第46話 外での待機
外に出ると、さっきより猫の数が増えていた。
50匹?100匹?
もう、数えきれない。
視界に入る限り、猫、猫、猫。
三毛猫、黒猫、白猫、トラ猫、サビ猫...
あらゆる種類の猫が集まっている。
全員が美久を見ている。
円形に取り囲んで。
でも、誰も近づいてこない。
完璧な円。
半径2メートル。
美久を中心とした、生きた円。
美久は、その場にへたり込みそうになった。
でも、かろうじて踏みとどまる。
泣いたら、負けだ。
ここで泣いたら、もう立ち直れない。
深呼吸。
もう一度、深呼吸。
そして、持ってきた猫グッズを取り出した。
最後の希望。
「はい、みんな〜!おやつの時間だよ〜!」
震える手で、バッグを開ける。
ファスナーを開ける手が、ガタガタと震えている。
カリカリを取り出す。
高級品。
『プレミアム・サーモン』
一袋1,200円。
美久が、食費を削って買ったもの。
袋を開けると、香ばしい匂いが広がる。
魚の良い匂い。
猫たちの鼻がヒクヒクと動く。
確実に、匂いは届いている。
美久は、地面にカリカリを撒いた。
カラカラと、乾いた音を立てて転がる。
「どうぞ〜、遠慮しないで〜」
でも...
猫たちは、見ているだけ。
誰も食べない。
誰も近づかない。
カリカリは、地面に散らばったまま。
アスファルトの上で、虚しく転がっている。
風が吹いて、カリカリが少し動く。
でも、猫たちは微動だにしない。
「お腹すいてない?」
美久の声が、寂しそうに響く。
震え声で、今にも泣き出しそう。
でも、笑顔を保とうとする。
口元を、無理やり上げる。
次は猫じゃらし。
新型の、音が鳴るタイプ。
3,980円の高級品。
ふりふりと振ってみる。
シャカシャカと音を立てる。
羽根が揺れて、鈴が鳴る。
普通の猫なら、飛びついてくるはず。
本能的に、狩猟本能が刺激されるはず。
反応なし。
猫たちは、石像のように動かない。
瞳は猫じゃらしを追っているが、体は動かない。
まるで、見えない鎖に繋がれているかのように。
最後の手段、またたび。
粉を撒いた瞬間、猫たちが一斉に後ずさりした。
ザザザッと。
完璧にシンクロした動き。
全員が、同時に一歩下がる。
まるで、毒を撒かれたかのように。
危険物から逃げるように。
2メートルの円が、一瞬で3メートルになった。
美久の心が、ポキッと折れる音がした。
本当に、音が聞こえたような気がした。
心が砕ける音。
希望が潰れる音。
(ここでも...ダメなの?)
涙が、頬を伝った。
もう、堪えられなかった。
熱い涙。
止まらない涙。
悔しさと悲しさと、諦めきれない想いの涙。
22年間、ずっと我慢してきた涙。
ずっと笑顔で誤魔化してきた涙。
「うっ...うぅ...」
嗚咽が漏れる。
肩が震える。
膝から力が抜けて、その場にしゃがみ込む。
でも、美久はすぐに涙を拭いた。
袖で、乱暴に。
「ははは...特別な猫ちゃんたちなのね...」
笑顔を作る。
いつもの、美久の笑顔。
でも、その笑顔は今にも崩れそうだった。
唇が震えている。
目が充血している。
頬には、涙の跡。
それでも、笑顔を保とうとする。
それが、美久の強さであり、弱さだった。
絶対に、人前で弱音を吐かない。
絶対に、諦めたと言わない。
でも、心は限界に近かった。




