第18話 久しぶりの家
「ダンジョンですが……ルーク様に合いそうなのは、この辺りにはありませんね」
ミュリエルは資料を見ながら、少し困ったように眉を下げた。
ギルドの奥はいつもより静かで、さっきの戦闘の余韻がまだ残っている。遠くでは他の冒険者たちがこちらをチラチラ見ていた。
「そこで提案なのですが……アルヴェイン領へ向かわれては?」
「アルヴェイン領?」
聞き返しながら、すぐに思い当たる。
「つまり、父の領地に強めのダンジョンがあるってことか?」
「はい。そうなります」
ミュリエルははっきりと頷いた。
「王都周辺のダンジョンは、基本的に管理されていて難易度も安定しています。
ですが地方――特に貴族領の奥地には、未開拓や高難易度のダンジョンも多いんです」
なるほどな。
それなら配信向きだ。
「いろいろありがとう。また来ると思うから、その時はよろしく」
「はいっ!」
ぱっと表情が明るくなる。
「こちらこそ、またすぐ会うと思うので!」
……“すぐ”ってなんだ?
少し引っかかったが、まぁいいか。
軽く手を振って、そのままギルドを後にした。
背中に視線を感じながら。
(完全に有名人ですね。)
◆王城
広い客間。
高い天井と赤い絨毯、窓から差し込む夕方の光が部屋を柔らかく照らしている。
その中央で、俺は王様に向かって言った。
「ということで王様。俺、一旦父の領地に帰るわ」
王様は椅子に深く腰掛けたまま、ゆっくりと息を吐いた。
「……本音を言えば引き止めたいのだがな」
額に手を当てながら、苦笑する。
「ダンジョン配信を許可した以上、止めるわけにもいくまい。
久しぶりの家だ。好きにしてくるがよい」
「どうも」
軽く返すと――
「……ただし」
王様の声が少し低くなる。
「おぬしが何をしでかすか分からんのが一番怖い」
(同感です)
まさかの全会一致。
王様は小さく肩をすくめた。
「まぁ、無事に帰ってくることだけは祈っておる」
その日はもう夜だったため、そのまま王城で休むことになった。
――そして翌日。
◆城門前
朝の空気は澄んでいて、少しひんやりしている。
俺は用意された馬車の前に立っていた。
ふと振り返ると――
思ったより人が多かった。
リリアがいつものように丁寧に頭を下げている。
王様とミレイユは少し離れた場所からこちらを見ていた。
シリウスは手を振っている。
騎士団のブレイザーとライナスもいるし、なぜかカイネルまで混ざっている。
さらに魔法団のエルフェードとリュゼル。
……全員集合じゃね?
「見送り多くないか?」
思わず口に出た。
(それだけ関係ができたということですね。)
……そういうもんか。
馬車に乗り込み、扉が閉まる。
ゴトン、と音がして、ゆっくりと動き出した。
窓から外を見る。
手を振る人たちの姿が、少しずつ遠ざかっていく。
小さく、小さくなっていく。
……まぁ。
「特に寂しくはないな」
(いい雰囲気を台無しにしましたね)
馬車は静かに街を抜け、やがて自然の多い道へと入っていく。
揺れる車内。
窓の外には、草原や森が流れていく。
来た時とは逆の景色。
なのに、不思議と懐かしく感じた。
◆アルヴェイン領
屋敷の前。
大きな門の前に、人が並んでいた。
父、母、執事、そして使用人たち。
整列して、こちらを迎える準備ができている。
どうやら事前に連絡がいっていたらしい。
馬車が止まり、扉が開く。
外に出た瞬間――
「ルーちゃ〜ん!!」
母が全力で突っ込んできた。
「会いたかったわぁ!寂しかったのよぉ!」
そのまま勢いよく抱きしめられる。
「ぐえっ」
……苦しい。
力強い。
愛が重い。
一方で父はというと――
こちらをちらっと一瞬だけ見て。
そのまま無言で屋敷の中へ入っていった。
……え、帰るの?
いや、でも外には出てきてたしな。
忙しい中でも顔だけ見に来た、と考えるのが自然か。
(ツンデレですね。)
◆自室
久しぶりの部屋。
見慣れた家具、整えられたベッド、窓から入る柔らかい光。
落ち着くな。
……だが。
母とルーシャが普通についてきている。
「お母さま、ルーシャ、お久しぶりです。お元気でしたか?」
言った瞬間――
空気が止まった。
二人とも固まっている。
完全に時間停止。
……あ。
(今まで話し方を偽っていましたからね。)
やらかしたか。
まぁいい。
「王都で過ごしているうちに言葉を覚えました!」
それっぽい理由を即席で作る。
母の顔がぱっと明るくなった。
「そうなの!?やっぱりルーちゃん天才ね!ね、ルーシャ!」
「本当にそうですね!
私の名前も覚えていただけてとても嬉しいです!」
納得した。
……ちょろいな。
(言わないであげてください。)
母がにこにこと言う。
「本当はもっと一緒にいたいけど、今日は疲れているわよね。
明日いっぱい構うから覚悟しておきなさい?」
それはそれで怖い。
「おやすみなさいませ」
「おやすみ」
二人が部屋を出ていく。
扉が閉まり、静けさが戻った。
まだ時間が早いが、俺はそのままベッドに倒れ込む。
ふかふかだ。
疲れてはいない。
……けど、なんか疲れた。
色々ありすぎたからな。
天井をぼーっと見上げる。
「……明日はダンジョン見に行くか」
軽く様子見して――
そのあと。
「配信、やってみるか」
前世で見てた“あの側”に、ついに立つ。
少しだけ楽しみになってきた。
そんなことを考えながら、目を閉じた。




