第116話 百十歳、地下闘技場から脱出します
地下闘技場は大混乱に陥っていた。
「ふざけんな! 金返せ!」
「試合はどうなったんだよ!」
「逃げた奴を捕まえろ!」
バオクを倒した男が、対戦相手のエルフを抱えて逃走した。
前代未聞の事態に観客たちは怒り狂い、警備の男たちも対応に追われていた。
「お、落ち着いてください! 皆さん!」
司会台の上で、バヌが必死に呼びかける。
「今回の件につきましては、後ほど必ず説明を――」
――ドォォォンッ!!
突然、闘技場の奥から爆発音が響いた。
「うわあああっ!?」
「な、何だ!?」
「爆発だ! 逃げろ!!」
観客たちが一斉に出口へ殺到した。
「押すな!」
「どけ! 邪魔だ!」
怒号と悲鳴が飛び交い、場内は完全なパニック状態となった。
「皆さん! 落ち着いて! 落ち着いてくださぁぁい!!」
バヌの声など、誰の耳にも届かない。
警備員たちも観客を抑えるどころか、自分たちの身を守るので精一杯だった。
「…………」
バヌは司会台の上で呆然と立ち尽くした。
弟のバオクは倒れ、興行は台無し。観客は暴徒と化し、今度は爆発騒ぎまで起きている。
「……なんで」
バヌは頭を抱えた。
「なんでこんなことに……」
◇ ◇ ◇
一方、神崎たちは装備の保管場所に到着していた。
「……あった」
ガルドは壁に立てかけられていた大剣を手に取った。
愛用の武器と防具は、幸いにもすべて揃っていた。
「よかったじゃない!」
「ああ。助かった」
ガルドは防具を身につけ、大剣を背負った。
「セレナ! お主の装備もあるぞ!」
「分かってる!」
セレナも弓と鞭とスローイングナイフ等を回収し、身支度を整えた。
「これで全員の装備が揃ったのう」
神崎が頷いた、その時だった。
――ドォォォンッ!!
「きゃっ!?」
突然の爆発音に、セレナが肩を跳ねさせた。
「なに!? 今の大きな音!」
『マルタ様の合図です』
アウラニが落ち着いた声で答えた。
『脱出の準備が整ったのでしょう。急ぎましょう』
「おお! いよいよじゃな!」
神崎は嬉しそうに頷いた。
「ガルド! 走れるか!」
「ああ。問題ない」
「ララカオも大丈夫かの?」
「へ、へえ!」
『それでは参ります』
アウラニが走り出した。
その隣をガルドが駆ける。
地下通路をいくつか曲がった先で、一行は壁に開いた横穴を発見した。
「……ん?」
神崎が目を凝らす。
そこには、ハンマーとスコップを担いだ大きなモグラが立っていた。
「おーい! こっちだ、こっち!」
「…………」
神崎は思わず目を瞬かせた。
(……今度はモグラか)
「おい、アウラニ! こっちだこっち!」
『モニー。承知いたしました』
モニーと呼ばれたモグラは、一行を見回した。
「タタンはもう先に行ったぞ!」
『そうでしたか。私たちは皆様の装備を回収しておりましたので、遅くなってしまいました』
「そうか! とりあえず早く脱出しよう! マルタ婆も待ってる!」
「マルタ婆……」
神崎は苦笑した。
(使い魔にも色々おるんじゃのう)
モニーは横穴を指差した。
「さあ、さっさと通ってくれ!」
アウラニは身体を低くし、器用に穴へと入っていった。
その背中には神崎、セレナ、ララカオが乗っている。
だが。
「…………」
ガルドが穴の前で立ち止まった。
「……狭い」
「ん?」
モニーが振り返る。
「何してんだ? 早く入れよ!」
「……俺には、少々狭いようだ」
「はあ!?」
モニーはガルドの巨体を見上げた。
「おいおい! なんだよ、その身体! でかすぎるだろ!」
「……すまん」
「謝ってる暇があったら進め!」
ガルドは防具と大剣を外し、先に進んだアウラニたちに預けた。
そして、四つん這いになって横穴へ入った。
だが、肩がつかえてしまう。
「……動けん」
「ったく! しょうがねえな!」
モニーはガルドの後ろへ回った。
「よし! 俺が押してやる!」
「……頼む」
「せーのっ!」
モニーがガルドの腰を力いっぱい押した。
「……ぬうっ!」
ガルドも身体をよじらせ、少しずつ前へ進む。
「おらっ! もうちょっとだ!」
「……ふんっ!」
どうにか出口までたどり着いたものの、今度は頭と肩がつかえてしまった。
「……また動けん」
「なんだって!?」
モニーが悲鳴を上げた。
すると、外から聞き慣れた声がした。
「何やってんだい、あんたたち!」
マルタだった。
「ガルドがつっかえておるんじゃ!」
先に脱出した神崎が答える。
「見りゃ分かるよ! ほら、引っ張るよ!」
神崎がガルドの右腕を掴み、セレナが左腕を掴む。
マルタとカラリンも加勢した。
「せーのっ!!」
「ぬおおっ!?」
――ズボッ!!
ガルドの巨体が勢いよく穴から飛び出した。
その反動で、引っ張っていた全員が地面に転がった。
「いたたた……」
セレナが腰をさする。
「……すまん」
「もう謝らなくていいわよ!」
「はっはっは! とんでもない脱出じゃったのう!」
神崎が笑った。
「笑い事じゃないよ! さっさと立ちな!」
マルタが一同を急かす。
その傍らで、ララカオだけが立ち尽くしていた。
「…………」
眩しい。
ララカオは目を細めた。
地下の灯りとはまるで違う、明るい光が降り注いでいる。
顔を上げると、そこには青い空が広がっていた。
「…………」
眩しくて、まともに目を開けていられない。
それでも、目を背けようとは思わなかった。
ただ、じっと空を見つめていた。
「……そちらのお嬢さんは?」
マルタが尋ねた。
「ああ、ララカオよ。私の世話をしてくれてたの」
「……そうかい」
マルタはララカオの様子を見て、それ以上は何も聞かなかった。
「とりあえず、ここから離れよう」
少し離れた場所では、煙が立ち上っていた。
その周囲に人が集まり、何やら騒いでいる。
「あれは何じゃ?」
神崎が尋ねた。
「逆方向で、こけおどしの爆発を起こしておいたのさ。あっちに人が集まってる間に逃げるよ」
「なるほどのう!」
「わ~た~し~も~が~ん~ば~った~!」
カラリンが両手を上げた。
「分かってるよ! あんたもよくやった!」
「え~へ~へ~!」
「さあ、早く!」
マルタに急かされ、一行は移動を始めた。
神崎とセレナ、ララカオ、カラリンはアウラニに乗り、マルタとウィーンはタタンの背に跨った。
ガルドだけは徒歩だった。
「ガルド、ついてこられるかい?」
「……問題ない」
「よし! それじゃ行くよ!」
アウラニとタタンが駆け出す。
その隣をガルドも走った。
ララカオはアウラニの背中から、もう一度空を見上げた。
「…………」
青い空が、どこまでも続いている。
ララカオはしばらく見つめた後、小さく呟いた。
「……綺麗ですだ」
セレナはその言葉を聞いて、静かに微笑んだ。




