第100話 百十歳、武器屋で仲間の足跡を見つけます
交易都市リルート。
門を潜った瞬間。
わしは、思わずセレナの腕の中から身を乗り出した。
(……これはまた、随分と賑やかな町じゃのう)
まず耳に飛び込んできたのは、人の声だった。
客を呼び込む商人。
値段を巡って言い争う男たち。
荷車を避けろと怒鳴る御者。
聞き慣れない言葉で談笑する旅人。
右を見ても。
左を見ても。
人。
人。
人。
いや。
人だけではない。
大きな荷物を背負った獣人が歩いているかと思えば、その横を小柄な種族がすり抜けていく。
鎧を身につけた冒険者。
色鮮やかな布を売る商人。
荷車いっぱいに果物を積んだ男。
見たこともない香辛料らしきものを並べた露店まである。
「すごい……」
セレナも辺りを見回していた。
「人が多いわね」
「交易都市だからね」
マルタは特に驚いた様子もない。
「王国内からだけじゃないよ。国境を越えて帝国から来る連中もいる。人も物も、それから情報も集まる町さ」
「う~ん~」
カラリンが鼻をひくつかせる。
「い~い~に~お~い~」
「カラリン?」
「な~ん~か~、や~い~て~る~」
視線の先。
串に刺した肉を焼いている露店から、白い煙が上がっていた。
「食べないわよ」
「ま~だ~、な~に~も~い~っ~て~な~い~」
「顔に書いてある」
(お主も顔に出る方じゃがな)
とはいえ。
わしも少し気になる。
肉の焼ける匂いに混じって。
香辛料。
果物。
酒。
馬。
そして、大勢の人間が行き交う町特有の匂い。
それらが入り混じっている。
整然とはしていない。
むしろ。
雑多。
そんな言葉がよく似合う町だった。
「さて」
マルタが杖を肩へ担ぐ。
「観光は後だよ」
「分かってるわよ」
セレナが答える。
「まずは依頼を終わらせましょう」
「赤い看板に、金色の斧だったね」
「そうそう」
わしらは人の流れに混じり。
武器商人ウィーンの店を探すことにした。
◇
探し始めて。
それほど時間はかからなかった。
「あ」
セレナが指を差す。
「あれじゃない?」
(うむ)
赤い看板。
その中央には。
大きな金色の斧が描かれている。
どうやら。
冒険者ギルドの受付嬢が言っていた通り、見落とす方が難しい店らしい。
看板の下には。
《ウィーン武器商店》
そう書かれていた。
「ここね」
セレナが扉を開く。
カラン。
小さな鐘が鳴った。
「失礼します」
店内へ入った瞬間。
(……ほう)
わしは目を見開いた。
武器。
壁一面に。
様々な武器が並んでいる。
だが。
剣は意外なほど少ない。
目につくのは。
槍。
戦斧。
長い柄の先に刃がついた見慣れない武器。
どれも。
素人のわしでも分かるほど、造りがいい。
刃には曇り一つなく。
柄にも細かな加工が施されている。
何より。
雑に置かれているものが一つもない。
(随分と立派な店じゃな)
これなら客も多い――。
「…………」
と思ったのじゃが。
(誰もおらん)
客が。
一人もいない。
外はあれほど人で溢れているというのに。
店内だけ。
妙に静かだった。
「いらっしゃいませー!」
なんて声も。
当然ない。
「……誰もいないの?」
セレナが辺りを見回す。
「いるよ」
「え?」
声は。
店の奥から聞こえた。
見ると。
カウンターの向こう。
一人の女が椅子に座っていた。
長い茶色の髪。
赤い上着。
立ち上がったことで見えた黒いロングスカートには、脚の動きを妨げないほど深いスリットが入っている。
細長い煙管――ではない。
紙で巻かれた煙草らしきものを指に挟み。
反対の手には湯気の立つカップ。
「…………」
女は。
わしらを一度だけ見た。
そして。
またカップへ口をつけた。
「……あの」
「何?」
「ウィーンさんのお店で合ってますか?」
「合ってるよ」
「ウィーンさんは……?」
「私」
「…………」
(接客する気がないのう)
セレナも一瞬困った顔をしたが。
すぐに気を取り直した。
「冒険者ギルドから、こちらを預かってきました」
荷物から封書を取り出す。
ウィーンの目が。
そこで初めて。
少しだけ変わった。
「見せて」
「はい」
封書を受け取る。
表と裏を確認し。
封を切った。
その間。
誰も喋らない。
ウィーンは手紙へ目を通すと。
「……ああ」
小さく呟いた。
「何て~?」
カラリンが身を乗り出す。
「こら」
セレナが止める。
「依頼の手紙なんだから、聞いちゃダメでしょ」
「別に構わないよ」
ウィーンが言った。
「上物の槍を一本、都合してほしいんだとさ」
「槍?」
「ああ」
ウィーンは手紙を畳む。
「あそこのギルドには、昔から何度か武器を卸してるんだ」
「そうだったんですね」
「予算も用途も大体分かる。ちょうど一本、条件に合いそうなのがあるから送っておくよ」
そう言って。
ウィーンはカウンターの下から紙を取り出した。
「受領証は?」
「あ、あります」
セレナがギルドから預かっていた用紙を差し出す。
ウィーンは面倒そうに目を通し。
さらさらと署名する。
「ほら」
「ありがとうございます」
「これで依頼は終わり」
(随分あっさりじゃな)
封書の中身を開けるなと言われ。
失くすな。
盗まれたら報告しろ。
一週間経っても連絡がなければ確認に来る。
そこまで念を押されたものだから。
どんな重要な手紙かと思っていたのじゃが。
(槍一本の注文じゃったか)
まあ。
仕事の内容など。
外から見ればそんなものなのかもしれん。
セレナが受領証をしまう。
「それでは、私たちはこれで――」
「ちょっと待ちな」
マルタだった。
「どうしたの?」
「いや」
マルタは店内を見回している。
槍。
戦斧。
長柄の武器。
その一つ一つを。
先ほどよりも真剣に観察していた。
「ここの武器を見ていて思ったんだが」
マルタが壁に掛けられた戦斧へ目を向ける。
「あんた、まさかドワーフと知り合いなのかい?」
「…………」
ウィーンが。
初めて。
少し面白そうな顔をした。
「へえ」
煙草を口から離す。
「分かる?」
「知り合いに、ドワーフの武器を使うのがいてね」
「ああ。それなら分かるか」
ウィーンは灰皿へ灰を落とした。
「そいつは余程の幸運と武力を持ってる奴だ」
「幸運?」
「ドワーフに武器を握らせてもらえるなんて、滅多にないってことさ」
「金を払っても?」
セレナが尋ねる。
「金だけでどうにかなるなら、私も苦労しないよ」
ウィーンは肩をすくめる。
「腕のいい奴ほど頑固でね。気に入らない相手には、金を積まれたって売らない。特に上物はそうさ」
「…………」
セレナが。
なんとも言えない顔をした。
それを見たわしは。
少し笑いそうになった。
(やはり、ドワーフとは相性が悪そうじゃな)
「まあ」
ウィーンが続ける。
「ドワーフ製を使ってるってだけで、持ち主がそれなりの奴だってのは分かる」
「なるほどね」
「……あ」
不意に。
ウィーンが動きを止めた。
「そういえば」
「?」
「見たな」
マルタがウィーンを見る。
「何をだい?」
「ドワーフ製らしい武器を背負った奴」
「…………」
「大きなリザードマンだったよ」
空気が。
変わった。
「リザードマン?」
セレナが聞き返す。
「ああ。かなりでかかった。二メートルは軽く越えてたんじゃないか?」
「……ガルドだ」
マルタが呟く。
(間違いない)
わしもそう思った。
あの巨体。
そして。
ドワーフが作ったという大剣。
他人である可能性の方が低い。
「知り合い?」
「仲間です」
セレナがすぐに答えた。
「その人、どこへ行ったか分かりますか?」
「さてね」
ウィーンはカップを置いた。
「店の前を通っただけだから、後を追ったわけじゃない」
「そうですか……」
「ただ」
ウィーンは少し考える。
「南の方へ向かってたのは覚えてる」
「南?」
「ああ」
その言葉を口にした途端。
ウィーンの表情から。
僅かに気怠さが消えた。
「……あんたたち」
「はい?」
「リルートは初めてか」
「そうです」
「なら」
ウィーンは煙草を灰皿へ押しつけた。
「用がない限り、南には近づかない方がいい」
声が。
少し低くなった。
「どうしてですか?」
「あっちは、この町でも特に治安が悪い地区だ」
「治安が……」
「表通りならまだいい。だが一本裏へ入れば、賭場、盗品、奴隷……金さえ払えば、大抵のものが動く」
「奴隷……」
セレナの表情が強張った。
「その中でも」
ウィーンが続ける。
「私が一番嫌いなのが、地下闘技場だ」
「ち~か~、と~う~ぎ~じょ~う~?」
カラリンが首を傾げる。
「ああ」
「闘技場って……人が戦うところ?」
「そうだよ」
「普通の闘技場とは違うの?」
「まるで違う」
即答だった。
「勝敗に金を賭けるだけなら、まだ可愛いものさ」
ウィーンの目が細くなる。
「あそこじゃ、どちらが死ぬかまで賭けの対象になる」
「…………え?」
セレナの声が止まる。
「どっちが先に死ぬか。どれだけ持つか。客は酒を飲みながら金を賭けて、それを眺めてる」
「そんな……」
「それだけじゃない」
ウィーンは吐き捨てるように言った。
「賞品に奴隷が出ることもある」
「賞品?」
「ああ。勝った奴に与えられることもあるし、客に売られることもある。出所の分からない奴隷だって珍しくない」
「…………」
店内が。
静かになった。
外からは。
相変わらず。
リルートの賑やかな声が聞こえてくる。
商人の声。
笑い声。
荷車の音。
ほんの壁一枚向こうでは。
町は。
あれほど明るい。
なのに。
同じ町に。
そんな場所がある。
(人と物が集まれば、綺麗なものばかりが集まるわけではない、か)
「……私も昔、冒険者をやっていてね」
「え?」
セレナが顔を上げた。
マルタも僅かに眉を動かす。
「冒険者だったんですか?」
「ああ」
ウィーンは新しい煙草を一本取り出した。
だが。
火はつけない。
指先で転がしながら。
「各地を転々としてた。色々なものを見てきたつもりだよ」
少しだけ。
遠くを見るような目をした。
「魔物に食われた奴も見た。盗賊に襲われた村も見た。金のために仲間を裏切る奴もね」
「…………」
「それでも」
ウィーンは煙草を箱へ戻した。
「あそこまで醜い空間は、なかなかないと言えるよ」
軽い口調だった。
けれど。
その言葉だけは。
妙に重かった。
「戦ってる奴らじゃない」
ウィーンが続ける。
「私が嫌いなのは、それを囲んでる連中さ」
「囲んでる……」
「人が傷つけば歓声を上げる。血が流れれば喜ぶ。死ねば金が動く」
ウィーンは顔をしかめた。
「挙げ句の果てには、人まで賞品扱いだ」
小さく息を吐く。
「まともな奴は、自分から近づいたりしない」
「…………」
セレナが黙る。
カラリンも。
マルタも。
何も言わない。
わしも。
胸の奥に。
嫌なものを感じていた。
(……ガルド)
あやつが。
なぜ。
そんな場所へ向かった。
「でも……」
セレナが呟く。
「どうしてガルドが、そんなところに……?」
ウィーンは答えない。
当然じゃ。
ガルドが何を探しているのか。
この女は知らない。
だが。
わしらは知っている。
滅ぼされた集落。
見つからなかった。
リザードマンの子どもたち。
連れ去られた可能性。
そして。
地下闘技場では。
出所すら分からない奴隷が扱われる。
(……まさか)
嫌な考えが。
頭をよぎった。
ガルドも。
同じところへ辿り着いたのではないか。
「マルタ」
セレナが呼ぶ。
「ああ」
マルタの表情も険しい。
「嫌な予感がするね」
「い~こ~う~」
カラリンが言った。
間延びした。
いつもの声。
それでも。
そこに迷いはなかった。
「が~る~ど~、さ~が~し~に~」
「うん」
セレナが頷く。
ウィーンが眉を寄せた。
「……今の話を聞いてたか?」
「聞いてました」
「まともな奴は近づかないって言ったんだけどね」
「それでも」
セレナはウィーンを見る。
「仲間がいるかもしれないなら、行きます」
「…………」
ウィーンは。
しばらく。
セレナを見ていた。
それから。
わしを見る。
「…………」
(なんじゃ?)
妙に。
じっと見られている。
「……あんた」
「?」
ウィーンがカウンターから身を乗り出した。
「よく見ると、随分可愛い子を抱いてるね」
「え?」
「さっきから大人しくしてるし」
ずい。
顔が近づく。
(ち、近いぞ)
茶色の髪が。
わしの頬へ触れそうになる。
「名前は?」
「レオンですけど……」
「レオンか」
ウィーンが。
ふっと笑った。
「いいね」
「何がですか?」
「母性本能を刺激してくるじゃないか」
「…………」
セレナの腕が。
わしを抱く力を。
僅かに強めた。
「触らないでください」
「まだ触ってないけど?」
「触ろうとしました」
「細かいなあ」
(な、なんじゃこの空気は)
「お~」
カラリンが面白そうに見ている。
マルタは。
小さく溜息を吐いた。
「今はそれどころじゃないだろ」
「ああ、そうだった」
ウィーンはあっさり引き下がる。
(自由じゃな、この女)
先ほどまでの重い空気が。
ほんの少しだけ緩んだ。
だが。
目的は変わらない。
「地下闘技場の場所を教えてください」
セレナが言う。
「本当に行くのか?」
「はい」
「やめておけと言っても?」
「行きます」
即答だった。
「……そうか」
ウィーンは。
少し面倒そうに頭を掻いた。
「冒険者ってのは、どうしてこう……」
途中で止まる。
「いや」
苦笑した。
「私も人のことは言えないか」
そして。
カウンターの下から。
一枚の紙を取り出した。
「場所だけは教えてやる」
紙の上へ。
簡単な道を書き込んでいく。
「南区へ入ったら、表通りを真っ直ぐ。古い時計塔が見えたら右だ」
「はい」
「そこから先は、あまり目立つな」
「分かりました」
「それと」
ウィーンの手が止まる。
「地下闘技場に入っても、正義感で暴れたりするんじゃないよ」
セレナが黙った。
「……返事は?」
「努力します」
「一番信用できない返事だね」
「だ~い~じょ~う~ぶ~」
「そっちも信用できないな」
「な~ん~で~?」
ウィーンは深く溜息を吐いた。
「まあいい」
地図をセレナへ渡す。
「仲間を見つけたら、さっさと帰ってきな」
「ありがとうございます」
セレナが受け取る。
そして。
わしらは店を出た。
カラン。
扉の鐘が鳴る。
外へ出れば。
再び。
リルートの喧騒が耳へ押し寄せてきた。
笑い声。
商人の呼び声。
荷馬車の音。
さっきまでと。
何も変わらない。
けれど。
今のわしには。
この町が。
少し違って見えた。
人と物が集まる。
華やかな交易都市。
その足元には。
表からは見えない場所がある。
(ガルド)
そこで。
何を見つけた。
そして。
何をしようとしている。
セレナが。
ウィーンから受け取った地図を握る。
「行きましょう」
「ああ」
「う~ん~」
目指すは。
リルート南区。
そのさらに奥。
人の命さえ。
賭けの対象になるという場所。
地下闘技場。
(……待っておれよ、ガルド)
わしらは。
華やかな大通りを離れ。
リルートの暗部へ向かって。
歩き始めた。




