第19話 出発の朝
3月23日、土曜日、朝6時
美久のスマートフォンのアラームが、けたたましく鳴り響いた。設定していた音楽は、猫の鳴き声を集めたオリジナルミックス。「にゃあ」「みゃあ」「にゃお〜ん」という様々な猫の声が、美久を現実世界に引き戻す。
しかし、美久はすでに目覚めていた。
興奮で、ほとんど眠れなかった。まぶたの裏に、祢古町の地図が焼き付いている。何度も何度も、道順を頭の中で辿った。約2ヶ月間の調査と準備。ついに、その成果を試す日が来た。
「今日だ...」
ベッドから飛び起きて、カーテンを勢いよく開ける。
快晴。
雲一つない青空が広がっていた。朝日が東の空を橙色に染め、鳥たちが賑やかにさえずっている。3月下旬の朝は、まだ少しひんやりとしているが、確実に春の訪れを感じる。
「これは幸先いい!」
美久は、パジャマのまま窓を開けた。深呼吸すると、春の匂いがした。どこかで桜のつぼみが膨らんでいるのか、甘い香りも混じっている。
急いで身支度を整える。
選んだ服は、動きやすさを重視したコーディネート。履き慣れたデニムのストレートジーンズ、白いTシャツの上に羽織るのは、お気に入りの猫柄パーカー。
このパーカーは、去年の誕生日に千春からもらったもの。フードの部分に猫の耳がついていて、背中には大きな肉球のプリント。「みくにぴったりでしょ?」と言って渡された時は恥ずかしかったが、今では一番のお気に入りだ。
「これで猫たちに親近感持ってもらえるかな?」
鏡の前でくるりと回る。ポニーテールに結んだ髪が、ふわりと揺れた。
朝食は、いつものカップ麺...ではなく、今日は特別。昨夜コンビニで買っておいた、おにぎりとサンドイッチ。
「だって、もしかしたら祢古町で猫たちとピクニックするかもしれないし」
希望的観測を込めて、多めに買った食料を眺める。人間用だけでなく、猫用のおやつも山ほど用意した。
「よし、忘れ物チェック!」
リビングの床に、昨夜から準備していた荷物を広げる。2ヶ月かけて集めた、最高の装備たち。
カメラ装備: デジタル一眼レフ(中古で買った型落ち品だが、美久の宝物) 望遠レンズ(300mm、これも中古) 標準レンズ(念のため) 予備バッテリー4個(「祢古町では電池の減りが早い」という情報を真に受けて) メモリーカード5枚(32GB×5、奮発した) レンズクリーナー 三脚(使う機会があるかは不明)
猫グッズ: 猫じゃらし5本(羽根つき2本、鈴つき2本、新型音波式1本) またたび製品各種(粉末30g、スプレー2本、枝5本) 猫用おやつ(ちゅーる30本、カリカリ5種類、フリーズドライささみ) 猫用おもちゃ(ボール、ネズミのぬいぐるみ、キャットニップ入りクッション) 毛布2枚(1枚は新品、もう1枚は美久の匂いがついた使用済み) ブラシ(もし触れたら、ブラッシングしてあげたい)
サバイバル用品: 懐中電灯(LED、単三電池式) 予備の電池(単三20本) ホイッスル 方位磁針(100均で買った簡易的なもの) ロープ(10m) 軍手 絆創膏、消毒液などの救急セット 虫除けスプレー 日焼け止め
食料・水: ペットボトルの水(500ml×6本) カロリーメイト(4箱) おにぎり(鮭、昆布、ツナマヨ各2個) サンドイッチ(たまご、ハムチーズ) チョコレート(ブラックサンダー5個) 飴(塩飴と普通の飴)
その他: 地図(老婦人からもらったもの、コピーも3部作成) 現金(15,000円を細かく分けて) 健康保険証 運転免許証 スマートフォンの充電器(車載用とモバイルバッテリー) タオル3枚 ゴミ袋 メモ帳とペン お守り(千春の「悪霊退散」、理沙の「交通安全」、拓海の「熊除け鈴」)
荷物の総重量は、かなりのものになった。
「ちょっと持ちすぎかな...でも、全部必要だもん」
大きなリュックサックと、サブバッグ2つに荷物を詰め込む。重いけれど、期待も同じくらい詰まっている。2ヶ月分の想いが、すべて詰まっている。




