↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
107/122

第107話 百十歳、全てを話します

 神崎は、全てを話した。


 前の世界で、百十歳まで生きたこと。


 長い人生を終えた後、神を名乗る者と出会い、もう一度人生をやってみないかと持ちかけられたこと。


 そして、この世界にレオンという赤ん坊として生まれ変わったこと。


 転生する際に与えられた能力は二つ。


 《ダイヤング》。


 《孤王》。


 さらに後になって、《クローゼット》と《ライティング》という二つの能力も与えられた。


 もちろん、神崎自身にも分からないことは多い。


 なぜ自分がこの世界へ転生したのか。


 なぜ《虚喰らい》は神崎源一郎という名前を知っていたのか。


 雷葬獣や黒雷石との繋がりにも、未だ答えの出ていないことがある。


 分からないことは、分からない。


 その上で。


 話せることは全て話した。


「……にわかには信じられん話だが」


 長い沈黙の後、マルタがようやく口を開いた。


 椅子に座ったまま、目の前に立つ神崎を改めて見上げる。


「目の前で実際に赤ん坊が大きくなったらねぇ」


「ワシとしても、信じてもらえるか不安じゃった」


「信じるしかないって言ってるんだよ」


 マルタは呆れたように息を吐いた。


 ウィーンはまだ驚きが抜けないのか、煙草を持ったまま何度も瞬きをしている。


 そんな二人とは対照的に。


「レ~オ~ン~、か~っ~こ~い~い~」


 カラリンは先ほどから神崎の脚に抱きついていた。


「……お主は随分とすんなり受け入れたのう」


「だ~って~、レ~オ~ン~で~しょ~?」


「……そうじゃな」


 あまりに当たり前のように返され、神崎は小さく笑った。


 その様子を見ていたマルタだったが、不意に眉を寄せる。


「待ちな」


「なんじゃ?」


「さっき言ってた《ダイヤング》」


 その名が出た途端、神崎の表情から笑みが消えた。


「寿命一年と引き換えに、全盛期の肉体を一時間だけ取り戻す。そう言ったね?」


「うむ」


「なら……」


 マルタは神崎の身体を見る。


「今、その姿になってるってことは」


「一年使った」


 神崎は静かに答えた。


「…………」


 ウィーンの表情も変わった。


 カラリンが神崎を見上げ、抱きつく腕に少しだけ力を込める。


「レ~オ~ン~……」


「そんな顔をするでない」


 神崎はカラリンの大きな帽子の上から、そっと頭を撫でた。


「ワシが自分で決めたことじゃ」


「でもねぇ、あんた」


 マルタの声が低くなる。


「自分の寿命なんだよ」


「分かっておる」


 分かっている。


 誰よりも。


 神崎は百十年を生きた。


 だから、一年という時間が決して短くないことも知っている。


 春を迎え、夏を過ごし、秋を見て、冬を越す。


 その間に人と出会い、別れ、何かを始めることもできる。


 一年あれば。


 人生は変わる。


 それほどの時間を。


 自分は今、使った。


 それでも。


「ワシの寿命、セレナたちのためと思えば惜しくともなんともない」


 迷いはなかった。


「マルタ」


「……なんだい」


「ワシの力、是非とも作戦に盛り込んでくれ」


 マルタは答えず、しばらく神崎を見つめた。


 今まで自分たちが守ってきた赤ん坊。


 歩くこともできず、誰かに抱かれなければ移動することさえできなかった。


 けれど、その中にはずっと。


 百十年を生きた一人の男がいた。


 そして今、その男は仲間を助けるために、自らの命を一年差し出してここに立っている。


「……分かった」


 やがてマルタが頷いた。


「その力、使わせてもらうよ」


「うむ」


「それで?」


 マルタはすぐに表情を引き締める。


「そうして居られるのは一時間だったね?」


「…………」


 マルタの眉間に深い皺が刻まれた。


「だったら、もう時間を無駄にはできないね」


 マルタが立ち上がろうとした。


 その時だった。


「ちょっと待って」


 ウィーンが呼び止めた。


「その作戦、当然私も加えてくれるんだろうね?」


「ウィーン」


 マルタは首を横に振る。


「あんたを巻き込みたくない」


「もう巻き込まれてるものよ」


「だけど――」


「それに」


 ウィーンの声が、僅かに低くなった。


「私にも、戦う理由はある」


「…………」


 一瞬。


 ウィーンの目が遠くを見た。


 この店でも。


 今この瞬間でもない。


 遥か遠い過去に置いてきた何かを、ほんの一瞬だけ見つめているような目だった。


 けれど。


 その理由をウィーンは語らなかった。


「それに、戦力が欲しいんでしょう?」


「……あんた、戦えるのかい?」


「失礼ね」


 ウィーンは壁際へ歩き、立て掛けてあった槍を一本手に取った。


 次の瞬間。


 ヒュン――。


 長い槍が、その身体の周囲を滑るように回った。


 狭い店内。


 壁にも、棚にも、並べられた武器にも触れない。


 右手から左手へ。


 身体の背後を抜け。


 再び右手へ。


 最後に石突きが床を叩いた。


 乾いた音が響く。


「……ほう」


 神崎が思わず声を漏らした。


 マルタも目を細めている。


「昔は冒険者だったって言ったでしょう?」


「それは聞いたけどね」


「その頃の私には、ちょっとした呼び名があったのよ」


 ウィーンは周囲に並んだ武器を見渡した。


 槍。


 斧。


 剣。


 弓。


 そして、不敵に笑う。


「《歩く武器庫》のウィーン」


「…………」


「槍でも斧でも、剣でも弓でも、大抵のものなら使える」


 槍を肩へ担ぐ。


「あんたらの力になるはずよ」


 マルタはしばらくウィーンを見つめていた。


 やがて。


 その口元にも、小さな笑みが浮かんだ。


「……分かった」


 立ち上がる。


「ウィーン、世話になるよ」


「任せな」


「わ~た~し~も~い~る~よ~」


「ああ。分かってるよ」


 マルタはすぐに表情を引き締めた。


「さて」


 テーブルへ向かう。


「レオンの残り時間を無駄にはできない。急いで作戦を組むよ」


「うむ」


 カラリンも神崎の脚から離れ、テーブルへ向かった。


 神崎も続く。


 一時間。


 正確には、もう一時間も残っていない。


 寿命一年と引き換えに手に入れた時間は、今この瞬間にも減り続けている。


 セレナとガルドを。


 必ず連れて帰る。


 そのために四人は、すぐさま作戦を組み始めた。


     ◇ ◇ ◇


 夜が明けた――らしい。


「セレナ様。セレナ様」


「……ん」


 ララカオの呼びかけで、セレナは目を覚ました。


 見上げても、そこにあるのは昨日と変わらない石造りの天井。


 窓の一つもない地下では、朝になったと言われても実感などない。


 身体を起こす。


 肩を回し、手を握って開く。


 足にも力を入れてみる。


 昨日の疲労は残っているものの、動くのに問題はなさそうだった。


「セレナ様」


「ん?」


 牢の外に立つララカオが、胸の前で両手を握っていた。


「がんばってくだせえ」


「…………」


 セレナは少しだけ笑った。


「うん」


 それだけ答えた。


「おい」


 奥から男の声がした。


 見るからに風体の悪い男が、牢の鍵を開ける。


「こっちだ」


 セレナは素直に従った。


 薄暗い石造りの通路を歩いていく。


 進むにつれ。


 少しずつ。


 光が強くなっていった。


 同時に。


 人の話し声も聞こえてくる。


 笑い声。


 怒鳴り声。


 何かを囃し立てる声。


 闘技場へ近づいているのだろう。


「ほら」


 男が足を止めた。


「こいつを使え」


 放り投げられたものを、セレナは受け取る。


「……なにこれ」


 曲刀だった。


 随分と使い古されている。


 刃はところどころ欠け、細かな傷が走っていた。


 柄も、手垢や乾いた血が染み込んでいるのか、黒く変色している。


 とてもまともな武器とは思えない。


「これだけ?」


「ああ」


 男は軽薄な笑みを浮かべた。


「せいぜい頑張んな」


「…………」


 セレナは曲刀を握ったまま。


 光の中へ足を踏み出した。


 その瞬間。


「出てきたぜ――!!」


「待ってたぞー!」


「せいぜい俺らを楽しませてくれよ――!」


「ギャハハハハ!」


 耳障りな歓声が、一斉に浴びせられた。


「…………」


 セレナは息を吐く。


 気にしない。


 昨日。


 目の前で一匹のワーウルフが殺された。


 その翌日だというのに。


 こいつらは。


 何事もなかったかのように笑っている。


 相手にするだけ無駄だ。


 セレナは向かい側の扉へ目を向けた。


 閉ざされた大扉。


 今日。


 自分が戦う相手は。


 あの向こうにいる。


「さて……」


 鬼が出るか。


 蛇が出るか。


 フォン――。


 一度。


 曲刀を振るってみる。


 見た目ほど悪くない。


 重心は多少癖があるものの、扱えないほどではなかった。


 問題は。


 刃の方だ。


「……これで大丈夫なのかしら」


 こんなボロ切れでどうにかなる相手が来てくれるのなら。


 ありがたいのだが。


『さあさあ! 皆さん! ご機嫌いかがかな――!!』


「…………」


 昨日も聞いた声が響いた。


『今日もどうしようもないお前らに、ハッピーをお届けする司会のバヌだ――!!』


「ウオオオオオオ!!」


 汚い大声が。


 地下闘技場を揺らした。


『さっそく本日のメーンイベントに出てくれる戦士を紹介しよう!』


 バヌの声が一段と大きくなる。


『まずは昨日! 試合を盛大に妨害してくれた――セレナ嬢だ――!!』


「イエエエエエ!!」


「楽しませてくれよ――!」


「昨日みたいなの頼むぜ!」


 セレナは何も答えない。


『そして対するは――!』


 観客たちが沸き立つ。


『我が闘技場のチャンピオン!』


「オオオオオオ!!」


『――と、言いたいところだが!』


「……?」


『あいにく今日は予定が合わなくてなぁ!』


「ふざけんなー!」


「チャンピオン出せー!」


「そうだそうだー!」


『まあまあ! そう怒るなって!』


 バヌは楽しそうに笑った。


『代わりに今日は、とびきり面白いもんを用意してみた!』


 セレナの目が細くなる。


『さあ来い!』


 向かい側の大扉が。


 ゆっくりと開き始めた。


『――リザードマン・ホムンクルス!!』


「…………え?」


 暗闇から。


 何かが歩いてくる。


 一歩。


 また一歩。


 姿が光の下へ現れた瞬間。


 セレナは驚きを隠せなかった。


 最初に頭へ浮かんだのは。


 ガルドだった。


 ガルド程ではないが、大きな体。


 太い腕。


 長い尾。


 全体の形は、確かにリザードマンを模している。


 だが。


「……なに、あれ」


 違う。


 ガルドではない。


 普通のリザードマンですらない。


 表皮はむしろ、ライカの肌を思わせる。


 人の皮膚に近い質感。


 それなのに。


 リザードマンの身体を無理矢理ホムンクルスの形代に押し込めたような、そんな体。


 人でもない。


 リザードマンでもない。


 何かが。


 リザードマンという生き物を真似して作ったような。


 そんな。


 《何か》。


 観客たちもざわついていた。


「なんだありゃ?」


「バカヤロー! チャンピオンを出せー!」


「そうだそうだー!」


『まあまあ、まずはこいつを見てくれよ!』


 バヌが指を鳴らした。


 直後。


 闘技場の中央へ何かが投げ込まれた。


 ガシャンッ!


「…………」


 鎧だった。


『こいつは昨日、不幸なことに死んじまったワーウルフが持ってた鎧でな!』


「……!」


『持ち主が死んじまったんで、有効利用させてもらうことにした!』


 セレナの眉が寄る。


「……最低」


『やれ! 試作体!』


 ホムンクルスが反応した。


 右腕を振るう。


 それだけ。


 だが。


 途中で。


 腕の形が変わった。


「……!」


 肘から先が伸びる。


 細く。


 鋭く。


 まるで一本の鞭のようにしなった。


 次の瞬間。


 キン――!


 甲高い音が鳴った。


 それだけだった。


 だが。


 一拍遅れて。


 鎧が斜めにずれた。


 上半分が滑り落ちる。


 硬い金属の鎧が。


 袈裟斬りに真っ二つになっていた。


「…………」


 観客席から小さなどよめきが起こる。


『どうだい!!』


 バヌの声が響き渡る。


『目にも止まらぬ速さの斬撃! こいつはリザードマンの上級戦士を模して造られたホムンクルスだ!!』


「オオオオオ!!」


「いいぞー!」


「やれー!!」


 先ほどまで文句を言っていた観客たちが、一斉に沸き始めた。


『オーケー、オーケー! 気に入ってくれたようで何よりだ!』


 バヌが笑う。


『さあ、セレナお嬢さん!』


「…………」


『俺たちに良いところを見せてくれよ!』


 セレナは。


 曲刀を構えた。


 目の前の試作体は。


 何も言わない。


 感情らしいものも見えない。


『――試合開始!!』


「ワアアアアアアア!!」


 歓声が爆発した。


 同時に。


 試作体の姿がぶれた。


「っ!」


 速い。


 セレナは咄嗟に曲刀を立てた。


 試作体の右腕が伸びる。


 鞭のようにしなったそれが。


 一瞬でセレナへ到達した。


 ガキンッ!!


「くっ……!」


 衝撃が両腕を突き抜けた。


 身体が押され。


 靴底が地面を削る。


 なんとか耐えた。


 だが。


「…………!」


 曲刀を見る。


 刃に。


 大きな亀裂が走っていた。


「嘘でしょ……」


 たった一発。


 次にまともに受ければ。


 折れるかもしれない。


 セレナの頬を。


 一筋の冷や汗が伝った。


 試作体が。


 再び右腕を持ち上げる。


「…………」


 セレナは、ひび割れた曲刀を握り直した。


 ――なんとかしないと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。