第34話 猫たちの反応
車のドアを開けた瞬間、世界が動き出した。
すべての猫が、一斉に美久を見た。
いや、もともと見ていたのだが、視線の強度が増した。
圧倒的な存在感。
数十対の目が、じっと美久を見つめる。
瞳孔の大きさ、耳の角度、髭の向き。
すべてが美久に集中している。
その瞳の奥に、美久は何かを見た。
知性?好奇心?警戒?
それとも...
理解?
(ネットで見た『人間のような知性』って、これか)
地面に足をつけた瞬間、猫たちがざわめいた。
「にゃあ」 「にゃにゃ」 「みゃあ」 「みゃ〜」
様々な鳴き声が重なり合う。
でも、普通の猫の鳴き声とは違う。
抑揚がある。
リズムがある。
まるで...会話?
(掲示板で見た『言葉を理解される』という体験談...)
美久は、生まれて初めて猫たちに囲まれた。
いや、正確には囲まれていない。
猫たちは、美久から正確に2メートルの距離を保っている。
美久を中心に、半径2メートルの円。
その内側には、誰も入ってこない。
「わ〜!みんな私に興味持ってくれてる!」
美久は両手を広げて、最高の笑顔を作った。
22年間、練習し続けた笑顔。
猫に対する純粋な愛情が、全身から溢れ出す。
でも、心の奥では別の声がしていた。
(これは...普通じゃない)
当たり前だ。
猫が整列している。
等間隔で並んでいる。
全員が同じ方向を向いている。
そして、2メートルの距離を完璧に保っている。
異常事態もいいところだ。
でも、美久はその思考を押し殺した。
せっかく猫たちに囲まれているのだ。
異常でも何でも、この状況を楽しまなければ。
「はじめまして〜!美久です!仲良くしてね〜!」
明るい声を出しながら、美久は猫たちの反応を待った。
すると...
猫たちは、顔を見合わせた。
いや、本当に顔を見合わせた。
人間のように首を回して、隣の猫と目を合わせて。
そして、小さく鳴き声を交わす。
「ニャー」(これは...) 「ニャニャ」(どうする?) 「ミャー?」(本物?) 「ニャオ」(間違いない) 「ミャミャ」(でも、なぜ?)
まるで「どうする?」と相談しているような。
いや、確実に相談している。
美久には分かった。
言葉は理解できないけれど、感情は伝わってくる。
困惑、警戒、そして...好奇心。
(すごい...本当に会話してる...ネットの情報は正しかった)
美久の笑顔が、少し引きつった。
でも、すぐに立て直す。
これが美久の特技。
どんな状況でも、ポジティブに解釈する。
「みんな、シャイなのかな〜?大丈夫だよ〜、私、優しいから〜」
一歩前に出る。
猫たちは、一斉に一歩下がった。
完璧にシンクロした動き。
まるで、練習したかのような。
もう一歩前へ。
猫たちも一歩後ろへ。
「あはは、ダンスみたい!」
美久は、無理やり楽しそうな声を出した。
でも、内心では動揺していた。
これは、今までの拒絶とは違う。
単に逃げているのではない。
距離を、正確に保っている。
2メートル。
絶対的な距離。
それ以上でも、それ以下でもない。




