第32話 祢古町
「!」
小さな集落が見えてきた。
古い家々。
瓦屋根に、木造の壁。
電柱はあるが、電線は切れている。
錆びた看板。
伸び放題の雑草。
打ち捨てられた自転車。
廃村...のように見える。
でも、違う。
確かに、生活の気配がある。
煙突から、薄い煙が上がっている。
洗濯物が干されている。
そして...
「猫だ!」
道端に、猫がいた。
しかも1匹じゃない。
2匹、3匹...いや、もっと。
10匹、20匹...
数えきれない。
(ついに...ついに着いた!)
美久の恐怖は、一瞬で期待に変わった。
心臓の鼓動が、恐怖のそれから興奮のそれに。
2ヶ月間の調査と準備。すべてが、この瞬間のために。
(やっと...やっと会えた)
でも、近づくにつれて、違和感が募る。
猫たちは、みんな同じ方向を向いて座っている。
きちんと整列して。
等間隔で。
まるで、兵隊のように。
微動だにしない。
石像かと思うほど、じっとしている。
尻尾も、耳も、髭も動かない。
まるで、時間が止まっているかのように。
そして、その視線の先は...
美久の車だった。
いや、違う。
美久自身だった。
すべての猫の目が、フロントガラス越しに美久を見つめている。
(ネットで見た情報の通りだ...でも、実際に見ると...)
「...」
美久は、息を呑んだ。
数十対の目が、じっと美久を見つめている。
瞬きもせず、身動きもせず。
その瞳の奥に、何かが宿っている。
知性?
いや、もっと複雑な何か。
観察、評価、そして...
普通なら恐怖で逃げ出すところだ。
これは明らかに異常事態。
動物の行動として、ありえない。
でも、美久の中で何かがカチッと切り替わった。
長年の訓練の成果。
怖いものを、面白いものに。
異常を、特別に。
それは美久が子供の頃から身につけた、心の護身術。
そして、2ヶ月間の調査で心の準備もできていた。
「お行儀いい子たちだな〜」
声が震えているのを、美久は気づかないふりをした。
無理やり明るい声を出す。
車をゆっくりと進める。
猫たちは、車の動きに合わせて首を動かした。
全員が、完璧にシンクロして。
まるで、一つの生き物のように。
ついに、祢古町に到着した。
2ヶ月間の夢が、現実になった瞬間だった。




