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第16話 百十歳、寝ている場合ではありません

 三日後。


(暇じゃ)


 わしは籠の中で天井を眺めていた。


 熱は下がった。


 身体のだるさも、かなり良くなった。


 つまり。


(働ける)


「あぅ!」


「ダメ」


(…………)


 セレナ。


 即答。


「まだ何も言っとらんぞ」


 とは。


 当然、言えない。


「あぅ!」


「ダメ」


(だから何がじゃ!)


「掃除したいんでしょ」


(なぜ分かった)


 セレナがわしを抱き上げる。


「今日は寝てなさい」


(もう三日も寝たぞ)


「薬師さんも言ってたでしょ。しばらく安静」


(わしは百十年生きとる。自分の身体くらい――)


「ダメ」


(…………)


 強い。


 魔物にも。


 使者にも。


 そして。


 赤ん坊にも。


 容赦がない。


     ◇


「先生!」


 廊下からミナの声。


「掃除終わったよ!」


(何?)


「こっちも終わった」


 ロイ。


「洗濯物も干した」


 リリ。


(…………)


 わしは思わず身体を起こす。


 床。


 綺麗。


 棚。


 整理されている。


 薪。


 決めた場所。


 道具。


 用途ごと。


 分けられている。


(誰が指示した?)


 わし。


 ミナを見る。


「あぅ?」


「今日はちゃんとやったよ!」


 胸。


 張る。


「レオンが寝てるから」


 ロイが言った。


「俺たちでやろうって」


(…………)


 そうか。


 わしが。


 指示しなくても。


 できる。


「掃除終わったら《森守り》作る!」


 ミナ。


「昨日の分もあるから二十個」


 ロイ。


「材料は俺が確認する」


「私は袋」


 リリ。


(…………)


 役割。


 覚えとる。


 前世。


 何度も。


 社員に言った。


 一人の優秀な人間が。


 全部やる会社は。


 強くない。


 その人間が。


 いなくなった瞬間。


 止まるからだ。


 本当に強い組織。


 それは。


 誰か一人が。


 いなくても。


 回る組織。


(こいつら)


 もう。


 少しずつ。


 自分たちで回し始めとる。


 わしは。


 何となく。


 嬉しくなった。


「レオン」


 ミナ。


 わしを見る。


「今日は監督ね!」


(いつからわしが監督になった)


 まあ。


 悪くない。


     ◇


 昼。


 わしは。


 再び。


 例の紙を見る。


 土地。


 金貨三十枚。


(…………)


 これ。


 ずっと。


 引っかかっている。


 孤児院を救うため。


 金貨三十枚。


 稼ぐ。


 そう。


 考えていた。


 だが。


(本当にそうか?)


 前世。


 会社。


 経営。


 していた。


 金が足りない。


 支払い。


 迫る。


 そんなこと。


 何度もあった。


 その時。


 必要額。


 全部。


 売上で作る。


 それだけではない。


 期限。


 契約。


 分割。


 交渉。


 融資。


 相手の目的。


 見るべきもの。


 山ほどある。


(わし)


 焦っとったな。


 金貨三十枚。


 数字。


 見た。


 瞬間。


 どう稼ぐか。


 そればかり。


 考えた。


(違う)


 まず。


 確認。


 契約。


 そのもの。


     ◇


「あぅ!」


 わし。


 紙。


 指差す。


「またそれ?」


 ロイ。


 やってくる。


「あぅ」


「読んでほしいの?」


(そうじゃ)


 ロイ。


 紙。


 見る。


「難しい字多いんだけど」


(読めるところだけでいい)


「えっと……」


 ゆっくり。


 読む。


「この土地について……所有者……」


(うむ)


「購入希望者から……金貨三十枚で……」


 そこで。


 わし。


 止まる。


(ん?)


 購入希望者。


 やはり。


 借金。


 ではない。


「……現在の使用者が、これを上回る条件を提示しない場合……」


(待て)


「あぅ!」


「何?」


 そこ。


 もう一度。


「あぅ!」


「これ?」


「あぅ!」


 ロイ。


 読む。


「現在の使用者が、購入希望者を上回る条件を提示しない場合、期限をもって……土地の使用権を……」


(…………)


 わし。


 目。


 細める。


(なるほど)


 話。


 違う。


 金貨三十枚。


 払え。


 ではない。


 誰かが。


 この土地に。


 金貨三十枚。


 出す。


 そう。


 言っている。


 孤児院側。


 それ以上。


 条件。


 出せなければ。


 土地。


 明け渡し。


(そういうことか)


 なら。


 問題。


 金貨三十枚。


 ではない。


(誰が)


 この土地に。


 金貨三十枚。


 出そうとしている?


 そして。


(なぜ?)


     ◇


 わし。


 窓の外。


 見る。


 古い孤児院。


 森。


 町から。


 徒歩。


 一時間。


 建物。


 ボロボロ。


 立地。


 良いとは。


 思えない。


(普通なら)


 欲しがらん。


 それなのに。


 金貨三十枚。


 高額。


 提示。


 している。


 使者の男。


 言った。


『ただの土地だと思っているのか?』


(…………)


 やはり。


 価値。


 ある。


 わしら。


 知らない。


 何か。


     ◇


「レオン?」


 セレナ。


 戻ってくる。


 わし。


 紙。


 見ている。


「またそれ見てるの?」


「あぅ」


「気になる?」


(当然じゃ)


 セレナ。


 紙。


 取る。


「金貨三十枚なんて」


 一瞬。


 暗い顔。


「無理よ」


(違う)


「あぅ!」


「え?」


 わし。


 紙。


 指差す。


 外。


 土地。


 指差す。


 金貨。


 指差す。


「…………」


 セレナ。


 眉。


 寄せる。


「この土地?」


「あぅ!」


「金貨三十枚?」


「あぅ!」


「……何が言いたいの?」


(なぜ三十枚なんじゃ!)


 伝わらない。


(くそ)


 喋れれば。


 一分。


 なのに。


 わし。


 必死。


 身振り。


 する。


 すると。


 ロイ。


 口を開く。


「レオン」


 一拍。


「なんでこの土地を三十枚も出して欲しがる人がいるのか、って言いたいんじゃない?」


(それじゃ!)


「あぅ!」


 セレナ。


 止まる。


「…………」


 紙。


 見る。


 外。


 見る。


「確かに」


(じゃろ)


「考えたことなかった」


 金がない。


 追い出される。


 だから。


 金を用意する。


 セレナも。


 それだけ。


 考えていた。


「誰が買おうとしてるんだろ」


 ロイ。


 呟く。


 セレナ。


「書いてない」


(名前がない?)


「代理人を通してるみたい」


(ますます怪しい)


 わし。


 考える。


 買い手。


 匿名。


 高額。


 森。


 エルフらしき使者。


 セレナ。


 黒いペンダント。


(全部)


 同じ。


 一本の線。


 上。


 あるのかもしれない。


     ◇


 その時。


 ――ガラガラ。


(ん?)


 外。


 車輪。


 音。


 馬。


 止まる。


「馬車?」


 ロイ。


 窓。


 見る。


「すごい」


 ミナ。


 走ってくる。


「大きい馬車!」


 セレナ。


 表情。


 変わる。


「みんな中にいて」


(またか)


 わし。


 窓。


 見る。


 昨日の。


 使者たち。


 ではない。


 立派。


 黒い馬車。


 装飾。


 控えめ。


 だが。


 明らかに。


 高そう。


(商人か)


 馬車。


 扉。


 開く。


 一人。


 男。


 降りる。


 四十代。


 くらい。


 濃紺の上着。


 革靴。


 手。


 杖。


 武器。


 見えない。


 そして。


 後ろ。


 護衛。


 二人。


(……金持ちじゃな)


 服。


 馬車。


 護衛。


 全部。


 金。


 かかっている。


 男。


 孤児院。


 見上げる。


 そして。


 ゆっくり。


 玄関。


 向かう。


 コン。


 コン。


 コン。


     ◇


 セレナ。


 扉。


 開ける。


「どちら様ですか」


「突然の訪問、失礼いたします」


 男。


 丁寧。


 頭。


 下げる。


「私はアルベルト・ローデン」


(アルベルト)


「ローデン商会にて、土地や建物の取引をしております」


(商会)


 わし。


 目。


 細める。


 男。


 笑顔。


 だが。


(営業の顔じゃな)


 前世。


 何万人。


 見てきた。


 笑顔。


 だけでは。


 信用。


 しない。


「今日は」


 アルベルト。


 懐。


 一枚。


 書類。


 取り出す。


「こちらの土地について、お話がありまして」


 セレナ。


 顔。


 固くなる。


「……買い手の方ですか?」


「いいえ」


 男。


 首。


 振る。


「私は代理人です」


(やはり)


「では、誰が?」


 セレナ。


 聞く。


 アルベルト。


 少し。


 笑う。


「それを含めて」


 一拍。


「お話させていただければと」


 わし。


 籠の中。


 男。


 見る。


(来たか)


 金貨三十枚。


 土地。


 謎の買い手。


 ようやく。


 向こうから。


 話。


 しに来た。


(しかし)


 わし。


 自分。


 見る。


 ぷにぷに。


(交渉したいのに喋れん)


「あぅ……」


 アルベルト。


 わし。


 見る。


「おや」


 笑う。


「可愛らしいお子さんですね」


(百十歳じゃ)


 今。


 そこ。


 どうでもいい。


 わしは。


 男の持つ。


 書類。


 見つめる。


(さて)


 戦い。


 終わり。


 次。


 交渉。


 これは。


 わしの。


 得意分野。


 ただし。


(赤ん坊じゃがな)


 人生二周目。


 初めての。


 商談が。


 始まろうとしていた。

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