだ。


「これ、少ない」


「…………」


 ミナの笑顔が固まる。


「やり直し」


「リリ厳しい!」


(いい検品係じゃな)


 わしは思わず笑いそうになった。


 最初は、わしが指差さなければ何も始まらなかった。


 それが今では、誰が何をするか決まり、品質まで自分たちで確認している。


 金もない。


 建物も古い。


 状況は何一つ楽ではない。


 それでも。


(ちゃんと前に進んどる)


 会社も同じだった。


 昨日より今日。


 今日より明日。


 少しずつ積み上げる。


 それしかない。


     ◇


 昼前。


 玄関を叩く音がした。


 コン、コン。


 セレナの手が止まる。


「……誰?」


 最近、孤児院を訪ねてくる客にろくな記憶がないせいか、声が自然と警戒を帯びる。


「私だよ」


 扉の向こうから聞こえた声に、わしは反応した。


(マルタ?)


 セレナが扉を開ける。


 そこには、杖をついた老婆が立っていた。


「……まだ二日目だけど」


 セレナが眉を寄せる。


「三日後って言わなかった?」


「予定が変わったんだよ」


(最近、その言葉をよく聞くのう)


 マルタはそんなわしの心の声など知るはずもなく、さっさと中へ入ってくる。


 そして。


 真っ先に見たのは、わしだった。


 正確には。


 黒雷石。


「……やっぱり」


 マルタの表情が変わった。


「何?」


「見せてみな」


 セレナがわしを抱いたまま近づく。


 マルタは黒雷石を覗き込み、しばらく黙り込んだ。


「線が増えてる」


「昨日の夜から」


「光ったのかい?」


「リリが見たって」


「脈打ってた」


 横からリリが答える。


 マルタが勢いよく顔を上げた。


「脈打った?」


「うん」


「何回?」


「いっぱい」


(まあ数えんわな)


 わし自身、昨夜は途中から数える余裕などなかった。


     ◇


「マルタ」


 セレナの声が低くなる。


「何を知ってるの」


 マルタはすぐには答えなかった。


 食堂へ移り、椅子に腰を下ろす。


 杖を壁へ立てかけてから、ゆっくり口を開いた。


「昨日、古い記録を見た」


「黒雷石の?」


「ああ」


 わしも自然と意識を向ける。


「昔、黒雷石はただの珍しい鉱石だと思われていた」


「思われていた?」


 セレナが聞き返す。


「じゃあ違うの?」


「たぶんね」


「たぶん?」


「確証がないんだよ。記録がほとんど残ってない」


 マルタは苛立ったように眉を寄せた。


「でも、一つだけ分かったことがある」


 食堂が静かになる。


「黒雷石は――力を生み出す石じゃない」


(…………)


 わしは胸元へ目を落とした。


「じゃあ何なの?」


 セレナが尋ねる。


 マルタは少しだけ間を置いた。


「力を閉じ込める石だ」


 その言葉が、妙に重く聞こえた。


     ◇


「閉じ込めるって……」


 セレナがわしの胸元を見る。


「この中に何か入ってるってこと?」


「可能性はある」


「何が?」


「分からない」


「また?」


「仕方ないだろう。肝心の部分だけ記録が失われてるんだよ」


(肝心なところばかり残っとらんな)


 とはいえ。


 もし本当にこの石が、何かを封じ込めるためのものだとしたら。


 昨夜の鼓動。


 伸び続ける銀色の線。


(まさか……中の何かが動き始めとる?)


 あまり嬉しくない想像だった。


「もう一つある」


 マルタが続ける。


「黒雷石は、持ち主を選ぶらしい」


「持ち主?」


「ああ。誰が持っても同じというわけじゃない」


 セレナの視線がわしへ向く。


(見るな)


「じゃあ、レオンが選ばれたってこと?」


「可能性はあるね」


「でもこの子、雷まで出すわよ」


「そこなんだよ」


 マルタがわしの小さな手を見る。


「記録の中には、黒雷石そのものから雷が出たなんて話は一つもない」


「じゃあ、レオンの雷は?」


「知らない」


(神様と同じ返事じゃないか)


 思わず心の中でため息をつく。


「ただし」


 マルタは続けた。


「石に封じられている何かと、この子自身が持つ力。それが互いに影響している可能性はある」


(あくまで推測か)


 それでも。


 これまでよりは一歩進んだ。


 少なくとも。


 黒雷石=雷の発生源。


 そう単純な話ではなさそうだ。


     ◇


 そして。


 マルタの表情が変わった。


「セレナ」


「何?」


「お前の追放についても、少し分かった」


 空気が一気に重くなる。


 セレナの指が、無意識に耳の傷へ触れた。


「……話して」


「いいのかい?」


「ここまで聞いて、今さらやめないで」


 マルタは小さく頷いた。


「お前が禁忌を犯した」


「知ってる」


「その禁忌が」


 一度、言葉を切る。


「黒雷石に関係している」


 セレナが固まった。


「……そんなはずない」


「私も最初はそう思った」


「私は黒雷石なんて知らなかった」


「だから、おかしいんだよ」


「どういう意味?」


 マルタは慎重に言葉を選んでいるようだった。


「お前が禁忌を犯したこと自体は事実だ」


 セレナの顔から感情が消える。


「でも」


 一拍。


「お前を追放した本当の理由は、それだけじゃなかった可能性がある」


「…………」


「禁忌を理由にして、何か別のことを隠した」


 セレナが椅子から立ち上がった。


「誰が」


 声が震えている。


「何を隠したの」


「まだ分からない」


「マルタ!」


「分かってる!」


 珍しくマルタも声を荒らげた。


 そして。


 すぐに少しだけ声を落とす。


「だから調べてるんだよ」


 セレナは唇を噛み、ゆっくりと座り直した。


「ただし、一つだけ分かった」


 マルタが言う。


「黒雷石が記録から消えた時期と」


 セレナを見る。


「お前が追放された時期」


 長い沈黙。


「ほぼ同じだ」


(…………)


 わしは黒雷石を見る。


 次に。


 セレナの耳の傷。


 偶然。


 そう考えるには、重なりすぎている。


     ◇


 その時だった。


 ――トクン。


「…………!」


 全員が止まった。


 わしの胸元。


 黒雷石の銀色の線が、淡く光っている。


「今の……」


 セレナが呟く。


 ――トクン。


 今度は。


 誰にでも分かった。


 石が、確かに脈打った。


「……本当に」


 マルタの顔から血の気が引く。


「脈打ってる」


 銀色の線が、僅かに伸びる。


 一本だったものが。


 枝分かれするように。


 ゆっくりと広がっていく。


(おいおい)


 わしは黒雷石を見つめた。


 嫌な予感しかしない。


「マルタ」


 セレナがわしを抱く腕に力を込める。


「これ、大丈夫なの?」


「分からない」


(またか)


 だが。


 今度のマルタは。


 明らかに怯えていた。


「もし」


 彼女は黒雷石から目を離さないまま言った。


「本当にこれが、何かを封じるための石なら」


 一度、息を呑む。


「この線は――」


 ――トクン。


 さらに一つ。


 銀色の亀裂が伸びた。


「封印が弱くなっている印かもしれない」


 食堂の空気が凍った。


(つまり)


 わしは考える。


 この中に。


 何かがある。


 そして。


 それが。


 出ようとしている。


「…………」


 商売。


 土地。


 孤児院。


 セレナの過去。


 神からもらった二つのギフト。


 正体不明の雷。


 ただでさえ問題は山積みだ。


(頼むから)


 わしは黒雷石を見下ろした。


(これ以上、増えるなよ)


 ――トクン。


「…………」


(返事するな)


 もちろん。


 石がわしの願いを聞いてくれるはずもない。


 銀色の線は。


 またほんの少しだけ。


 広がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。