第88話 別の世界のお話
美久は猫たちに囲まれて幸せな時間を過ごしていた。
「じゃあ、今度は桃太郎の話ね」
『にゃー!』(桃太郎好き!)
『にゃあ』(鬼は怖い?)
昔話を聞かせていると、遠くから何か声が聞こえた。叫び声のような、唸り声のような。
「...今の、何?」
猫たちが、一瞬だけ耳を伏せる。
黒猫が、静かに答えた。『気にしなくていい。別の世界の話だ』
『変化を拒む者の声』
「変化を拒む...?」
『君には関係ない。君は、受け入れられたから』
子猫が、美久の頬に鼻をつける。
『お姉ちゃんは、大丈夫。みんな一緒だから』
でも、美久の心に小さな不安が芽生えた。同じ人間が、どこかで苦しんでいる。
「...その人も、仲間になれないの?」
猫たちは、悲しそうに首を振った。
『無理なんだ。あの人は、自分を手放せない』
『名前に、しがみついている』
美久は、そっと鈴を握った。せめて、あの人の苦しみが少しでも和らぎますように。
チリン...
祈りを込めた音が、夜の闇に響いた。
美久は何か胸騒ぎを感じていた。
「ねえ、黒猫さん」
『ん?』
「なんか、今夜は空気が違う気がする」
黒猫は、窓の外を見た。月が、不気味なほど大きい。
『明日は、特別な日だ』
「特別な日?」
『...収穫の日』
その言葉に、冷たいものを感じる。
『でも、君は関係ない。君は既に、仲間だから』
でも、美久には分かっていた。どこかで、誰かが恐怖に震えている。
美久は、鈴を両手で包み込んだ。そして、心を込めて祈る。
どうか、その人にも救いがありますように。形は違っても、苦しみから解放されますように。
チリン...チリン...
鈴の音が、夜の闇に響き渡る。清らかな音色が、町全体を包み込むように。
『優しいね、君は』
黒猫が、美久に寄り添う。
『でも、祈りが届かない者もいる』『自分という檻に、閉じこもっている者には』




