第14話 読めてしまった…③
――その後
庭園の空気は、さっきまでの優雅な雰囲気が嘘みたいに崩れていた。
「ルークくん!」「こっち来てくださいませ!」「お茶また作ってほしいですわ!」
令嬢たちが一斉に距離を詰めてくる。
……近い。多い。逃げ場がない。
ドレスの裾が揺れて、香水の匂いが混ざって、視界が一気に埋まる。
「今すぐ出たい!」
そう思った瞬間――
視界がぐにゃりと歪んだ。
次に目を開けた時には、見慣れた天井があった。
◆ルークの部屋
ベッド、窓、机。全部いつも通り。
……静かだ。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに消えている。
「……これワープしたよな?」
(しましたね。)
「ついに人間離れしたか……」
(前からです。)
……まあいい。
考えるの面倒だ。
ベッドに倒れ込む。
「一旦寝る。」
今日は色々ありすぎた。
――次の日――
朝の廊下は人通りが少なく、窓から入る光で床が白く光っていた。
もう道は覚えた。
今日は一人で訓練場へ向かう。
扉を開けると――
昨日倒れていたはずの魔法団が、普通に魔法を撃ち合っていた。
爆発音、光、風。
いつも通りの光景。
「回復早いな。」
(あなた基準で言わないでください。)
その時、背後から気配が二つ。
振り返らなくても分かる。
「おはよう」
「おはよう!ルークくん!」
「……おはようございます。」
エルフェードはいつも通り元気。
リュゼルは……声が低い。
(原因はあなたですね。)
リュゼルはこめかみを押さえながらため息をついた。
「正直に言います。
私たちが相手だと、昨日と同じことになります。」
「そうだな。」
即答した。
「なので――普通はやりませんが、“同時魔法”をやりましょう。」
空気が少しだけ引き締まる。
「自分で結界を張り、その中で攻撃魔法を撃つ。
外に被害を出さないためのやり方です。」
なるほど。
「やってみる。」
リュゼルは腕を組んだまま、小さく頷いた。
「……どうせまた何かやらかすでしょうし。
観察に回ります。」
(完全に研究モードですね。)
「ルークくん頑張れぇ!」
エルフェードは楽しそうに手を振っている。
……温度差すごいな。
まずは確認。
同時に魔法が出せるか。
パチン。
パチン。
右手に火の球。
左手に水の球。
空中でゆらゆら揺れている。
……普通に出来た。
「いけるな。」
(感覚がおかしいです。)
次。
結界。
昨日見たやつを思い出す。
パチン。
半円状の透明な膜が、自分を中心に広がった。
空気が一瞬震えて、内側だけ少し静かになる。
「……これ便利だな。」
(使い方が物騒なんですよ。)
強度確認。
思いっきり魔法をぶつける。
パチン。
ぶわああああ!!
結界の中で風が暴れ、渦を巻く。
砂埃が舞い、視界が白くなる。
髪がぐちゃぐちゃに煽られる。
「……風強すぎ。」
(どうでもいいですね。)
でも――
結界はびくともしない。
ヒビ一つない。
「完璧だな。」
(どこがですか。)
「ちょっと待ったーー!!」
リュゼルの叫びが響いた。
結界越しでも分かるくらい大きい。
「なんですかその威力!!
結界も意味分かりません!!」
「成功してるじゃん。」
「成功の基準がおかしいんですよ!!」
(正論です。)
その時。
リュゼルの動きが止まった。
「……?」
視線を追って振り返ると――
窓の外。
そこに張り付くようにして、ネラージュがいた。
目が見開かれている。
……怖い。
「ど、どうした?」
少しして、ゆっくりと中に入ってくる。
「……すみません。
さすがに、我慢できなくて……」
(理由が一択すぎますね。)
距離を詰めてくる。
「窓から全部見えていたんです……!
お願いです!一滴でいいので血をください!!」
「嫌だわ。」
即答。
「魔法原理を!解析を!!進化の可能性を!!」
「ちょっと待ったー!」
リュゼルが間に入る。
「気持ちは分かりますがそれはダメです!!」
「そうですよ!」
エルフェードも珍しく真面目な顔だ。
「ルークくんは研究材料じゃありません!」
(普段の言動が怪しいんですよね。)
……騒がしい。
帰るか。
そうだ。
ワープ。
昨日の感覚を思い出す。
行きたい場所をイメージ。
部屋。
ベッド。
パチン。
◆部屋
一瞬で景色が切り替わる。
「……来た。」
(成功率高いですね。)
「これ便利だな。」
(倫理観が追いついてません。)
「……さて。」
まだ時間ある。
図書館行くか。
◆図書館
高い天井と、ぎっしり並んだ本棚。
紙とインクの匂いが落ち着く。
俺は適当に歴史の本を手に取り、椅子に座った。
ページをめくる音だけが静かに響く。
その時。
背後に気配。
……分かりやすい。
「なんか用?」
本から目を離さずに言う。
「……先程は失礼しました。」
振り返ると、ネラージュがいた。
肩が落ちている。
(さっきと別人ですね。)
「落ち着いた?」
「……はい。」
……なんか見える。
犬の耳としっぽが垂れてる気がする。
「気にしなくていいぞ。」
ピン。
……立った。
(分かりやすいですね。)
ネラージュは紙を差し出した。
「読んでいただきたいものがありまして……」
「古代語?」
「いえ……精霊語です。」
……精霊語か。
少しだけ興味が湧く。
「ルミエラ、来れるか?」
ふわりと光が集まる。
小さな人型の光。
『どうしたの?』
前よりはっきりしている。
「成長した?」
『名前もらったから。嬉しい。』
なるほど。
「精霊語、教えてくれ。」
『いいよ。』
その瞬間。
バタン。
ネラージュが倒れた。
……早いな。
(耐性が低すぎます。)
「……無視でいいか。」
(賛成です。)
本を開く。
文字は――
日本語の漢字に少し似た形。
だが配置と意味が違う。
『これは……こう読む』
ルミエラの声を聞きながら、頭の中で組み立てていく。
――数分後。
ページを閉じる。
「読めた。」
(本当にやりますね。)
「ありがとな。」
『うん。』
少し光が強くなった気がする。
……で。
内容。
「……これ王様案件だな。」
(確実にそうですね。)
足元を見る。
ネラージュはまだ倒れている。
……どうするか。
「……置いていくか。」
(満場一致です。)




