第10話 百十歳、今さら転生特典をもらいます
夜。
わしは眠れずにいた。
(…………)
窓の外。
先ほど見えた人影。
長く見えた耳。
三日後に来るという使者。
セレナの過去。
孤児院の土地。
(面倒なことになってきたのう)
人生二周目。
もっと気楽に。
好きなことをして。
太く短く。
生きるつもりだった。
それが。
転生して早々。
魔物に襲われ。
孤児院は潰れかけ。
商売を始め。
今度は。
セレナの過去まで。
追いかけてきた。
(前世より忙しくないか?)
まだ。
生後何日かも分からんのじゃぞ。
「…………」
わしは。
小さな手を見る。
ぷにぷに。
(せめて歩ければのう)
何かあったところで。
今のわしにできることなど。
限られている。
喋れない。
歩けない。
走れない。
戦えない。
唯一。
使えそうなのは。
(あの電撃か)
転生した直後。
森で魔物に襲われた時。
わしの手から。
確かに。
青白い何かが飛び出した。
あれ以来。
一度も。
出せていない。
(どうやったんじゃろうな)
手を伸ばす。
「…………」
力を入れる。
(出ろ)
何も起きない。
(電撃)
何も起きない。
(雷)
何も起きない。
(ビリビリ)
何も起きない。
「…………」
(わしは何をしとるんじゃ)
百十歳。
元会社経営者。
現在。
赤ん坊。
深夜。
布団の中で。
必死に手から電撃を出そうとしている。
(人に見られたら終わりじゃな)
そう思った。
その時だった。
「――あ」
声。
(ん?)
「思い出した」
(…………)
誰じゃ。
わしは。
顔を上げた。
「ごめんごめん」
知らない男が。
わしの籠の横に立っていた。
「…………」
白い服。
妙に整った顔。
そして。
何より。
身体が。
ほんの少し。
透けている。
(幽霊か?)
「あ、違う違う」
(…………)
「幽霊じゃないよ」
(心を読むな)
「だって君、喋れないでしょ」
(誰じゃお前)
「忘れた?」
男が。
自分を指差す。
「僕だよ」
(知らん)
「君を転生させた神」
(…………)
わしは。
数秒。
考えた。
そして。
(ああ)
思い出した。
◇
死んだ後。
真っ白な場所。
百十歳まで。
生きた。
神崎源一郎。
わしに。
もう一度。
人生を。
やってみないか。
そう言った。
男。
(お前か)
「そうそう」
(何しに来た)
「いやあ」
神。
頭を掻く。
「ちょっとね」
(…………)
「渡し忘れてたものがあって」
(何を)
「転生特典」
「…………」
わし。
固まる。
(転生……特典?)
「うん」
(…………)
「本当は転生する時に渡す予定だったんだけど」
神。
笑う。
「忘れてた」
(…………)
「ごめん」
(…………)
「そんな怒らないでよ」
(まだ何も言っとらん)
「顔が怖い」
(赤ん坊じゃぞ)
「赤ちゃんでも怖い顔ってできるんだね」
(殺すぞ)
「神に言う?」
◇
(待て)
わしは。
一度。
整理する。
(転生特典というのは何じゃ)
「そのまま」
神。
指を二本。
立てる。
「君が第二の人生を楽しむためのギフト」
(ギフト)
「二つある」
(…………)
怪しい。
前世。
百十年。
生きた。
ただほど。
怖いものはない。
(何か裏があるんじゃないか?)
「ないよ」
(本当か?)
「神を疑うなあ」
(経営者は契約書を読むもんじゃ)
「契約書なんてないって」
(だから余計に怪しいんじゃ)
「面倒くさい老人だなあ」
(誰が老人じゃ)
「百十歳」
(今は赤ん坊じゃ)
「どっちなんだよ」
神が。
ため息。
吐く。
「まあいいや」
(よくない)
「まず一つ目」
神。
人差し指。
立てる。
「《ダイヤング》」
(…………)
わし。
眉をひそめる。
(何じゃ、その名前)
「君が言ったんじゃないか」
(何を)
「次の人生は――」
神。
ニヤッと。
笑う。
「太く短く生きたいって」
(…………)
「だから、Die Young」
(…………)
「《ダイヤング》」
(趣味悪いのう)
「いい名前でしょ?」
(最悪じゃ)
だが。
神は。
気にせず。
続ける。
「能力は簡単」
一拍。
「自分の寿命を切り取ることで、一時的に肉体を全盛期の状態にできる」
(…………)
わし。
目を細める。
(全盛期?)
「そう」
(今のわしでもか)
「もちろん」
神。
わしを指差す。
「今は赤ちゃんだけど」
(うむ)
「《ダイヤング》を使えば、君の肉体は全盛期まで成長する」
(…………)
それは。
かなり。
凄い。
赤ん坊。
それが。
一瞬で。
大人。
(全盛期というのは何歳じゃ)
「それは能力が判断する」
(適当じゃな)
「一番身体能力が高かった時期、と考えていいよ」
(なるほど)
前世。
若い頃。
戦後。
働き。
走り。
重い物を。
毎日のように。
運んでいた。
(あの頃か)
だが。
問題。
(一時的とは、どれくらいじゃ)
「そこが重要」
神。
笑顔。
少し。
消える。
「《ダイヤング》は無料じゃない」
(やはりな)
「寿命を一年切り取る」
(…………)
一年。
「それを燃料にして、全盛期の肉体を得る」
(どれくらいの時間じゃ)
「一回の発動で一時間」
(…………)
寿命。
一年。
全盛期。
一時間。
(高いのう)
「だからギフトなんだけどね」
(呪いの間違いではないか?)
「使わなければいい」
(確かに)
「いつ使うかは君次第」
神。
指を。
わしの胸へ向ける。
「命を一年使ってでも、その一時間を生きたい」
一拍。
「そう思った時だけ使えばいい」
(…………)
太く。
短く。
その言葉。
そのまま。
能力になっている。
(悪趣味じゃが)
嫌いではない。
◇
「次」
神。
二本目。
指。
「《孤王》」
(こおう?)
「能力名としては《ソロ》って呼んでもいい」
(また妙な名前じゃな)
「こっちは君の前世から取った」
(前世?)
「君」
神。
わしを見る。
「長いこと一人だったでしょ」
(…………)
一瞬。
言葉。
出ない。
戦争。
家族。
失った。
それから。
一人で。
生きた。
会社を作った。
仲間。
社員。
知人。
大勢いた。
だが。
家族は。
作らなかった。
最後まで。
一人。
(まあな)
「だから《孤王》」
神。
続ける。
「発動条件は一つ」
(何じゃ)
「一人で戦うこと」
(…………)
「仲間と共闘している時は使えない」
(効果は)
神。
笑う。
「超人的な運動能力」
(雑じゃな)
「分かりやすく言えば」
指。
折りながら。
「筋力」
「速度」
「反射神経」
「跳躍力」
「動体視力」
「平衡感覚」
「身体操作」
「そういうものが全部、人間の限界を大きく超える」
(ほう)
戦闘。
能力。
かなり。
強い。
ただし。
(誰か一人でも一緒に戦えば使えない?)
「そう」
(近くにおるだけなら)
「それは大丈夫」
(戦闘に参加したら)
「解除」
(なるほど)
神。
少し笑う。
「一人で戦う時ほど強くなる」
(…………)
「君らしいでしょ」
(余計なお世話じゃ)
だが。
こちらも。
妙に。
わしらしい。
そして。
少しだけ。
皮肉。
第二の人生。
わしは。
一人ではない。
セレナ。
ロイ。
ミナ。
リリ。
孤児院。
すでに。
人。
増えている。
なのに。
一人で戦う時だけ。
強くなる。
(神というのは性格が悪いのか)
「僕だけじゃない?」
(自覚あるんかい)
◇
そこで。
わしは。
ふと。
思い出した。
(そうじゃ)
「ん?」
(聞きたいことがある)
「何?」
(わしが転生した直後じゃ)
森。
魔物。
襲われた。
(手を出したら)
青白い。
光。
電撃。
(雷みたいなものが飛び出した)
「…………」
神。
黙る。
(あれもギフトか?)
「…………」
(何じゃ)
神。
首。
傾げる。
「何それ?」
(…………)
今度は。
わしが。
固まった。
(何それ?)
「うん」
(いやいやいや)
「知らない」
(待て)
わし。
手。
見せる。
(ここからじゃ!)
「手?」
(バチッと!)
手。
振る。
(青白い電撃が飛び出したんじゃ!)
「へえ」
(へえ、じゃない!)
「すごいね」
(お前がくれたんじゃないのか!?)
「違うよ」
即答。
(…………)
「僕が用意したのは」
指。
二本。
「《ダイヤング》」
「《孤王》」
「この二つだけ」
(…………)
「電撃なんて知らない」
(知らないで済ますな!)
「いや」
神。
困った顔。
「本当に知らないんだって」
(神じゃろお前!)
「神だって知らないことくらいあるよ」
(威張って言うな!!)
わし。
思わず。
声。
「あぅ! あぅ!」
「しっ!」
神。
口元。
指。
「起きちゃうよ」
(誰のせいじゃ!)
隣の部屋。
少し。
物音。
「…………」
わし。
黙る。
しばらく。
待つ。
静か。
(危なかった)
そして。
神。
見る。
(本当に知らんのか)
「知らない」
(嘘ではない?)
「嘘ついてどうするの」
(…………)
神。
顎。
触る。
「でも」
さっきまで。
軽かった。
表情。
ほんの少し。
変わる。
「変だな」
(何がじゃ)
「君を転生させる時」
神。
わしを見る。
「魂は確認した」
(魂?)
「うん」
「君が前世から何か特殊なものを持っていたわけでもない」
(当然じゃ)
普通の。
人間だった。
「それに」
神。
少し。
考える。
「僕が渡したもの以外の力が、勝手に宿るなんて……」
言葉。
止まる。
(なんじゃ)
「…………」
(おい)
「…………まあ」
神。
笑顔。
戻る。
「いいか」
(よくないわ!!)
「そのうち分かるでしょ」
(お前、絶対面倒になっただけじゃろ!)
「ばれた?」
(神ぃぃぃ!!)
◇
「じゃあ」
神。
立ち上がる。
「用事も済んだし」
(待て)
「帰るね」
(待たんか)
「何?」
(まだ聞きたいことがある)
「例えば?」
(この世界のことじゃ)
「自分で調べて」
(…………)
「その方が楽しいでしょ」
(お前)
「第二の人生なんだから」
神。
笑う。
「攻略本を読んでから遊ぶ必要はない」
(…………)
それは。
少し。
分かる。
「知らないものを見て」
「失敗して」
「成功して」
「好きな人間と関わって」
「好きに生きればいい」
(…………)
「前の人生では」
神。
少しだけ。
優しい顔。
「長く生きすぎたんだから」
わし。
黙る。
百十年。
長かった。
本当に。
長かった。
「今度は」
神。
言う。
「長さじゃなくて」
一拍。
「濃さで決めればいい」
(…………)
太く。
短く。
わしが。
望んだ。
第二の人生。
(言われんでも)
わし。
笑う。
(そのつもりじゃ)
「ならよかった」
神。
身体。
薄くなる。
(おい)
「ん?」
(最後に一つ)
「何?」
(《ダイヤング》)
「うん」
(寿命があと一年未満の時に使ったらどうなる)
「死ぬ」
(即答じゃな!?)
「当たり前でしょ」
(怖すぎるわ!)
「残り寿命は教えないからね」
(なぜじゃ!)
「分かったら面白くない」
(ゲーム感覚で人の寿命を扱うな!)
「じゃあね」
(待て!)
神。
消える。
(おい!)
完全に。
消えた。
「…………」
静寂。
戻る。
わし。
籠。
一人。
「…………」
(本当に帰りおった)
◇
しばらく。
わしは。
天井を見ていた。
《ダイヤング》。
寿命一年。
全盛期。
一時間。
《孤王》。
一人で戦う時。
超人的な身体能力。
(そして)
電撃。
不明。
神。
知らない。
(…………)
一番。
気になるものだけ。
何も分からん。
わし。
右手。
見る。
小さな。
赤ん坊の手。
(何なんじゃ、お前は)
答え。
当然。
ない。
◇
その時。
窓の外。
ガサッ。
(…………)
わし。
視線。
向ける。
また。
人影。
昨夜。
いや。
先ほど。
見えた。
何者か。
(まだおる)
木。
影。
こちら。
見ている。
セレナ。
眠っている。
子供たちも。
寝ている。
(…………)
わしは。
考える。
《孤王》。
一人で戦う時。
発動。
(今)
戦ってはいない。
そして。
相手が。
敵かどうかも。
分からない。
(試すか?)
一瞬。
思う。
だが。
やめる。
能力。
条件。
副作用。
分からない。
何より。
(情報が先じゃ)
百十年。
生きた。
経験。
力を手に入れたからといって。
すぐ。
振り回すほど。
若くはない。
いや。
(身体は若すぎるがな)
わし。
人影。
見る。
すると。
影。
動く。
月。
光。
一瞬。
顔。
見える。
(…………)
やはり。
耳。
長い。
そして。
その人物。
何か。
持っている。
弓。
(セレナと同じ)
次の瞬間。
消える。
(…………)
わし。
考える。
三日後。
使者。
来る。
だが。
偵察。
すでに。
始まっている。
(さて)
今までなら。
何も。
できなかった。
赤ん坊。
それだけ。
でも。
今は。
違う。
《ダイヤング》。
《孤王》。
それから。
正体不明の。
電撃。
(力はある)
ただし。
わしは。
前世で。
一つ。
嫌というほど。
学んだ。
力。
金。
会社。
地位。
全部。
同じ。
持っているだけでは。
意味がない。
(どう使うかじゃ)
そして。
《ダイヤング》だけは。
特に。
間違えてはいけない。
使うたび。
寿命。
一年。
削れる。
わしは。
百十年。
生きた。
だからこそ。
一年が。
どれほど。
長いか。
知っている。
春。
夏。
秋。
冬。
一年あれば。
人と出会える。
仕事を作れる。
誰かを好きになることも。
家族を作ることだって。
できるかもしれない。
(それを)
一時間に。
変える。
能力。
(なるほど)
太く短く。
まさに。
そのままじゃ。
わし。
少し。
笑う。
(面白い)
今度の人生。
何年ある。
知らない。
十年。
五十年。
百年。
あるいは。
もっと短い。
でも。
(関係ない)
長さ。
ではない。
何をするか。
誰と生きるか。
何を残すか。
それを。
自分で。
決める。
◇
翌朝。
「レオン?」
セレナ。
わし。
抱き上げる。
「……何その顔」
(ん?)
「なんか」
じっと。
見る。
「昨日より偉そう」
(気のせいじゃ)
「あぅ」
「…………」
セレナ。
眉。
ひそめる。
「やっぱり変」
(お前に言われたくない)
そこへ。
ミナ。
走ってくる。
「先生!」
「何?」
「大変!」
(今度は何じゃ)
「《森守り》!」
ミナ。
興奮。
「昨日お店に置いたやつ!」
(…………)
「全部売れたって!」
(何?)
わし。
思わず。
目。
開く。
「それでね!」
ミナ。
満面の笑み。
「もっと欲しいって!」
(…………)
商売。
セレナの過去。
謎の使者。
転生特典。
正体不明の電撃。
そして。
《森守り》。
追加注文。
(忙しいのう)
人生二周目。
太く短く。
好きに生きる。
どうやら。
わしが思っていた以上に。
太い人生に。
なりそうだった。




