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第47話 管理者との出会い

「お待たせしました」


声がして、美久は振り返った。


涙を拭いて、立ち上がる。


膝の砂を払って、背筋を伸ばす。


笑顔を作って、振り返る。


そこに立っていたのは...


黒い毛皮に覆われた、人型の何か。


身長は170センチくらい。


人間の成人男性と同じくらい。


二本足で立っている。


完璧なバランスで。


服も着ている。


黒いスーツ。


ネクタイまでしている。


でも、全身が黒い毛で覆われている。


顔は...


猫のような、人のような。


曖昧な顔立ち。


目は猫の縦長の瞳孔だが、配置は人間的。


鼻は小さく、猫のようだが、人間の鼻梁もある。


口元は、複雑な表情を作れるようになっている。


美久は、もう驚かなかった。


驚く力も、残っていなかった。


心が、感情を処理することを諦めていた。


防御機構が、完全に作動している。


これ以上、傷つかないように。


これ以上、期待しないように。


「初めまして」


その存在は、2メートルの距離で立ち止まった。


やはり、この距離。


絶対的な距離。


声は、落ち着いていて、知的な響きがあった。


教養のある、洗練された話し方。


「私がこの町の管理者です」


「...はじめまして。美久です」


美久は、機械的にお辞儀をした。


深々と、90度。


礼儀正しく、でも心がこもっていない。


もう、何が普通で何が異常なのか、分からなくなっていた。


猫が話すのも、二本足で歩くのも、服を着るのも、すべてが当たり前に思えてきた。


感覚が麻痺している。


管理者は、美久をじっと観察した。


頭のてっぺんから足の先まで。


ゆっくりと、丁寧に。


まるで、値踏みするように。


いや、もっと深い何かを探っているような。


美久の本質を見極めようとしているような。


その視線は、表面的なものではない。


もっと深い、魂のレベルまで見透かそうとしているような。


「あなた、本当に人間ですか?」


「...たぶん」


美久の答えに、管理者は首を傾げた。


猫のような仕草で、でも角度は人間的。


「たぶん?」


「だって、人間なら猫に好かれるはずでしょう?」


美久の声が、震えた。


今まで押し殺していた本音が、ポロリとこぼれた。


「私、何か違うのかもしれない」


初めて、美久は本音を漏らした。


ずっと心の奥に押し込めていた、不安。


笑顔の仮面の下に隠していた、恐怖。


自分は、本当に人間なのか?


なぜ、猫だけが私を避けるのか?


他の動物は平気なのに。


犬も、鳥も、ハムスターも、みんな普通に接してくれる。


でも、猫だけは...


「もしかして、私、人間の形をした別の何かなのかも」


声が小さくなっていく。


消え入りそうな声。


「だから、猫は本能的に避けるのかも」


管理者は、少し驚いたような顔をした。


そして、他の猫たちと無言で何かを交わした。


視線、耳の動き、尻尾の角度。


複雑なコミュニケーション。


「...興味深い」


管理者の声には、純粋な関心が含まれていた。


「あなたは、自分を人間じゃないかもしれないと?」


「分からない...でも、そう考えた方が納得できる」


美久は、地面を見つめた。


涙が、また溢れそうになる。


「だって、22年間、一度も...」


声が詰まる。


言葉が、喉の奥で引っかかる。


管理者は、美久の様子を注意深く観察していた。


そして、踵を返した。


「ついてきてください」


「はい」


美久は、とぼとぼとついていった。


もう、期待も希望も持っていなかった。


ただ、流されるままに。


疲れ果てた心で。


足取りは重く、肩は落ちている。


まるで、敗残兵のような姿。

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