第59話 本当の責任者
正座して、背筋を伸ばして。
凛とした佇まい。
教育の行き届いた、育ちの良さを感じさせる座り方。
年齢は、美久と同じくらい?
20代前半に見える。
美しい黒髪。
腰まで届く長い髪を、シンプルに後ろで結んでいる。
整った顔立ち。
切れ長の目、通った鼻筋、小さな唇。
日本人形のような、古典的な美しさ。
紺色の着物を着ている。
無地の、上品な着物。
帯は銀糸で、控えめな模様。
ただし...
頭に、猫耳がついていた。
本物の、猫の耳が。
黒い毛で覆われた、三角形の耳。
人間の耳もあるので、耳が4つある状態。
猫耳は、ピクピクと動いている。
音を集めているような動き。
生きている証拠。
美久は、機械的に挨拶した。
もう、驚く力もない。
心が、シャットダウンしている。
「初めまして。美久です」
深々とお辞儀。
90度の礼。
形だけは完璧。
でも、心はここにない。
少女は、美久を見て、少し驚いた。
猫耳がピンと立つ。
そして、じっと観察する。
黒い瞳が、美久を捉える。
表面だけでなく、もっと深いところまで見ているような視線。
「あなた...泣いていたの?」
鋭い指摘。
ごまかしの効かない、直球の質問。
美久は、慌てて目元を拭った。
確かに、まだ涙の跡が残っていた。
目は赤く腫れ、頬には涙の筋。
みっともない姿。
「あ、すみません。みっともないですね」
「いえ...」
少女は、美久の様子に何かを感じ取った。
猫耳が、心配そうに後ろに倒れる。
深い悲しみ。
諦め。
そして、それでも消えない小さな希望。
最後の、本当に最後の希望の欠片。
「座って」
少女は、自分の前を示した。
「はい」
美久は、2メートル離れて正座した。
もう、この距離にも慣れた。
むしろ、これが普通。
これ以上近づけないのが、私の運命。
正座すると、足がすぐに痺れ始めた。
緊張のせいか、血の巡りが悪い。
でも、崩すわけにはいかない。
少女は、優しく言った。
声に、本物の優しさが込められている。
「辛かったのね」
その一言で、美久の心の堰が切れた。
優しさは、時に残酷だ。
強がっている心を、簡単に崩してしまう。
「私...私...ずっと猫が好きで...でも...どこに行っても...」
言葉にならない嗚咽が、美久を襲った。
喉が詰まって、言葉が出ない。
代わりに、涙が溢れる。
今まで我慢していたもの全てが、溢れ出してきた。
22年間の孤独。
拒絶され続けた日々。
笑顔で誤魔化してきた痛み。
期待しては裏切られる、終わりのないループ。
それでも諦めきれない想い。
「幼稚園の時から...ずっと...」
美久は、途切れ途切れに話した。
言葉が、涙で詰まる。
鼻水も出てきて、みっともない。
でも、もう取り繕う気力もない。




