第41話 重要な出会い
そんな中、一匹の猫が美久の前に現れた。
大きな黒猫。
他の猫とは、雰囲気が違う。
堂々としていて、威厳がある。
毛並みは漆黒で、つやつやと光っている。
瞳は金色。
まるで、液体の黄金のような。
そして...
「君が、噂の人間か」
はっきりと、日本語を話した。
標準語のイントネーション。
男性的な、低い声。
(ついに!掲示板で見た『猫が話す』って、これだ!)
美久は、一瞬フリーズした。
体が動かない。
思考が止まる。
(猫が...話した...)
当たり前じゃない。
猫は人間の言葉を話さない。
鳴き声でコミュニケーションを取ることはあっても、文章を話すことはない。
これは、物理的にありえない。
声帯の構造が違う。
舌の形が違う。
口の形が違う。
でも、確かに話した。
はっきりと、明瞭に。
でも、次の瞬間、美久の猫愛が恐怖を上回った。
スイッチが切り替わった。
恐怖から、歓喜へ。
「話した!すごい!猫さんが話した!」
目をキラキラさせる美久に、黒猫は戸惑った。
耳を後ろに倒し、髭をピクピクさせる。
明らかに、予想外の反応に困惑している。
「え?驚かないの?」
「驚いてる!でも嬉しい方が大きい!」
美久は、身を乗り出した。
もちろん、2メートルの壁に阻まれて近づけないが。
見えない壁にぶつかって、それ以上前に進めない。
まるで、強力な磁石の同極同士のように。
「ねえねえ、他にも話せるの?好きな食べ物は?どうやって話せるようになったの?名前は?年齢は?」
矢継ぎ早の質問に、黒猫は完全にペースを乱された。
「ちょ、ちょっと待て」
「あ、ごめん!興奮しちゃって!」
美久は、両手を合わせて謝った。
でも、顔は笑顔のまま。
22年間の夢が、今、現実になっている。
猫と話している。
会話している。
コミュニケーションが取れている。
「君は...変わってるね」
黒猫は、美久を観察するような目で見た。
頭から足先まで、じっくりと。
まるで、値踏みするように。
「よく言われる!」
美久は、嬉しそうに答えた。
変わっていることは、自覚している。
でも、それでいい。
普通じゃなくても、猫が好きならそれでいい。
黒猫は、深いため息をついた。
「普通、この状況は恐怖するところだろう」
「なんで?夢みたいじゃん!」
美久の純粋な反応に、黒猫は言葉を失った。
そして、他の猫たちと顔を見合わせた。
無言の相談。
耳の角度、尻尾の動き、髭の震え。
猫同士の、言葉を使わないコミュニケーション。
やがて、何かを決したように、黒猫は美久に向き直った。
「君は...本当に人間か?」
「え?」
予想外の質問に、美久は首を傾げた。
「うん、多分人間だと思う」
「多分?」
「だって、人間なのに猫に嫌われるし...もしかしたら、私、人間じゃないのかも」
自嘲的な笑み。
でも、その笑みには深い悲しみが滲んでいた。
22年間、ずっと感じていた疎外感。
自分は、普通じゃない。
人間として、何か欠けている。
だから、猫に避けられる。
黒猫は、美久の表情を見て、何かを感じ取ったようだった。
「...ついてきて。案内する」
「本当!?やった〜!」
美久の顔が、パッと明るくなった。
さっきまでの悲しみは、どこかに消えた。
これが美久の特技。
感情の切り替えの早さ。
黒猫は、振り返りながら歩き始めた。
もちろん、2メートルの距離を保ちながら。
美久も、嬉しそうについていく。
周りの猫たちも、ぞろぞろとついてくる。
まるで、パレードのような光景。
先頭を歩く黒猫。
その後ろを、2メートル離れて歩く美久。
さらにその周りを、2メートルの距離で囲む猫たち。
異様な集団が、商店街を進んでいく。
「ねえ、黒猫さん」
「なんだ」
「なんで2メートル離れてるの?」
美久の素朴な疑問に、黒猫は一瞬歩みを止めた。
振り返らずに、答える。
「それは...後で説明する」
「ふ〜ん」
美久は、あまり深く考えなかった。
きっと、何か理由があるのだろう。
猫には猫の事情がある。
人間には理解できない、複雑な理由が。
でも、いつか分かる日が来る。
美久は、そう信じていた。




